『初恋 観覧車』 第六話   ―保健室―


誰かと誰かが話す声がする。
次にルキアが意識を取り戻した時、静かに扉の閉まる音がした。
そしてぼんやりと目を開けたルキアに、優しい声が降り注ぐ。

「・・・・・あ・・・・起きた?・・・気分は、どうかな?」

「・・・お前は・・・・・・・・・・井上?」

自分を覗き込んでいる織姫の存在に、ルキアは寝起きで動かぬ頭のままただ口を開く。
その返答に織姫は無言でルキアに微笑みかけ、それからゆっくりとベットの傍らの椅子に腰掛けた。
ルキアはどこか悲しげな織姫のその笑顔の優美さに、しばし黙って見とれてしまう。
束の間の沈黙の後、起きたばかりのルキアを気遣い、控えめな声音で織姫は語りかける。

「朽木さん。体育の時突然倒れて、びっくりしたよ。
先生には朽木さん寝不足みたいですって説明したら、睡眠不足からきた貧血だろうって。
休ませておけば大丈夫って言ってたよ。朽木さん、あの時の事、覚えてる?」

「あ・・・あぁ・・・いや。・・・どう・・・だった・・・・・・・かしら?」

あれからどれ位、時間がたったんだろう?
そんな事を思いながら、ルキアはゆっくりと身体を起こし、織姫の質問にぼそぼそと呟くように返答する。
ここで織姫はその時の事を思い出すように、少しだけ視線を伏せた。

「朽木さん。歩いてきたと思ったら、突然倒れそうになって・・・
でも、それよりびっくりしたのは黒崎くんだよ。
黒崎くん、倒れた朽木さんの事、抱きとめたんだから。」

「・・・・!いっ・・・・・・・黒・・・崎くんが・・・?」

これにルキアは驚きで大きな瞳を見開き、思わず織姫を凝視した。
そのルキアのあまりの驚きように、織姫は少しだけくすくすと笑みをこぼし、それから大きく頷いた。

「うん!黒崎君の動きがすっごい早くて、皆もびっくりしてたよ?
私も朽木さんの様子がおかしーなーと思って、駆け寄ろうとしたんだけど、
突然倒れちゃうから、びっくりして足が止まってしまったのに。
倒れそうになった朽木さんを抱きとめて、すっごい心配そうな顔したまま、ここまで運んでくれたんだよ。
・・・・・・黒崎くん、朽木さんが具合悪いの知ってて、ずっと心配して見てたんだね。」

「・・・・・・・・・」


ルキアは織姫から顔を背け、困惑したように視線を落とす。


一護。どうしてだ?

どうして、私を気にかけてくれるのだ?

私は、お前に酷い事ばかり言ってしまうのに。

どうして、私を放っておいてくれない。


ルキアは困惑と欣幸の交じり合った複雑な思いが胸の中で渦巻き、その苦しさに胸に手をあて、押し付けるようにぎゅっと服を掴む。
そんなルキアの様子を黙って見つめていた織姫は、秘かに何かを決意し、少しだけ強い口調でルキアへと語りかけた。

「ねぇ、朽木さん。もう、身体は大丈夫?
・・・・・大丈夫なら、少しだけ、私の話、聞いてもらっても・・・・・いいかな?」

「え?・・・あ、ああ、もちろんですわ。私なら、もう平気です。・・・どうか、なさいましたの?」

普段の織姫とは違う雰囲気に多少動揺しつつ、それでもルキアは内心の動揺を悟られないよう努力しながら、織姫へと向き合った。
視線を合わせた織姫の眼差しはどこまでも優しく、そして憂いを帯びている。
しかし次の瞬間、いつものような明るい笑みを思い切り浮かべ、織姫ははっきりと言った。


「私、たった今、黒崎くんに振られちゃった!」

「・・・・・・・・・・・・・え?」

予想外の展開に、ルキアは驚きを隠せず、またしても瞳を見開き織姫を凝視する。
これに織姫は照れ臭そうに笑いながら、綺麗な髪を指先に絡ませた。

「今日、黒崎くんの誕生日なんだ。
それで今日、思い切って告白しよう!って思ってて、放課後、体育館裏に呼び出してたの。」

「放課後に体育館裏?・・・・・それが、なぜ、ここで?」

「朽木さんの制服、届けてあげようと思ってお見舞いに来たら、もう黒崎くんが居たの。
・・・・・朽木さんの顔、拭いてあげてたみたい。気づかなかった?」

「!!・・・い、いや・・・全然。」

「よく見えなかったけど、黒崎くん、なんだか悲しそうな顔して、朽木さんの事見つめてたみたい・・・」

「・・・・・・・・・・」

ルキアは無意識のうちに自分の顔を撫でていた。
一護を追い返した後、ずいぶん泣き続け、いつの間にか眠ってしまった。
本当なら流した涙と汗が乾いてひどい状態になっていそうなのに、確かに肌は綺麗に拭かれたようだった。


どうして?
一護。

どうして、お前はこんなにも優しいのだ?

私は思った事と反対の事しか言えず、お前を傷つけてしまうのに。

なのにお前は、どうしてこんなにも優しくしてくれるのだろう?

一護が優しいのはいつものことで、自分に対して特別ではない。
そう思いながらも、ルキアは感動に胸が詰まり、また涙が溢れそうになる。
それを阻止しようと、ルキアは強く唇を噛み締め俯けば、更に明るい織姫の声が響く。

「・・・・・で!折角黒埼くんも居るし!朽木さんは寝てるし!
丁度いいから言っちゃおう〜!って思ったら、先に、断られちゃったよ〜」

「・・・・・先に?とは、一体・・・?」

なんとか昂ぶる感情を押さえ込み、ルキアは顔を上げた。
織姫は笑った顔のままでいるが、それが尚更痛ましく感じる。

「私が言うより早く、すっごい丁寧に頭を下げて『ごめん』だって!
だめだよねぇ!断るにしても、告白くらいちゃんとさせてくれないと!
・・・不完全燃焼じゃ・・・いつまでたっても・・・忘れられなくなったりするのに・・・」

「井上・・・・・・・・・・・」

ここで力尽きたのか、織姫の表情から笑顔が消え、最後は声を震わせ悲しげに俯いた。
ルキアはなんと声をかけるべきかわからず、やはり同じように悲しげに表情を歪め、おずおずと織姫を呼ぶ。
すると織姫は体裁を取り繕うように、果敢にもう一度笑顔を作り、ルキアへと微笑みかける。

「でもね。本当は・・・すぐ・・・・・・わかったんだ。」

「わかった?」

「黒崎くんの目。
朽木さんを見ている目。
すっごく優しくて、切なくて・・・
あぁ、この人、この人に恋してるんだぁって・・・簡単に、わかっちゃったよ。」

「・・・・・!そんなことはない!!」

「・・・・え?」

「だ、だから!一護が私に恋するなど・・・そんな事はないのだ!絶対に、絶対だ!!!」

両手で布団をきつく掴み、やけに必死になって否定するルキアに、織姫は一瞬唖然とし、それからとても可笑しそうに噴出した。

「朽木さんって、鈍感なんだね!」

「どん・・・!」

やけに晴れ晴れと言い切られ、ルキアはなんとも情けない表情で言葉を詰まらせる。
その様子が更に可笑しかったらしく、織姫は堪らず肩を震わせ笑いを堪え、目の端の涙を拭う。

「私もよく鈍感だってたつきちゃんに言われるけど、朽木さんよりはマシかな?
・・・気づかないなら、もっとよく黒崎くんを見てあげて?
あの目を見たら・・・絶対すぐに・・・わかるんだから・・・・・・」

「井上・・・・・・・・」

最後にはやはり切なげに目を細める織姫の姿に、ルキアはかける言葉が見つからない。
しかしそんな表情は一瞬で消し去り、織姫は元気に椅子から立ち上がる。

「ところで具合はどう?起きても大丈夫かな?そろそろ下校の時間なんだけど・・・」

「!そ、そんな時間まで寝ていたのか!?」

「職員室に行って、先生に報告したらあとは帰ってもいいって。私、送るよ?一緒に帰ろう!」

「い、いや!もう大丈夫だ!・・・・・・一人で、帰れる。」

「そう?でも、まだ身体が・・・」

「もともと寝不足なだけだったのだから、これだけ寝ればもう平気だ。
・・・本当に、ありがとう。井上・・・さん。」

本当はツライはずなのに、自分を気遣い微笑む織姫の姿にルキア胸に痛みが走る。
これ以上織姫の世話になる訳にもいかず、また彼女も本当は早く一人になりたいか、親友の元へと行きたいはずだ。
ルキアもベットから抜け出し、立ち上がり、織姫に向かってとても丁寧に頭を下げた。

「どういたしまして!先生には私が報告に行くから、朽木さんはそのまま帰っていいからね?
・・・・・それじゃあ、また明日!バイバイ。朽木さん、気をつけて!」

「あぁ、また・・・・・明日。」

織姫はルキアに向かって笑顔で手を振り、丁寧に扉を閉めるとぱたぱたと足音を響かせ去って行った。
夕日差す保健室に、再びルキア一人だけ残される。

ルキアは軽くため息をつき、ベットの上に置かれた織姫が持ってきてくれた制服を手に取ると、着替える為カーテンを閉めようとした。
しかし傍らの織姫が座っていなかった椅子の上に、ルキアの鞄が置いてある事に気がついた。

それを持ってきてくれた者は誰か瞬時に察したルキアは、まだ温もりが残っているかもしれないと思い、鞄を手に取り、ぎゅっと抱き締めた。
夕日は優しいオレンジの色合いで、一層強く、彼の事を思い出させる。



一護に、会いたい。



ルキアは強く、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※後半戦の一発目。一護とルキアの仲をより甘くする為の塩の役割、ひめの出番でございますw
関係ないですが、この子は織姫ながら七夕全然関係なくて、私の中で好きブリ女キャラbQ七緒ちゃんの誕生日とは!うかつでした・・・・大反省orz
原作では京楽さんがリサちゃんと再会で、七緒ちゃん交えての軽い三角関係くさい展開読みたい・・・!
でも、リサちゃんはまるきりその気なし!なのにそわそわしてる七緒ちゃん!とか好ましいけど〜w
2009.7.17

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