『 真紅の絆 』 第八話


一護は動かぬ体で地に片膝をつくと激しく息を切らし、僅かに震える手で刀を掴み、
それでも瞳だけは戦意を忘れず強い光で自分の前に立ち塞がるふたつの影を睨みつけた。

正体不明の二人のコンビネーションは完璧で、またその力も強かった。
女の動きに翻弄された一護の隙を狙い、男が斬りかかって来る。
その男を払えば、間髪入れず女が黒い力を振りかざし襲い掛かってくる。
その繰り返しにとうとう一護が完全に動きを止め、息ひとつ乱さぬ二人はこれを見下ろした。

「たかが死神のくせに、結構粘ったわね。
でも、これで終わり。この鎌にかかって死ねばいい。・・・・・夜。」

「・・・・・・・・」

朝の非常な声に夜は無言で一護の首に狙いを定め、手にした大鎌を振りかぶる。
それを一護は目で追うだけで、全く避けようとしなかった。
いや、本当は違う。
避けたくとも避けられないだけなのだ。

一護は朝の熱のない黒い力で全身を焼かれた直後、力の大半を持っていかれたような奇妙な感覚に困惑した。
初めは気のせいかと思ったのだが、その直後からどんどん力が抜けていき、
今では声すら出せず手にした刀を掴むのが精一杯で一護の力はもう残っていない。

ここまで・・なのか・・・?

すぐそこにルキアがいるのに、この手で救うことも出来ず、名を叫ぶことすら出来ず、
自分はこの鎌にかかって死にゆくだけなんて、俺は、なんてちっぽけで、こんなにも無力なんだろう。

そんな絶望に焼かれた気持ちで、一護は自分を滅するべく頭上に振り上げられた鎌の鋭利な刃を見上げ、ルキアの事だけを強く思う。



ルキア。せめて、お前だけでもーーー





「待ってくれ!」






「・・・・・・っ!」






今にも刃が振り下ろされそうな瞬間、突然ルキアがその間に滑り込むように割り入り一護を背に庇い叫ぶ。
これに危うく鎌を振り下ろしかけた夜は寸前で動きを止め、これに朝は驚き悲鳴のような叫びを上げた。


「危ない!ささめ!そこをどいて!」

「す、すまない朝。頼む!こやつを助けてやってくれ!!」

「何を言ってるの!?そいつをやらないと、私達がやられちゃうんだよ!?」

「頼む!よく、わからないが、こやつは・・・この者には・・・・・死んで欲しくないのだ!」

「・・・・・!!ささめ、貴方まさか・・・まさか・・・・・なにか・・・思い出したの?」


ひどく熱の篭ったルキアの叫びに、朝は何かに怯えたように声を震わせる。
しかしルキアは俯き大きく頭を振ると、懇願するように深く深く頭を下げた。


「いや・・・何も思い出せぬ。
この者が何者なのか、自分にとってどのような存在なのか・・・・・
でも、感じるのだ。
この者には、何か・・・
言葉にできぬ、何かを確かに感じるのだ。
だから朝!頼む!この者を殺すことだけは、やめてくれ・・・・・・!」


「・・・・・・・・・・・」


ルキアの悲痛な様子を、朝は黙って見つめた。
記憶はないのに、ここまで必死にこの死神を護ろうとするなんて。
朝はルキアから一護へと視線を移す。
こいつは、危険だ。
ここまで深くルキアの中に残っているなど、生かしておいてよい相手ではない。
本当は迷いなく葬るべき者ではあるが、ルキアの想いを無碍にすることもできない。
そんな迷いに朝が立ち尽くしていると、側にそっと夜が寄り添った。

「姉さん、いいじゃない。ささめがこう言ってるんだ。
死神一人、今無理に殺すことなんてないよ。
それに殺さなくても、僕らには他にも手段があるんだから・・・」


弟の言葉に朝は深く考えを巡らした後、仕方なさげに一度大きく頷く。


「・・・・・・・そうね。いいわ。
ささめがそこまで言うなら、殺さないであげてもいい。・・・・・・でも」

既に片膝で己の体重さえも支えきれなくなった一護は、荒い息遣いで両膝をつき、地に刺した刀にしがみ付くように地べたに這い蹲るのを阻止している。
そんな一護の様子を朝はしゃがみこんで一瞥し、それからルキアを見つめ宣言するように結論を言い放つ。




「記憶を、消すわ。」



「き、記憶を?」



ルキアはこれに大きな瞳を僅かに見開き繰り返す。
朝はすっと立ち上がると、ゆっくりした歩調で周りをめぐる。


「それも貴方のだけじゃなく、こいつの全ての記憶をね。
そうすればこいつに私達の邪魔もされないし、生かしてても問題ない。そうでしょう?」

「し、しかし!それでは・・・・・!」

「いくらささめの望みでもこれだけは譲れない!

殺すか、記憶を奪うか。どっちがいい?

貴方が、決めて。」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・いいわね?それじゃあ、記憶を消すわよ。」


一護を思い声を上げたルキアの瞳を真っ直ぐに見つめ、朝はこれ以上の選択の余地なくきっぱりと言い切る。
これにはルキアも言葉を失い諦めたように俯けば、朝は一護の側へ立ち、嘲笑うように語りかけた。

「あんたバカね。
あたしがいるのに、自分の名前、あんなに連呼するんだもの。
お陰であんたの記憶を消すのも、随分楽になったわ。」

「なん・・・だ・・・と・・・・・・!」

一護は喉の奥から振り絞られ擦れた声を無視し、朝は一護の目の前に手をかざすと、
その手の中に真っ黒な力が渦巻き始め、その渦に一護の視線は釘付けになる。
どんどん膨れ渦巻いていくていく力を見ていくうちに、一護の中から力とは別の何かがその渦に絡め取られそうな感覚に、
一護は視線を逸らそうとするがそれも叶わず、朝の非情な声が降り注いだ。


「じゃあね・・・・・“一護”」


「・・・・・・・・・・っ!!!」

朝が一護の名を口にした途端、一護の中から何かが抜け出ていき、それに一護は抗うこともできず刀から手を離し、
地面にぐったりと座り込むと、完全な脱力状態に陥りがっくりと俯いてしまう。
朝はしばし一護を見つめ、変化はないか見守ったがそこから一護が動き出す様子はなく、やっと朝は手の中の力を収めた。


「これでいいわ。記憶と名前は奪ったから。
あとは、こいつの好きにすればいい。行こう、ささめ。」

「あ・・・・あぁ・・・・・・・」


朝の呼びかけにルキアは返すが、魂が抜かれたようにぐったりと動かぬ一護が心配で、
ルキアは少しだけ一護の様子を探ろうと俯いた顔を覗き見た。


「・・・・・・・・・」


一護の瞳は空虚だった。
体の力は抜かれても、最後まで残っていた瞳の輝きも失われており、その曇った瞳は何も映さず何も捉えてはいない。
全ての記憶を奪われ、この死神はどうなってしまうのだろう。
そんな心配にルキアは胸を痛め、自分に関わってしまったことで記憶をなくしたこの憐れな死神の肩にそっと手を添え心の底から謝罪した。




「すまない、“一護”」




「・・・・・・ささめっ!」




少しだけ怒ったような朝の声に、ルキアは慌てて立ち上がり二人の側に駆け寄ると、瞬時に三人の姿は煙のようにかき消えた。
その場に一人とり残された一護がそのまま動ごけずにいると、やがて空は黒い雨雲に覆われ、ぽたりぽたりと見る間に大粒の雨が降り始める。

 

 

 

 

 

次第に激しくなる雨に全身びっしょりと濡れそぼリ、一護はしばらくしてからやっと顔を上げた。
長時間俯いていたせいで首は痛く、体中鈍い痛みと重くのしかかるような倦怠感が残っている。


「・・・・・・なんだよ、ここ。・・・・・・なんで、俺は、こんな・・所に・・・・」


擦れた声で口の中で小さく呟くと、一護は空や周囲を見渡し、雨で冷え切った体を強張る腕でゆっくりと抱き締めた。
見覚えのない風景。

自分は、どうしてこんな所にいるのだろう?
なぜこんなにも、寒いのだろう?
数々の疑問が湧き上がり一護の頭の中を駆け巡ると、その中でも一際強い疑問に一護は愕然と目を見開き、
己を抱き締めていた腕を解くと、その手のひらを目の前にかざしぼんやりと見つめ呟く。




「・・・・・・・・・・お・・・れは・・・・・・・・・・誰・・・だ・・・?」



ここがどこで、何故こんな所で雨に濡れているか以前に、自分が何者であるのかわからない。






雨は激しさを増す一方で、たった一人雨の中に閉じ込められた心細さに呟く声に答えてくれる者は誰もおらず、
その呟きさえも雨音にかき消され、雨は一護の心も体も芯から絶望的に冷えさせていくだけなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※真紅の絆。今回で第一部終了です。次回の更新は、準備に少々お時間を頂きます。
再び消えてしまったルキア。記憶を失った一護。この後、どんな運命が二人を待っているのか・・・!
ジリジリして待ってもらえたのなら、素人ながらも物書きとして幸せなのですがw
またその間、早く更新していきたい別の話にもとりかかります。そちらも是非楽しんでもらえるように頑張ります!
2009.11.2

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