(やっぱ海だろう。)

夏休み初日の午後、一護は旅行雑誌を眺めつつ部屋で計画を立てていた。


春、ルキアと一緒に桜を見ていた時、彼女の方から告白された。

一護は嬉しかったが、同時に自分から言い出せなかった事を不甲斐無く感じていた。
女の方から告白させるなんて、男として情けない。


だから夏休みに入ったら、自分からどこか出かけようと誘うことを心に決めていた。


その第一候補が夏だから海!となった。





『 海の日 』





「・・・あとは。」
どんな風に誘えばいいのか?
ルキアにからかわれて行くのはヤメだ!なんて、絶対言わないようにしないと・・・。
少年はベットに倒れこみ、思案する。

(あいつ、喜ぶかなー・・・)


昼ご飯を済ませた後の心地よい眠気にまどろみ、うとうとと意識を遮断しかけたその瞬間。


「一護!!」


突然頭上でルキアの鋭い叫びが響き、一護は慌てて身を起こした。
「!!んなっ!なんだ?」
「すまん一護。緊急なのだ。」


死神装束姿のルキアが部屋の窓から現れた。

その声は切迫しており、事の重大さがうかがえ自然と一護の顔も引き締まった。

「なんだ?虚か?どこ出たんだよ?!」

「いや、こちらではない。私もよくわからないが、あちらでなにかあったらしい。
とにかく至急帰らねばならん。しばらくは戻れないはずだ。突然で悪いが後は頼むぞ。」

言いながら押入れの荷物を手早くまとめ、再び窓に足をかけた。

「なっ?!おっ、おい!手が必要なら俺も行くぞ!!」

「その必要はない。」
「はっ?」
やけにキッパリと即答され、一護は強張った顔で固まった。


「よくわからないが、一護は絶対連れてくるなと指令があってな。
折角の夏休みだ。ゆっくり休んでいてくれ。では、行ってくる。」
ルキアは力強く微笑むと、窓から飛び去った。

「おっ・・・!!」

一護は急いで窓際に駆け寄ったが、ルキアの姿は既に遠くその声は届かない。

「・・・おい・・・」


その呟きは夏の風に掻き消され、一護はしばらくその場で呆然と立ち尽くしていた。

 

 

こんなに夏休みを長く、つまらないと思ったことはない。


あの日以来ルキアからの連絡はなく、一護は鬱々とした毎日を送っていた。

何回かケイゴ達に付き合いはしたが、それでも家で過ごす時間が圧倒的に多く、かなり早い段階で課題は全て終わらせてしまった。
妹達にせがまれ家族で2回位日帰り旅行に付き合う位で、それでも海には絶対に行かなかった。


海にはルキアと・・・


その想いを消すことが出来ずにいたが、今日で夏休みが終わる。


(・・・あいつ、帰って来ねぇのか?)
夏休み初日と同じく、朝からベットに寝転び一護は暗い気持ちで溜息をつく。


本当は何度か尺魂界へ行こうと試みた事はあったが、よくわからない言い訳をされ浦原に門を開けてもらえなかった。
知らない所で、何か取引があったらしい。



ルキアがいないと世界が色を無くしたように味気ない。


そのつまらない世界に背こうとしているように、一護は固く眼を瞑る。



(あいつに・・・会いてぇ・・・)



やけに心細い気持ちで素直にそう思うと、ルキアの顔を思い浮かべる。



(こんなキャラじゃなかったのに・・・すげぇ俺、バカみたいだ。)



女に会えない位でこんなに落ち込むなんて、自分でも信じられない。



普段、女の事でやけに騒ぎまくる啓吾を見て鬱陶しいと思ったりしたのに、それ以上に今の俺が一番鬱陶しい。

時計を見るとまだ午前九時をまわったばかりだ。
妹達は最後の日を遊びつくそうと、もう学校プールに飛び出して行った為、家の中は静けさを保っている。

ルキアが居なければ、なにをする気もおきない。しかたがないから寝て過ごすか。本気でまた寝ようとした瞬間だった、



「一護!遊びに行こう!!」

「?!!!う、わぁぁぁ!!」



突然窓が開き、出て行った時と同じように突然ルキアが現れた。



そしてベットに寝転んでいる一護を見て目を丸くする。
「なんだ貴様。このような時間なのに、もう寝ておるのか?」

「・・・な、なんなんだよ!突然!お前は!!びっくりすんだろうが!」

するとルキアはニヤリと小莫迦にしたような顔をする。
「霊圧を感知しておらんのか?まだまだ未熟だな。」



久しぶりの感動の再会・・・とはいかず、顔を見合わせた途端、二人はいつものように応戦しあう。



しかし一護は胸の中で焦っていた。違う違う。俺が言いたいことは、こんなことじゃねえのにーーー



ルキアはハッとし、慌てて一護に向かって叫ぶ。
「そうだ!こんなことをしている場合ではなかった!一護、どこか遊びに連れて行け!」

「・・・なんだその命令は?」
「良いではないか!夏休み中、私がいなくてのんびりしたのであろう?だったら私も、遊びに連れて行け!」

「っつーか、お前向こうでなにしてたんだよ?」
「それがな。兄様からの指令で緊急に帰還しろとのことに、なにかあったと思ったら、
百年に一度の朽木家の恒例行事とのことで、外部との接触も禁じられずっと家に篭っていたのだ。
やはり貴族の暮らしは堅苦しくていかん。だから、どこかに行きたいのだ!」

なんとなく、休み中一護の元からルキアを遠ざけるための白哉の嫌がらせくさく感じたが、
余計な事は言わないほうが懸命と、一護は難しい顔をして見せ呟いた。


「まぁ・・・いいけど。」
「よし!では着替えてくる!どこに行くか、考えておけ!!」
そう言ってルキアは押入れの中に納まった。



一護は思った。


行く所は、一ヶ月以上前に決めてある。

 

 

八月最後の海辺も、そこそこ泳ぐ人もいて、浜辺もまあまあ賑やかだった。
適当に昼飯を済ませてから来たので、時刻は一時を回る頃、二人は海に到着した。


「海!」


ルキアは感動したように瞳を輝かせ、目の前に広がる大海原を感慨深げに見守った。

「海だぞ一護!ここの水は塩辛いのであろう?書物で読んだことがあるぞ!!」
「・・・当たり前じゃねえか。」
「そんなことはない!海の記述は読んだことがあるが、実際見るのは初めてだ!!ありがとう一護!良い所へ連れてきてくれた。」


ルキアは興奮しきって喋り捲り、頬も薄っすら蒸気している。
無邪気にはしゃぐルキアを見つめ、自分の選択は正しかったのだと、一護は胸の中でガッツポーズを決めた。


ルキアは可愛いらしい淡いピンクのワンピースをひらめかせ、海に向かって走って行った。
「おい、気をつけろーーー」


べしっ


砂に足をとられ、一護の声が届く前に、ルキアは盛大に転んだ。


「お、おい!お前、大丈夫かよ?!」
慌てて一護が駆け寄ると、砂に顔から突っ込んだルキアが、涙ぐみながら顔を払っていた。

「うぅ〜一護。砂が口に入った〜」
「・・・足元、気をつけねぇからだろ。」


子供のようにぐじぐじと泣くルキアの髪から砂を払ってやり、立ち上がると一護は手を差し出した。

ルキアは何も言わずその手をとり、立ち上がる。そして手を離そうとすると、一護はしっかり握ったまま離さない。


「一護・・・?」

不思議そうにルキアに問われ、一護は出来るだけぶっきらぼうに、顔が赤くならないように注意しながら言う。


「また、転ぶかもしんねぇだろ?」

「・・・そうか。・・・それも、そうだな。」
ルキアはやや顔を赤らめ、それでも一護同様意識して素っ気なくそう返した。

手を繋いだまま二人は砂浜を歩く。


お互い意識して、意識しないふりをしながら。




波音よりも鼓動を早めながら、繋がる手の感触に、ニヤけてしまいそうになりながら。

 

 

夕陽が海に照らされ、水面をキラキラと煌めかせる。

波の音も日中より、若干ゆったりとしているように聞こえるには気のせいだろうか。

とっくに泳ぐ人はいなくなり、砂浜には一護やルキアのように、
ロマンチックな海を楽しむカップルと、付近の住人であろう人達が散歩を楽しんでいた。



「・・・綺麗。」


泳ぐつもりはなかったので、二人は海沿いをふらふらし、近くの土産物店を覘き、
そしてまた海に戻って砂で城を作るなどして遊んだ。

そして今は人気のない堤防の上に腰掛けており、もう何度目かの同じ科白を、ルキアは溜息と共に言う。



“綺麗”ルキアが言うと、一護は過剰に反応してしまう。

それは、数ヶ月前に深夜の桜並木でルキアが告白してくれた時、桜を眺めてはやたらルキアが言っていた科白だからだ。

思えばあの時も、本当はルキアは緊張していたのかもしれない。

それを誤魔化そうと、平常心でいようと、とにかく桜に意識を向けていたのかもしれない。
きっと今は、そんな余計なことは一切考えていないであろう。そうであって欲しい。

あの時俺は何も考えず、眠いだの、何もこんな時間にだの、文句しか言ってなかった気がする。

その時ルキアはどんな気持ちだったんだろう。考えると一護は切なさと後悔に胸が締め付けられる。



「・・・一護?」


何も言わずただ黙ってルキアを見つめていたら、海を見ていたルキアが一護の方を向いた。

「どうした?恐い顔をしおって。疲れたのか?」
「地顔だよ。悪かったな。」
「おぉ!そう言えば、そうであったな!すまんすまん!」

一護の返答にルキアは笑い、つられて一護も笑い出す。
なんとなく思いつめていた緊張が解け、一護は素直に胸のうちを語った。


「・・・本当はさ、もっと色々考えてたんだよ。」

「ん?何をだ?」

「夏だから、花火もあるし、お祭りもある。あとよくわんねーけど、
夏には色々イベントあるから、二人でいけたらいいなって思ってた。」


「・・・すまなかったな。折角色々と考えてくれたのに。」
ルキアはやや暗い声で一護を見た。でも一護は明るい声で応じ、安心させるように笑った。

「でもよ。一番最初に考えてたのは叶ったから、あとはまあ来年のお楽しみで
・・・あぁ。受験か。・・・でも、いいさ。一日二日くらい。一緒に行こうぜ。花火とか祭りとか。」



「・・・ありがとう一護。約束しよう。来年は必ず一緒に行こう。」


するとルキアは指きりの代わりのように、自らそっと一護の手に手を重ねた。

はっとしてルキアを見ると、ルキアはもう海を見ており、その横顔はほんのり赤い。


一護は秘かに自分に気合をいれる。

また、ルキアにまかせるのか?恥ずかしがってる場合じゃない!俺だってルキアにーーー


「・・・ルキア。」
緊張で、やけに喉の渇きを覚えながら、それでも静かにルキアの名を呼ぶ。


「どうした?一護?」

ルキアは笑顔で一護を見上げる。
その全てが愛おしい。


重ねられた手を優しく握り、もう片方の手をルキアの頬に添えて軽く上向かせた。


「・・・い、ちご?」

「ちょっと、黙ってろよ。」



一護は不安と緊張にやや強面な表情で、それでも柔らかくルキアの唇に唇を重ねた。



触れ合った瞬間、一護の胸に稲妻が閃く。





(なんだこれ?!まじ柔らかい・・・っつーか、気持ちいい・・・!!)





少々浪漫に欠ける感想ではあるが、ルキアとの初めてのキスに、一護は蕩けてしまいそうな感動に浸る。


唇を離し、ルキアを見ると、ルキアは恥ずかしそうにやや俯き、それでも嬉しそうに笑っていた。



嬉しくて、恥ずかしくて、でもものすごく幸福で。あんまり幸せで鼓動が早く、眩暈を起こしてしまいそうになる。



「・・・な。ルキア。」

「なんだ?」

「もう一回。・・・いいか?」

「なんだそれは?・・・全く、ムードのない奴だな。」



ルキアは小さく笑い、それから黙って目を伏せた。


一護はゆっくりと、大切にその唇にもう一度舞い降りる。


一護は二度目のキスの感触に蕩けながらも、ファーストキスが海でなんて、恥ずかしくて誰にも言えない。
とりあえず無難に、俺の部屋でってことにしよう。などとそんな事を思っていた。






波音が繰りかえし、響き囁く。



待っているから来年も、一緒においで。と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 ・・・ラブラブですよね?ちゃんとラブラブしてますよね?(不安)
 いわゆる一般的?なラブラブってなんだろう?とか考えたら、全然答えが出てこなくって、
 とりあえず私の思うラブ定義?『ルキアを想い恋しがる一護』と『嬉し恥ずかし初チュー』を盛り込んでみました。
 ちなみにルキアさんは慰安旅行で海経験済みのはずですが、これでは海初対面ってことで!
 無邪気にはしゃいで転んで欲しかったんだよぉ・・・。
 2008.10.10

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