『初恋 観覧車』 第五話   ―保健室―


二限までなんとか乗り切ったルキアだったが、次の授業に不安を感じていた。

「三限が体育とかー最悪だって思わない?」

「特に暑くなるとね〜。汗の臭いとか気になるし。」

「そう?あたしは好きだけど。身体動かすと、スキッとすんじゃん!」

「皆が皆、あんたみたいな筋肉バカじゃないのよ。ねーヒメ!!・・・ガハァッ!!」

「さり気に脱がそうとしてんじゃない!!!」

「・・・・・どうしたの?朽木さん。なんか、顔色悪いよ?」

「な、なんでもありませんわ。少し寝不足で・・・・・動いていたら、良くなると思いますから。」

ざわつく女子更衣室の中で、ルキアは着替える手を止めていると、織姫がそっと近づき気遣わしげに声をかけてくる。
これにルキアは慌てて笑顔を返せば、織姫もにっこり微笑む。

「そう?無理しないで、気分が悪かったら私に言ってね?」

「えぇ・・・・ありがとう・・・ございます。」

着替えの終わった生徒達は、順次暑い日差しの照る校庭へと出て行った。
ルキアは最後まで一人残り、それから呼吸を整え、決死の覚悟で校庭へ足を踏み出す。

暑い。

直射日光にやられ、それだけでフラリと眩暈を感じてしまう。
さすがにこんな状態では動けそうになく、教師に申し出、この時間は見学にさせてもらおう。
そう思いながらルキアは、皆が集まる校庭の中心へ向い、ふらつく身体を庇いながらゆっくりとした足取りで一歩一歩進んで行く。

しかし、もうすぐ皆の所に到着しそうな距離にまできて、事態は急転した。
突如ルキアの視界と耳が、テレビの砂嵐のような画面とノイズに侵された。

なんだ、これは?

そうルキアが思う間もなく、今度は視界がぐにゃりと歪み、
自分が今立っているのかどうかさえ危うい、おかしな感覚に身体が支配されてしまう。
それと同時に身体は傾いでいきながら、意識は真っ黒な闇の中に放り込まれ、
キャーと叫ぶ女生徒の声をひどく遠い所で聞き、ルキアは完全に意識を失った。

 

 

 

 

 

ルキアが意識を取り戻すと、そこは消毒液の匂いが充満した、真っ白で清潔なベットの中だった。

「・・・・・ここは・・・・・・・?」

ベットの周りを白く薄いカーテンに覆われ、周囲の様子を窺う事は出来ないが、
気配から察するに、今自分はここに独りきりのようだった。
倒れた前後の記憶があやふやで、ルキアはすぐに起き出そうとしてみたが、
なんだか身体が重だるく、まだ動けそうにない。
そこで大人しく横になり、保健室の白い天井を眺めていると、少しずつ記憶が甦ってくる。

「あぁ・・・・そうか・・・わたしは・・・・・・・」

自分が体操服のままである事に、倒れる寸前の様子をまざまざと思い出す。
まさか日差しを浴びただけで倒れるとは思わず、やはり無理をしすぎてしまったようだ。
今、虚が出てしまったらどうしようか。
一護一人に任せるしかなくなってしまうのか。
力を失っただけでなく、本当の意味で役に立たない本物のお荷物になってしまう。

身体が動かず、精神的に弱っているせいか、ふいにルキアの瞳が熱く潤む。

まさか!こんな事で泣いてたまるか!

それに気づいたルキアは慌てて目を閉じ、きつく唇を噛み締める。
しかし、我慢すればするだけ、涙腺は脆く壊れていくように、
とうとう一筋の涙が目じりから耳に向って流れてしまえば、もうルキアに止める術はない。
こんな事で簡単に泣いてしまうとは情けない!
ルキアはどんどん流れそうな涙をなんとか止めようと、両手で顔を覆い隠し、布団の中へと逃げ込んだ。

「――――ルキア。まだ、寝てんのか?」

「!!!」

布団の中に潜り込んですぐに、頭上から一護の声が降ってきたことに驚き、ルキアはビクリと身体を震わせた。
なぜ、一護がここに!?
混乱しながらも、涙は止まらず、ルキアはどうしようとただ慌てるだけで、唇を噛み締めなにも声を出せずにいたが、
一護はそこに立ち尽くしたまま、もう一度静かに声をかけてくる。

「ルキア。起きてんだろ?・・・なぁ。具合、どうなんだ?」

「・・・・・・」

「おい、ルキア?・・・まだ具合悪いのか?・・・布団、外すぞ?」

布団を外されたら、泣いている自分に気づかれてしまう。
今、ただ口を開けば間違いなく涙声になってしまう。
そしたら一護は慌てるだろう。
気遣うだろう。
私の事を気にかけるだろう。
そんな事にはしたくない。

もう、私の事で一護の手を煩わせるような真似はしたくない。

一護の手が布団に触れると、ルキアは外されまいと中から布団を掴み強く引っ張る。



「・・・触るな!出て行け!」


「・・・んだと・・・?」


それはルキアなりの一護を思っての配慮だったのだが、混乱のままに口を開いたルキアは、
自分がとんでもない事を口走るのをルキアはハッキリと聞いていた。
そしてこれに、一護の柔らかだった口調が一瞬にして硬く強張ったものになった事を知りながら、
弱った自分を知られたくない一心で、ルキアは虚勢と泣いている事を覆い隠す為、布団の中から強い口調で必死に吠える。


「何度も言っているではないか!私と貴様は関係ない!学校からも、家からも出て行く!

貴様に与えた死神の力を回収するまで、貴様の前から完全に姿を消してやる!

・・・・・これで、文句はなかろう!?」


「てめっ・・・!なんだよその言い草は!こっちが折角、気ぃ使ってやってんのに・・・!!」


「誰が貴様の気遣いを欲っした!・・・・もう良いから、早く出て行ってくれ!!!」


「わかったよ!出て行けばいいんだろ!?」


一護は乱暴にカーテンを閉め、足取りも荒く保健室を出て行く。
ばしんっ!昨夜と同じように強く扉を閉められ、一人残されたルキアは、
今度こそ溢れる涙を止める事が出来ず、布団の中で声を殺して泣き続けた。




嗚咽の合間に、一護、一護と呟きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※一護の誕生日寸前が、一番こじれた回になってしまった・・・わざとではないが、すまない一護。でも、頑張れ。
この回は、屋上で一護と言い争わせるか、保健室にするか悩んだんですが、
布団の中で泣きながら「一護・・・」とかルキア言ってたら萌えなんじゃん?と思いました。
ちなみにルキアが倒れる描写は、私が酒を飲み始めた頃、加減がわからず飲み過ぎて、
視界と耳鳴りがなった時を思い出して書きました。・・・何が役に立つか、わからないものですね。
2009.7.13

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