雨竜の予想通りの反応に、一護は一度唇を噛み締めてから、また同じ言葉を繰り返す。

「言ったとおり井上とは話をつけた。頼む!石田!ルキアはどこにいるんだ!!教えてくれ!」


「そんな話で、僕が教えると思っていたのか?黒崎!!」


雨竜は普段の冷静さがなく、あの時の恋次を思わす業火を瞳に宿し、一護に向かって怒鳴りつけた。


「僕は井上さんを一番大切にしろって言ったはずだ!それがなぜ別れ話になっているんだ?!」

「だから・・・俺が一番大切なのは、ルキアしかいないからだ!」


雨竜の目が冷たく煌めく。
「黒崎・・・お前、はじめからそのつもりだったのか?
井上さんと付き合うとしながら、本当は朽木さんを好きだったのか?」


「・・・そうだ。俺が、悪いんだ。」

「・・・最低だな。」

雨竜は吐き捨てるようにそう言うと、踵を返し一護へ背を向け歩き出す。





第九話 『関門』





勝手に遠ざかっていく雨竜の背中に、一護は慌てて追いかけた。

「おい!ルキアの居場所は・・・」

「勝手に探せばいい。僕には関係ない。」
「な?!ふざけんな!井上とは話しをつけただろう?!」

足を止め、振り向きざまに雨竜は怒鳴る。

「ふざけているのはきみの方だ!」

戦いのとき以外、石田はここまで昂らせた感情を剥き出しにしたりはしない。

そう思い、一護は納得した。

これは石田にとって戦いなのだ。
井上を守るための戦い。

それならば俺はルキアの為に戦うだけだ。

それなら、誰にも負けたりしない。

「石田。お前の気持ちも俺はわかる。井上を傷つけておきながら、すぐルキアを追う俺を許せない気持ちも。
だけど、井上はわかってくれた。俺の過ちを・・・完全に許してくれた訳ではないだろうが、それでも許すと言ってくれたんだ。
だから、お願いだ!お前しか頼れない!ルキアを探し出したいんだ!!」


「・・・僕の気持ちがわかるだって?黒崎。きみに僕のなにがわかるんだ!」

それでも井上の為に戦う雨竜は手強く、簡単に首を縦には振らない。
ならばその首を強引に折ってでも振らせてみせる。

一護はもう一刻の猶予もなくルキアを見つけ出したい一心で、反撃の手を強めた。


「わかるんだよ。・・・石田、お前井上が好きなんだろう?だから、俺が許せないんだ。」

「?!な、なにを莫迦なこと言い出すんだ?!か、勝手な推測で変な言いがかりはやめてくれ!!」


瞬時に石田の顔は沸騰したように朱に染まり、動揺を隠し切れない手つきで落ち着きなく眼鏡を押し上げる。

だが一護は隙なく雨竜を攻め立て、行き止まりへ導こうと必死に言葉を紡ぐ。

「井上が好きなら、わかるだろう?
お前の言うとおりにすることは、俺はルキアが好きなのに井上と付き合っていくことになる。
それでいいのか?それで、井上は本当に幸せなのか?」


しかし雨竜は動揺しきった反応をぴたりと止めると、しばらくの間そのまま静止した。

一護は黙って様子を窺っていると雨竜は予想外の反応を見せ、一護に向かって寂しげに微笑んだ。


「・・・きっと、井上さんは幸せだよ。黒崎が側に居てくれれば、それだけで幸せなはずだ。」

「・・・!!」
一護は驚きのあまり一瞬言葉を失った。

きっと雨竜はもっと怒り、怒鳴り、それでも最後には納得してくれると思っただけに驚きは隠せない。

雨竜はふぅっと、溜息をつくと一護を見つめた。
この表情もルキアを想い、激昂した後に見せた悲しい恋次の顔とだぶる。

「黒崎。なぜ、井上さんではだめなんだ?彼女はいつでもきみを一番に想い、一緒に戦ってきたじゃないか。
どうしてわざわざ死神を選ぶんだい?すぐ側にきみを最も必要としてくれる人がいるのに、・・・僕には理解できないよ。」

その雨竜の言葉に、今度は一護が目を細め、静かな声で返答する。
「石田・・・それは、違う。」

「違う?なにがどう、違うんだい?黒崎。僕に説明してくれないか?」

再び挑発的な態度の雨竜を真っ直ぐに見つめ、力強く一護は言う。

「石田。お前・・・井上が死神なら、絶対に好きにならないか?」


「な!・・・なんだって?」

「井上が死神なら、死神だからって、お前は井上を絶対に好きにならないのか?
・・・そうじゃ、ないだろう?好きになるって、そんな理屈じゃないはずだろ。」


己の織姫への想いを見透かされているような居心地の悪さに、雨竜は思わず視線を外し、それでもなんとか反撃しようと雨竜は声を荒げる。

「・・・く、黒崎!論点をずらして誤魔化すのはやめろ!!今話しているのはそんなことじゃない!」



「俺にとっては、そんなことなんだよ!!」


一護の怒鳴り声が響き、そして沈黙が訪れる。


「俺は、ルキアがルキアだから好きになった。人か死神かなんて問題じゃない。ルキアかルキアじゃないかが問題なんだ。

・・・俺はそれに気付くのが遅かった。だから、井上を巻き込んで傷つけてしまった。それは謝ったから許されるとは思っていない。

でも、今ルキアに会えなかったら、俺は死ぬまで・・・いや、死んでも、ルキアに会えなくなるんだよ!!!

頼む石田!ルキアに会えるなら、お前にどんなに責められても構わない。だから、俺にルキアの居場所を教えてくれ!!!」


「黒崎・・・」

一護の鬼気迫る様子に、さすがの雨竜も気を飲まれそうになり視線を逸らす。
「そ・・それでも、きみは井上さんに対して・・・」


「石田くん!もうやめて!!もういいよ!!!」

悲痛な叫びが響き、織姫が二人の元へ駆け寄ってきた。


突然のことに一護も雨竜も驚きを隠せず、近づいてくる織姫を凝視していた。

「!!い、井上さん?」
「!・・・井上。」

「石田くん・・・。ありがとう。でも、わたしはいいの。もう、いいの。」
織姫は一護ではなく雨竜の元へ駆け寄り、彼の両腕を掴んで顔を伏せた。

突然の織姫の登場に驚きを隠せず、雨竜は目の前にいる織姫に問いかける。
「井上さん。どうしてきみが・・・?」


「さっき公園から帰る途中、遠くから石田くんが公園に向かう所が見えて・・・。
一度、帰ったんだけど、どうしても気になっちゃったから、戻ってきたの。」


そう言うと織姫は顔を上げ、石田の目をしっかりと見つめた。

「石田くん。あたしのためにごめんね。でも、もう本当に大丈夫だから、黒崎くんに朽木さんの居場所教えてあげて?」
「井上さん。でも・・・」

「わたしね・・・知ってたんだよ。黒崎くんの中には朽木さんがずっといたの。
朽木さんがいなくなって、黒崎くんいつも何か探してる顔してた・・・。
だから、わたしはその隙間に入り込んだの。・・・本当に悪いのは・・・汚いのは、わたし。・・・わたしなんだよ・・・」


「井上、違う!それは絶対に違う!!俺が悪い!井上は、なにも悪くない!」

「黒崎くん。いいの。あたしが・・・!」


「わかったよ!二人とももう、やめてくれ!!」


何度でも繰り返す二人の謝罪の言葉に、耐え切れず雨竜は叫んだ。

一護と織姫は揃って雨竜に視線を移し、雨竜はゆっくりと眼鏡を押さえてから静かに話し始めた。

「・・・屋上だよ。黒崎。朽木さんは夜になると、高校の屋上にいつもいる。・・今もね。」

「屋上?高校のか?日中何度も行ったけど、ルキアはいなかったぞ?」

「それは彼女がきみの霊圧を感知して、逃げ回っていたんだろう。
夜になると朽木さんの霊圧は必ず高校へ戻っている。・・・これを、持っていけ。」


シャランと音がして石田は、一護に向かって滅却師のシンボルであるクロス形のアクセサリーを放りなげた。

「なんだよ・・・これ?」
一護はしっかりと手の中に受け取ったそのアクセサリーの放つ、不思議な波動を感じていた。

「それは、自分の霊圧を一時的に隠す能力が含まれている。
きみがただ高校へ向かっていけば、霊圧を察した朽木さんに逃げられる可能性が高いからね。」


「そうか!悪いな石田。・・・それに井上。ありがとう。俺、行くな。」
クロスを握り締め、一護は早々駆け出しあっという間に公園を飛び出していった。



後に残された二人は互いに言葉もなく立ち尽くし、一護の走り去った方向をずっと眺めている。

やがて織姫が口元を優しく綻ばせ、小さな声で呟いた。
「いいな。朽木さん。あんなに黒崎くんに想われて。・・・やっぱり、羨ましいなぁ・・・」

「井上さん・・・」

「あ!や、石田くん、違うよ?!だってわたしずっと黒崎くん好きだったから、まだ完全に諦められないのは仕方ないけど、
二人は早く会うべきだと本当に思ってるんだから、気にしないでね?!」


いじらしい織姫の態度に、雨竜は苦笑した。
「・・・わかってるよ。井上さんこそ、僕のことは気にしなくて良いよ。」


そして織姫は突然しげしげと雨竜を眺め、何気ない風に疑問を口にした。
「・・・そういえば石田くん。どうしてあたしのためにここまでしてくれたの?」


「え?!ど、どうしてって・・・。そ、それは・・・」

どうやら先ほどの一護との会話を、織姫は全部聞いていた訳ではないらしい。
雨竜はなんと答えるべきかわからず、狼狽し頬染めて織姫から視線を外した。



挙動不審な雨竜の様子を見ていた織姫が、突然小さくあっと叫んで一歩雨竜に近づいた。

「石田くん・・・まさか・・・!」



「え?!え、な、な、なに?井上さん・・」

雨竜は全身に妙な汗をかき、ぎくしゃくと音がしそうな程身体を固めていながら、なんとか織姫と向き合った。



二人の間に静寂が生まれ、織姫はしっかりと雨竜は気を抜けば泳いでしまいそうな視線を絡み合わせた。



そして、織姫は大きな声で叫ぶ。



「あたしが二回も泣いてたから、すごく気にしてくれてたの?!」




「・・・・・え?」


予想外に的外れな織姫の見解に、雨竜は全身の緊張感が抜け、その場にへたりこみそうな気持ちになった。


しかし織姫は、そんな雨竜の態度に気付かず、本当に申し訳なさそうに表情を曇らせる。

「ごめんね、石田くん。あの時あたしすごく混乱してて、石田くんの顔見たらなんか気が緩んじゃって・・・。
ただでさえ迷惑かけたのに、黒崎くんにまで話してくれて本当にありがとう。」

「・・・い、いや。いいんだよ。僕が勝手にやったことなんだから、気にしないで。」

「ううん。本当に感謝しているの。・・・でも、あたし、石田くんにそんな風に守ってもらう資格なんかないんだよ。」

「井上さん・・・?」

織姫は自嘲気味に小さく笑う。
「・・・あたしね、すっごく醜くて、汚いの。もう、自分でもびっくりしちゃうくらい!」


「井上さん・・・」


「黒崎くんが付き合っても良いって言ってくれたのが、夏休みの前の日だって言ったよね?
そしたら朽木さんが来たって聞いた時、朽木さんに会える嬉しさより先に・・・なんで今来たんだろうって反射的に思っちゃった。
・・・それも、黒崎くんのすぐ側に居るなんて、すっごくすっごく嫌だなぁって・・・」


「そ、そんなの仕方ないよ!なにも特別、井上さんが悪い訳じゃないじゃないか。」

「ありがとう石田くん。でもね、それだけじゃないの。」

織姫は意識して明るい調子で、雨竜に本音を打ち明けた。


「あたしは最初から黒崎くんの隙を窺ってたんだと思う。
朽木さんがいなくなって、黒崎くんはいつもいつも物足りなそうな顔をして、
皆に合わせて笑って見せながら、心はどこかに置いてきたみたいにみえた。
だからあたしは、黒崎くんがそんな気持ちで生活するのに疲れた頃を見計らって、付き合ってって告白したんだ。」

そしてやっぱり自嘲の笑みを浮かべて呟いた。
「こんなの、汚いよね。全然、綺麗じゃないもん。」


「井上さんは・・・すごいね。」
「え?」

思いがけず優しい声で言われ、織姫は思わず雨竜へと向き合った。
織姫の視線を受け、雨竜は優しく微笑んだ。

「黒崎の心境の変化がわかる位、ずっと見ていたんだから。井上さんは、それ位好きで一生懸命だったんじゃないか。」

「そ、そうかな?」
「そうだよ。それはすごくすごいことだと、僕は思うよ。」


雨竜の言葉に織姫は少しの間顔を伏せ、それから弱弱しい笑みを浮かべて微笑んだ。
「・・・ありがとう石田くん。自分では汚いとしか思えなかったのに、
石田くんに褒められたら、少しは良かったんじゃないかって・・思えてきたよ。」

「なら良かった。・・・井上さんは、全然汚くなんかないよ。好きになったら生まれる、当然の感情じゃないか。」
「うん。・・・ありがとう。本当にありがとう石田くん。」


嫉妬、嫉み、羨望、独占欲。

それらは美しいとは言いがたくも、誰かを想えば必ず生まれてくる感情。
相手を深く想えば想うほど、感情たちは膨れあがり、自分でも制御が効かなくなってしまう。
問題はその感情を抱かないようにすることではなく、その感情をうまくコントロールする事なのだと思う。


なんとなく織姫の周囲の空気が柔らかくなったことを感じ、雨竜は軽く咳払いをした。
「・・・それともここで、僕が井上さんを誘ったら、失恋して弱っている隙に付け込んだ汚い男になるんだろうか。」


「・・・え?」
雨竜の言葉の意味を把握できない織姫は、とても不思議そうな表情で雨竜を見つめた。



「最初から意識して欲しいとは思わない。こんな科白も白々しいかもしれないけど、
ただの友達としてでいいから、気分転換に一緒に出掛けませんか?」


「石田くん・・・?」

「井上さんさえ良ければ、一緒に行きたいと思っていた刺繍展があるんだ。」

「あ、知ってる!世界の刺繍展だよね!あたしも絶対行こうと思ってたんだ!」

「・・・僕とでも、いいのかな?」

「え?・・・あ、うん。全然構わないよ。・・・だけど。」
そこまで言って織姫は混乱したように顔を伏せた。

やっと雨竜の、自分に対する想いに気がついたからだ。

雨竜の気持ちは嬉しいが、一護に失恋したばかりの織姫に、雨竜の想いに答える余裕などない。
どう話すべきか悩み、織姫は口を閉ざす。


「わかってる。」
雨竜はそんな織姫を安心させようと、微笑んだまま頷いた。


「黒崎の影がなくなるまで、完全に友人として接するから。僕、こうみえても案外気は長い方なんだ。」
「・・・石田くん。」

優しさに満ちた雨竜の視線に織姫は不思議な安心感を感じ、織姫は眩しげに雨竜を見つめた。

織姫の心には今でも一護が大半をしめて存在している。

でも、それもいつかは消えていくはず。

限られた時間を精一杯生きた蝉のように、地面に転がりもがき続けても。
心はそこで死ぬわけではない。
新しい想いも、また必ず生まれてくるのだから。



「・・・黒崎くんは、もう、学校に着いたかな?」

なんとなく寂しくも穏やかに、織姫は自然と一護とルキアのことを想った。

織姫の微妙な心情を察した雨竜は、小さく頷く。


「・・・そうだね。もうすぐ、会えると思うよ。」

 




一護は走った。


ルキアを目指し、迷いなく夜の道をひた走る。


途中街頭が途切れ、濃い闇に沈む道にさしかかると頭上にぼんやりとした小さな光が、一護を誘うようにふらふらと舞った。


「・・・なんだ?」
一護は少し速度を緩め、その光を凝視した。

光はふらつきながらも一護へと真っ直ぐに飛んできた。

それは、初めてルキアと出会った時に現れた黒揚羽。

 

尺魂界からの使者、地獄蝶であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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