たった一日ではあったが、夏を共に過ごした二人は、確実にその距離を縮めていった。
それは、手が触れそうで触れなかった距離から、しっかりと握り合える距離になる。
口を開けば子供のような喧嘩をするのは相変わらずだが、その分仲直りの印に軽いキスをしたり、
冗談のふりをしつつ軽い抱擁をしてみたり、そのての事にかなり奥手で疎い一護でも、着実に触れ合う機会を増やしていった。
そうなってしまえば、お年頃の少年がそれ以上の距離を望むようになるのに、それ程時間は必要ない。
ただでさえ二人きりで部屋にいる時間も長い。
意識するなという方が無理であろう。
いや、無茶ですらある。
強烈な残暑も終わり、朝の空気に身震いするようになると、
街頭に植えられた木々も色づきはじめ、季節は人肌が恋しくなる秋を感じさせるようになってきた。
『 楓の日 』
「一護!戻ったぞ。」
「おーう。」
浦原商店から戻ったルキアはいつものように窓から顔を出し、一護は開いた本から顔も上げずに返事する。
妹達と親父もいない静かな休日の午後の黒崎家で、一護は一人で読書を楽しんでいた。
ルキアは手にしたコンビニのビニール袋をがさつかせ、身軽に部屋へと飛びおりた。
「一護!街頭の楓の木が見事に紅葉しているぞ!もうすっかり秋になったのだな!」
「・・・ん。そうか。」
この上の空な返答に、嬉しそうだったルキアの機嫌はコロリと反転し、不機嫌な顔で一護の頭を引っぱたいた。
「!!ってぇ!てめなにしやがる?!!!」
「うるさい!たわけが!!折角土産を買ってきてやったのに、なんだその態度は?!」
ルキアは持っていた袋を一護へと放りなげ、一護は慌てて手を差し伸べ受け取った。
中にはプラスチックケースに納まった、チョコレートケーキが入っている。
最近のコンビニスイーツはなかなかレベルが高く、これは一護のお気に入りのケーキであった。
「な!ケーキ入ってんじゃねぇか?!投げるんじゃねぇよ!!」
「うるさい!貴様が悪いのであろうが!私は喉が渇いた!早急に茶を淹れてこい!!」
「・・・ったく。しょーがねーなー。」
ルキアはすっかりへそを曲げ、座っていた一護を引っ張り立たせた。
一護はルキアが自分の好きな白玉を我慢してまで、自分の好物を買ってきてくれたことに秘かに感動しながらも、
顔は渋面を作り面倒臭そうに、それでも素直にお茶を淹れるべく部屋を出た。
自分用にはコーヒーを。ルキア用にはココアを準備し、カップを手に部屋へと戻る。
するとルキアは床に座りベットにもたれ、まだ不貞腐れた様子で興味なさげに一護の雑誌をぱらぱらと眺め見ていた。
その子供のようなルキアの様子に、一護は胸から可笑しさと愛しさがこみあげるのを感じる。
一護はテーブルにカップを置くと、ルキアの横に座り、逃げ出されぬようすぐに両手でルキアを優しく包み込む。
「ルキア・・・」
「・・・なんだ。」
一護の呼びかけに、ルキアは僅かに声を尖らすがそれはポーズでしかないことを知っている。
一護は片手をルキアの頬に添え、自分の方へ上向かせるとルキアはそれに素直に従った。
あの夏から数えてもう何度目になるかわからぬ、触れるだけの優しいキスを交わす。
何度交わしてもこの感触に慣れることはないであろう。
唇が合わさるたびに一護もルキアも、その感触にいつも頭の先まで甘く痺れる感覚を味わった。
それだけにあまり長い時間触れ合うことは出来ない。
一護は自制が効く短い時間ですぐに顔を離すのだ。
「適当に返事して、俺が悪かったよ。な、機嫌直して一緒に喰おうぜ。」
「・・・最初から、素直にそう言えばよいのだ。」
ルキアはやや頬を赤く染め、それでも強がるようにそう言った。
どれだけ親密になってきても、この憎まれ口だけは直りそうにない。
一護は苦笑しつつルキアの身体を解放し、そしてルキアの着ているフードに赤いものを見つけた。
「?・・・なんだ?これ?」
「!い、いきなりなんだ一護!・・・あぁ!なんだ。それは楓の葉ではないか。」
一護に突然フードに手を突っ込まれ、ルキアは驚き、それから一護の指に摘まれた赤いものの正体を見た。
「楓?あぁ。もみじか。」
一護は綺麗に真っ赤に色づいた楓の葉をひらひらと回してみる。
ルキアは嬉しそうにそれを眺めた。
「私が見てきた楓の木がこの色に全部染まっていて、それは見事な紅葉だったぞ!」
「へー。確かに、木の葉っぱが全部こんなに真っ赤なら、見ごたえありそうな光景だな。」
「そうだ!だから見事だと言ったのに!どうだ一護。お茶を飲んだら散歩がてら見に行かんか?」
「そーだなー・・・」
それから一護は何か思いつくと、テーブルの上に楓の葉を置きもう一度ルキアに向き合った。
ルキアは改めて向き直ってきた一護を、きょとんとして見上げる。
「?どうしたのだ?一護?」
一護は少しだけ悪戯っぽく微笑んで、ルキアの頬を両手で包む。
「・・・別に出掛けなくても、ここで見れるんじゃねぇの?」
「なにが・・・ん!!」
ルキアの言葉は一護の唇によって封じられる。
いつも自制でそれ以上進めなかった触れ合うだけのキスから、初めてルキアの口中へ一護の舌が侵入した。
その舌がルキアの舌をたどたどしく求め摺り合い、その初めての感触にルキアは耳まで真っ赤に染まる。
「んんっ!・・・んむっ・・・・ふぁっ!!」
ルキアは混乱と動揺に瞳を潤ませ咄嗟に逃げ出そうと試みるが、
一護の両手にしっかりと顔を固定されているのでそんな事は叶わず、恥ずかしげに甘い呻きを漏らしてしまう。
でも本当は一護も必死だ。
この行為に対する知識はあるものの実践は初めてなのだから、
舌をどう動かせばいいのか分からず必死にでも慎重に動かし、
それでもルキアにはそれを悟られないよう努力しながらリードする。
十分ではないが、なんとか感触を味わい、一護は顔を上げると、
予想通りルキアが真っ赤な顔で瞳まで潤ませ息を弾ませている。
本当は一護もいっぱいいっぱいの気持ちではあったが、なんとか虚勢を張りつつ余裕あるような笑みを浮かべた。
「・・・ほら、葉っぱに負けないくらい、お前、顔赤いぞ。」
「!!・・・こ、この莫迦ものが!」
ルキアは恥ずかしさとからかわれた腹いせに思わず手を振り上げ、それは的確に一護の頬にヒットした。
ぱっちん
「ってぇ!!お前、何本気で殴ってんだよ?!!」
「やかましい!このたわけものめ!!!大体貴様が・・・・・くっ!」
ルキアは怒鳴る途中で何かに気付くと、思わず口元を手で押さえ笑いを止めた。
「ふっ・・くっくっくっ・・・」
「な、なんだよ?なに笑ってんだ・・・?」
背を丸め笑い続けるルキアを気味悪そうに眺め、一護が声をかけるとルキアは一護の顔をびしっと指差した。
「・・・貴様の顔にも・・・ふふふっ・・・楓が・・・出来た。」
「?あぁ?なんだ?」
気付かぬ一護にルキアは自分のバックから小さな手鏡を手渡し、それを覗き込んだ一護は納得した。
確かに一護の頬にルキアの手により貼り付けられた、真っ赤に色づく楓の葉がくっきりと浮かび上がっていたのだ。
「・・・やられたな。」
「それはこちらの科白だ。莫迦ものが!」
それから二人は一瞬見つめ合い、堪らず同時に笑い出した。
初の大人のキスの出来事は、お互いの顔に紅葉を見つけ、笑い飛ばしこの件は終結を意味した。
一護はなんだか格好つかないと思いながらも、すごく俺達らしいと楽しくも思えた。
いつものようにつまらぬ喧嘩から仲直りをして、和やかにお茶を済ませると、ルキアは大きな欠伸をした。
「・・・でっけー口。」
「るさいっ!・・・全く、折角の休日だったというのに、浦原の奴。朝から呼びつけおって!」
今朝早くからルキアは浦原商店へ出向き、尺魂界へ提出する書類やら手続きやらをこなしてきた。
それというのも浦原が、うっかり今日までの期日であったことを忘れていたのが原因だ。
ルキアは悔しげに眉間に皺を寄せ、それからもう一度欠伸が出た。
「・・・一護。そこに座れ。」
「あぁ?なんだよ?」
「いいから!早くそこに座れ!!」
ルキアに怒鳴られ、一護は素直に指し示された場所へとベットを背に腰を下ろす。
するとルキアは無造作に一護の膝に頭を乗せた。
「お、おい・・・!」
「少し寝る。」
ルキアはそう言うと、すぐさま静かになった。
一護は初めての膝枕がしてもらう側ではなく、してあげる側なのに少なからず動揺した。
なにがどうという訳でもないが、なんだか妙に嬉しくも気恥ずかしい気分になる。
それにこんな間近で眠るルキアを観察することも初めてで、失礼だろうと思いつつもルキアの寝顔から目が離せなくなってしまった。
黙っていればルキアは間違いなく、美人と称される部類だと思う。
端整な顔立ちに滲み出る気品。
まるで完璧な人形のようにさえ見えてくる。
しかし、ひとたびその口が開けば、喧嘩っ早く悪戯好きな子供のような幼さが目立ち、美人より可愛らしい印象を受けるのだ。
一護の固い膝の上でも、ルキアは気持ち良さそうに眠り続ける。
その顔を見ているだけで、一護の気持ちも幸せでいっぱいになり、自然と顔が緩むのを抑えきれない。
とてもじゃないがこの状況はだらしなすぎて、人に見せられたものではないだろう。
一護は少し乱れたルキアの黒髪を優しく撫で直す。
髪に触れる行為はキスのような親密さを感じ、それだけでも鼓動が高鳴る。
ルキアの髪の艶やかな感触。
柔らかくもハリのある、綺麗な艶を宿した黒髪。
その髪に自由に触れられる権利を持った自分の位置に、一護は改めて喜びと優越を感じずにはいられない。
なんとなく細い肩に手を置き、ルキアの温もりに一護の顔は更に緩みそうになった。
幸せだ。きっと、こーゆーことを幸せって言うはずなんだ。
ルキアに出会って一護の世界は変わった。
母を亡くした罪の意識も、周囲の者全てを護りたい意志も、そして、愛する者と一緒に寄り添える日々を。
それら全てルキアに出会い、もたらされたものなのだ。
ルキア。
ルキア。
本当に、感謝しているんだ。
罪の意識に心に降り続く雨を止ませ、その上、俺にとって最も大切で愛すべき存在になってくれた。
そして今、その身体の全てを俺に預けてくれている。
俺が思うように、お前にも俺は何か返せるだろうか?
強くありたい。お前のためにもっともっと。
それは闘う力だけではない。精神的な面においてもそう思う。
ルキアに頼られ、その期待を裏切ることがないように強く。
しばらくの間飽きることなくルキアの寝顔を見つめているうちに、一護もだんだん瞼が重くなるのを感じる。
一護はルキアに負けぬ大きな欠伸をひとつすると、眠気に抗うことなく身を委ねた。
今日も二人は些細な喧嘩をし、甘いキスと大人のキスを交わし、また喧嘩して、それから笑いあい、一緒にお茶をして、一緒に眠れる。
お付き合いが始まってから半年以上の時間がたち、キスを交わすようにはなったが、
出会った頃から大きく状況が変わっているとも思えない。
でもいい。
これが二人の丁度いい速度なんだ。
冷たい風が窓を叩く。
外は木枯らしが吹きつけても、この部屋で眠る二人の間は暖かさで満ちている。
いいわけ
ぎりぎり間に合った?間に合ってない?書き上げたのが10:30前。
これから見直して、レイアウトして、背景つけて、更新して・・・ま、間に合うのか?日曜更新!
結局三番目に思いついた話にしました!
最初のは思いきって没にして、それをベースに別パターン書いてみて、やっぱりやめて。
思った以上に糖度高めになってくれて、その辺は良かったんですが、
やっぱり煮え気味状態なのが影響しているのか、話の繋ぎがなんか変・・・。
で、でも!秋って季節を思った以上に強調して話が構成できたのではないかと思っています!
あぁ!もう時間ないので、いいわけもこの辺でやめます!間に合え〜!
2008.10.19
material by 戦場に猫