「・・・ふぁっ」
歩きながら一護は大きな欠伸をひとつする。

その口の中にひらりと一枚の花びらが紛れ込み、一護は激しくむせこんだ。


「?!!!げぼっ!!」

 

「大きな口で欠伸なぞするから、桜が怒ったのだぞ。」


その様子を傍らで見ていた黒髪の小さな少女が、愉快そうに笑い声をあげた。






『 桜の日 』





「げほ、げほっ〜〜〜〜。もっ、もとはと言えばお前のせいだろうが!」


「なんだ一護。桜は嫌いか?」


苛立ち紛れに声を荒げる一護に、なんの悪意もなくルキアは尋ねてくるので、
一護は少々気まずい思いで顔を背けた。


「ごほっ!・・・そーじゃねぇけど、今何時よ?」

「出たのが11時だったから・・・半位ではないか?」

「だーからよー。なんでこんな深夜なんスかね?」

「なにをいう!急がねば、明日にはもっと散ってしまうではないか。」


二人はもう数分で日にちが変わるような深夜に、散り始めた桜並木を歩いていた。

街灯がたっているので見物するには問題ないが、全体的に葉桜になりつつある。

それでも闇夜に浮かぶ桜の花は幻想的で、散り行く様も儚く美しい。


ルキアは見上げ、嬉しそうに溜息をついた。

 

 

「桜を見に行くぞ。」

今日はもう寝ようと思っていた一護を、引っ張りだしたのはルキアの方だった。


二十分程歩くと、この辺では有名な桜並木に着く。
しかし見頃はとうに過ぎ、多くの木が葉桜となっている。
 

「すまんな。」

「あ?」

「眠いのに引っ張り出して。」

「・・そー思うんなら、明日で良かったじゃねぇか。」

「いや、風が強くなっていたから明日では間にあわんと思ってな。」

「・・まぁ、それはそーかもなぁ。」

一護も改めて木々を見回すが、残った花も風に煽られ見る間に散っていく。



その光景は美しくも、残酷で儚い。

 

ぼんやりと降り注ぐ花びらを眺めていた一護は、
数歩前を歩いているルキアの後姿が花びらに包まれた瞬間。



突然、なんの前触れも無く、奇妙な不安に囚われた。

 




ルキアが、消えてしまう。




俺の側から・・・居なくなってしまう!!

 




「ルキアッ!」





一護は叫ぶと同時に走り寄り、ルキアの腕を強く掴む。

 



ルキアは驚き、目を丸くして一護を見上げる。




二人は見詰め合ったまま、そのままの姿勢で数秒固まった。

 

「・・・なんだ突然。どうかしたのか?」


「あ?!・・・あーいや、なんでもねぇや・・・」


先に口を開いたのはルキアの方で、それで我に返った一護は、慌てて掴んだ腕を離すと足早に先へと進む。



どうやら桜の魔力に、目が眩んだらしい。



一護はどう言い訳すれば良いかもわからず、誤魔化そうとなんでもない風を装い歩き続けた。



今度はルキアが一護の後姿を見送り、やがて小さく笑みを浮かべ、小走りで追いかける。

 

追いついたルキアは、一護を見上げ、子犬のようにまとわりつく。
「なあ一護、一体どうしたのだ?」


「あー、なんでもねぇよ。」

「なんでもないわけなかろう。どうしたのだ?」

「・・・しつこいぞ!本っ当に、なんでもねぇんだよ!!」

「お前はすぐムキになる。ガキな証拠だ。」

「うるせぇよ!ガキなのはお互い様だ。」

「なにっ!私のどこがガキだとゆうのだ?!」

「そーゆートコだろう。」

「貴様っ!!」

ルキアは小さな拳を振り上げ殴りかかり、一護は器用に避けて歩く。

深夜の桜並木の下、二人は騒々しく喚き続ける。

それはとても楽しげで、無邪気に。

 

 

「どうだ一護!来て良かったろう?」


小競り合いも一段落し、ルキアは道の真ん中で立ち止まると、
得意げに両手を腰にあて威張ったように一護を見上げる。

しかし一護は、ルキア程の情熱はなく、それでも律儀に桜を見渡した。


「あぁ・・まぁな。」

「春は桜だ。桜を見んとなんとなく落ち着かん。」

「学校でも咲いてただろう?」
ルキアは再び歩みだし、それに一護はつき従う。

「桜を見に行く為だけに、出かけるという心構えが大事なんだ。」

「・・・そんなもんかよ?」

「そーゆーものだ。」

ルキアはなぜか浮かれたように喋り続け、一護は上の空に返事を返す。


もう少しで並木を抜けそうになると、ルキアは急に歩みを止め空を仰いだ。
つられて一護も足を止め、同じように空を仰ぐ。

 

桜の花びらが舞い散っていく。

その様は優しい雨にも似ているようだ。

 

やがてルキアが、小さな声で呟いた。

 

「・・・なぁ一護。」

「ん?なんだよ?」

「・・・いや、なんでもない。」

「は?なんだよ、言いかけてやめんなよ。なんだ?」

「いや、本当になんでもない。」

「・・・っだよ。」

 

一護は頭を掻きながら歩みだし、後ろからルキアもゆっくりとついていく。


それからまた、ルキアが話しかけた。

 

「・・・あのな。」

「・・あぁ?」

「・・・やはり、良い。」

「はぁ?なんだよお前。なんか変だぞ?」

「・・・なんでもない。」

「??変な奴だなー」

 

ルキアは一護を小走りで追い越し、少しだけ前を歩き、前を向いたまま話しかけた。


「・・・あのな。」


「だから!なんなんだよ!」


いい加減焦れて声を荒げた一護の次の言葉が飛び出すより早く、振り向きルキアはハッキリと言った。

 



「一護が、好きだぞ。」



 

思いもよらぬルキアの言葉に、間の抜けた表情で一護の動きが止まる。

 

ルキアは一護の顔が見れず、すぐに前に向きなおり、
真っ白な肌の頬がほんのりと桜色に染まった。

 




『今日、告白しよう』



ルキアはこの想いを胸に、決死の覚悟で一護を誘った。


なぜ今日なのか、などの理由はない。


ただ一護を想う気持ちが大きく育ちすぎ、ルキアの小さな胸が一杯で苦しくなってしまったのだ。


結果を恐れてはどこにもいけない。


勇気を出せ。
もう私は、臆病者ではないはずだ。



伝えよう。


伝えたい。



一護を想う、私の気持ちを。

 

二人は動き出すことが出来ず、距離を保ったままその場から動くことができない。


沈黙の空気が固まり、身動き取れなくなることを恐れ、ルキアはなんとか桜を見上げる。


「・・・本当に綺麗だなぁ。」
そして、意識してのんびりとした声を出す。



好きな人と見る桜は、今まで見た桜と違う特別な美しさを感じた。



「・・・ああ。」
後ろから一護の、押し潰したような声が聞こえる。

 

 

 

突然ルキアは後ろに気配を感じると、いつも側にある見慣れた逞しい腕に抱かれた。



一護は何も言わず抱きしめる。


ルキアも何も言わず身を任せた。



この温もりが、言葉なくとも想いがひとつであると、明確に示してしてくれた。



ルキアの胸に喜びと暖かいものが満ち、その想いの雫が一粒、瞳から溢れた。





その時一斉に桜はその身を震わせ、二人を祝福しているかのように、



幾万の花びらを降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 うちの一護はいつもいつもルキアに翻弄されていますので、たまにはいい思いをさせてあげようかと。
 韓国ドラマを見習って、四季シリーズ第一弾『春』(古い上に嘘。見たことない。)
 お題がラブラブで、これではそーでもないとは思うのですが、
 まだ付き合うことになったばかりの二人なので、始まりはこんなものかなぁと。
 これから少しずつ糖度があがっていく様を描いていきたいです。良いラブシチュあれば、是非教えて下さい☆

 2008.10.5

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