一護が雑誌を買う為に、ちょっとした寄り道をしている下校途中。
まだまだ現世が珍しいのか、華やかにディスプレイされた派手なショーウィンドウから、
素朴な手作り菓子が並べられた小さなガラスのショーケースまで、値段のランクを選ばずルキアはなんでもよく引き寄せられていた。

「一護!これはどんな味がするのだ!?」
「一護!私はあれを飲んでみたい!」

これにいちいち反応していてはいつまでたっても家には帰りつけず、
また財政難な高校生の懐事情に、一護は面倒くさそうに決まり文句で返答した。

「わーったよ。後で買ってやるから、今日は大人しく帰るぞ。」

そんな口先だけの返答に、ルキアは一瞬不服げに、
しかしすぐにニコリと笑って一護の元へ駆け寄り、嬉しそうに声を弾ませる。

「うむ!では今度までのお楽しみだな。約束したぞ!」




・・・なんで俺は今、こんな事を思い出しているのだろう。

こんな些細な、全く大切なものではない、言った本人すら、きっと覚えてなどいないような、小さな小さな『約束』なのに。
それなのに、そんな小さな『約束』でさえ、俺はもう、ルキアの為に何も叶えてやれなくなってしまう。






ルキアが、俺の傍から、いなくなって、しまっては。






『 未来 の 約束 』 第3話





ザアッ

廃工場の一角に突如障子扉が現れると、そこから数人の死神が慌てた様子で飛び出してくる。
その最後に現れた長い白髪をなびかせた背の高い男に向かい、最初に飛び出した少女が鋭く叫んだ。

「浮竹隊長!あそこです!!」

清音が指差す方向へと首を巡らせた浮竹は、眉をひそめ苦しげに呟きを洩らす。

「くっ!遅かったか・・・・・」

尺魂界から逃げた虚を追って現世へ辿り着いた浮竹達が見たものは、変わり果てた姿で横たわるルキアと、
そこから少し離れた場所で両膝をつき天を見上げ獣のような咆哮をあげている一護の姿であった。

事の次第を瞬時に察した浮竹は、ルキアの元へ清音と小椿を配し、
他の者を消滅した虚の調査へと向わせ自分は叫び続ける一護の元へと向った。

「おい!どうした!?しっかりしろ!!おいっ!」

「あああああああああああああああ・・・・・・・・・・っ!!!」

「聞こえていないのか!おいっ!ならば・・・!!」

バシッ!

浮竹が呼びかけ強く揺さぶるも、一護は変わらずただ叫び続けるだけであり、浮竹は思わず手を挙げ一護の頬を叩きつける。

「ただ吠えているだけじゃ、朽木は救われないぞ!ここでお前がしっかりしないでどうする!!」

「う・・・あ・・・・・あっ・・・・・・・?」

浮竹の一喝にやっと正気に戻った一護は、まだ状況が理解しきれずぼんやりした様子で浮竹を見上げる。
とにかく狂ったような叫びを止め、一護がなんとか自分を認識した事に浮竹は秘かに安堵した。

「すまない。少し強く叩き過ぎてしまったな。・・・大丈夫か?」

「・・・・・・あ・・んた・・・ル・・キア・・・の・・・・・・・?」

「朽木の上司となる十三番隊隊長浮竹十四郎だ。
尺魂界から逃げた虚を急いで追ってきたのだが・・・遅かったようだ・・・・」

「・・・虚?・・・・・俺が・・・虚に・・・・・・・・・・
ルキア・・・・・・そうだ。
ルキアが虚に・・・・・俺・・・・・ルキアの・・傍に・・・・・・・」

浮竹の言葉に先程の事を断片的に思い出した一護は、叫びすぎてすっかり嗄れ果てた声で呟き、ルキアを捜し求め視線を漂わせた。
その視線の先に清音と小椿に囲まれた横たわるルキアを認めると、ゆっくりと体を引きずり歩み寄ろうと試みる。


「来ないで!!!」


「!」


しかしこれに反応したのは清音の方で、こちらを振り返りもせず清音は短い叫びに驚いた一護が動きを止めると、
ルキアの体に手をあてたまま清音は詫びるように頭を下げると、消え入りそうな声で肩を震わせ囁いた。

「大きな声を出してすみません。
でも、こんな姿・・・きっと、朽木さんも貴方には見て欲しくないはずです・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・隊長。
残念ですが朽木の症状は重く、我らの手にはとても負えません。急ぎ四番隊へ運びましょう。」

「わかった。では朽木を連れ、我らはすぐ戻ることにしよう。
君も一緒に来た方がいい。・・・大丈夫。朽木は強い。きっと大丈夫だ。」

小椿の報告に即座に判断した浮竹は、一護の傍を離れルキアの傍らに膝をつくと、着ていた白羽織を脱ぎルキアの体を覆い隠す。
それからルキアの体をそっと抱えあげると、音もなく現れた尺魂界へ続く障子扉の向こうへと歩き、
それに清音と小椿も付き従い、遅れて一護も引きずるような足取りでなんとか扉の中へと進んでいった。






瀞霊廷の四番隊の一室では、数人の死神達が慌しく動き回っていた。
それら死神を統率するのは、四番隊隊長卯の花烈。

「・・・・・まだ脈が安定しませんね。勇音。
この間調合した薬をお持ちなさい。もう少し、強いものに替えてみましょう。」

「はいっ!只今すぐに!!」

目の前の診療台には深手を負ったルキアが包帯に全身を包まれ寝かされており、
その手を厳しい表情をした卯の花隊長が握り、回復の為に治療を続けていた。
一護を庇い至近距離で虚の攻撃を避ける事なくまともにくらい、損傷の激しかった体の表面上の修復は鬼道でなんとかできても、
それ以上に内部機能がずたずたで、ルキアは回復の兆しもなく、今もなお生死の境を彷徨っているような状態だった。
今も人工呼吸器に繋がれか細い息をするルキアの様子に、卯の花は無意識のうちに唇を引き結んだ。

「内部の損傷が、思った以上に激しい。
これは、かなり難しいかもしれませんね・・・・・・」
















「あの虚は力を吸い取る見えない糸を蜘蛛のように張り巡らせると、
その巣穴に死神を誘い込み知らぬ間に触手を取り付かせ、その死神の力を吸い取りながら戦うやっかいな相手だった。
実は奴には二度も討伐隊が出たのだが、そのどちらも全滅してしまい、奴の特性データがとれぬまま現世へと逃げられてしまった。
その触手が君にも朽木にも取り付けられていたのだが、どうやら朽木が君の分の糸を断ち切ってくれたようだな。
・・・・・こちらの対応が遅れ、お前達をこんな危険な目に合わせてしまい、本当に、すまなかった。」

「・・・・・・・・・・」

騒がしい四番隊の片隅で、薄暗い待合室の長椅子に座り込んだ一護の傍には浮竹が付き添い、
対応の遅れた瀞霊廷の不手際を詫び、一護に向って深々と頭を垂れる。


しかしそれに対して一護は全く反応を見せず、うつろい生気ない瞳で無表情に空中に視線を彷徨わせていた。


おそらく先程浮竹がした説明は、何一つ一護の耳には届いていないであろう。
今、一護の頭の中にあるのはルキアの安否についてと、ふがいない己に対する真の絶望だけであった。

しばらくして頭を上げた浮竹は、先程と寸分たがわぬ一護の様子に、
気づかれぬよう小さな溜息を吐き出し、それからゆっくりと立ち上がる。

「・・・・とにかく、気がかりだろうが、朽木の事は四番隊の者に任せよう。
大丈夫。卯の花隊長に任せていれば心配ないさ。
治療したとはいえ、君のその傷もひどいものだ。
あちらの部屋で、少し横になればいい。俺も時々世話になるが、寝心地は保証できるぞ。」

なんとか明るく振舞いながら、浮竹は一護の腕を掴み引っ張り立たせようとしてみるが、
それを一護は無碍に振り払い、生気ない声で小さく呟く。

「ここで・・・いい。俺は、ここにいる。」

「だ、だが、朽木は、いつ目覚めるか、わからないのだぞ。」

「それでも、いい。・・・・・俺は、ここで、ルキアを待つ。」

その返答に力はないが揺るがぬ決意を感じとり、浮竹は説得する事を早々に諦めた。
上半身を包帯で巻きつけられ、決して軽くは無い傷を負いながらも、
しっかりと意識を保っていられる強靭な一護の精神力は、虚弱とはいえ死神である自分からみてもただ驚嘆するばかりだ。

なにが彼を支えているのか。
それは、考えるまでもない。

「・・・そうか。ならば、わかった。
しかし、休みたくなったら、ここにいる誰にでもいい。いつでも声をかけてくれ。
ここで無理をして倒れたなら、朽木が目覚めた時に困るじゃないか。」

「・・・・・・」

最早返答すらしなくなった一護の心情を察した浮竹は、自分だけそっと待合室から出て行った。
一人になってしばらくすると、無表情だった一護の眉間に深い皺が現れ、口元から苦しげな呻きが零れ落ちた。

「なんでだ・・・なんで・・・こんな・・・・・!」

ドンッ!

急激に昂ぶる感情にまかせ、握った拳を背にした壁へ力一杯叩きつけると、
一護は体中をわななかせ、胸の痛みに歯を喰いしばり呻くように気持ちを吐き出す。


「なんで俺なんか庇って、皆、死のうとするんだよ・・・・・!」


それは、繰り返される悪夢。

母親を失った、あの日の雨。


本当は降ってはいない、あの日に濡れた寒々しい雨音が聞こえてくるようで、一護は思わず両耳を塞ぎ震えた。






俺の大事な人は、俺の為に死んでいく。





「俺は・・・俺は本当に・・・・・・死神、なの・・・か・・・・・・・?」


一護はその呪いの重さに耐え切れず、気が狂いそうな幻聴の雨音から逃れる為により強く耳を塞ぐと、
小刻みに体を震わせながら、血が滲むほどに強く強く唇を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※2010.2.6

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