現世に暮らしていた時、私は一護になんでもねだった。
それはたわいものないものばかりで、その全てを思い出せない程多くの物を、私は一護になんでも欲しいと訴えた。
例えばそれはテレビでCMしていた新発売の飲料であったり、綺麗に飾られた尺魂界では見たこともない美しい菓子であったり。
私は思いついくまま、目についたものの全てを、本当になんでも一護に言っていた。

「一護!これはどんな味がするのだ!?」
「一護!私はあれを飲んでみたい!」

しかしこれに答える一護はひどく迷惑そうで、頭から断れば余計煩い私の特性を見抜いてか、間髪入れずにこう返す。

「わーったよ。後で買ってやるから、今日は大人しく帰るぞ。」

そんな口先だけの返答はひどく不服にも思えたが、しかし次の瞬間には、
こんな他愛無くとも、次に繋がる二人の未来の『約束』に思え、私はひどく嬉しくなった。

「うむ!では今度までのお楽しみだな。約束したぞ!」




・・・どうしてあんなにも、私は一護と『約束』をしたがったのだろう。

本当は、知っていたからなのかもしれない。

一護の未来に、私はいない。

その事実から目を逸らそうと、些細な『約束』ばかり繰り返したのだろうか。
それで残された一護が、叶えられず置き去りにされた『約束』の数々に絡めとられ、後悔に私を忘れられなくなると、知っていて。






たとえ罪の意識だけであろうとも、一護が一生、私を忘れないで、いてくれればいい。






『 未来 の 約束 』 第4話





ルキアの意識は診療台の上で眠る体から離れ、見たこともない川原に佇んでいた。


目の前を流れる川は果てなく広く、ここから向こう岸を眺望をすることが適わぬ程だ。
一見ゆるやかに、しかし実は足を取られれば確実に飲み込まれる速さの川の流れ。
空は昼とも夜ともつかぬ薄闇に覆われ、異様に明るい星々が幾万も瞬いている。

「・・・・・?

ここはどこだ?なぜ、私は、こんなところに・・・・・」


私は、何をしていたのだろう?

・・・そうだ。

確か、一護と虚退治に出かけたはずだ。
その虚の意外な強さに苦戦を強いられ、どちらも動けなくなって・・・・・


あの時の事を全てを思い出したルキアは、はっとして顔を上げると、
慌てて周囲を見渡し、一緒にいた一護の名を幾度か呼んでみた。

「一護!?いないのか?一護!一護ーーー!」

地面に叩きつけられ一瞬意識を失ったルキアが目覚めた時、虚の触手拘束された一護に向かい虚が攻撃を仕掛けているところだった。
虚の強大な力が集約され悪しき光に照らされた一護の体から、一本だけ妙に透き通る触手を見つけた時、
ルキアはこれだ!とはっきり確信できた。
戦闘中見えない枷に縛られ、思うように力を発揮できなかった原因を知る事が出来た。

これを断ち切れば、力を取り戻した一護は助かる。

既に大ダメージを受けていたルキアは一護をその場から救い出す事が出来ず、虚の攻撃までに時間がないのは明白で、
ルキアは己の触手を探り断ち切る事はすぐに諦めると、せめて一護の枷を外し盾になろうとルキアは必死になって駆け出していた。

それは、初めて一護と出会い虚と戦った場面を連想させたが、ルキアの心情はあの頃と大分違っていた。
あの時は不運にも戦いに巻き込まれたか弱き人間の少年を助けなければならない死神の使命であり、
強者が弱者を護ろうとする反射的な良心の働きだったのだが、この時のルキアの心情は全く違うものであった。

護りたいと、思った。

一護を。

強く強く、なによりも誰よりも、護りたいと、はっきりと思ったから。
ルキアは袖白雪を一護を護る為、見えない触手に向けて投げつけていた。

だから、ルキアは満足していた。

ここがどんな場所であるのか、なんとなく察したルキアは自分一人きりなのだとわかると、
一護の名を呼ぶ事をやめ、改めて周囲をゆっくりと見渡してみる。

ここはきっと、あの世とこの世の境にある川。
人は死んで尺魂界へと導かれるように、尺魂界の魂が死して辿り着く場所。

もう、ここからはどこにも、戻る事のできない最後の地。

この川の向こう岸を目指そう。
ここに来た者は皆きっと、この川を渡らねばならないはずだ。

周囲は大きな川と川原に広がる膨大な量の石以外に何も見当たらず、
とにかくルキアは川べりを歩き散策してみる事にした。

川原には拳大程の石が多く転がり、やや歩きにくいものの、裸足であるにも関わらずその石を踏んでも痛みはなく、
ルキアは転ばぬよう足元に気をつけながら、次々と頭の中に浮かぶ大切な人の事を思いながら黙々と歩き続ける。

それは、兄様の事。幼馴染の事。上司の事。他にも自分をとりまく、多くの仲間達の事。

すると不思議な事に、歩くルキアの足跡から新たに石が生み出されていくではないか。
そして、その石が生み出されるたび、ルキアの中から誰かの記憶がひとつずつ消えていく。

この川原の石は、死者が落としていく生きゆく人との『縁』なのだ。
ここへ辿り着いた者の中から、全ての『縁』が途絶え落ちた時、向こう岸へ渡る船が見えてくる。

ルキアは石を落としていくたび次第に何も考えられなくなりながら、それでも川原を歩き続けると、
やがて遠方に小さな木造の船が停泊している様が見えた。

「あれが、向こうへ渡る、川渡しだな・・・・・」


僅かに心細くも、しっかりとした足取りで船に向かい歩き出すルキア。
その歩みには迷いがなく、船を目指し着実に近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

一旦落ち着きかけた四番隊内が、再び慌しげな空気に変化した事を敏感に察した一護は、
嫌な予感に即座に立ち上がると、待合室からルキアの病室目指して駆け出していた。
すぐに辿り着いた部屋には、多くの死神が出入りしており、その中から勇音が飛び出すと大きな声で叫んだ。

「隊長!急いで来てください!!容態が急変しました!!」

「!!」

勇音の言葉に焦り、一護はすぐに病室内へと飛び込んだ。

下半身を薄い布団で覆い隠し、剥き出しになった上半身は包帯でぐるぐる巻きにされたルキアは、
一見ミイラのそれとなにも変わりない様子であった。
顔も左半分が包帯で巻かれ、右目は閉じられたままぴくりとも動かない。
おまけに、ルキアへと繋がれた機械の数値が弱弱しく時折動くだけで、
今にも止まりそうな目に見える命のリズムは、自らの死を予見するより強い恐怖を与え一護を心底ぞっとさせる。

「ルキア・・・お前、嘘だろう?
本当に、死んじまうつもりかよ・・・・・・・」

「そんな事はさせません。」

一護の不吉な呟きに答えてくれたのは、ルキアではなく、真後ろに立っていた卯の花隊長からであり、
卯の花は一護を押し避け、ルキアの手を取った。

「心配でしょうが、貴方はどいていてください。
ここでは貴方の戦力より、私の治療が効くはずです。
あちらにお部屋を用意してあります。早くこの部屋から出ていてください。」

「嫌だ!・・・俺は、ルキアの、側にいる。」

厳しい卯の花の言葉に勇音は一護を部屋の外へ導こうとするが、
一護は頑としてそこを動かず、燃えるような目つきで卯の花を睨みつける。
そんな一護を一瞬見咎めた卯の花であったが、すぐに視線をルキアへと戻した。

「・・・・・そうですか。ならば我らの邪魔にならぬよう、部屋の隅にでもいてください。
勇音。治療を始めますよ。」

「は、はいっ!」

横たわるルキアの体に卯の花、勇音が手をかざし、強い癒しの力を注ぎ込まれていく。
しかし、命の鼓動は戻る気配がなく、どんどん微弱になっていくようで、
一護は壁に背をつけ、怯えたように身をすくませているしかない。


そんな自分が歯がゆくひどく情けなくも思えたが、それでも一護は必死になってルキアの無事を願い祈り続けた。



「ルキア・・・頼むよルキア!・・・・・目を、開けてくれ・・・!!頼む・・・ルキア・・・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<back   next>

ichigo top

※2010.2.9

material by 戦場に猫

inserted by FC2 system