『 真紅の絆 』 第七話


山奥に隠れ立つ三人で暮らしていた小屋から少し下ったこの丘に辿り着き、しばらくの間ルキアは雑然と汚れた犬吊の街並みを見下ろしていた。
あの二人に育てられていた幼き日。
危ないからと一人出歩く事を禁じられてはいたが、時々は二人の目を盗みこの丘にやってきたものだ。

眼下に広がるのは、あの頃と寸分変わらぬ景色。
この光景に一抹の懐かしさを感じるはするが、しかし自分はあの頃と随分違ってしまったのにとの思いも湧き上がる。

あまり高さはないにしても、伸びた身長分の記憶がない。
成長した体に残っているのは、幼かった頃の記憶だけ。
気持ちまで幼児返りした訳ではないようだが、とにかく全てがちぐはぐで不安定で不確かな今の自分の存在がなんなのか。
名前と記憶を無くしたルキアの心は、目覚めてから不安にずっとざわつき揺れている。

そんな時に聞こえた、誰かの名を呼ぶ力強い声。

 

 

「・・・・・・ルキアッ!」

 

「・・・・・・・・・・!」

 

 

誰の事かはわからぬが、その名を叫ぶ声音は安堵と杞憂に満ち溢れ、真っ直ぐに自分に向かい飛んできた。
だが残念だが、振り向き目にした少年にルキアは全く見覚えはなく、それだけに自分を見つめる少年の悲哀な心情を推し量り、ルキアは深い憐憫の眼差しで少年を見つめるしかなかったのだった。

 

 

 

一護は、悲しかった。

 

他の死神達に散々お前は誰だと言われ追われて来たにも関わらず、心のどこかでルキアだけは俺を忘れない。と訳もなく信じきっていたからだ。

ルキアとさえ無事に会えれば、一護を覆う大半の不安は消え、どうしてこのような事態になってしまったのか、当時の詳しい状況をルキアから聞き出し、二人で力を合わせ打開策を講じられると思っていただけに、一護の不安と同時に今まで感じなかった悲しさも湧いていた。

夢見の悪さにルキアを案じやってきた尺魂界。
しかし求めたルキアの姿はなく、原因もわからず瀞霊廷は破壊され、死神達は自分の事を忘れていた。
挙句必死で探しだしやっと出会えた目の前に佇むルキアも、他の死神達と同じように自分を完全に忘れ警戒している。

 

正直、瀞霊廷の破壊や他の死神達に忘れられるより、ルキア一人に忘れられていた事に一番の衝撃を受けた一護は、
怯えたように身を引くルキアの肩を鷲掴み、情けない程動揺に震える声を上擦らせ、力強くルキアの体を揺さぶった。

「本当に覚えてねぇのか・・・?なぁルキア・・・俺だ!一護だっ!!!」

「・・・・・・・っ!!」

「わかんねぇのか?お前、本当に俺もわかんねぇのかよ!?なぁ!ルキアっ!!!」

「や・・・やめてくれ・・・・・」

「思い出せよ!俺の事!自分の事も!お前はルキアで、俺は黒崎一護だ!!」

「ル・・キア・・・・・・いち・・ご・・・・・・・・?」

「そうだ!お前はルキアで、俺は一護だ!もっと俺の名前を呼んでくれ!全部、思い出せよ!!」

「いちご・・・・・?いち・・・・・・うっ!」

 

少年の口にした名と声に覚えはないはずなのに、心の奥に優しく響くような、
どこか深い懐かしさを覚え、ルキアは自分の中に残っていない記憶を探ろうと試みる。
しかし、強く体を揺さぶられ、何度か一護の名を繰り返したルキアは突然の痛みに顔しかめ、頭を押さえて身を縮めてしまう。
これにハッとした一護はルキアの肩から慌てて手を離し、痛みに蹲るルキアにどうしてよいかわからずにおろおろと狼狽した。

 

「ルキア?だ、大丈夫か!?・・・悪りぃ、俺、大声出しすぎた・・・・」

 

「離れろっ!!!」

 

突如女の鋭い声が聞こえたかと思うと、ヒュッ!と空気を切る音がして、思うより早く反射的に身を引いた一護の鼻先スレスレを鋭利な鎌先が通り過ぎる。
強襲に一護が息を呑んだ隙に、目の前でうずくまるルキアは見慣れぬ男女二人によって抱かれ後ろへ飛びのいた。
ルキアと大きく引き離された間合いに一護はすぐにも足を踏み出すが、これを威嚇するように睨みつけながら夜は大鎌を構え、
朝は両手で顔を覆ったままのルキアを抱きながら、噛みつかんばかりの勢いで一護へと吠え立てた。

「汚らわしい死神め!ささめになにをするっ!!!」

「ささめだと?違う!そいつはルキアだ!ルキアに間違いねぇ!!」

 

一護の言葉に朝は表情を怒りから驚愕に一変し、目を見開き一護を呆然と見つめ震える声で呟いた。

 

「・・・・・お・・・お前・・・この子を、覚えているのか!?」

「覚えてるかだと!?あぁ!覚えてる!俺は、ルキアを忘れたりしねぇ!!」

 

そう言いながら刀を構え、一護は二人に向かって走り出す。
これに夜は鎌を大きく振りかぶり一護へと狙いを定め、朝はゆらりと立ち上がり暗い瞳で一護を射抜く。

 

「そう。お前、この子の名を覚えているのね?それなら・・・・・夜っ!!」

 

「!!」

 

朝の掛け声と共に、夜は素早く一護へと斬りかかる。
夜の見た目の弱々しさとはかけ離れた力強い一撃を受け、一護の体は大きく後ろへと吹き飛ばされた。
それでもなんとか体制を保ち踏ん張った一護の目の前で、予想外に近い位置で異様に殺気だち輝く女の翡翠色の瞳が真っ直ぐに一護を射抜く。

「なっ!」

 

「死ねっ!死神!!!」




憎悪に満ちた朝の叫びに全身を真っ黒なオーラが立ち昇り、その渦巻く強い力が一護を覆いつくしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※やっと前半戦最大の山場に突入!一護、ルキア、姉、弟と役者が全員揃いました。本当の戦いの火蓋は切って落とされた・・・!(でも戦闘描写は巻き気味で)
この回を更新する前にDVD限定版の(みにくい)解説集をやっと開けてみました。細かくは全然読まず、全体的に眺めただけ。(だってみにくいから・・・)
だけど作者のメッセージに、FTBは『絆』や『名前』が大事な役割を持った話であると書かれていました。
FTBを観ればそれはわかっていたけれど、こんなにちゃんとここがポイント!って書かれていた事に勝手に感動を覚えたり。
同じ『名前』と『絆』で廻る『真紅の絆』は私の描くもうひとつのFTB。恐れ多くもそんな事を思いながら、私はこの作品に挑んでおります。
2009.10.27

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