水色の声が、俺を焦らせる。

「・・・なんだよ。」

違う。嘘だ。そんなことない。

「・・・きなんだよ。」

うるせぇ。もう、黙ってろよ。

耐え切れずに耳を塞ぐが、まったく意味がない。

聞こえてくるのが外からでなく、自分の頭の中からなんだから。

でも、聞きたくないんだ。

頼むから、もう俺を放っておいてくれよ。






『 境界線の向こう側 』





先程の屋上でのやり取りが頭の中で反芻され、
俺がどんなに懇願しても、水色の声は容赦なく、頭の中に響いてくる。


「好きなんだよ。」



「――――――――違う!」

その声を打ち消すため、俺は大声で叫んでいた。


違う。そうじゃない。好きじゃない。

あいつは、仲間だ。・・・仲間、なんだよ。



屋上から逃げ出した一護は、人気のない体育館裏で一人佇む。

日当たりのいい木の下にうずくまり、先程交わした会話を思い出すと、両耳を塞ぎ思わず叫んでいた。

 

 

「一体なにが、違うのだ?」

突然頭上から声が降り、一護は慌てて顔を上げる。

「?!!・・・ル、ルキア?・・・なんで・・・ここが・・・」

驚く一護に、ルキアはやけに呆れた表情で見下ろした。

「なんでもなにも、霊圧を探ってきたに決まっておろう!
どうした一護。弁当箱も放り投げ、ずいぶん動揺しているようだが。」

「・・・なんでもねぇよ。」

ルキアに問われ、一護はバツが悪げに顔を逸らす。

本人に言えるかよ。あんな事。


黙り込んだ一護を見つめ、ルキアはゆっくりと顔を横に振った。

「全く、貴様はまだまだ未熟者だな。小島殿にあのような事を言われたくらいで、こんなにも取り乱すとは。」


そうルキアに言われ、一護はぎょっとし、急いで立ち上がりルキアを見下ろした。

「?!あのような事・・・って、ルキア、お前知って・・・」

焦る一護を冷静に見つめながら、ルキアの方は至極なんでもないようにシレッと答える。


「事の顛末は、小島殿から、聞いた。」

一護は激しく水色を恨んだ。


ありえねぇ。当人に話すか?!普通!!

頑なな一護の態度に拗ねた水色が、ヤケ気味にルキアにだけ話の内容を聞かせたのだ。

内容が内容だけに、一護はどんな顔をするべきかわからず、またしても気まずそうに視線を伏せたが、

しかしルキアは堂々としたもので、一護の伏せた視線の先に顔を覗かせる。

「どうした?なにをそんなに恥ずかしがっているのだ?」

「は・・・恥ずかしい訳じゃねぇよ!」

全く動じていないルキアの様子に、逆に一護は焦燥感を煽られる。



こいつ、なんでこんなに普通でいられるんだ?

水色から、聞いたんだろう?俺達の会話。

なのにこんなに冷静でいられるのは・・・それは、やっぱり・・・


「・・・なぁ。お前、聞いたんだろう?俺と・・・水色が・・話してた事。」

「うむ。聞いたぞ。」

「・・・じゃあ、なんでそんなに普通なんだよ。」

「なぜ貴様は、そんなに普通ではないのだ?」

逆に問われ、一護は一瞬言葉に詰まる。



なんで俺が普通じゃないって?

・・・そんなの、俺だってわかんねぇんだよ!!



答えられない一護は、わざと荒く言い放つ。

「質問したのは俺の方だろ?!・・・・いいから、答えろよ。」

ルキアは一瞬下に視線を移し、それから一護を真っ直ぐに見つめなおした。




「・・・貴様の言う通り、だからではないか。」

「俺の、言う通り?」

「私達は『仲間』だ。それ以上も以下も・・ない。
お前の、言う通りの関係だ。・・・そうであろう?」

そう言ってルキアは、少しだけ淋しそうに微笑んだ。



「・・・・!!!」

先程から何度も何度も自分で言っていた言葉なのに、ルキアから言われ心臓が握りつぶされてしまいそうな衝撃。

一護は胸に鋭い痛みを感じ、無意識の内に心臓のあたりのシャツを右手でしっかりと掴んでいた。

それには気付かぬルキアは淡々と話し続ける。

「そう心配せずとも、私がお前の側に居るのは、現世派遣の任が解かれるまでの間でしかない。
その間ももちろん、お前が誰と付き合おうと構いはしない。
ただしばらくは、死神代行は続けてもらうことになるとは思うが、それでも、一生付きまとうような真似はせんから安心しろ。」


現世にいるのは、任期の間だけ。

この少年の人生に関われるのも、そのごく僅かな時間。

悠久を生きる死神にとって、僅かでしかない時間。

だけどそれが、ルキアにとって全ての時間。

一護といられる、なによりも大事な時間。

もし一護に、彼女や奥方が出来たとしても構わない。

一護が幸せならば、それ以上なにを望む?

それはルキアが自分は死神であるが故、一護の人生の傍観者であろうと覚悟を決めているからだ。

だから、ルキアは揺らがない。

ルキアにとって一番大切なのは、一護と一緒にいられる今でしかないのだから。




だが限られた短い生を生きる、人間である一護は違う。

ルキアと一緒にいられるには、ルキアの現世派遣の任期が解かれるまでの間。

その後は、別れゆくしかない。



胸が、痛い。

痛くて、苦しい。

呼吸すら、うまくできずに詰まりそうだ。



なんだよ・・・これ。

なんなんだよ、一体。

なんで俺が、こんな苦しい思いをしなきゃならねーんだよ。

わけ、わかんねぇ・・・。




ルキアは、一護が泣き出すのではないかと咄嗟に思った。

そう思える程、一護は唇を噛み締め、眉間の皺も深く、表情を歪めている。

「どうした一護?・・・なぜ、そんな顔をする?」

「・・・なんでもねぇよ。」

「なんでもないことはなかろう?どうした?どこか痛いのか?」

心配気に自分の方へと詰め寄ってくるルキアから、一護は耐え切れず視線を逸らした。




痛みならある。

この胸に、ある。

でも、そうじゃない。

悲しいのは、胸が痛いからじゃない。

いつかルキアと、別れ行く時が来る。

このままであれば、そんな日がいつか必ずやってくるのだと、知ってしまったから。

そんなの、当然のはずなのに、まるで考えていなかった自分に驚いた。




ルキアが、いなくなってしまう。



それは、突然訪れた母との別れのように、一護の心を打ちのめす。



 

キーンコーン カーンコーン・・・

 

予鈴のチャイムが鳴り響き、ルキアは校舎の方へ顔を向けた。

「予鈴だな。・・・ここから教室までは遠い。急ごう、一護。」

ルキアは一護を促がし、身を翻し駆け出そうとした。

グンッ

「?!・・・な、なんだ?」

しかし腕を一護に掴まれ、ルキアは驚き一護を見上げる。

「・・・一護?」



一護は悲しげに顔を伏せたまま、小さな声で呟いた。

「・・・歩けないんだ。」

「なんだ?足でも怪我しているのか?!ならば、私の鬼道で・・・」



一護は掴んでいた腕を離すと、慌てて手をかざそうとするルキアの手を掴みなおした。

そして苦しげに目を伏せ、ぽつぽつと胸の内を吐き出していく。

「・・・一人じゃ恐くて・・・ここから・・・歩き出せないでいる。」

「・・・?」

手を掴まれ困惑するルキアに、一護は鋭い声で低く叫んだ。




「・・・大事な人を、失うのは・・・もう、嫌なんだよ・・・!!」

「!!・・・」




やっと一護の胸の内を感じ取ったルキアは、驚きに目を見開いたまま一護を見つめた。

一護は息をするのも苦しげに、たどたどしく言葉を繋ぐ。

「俺が、いる場所は・・・境界線なんだ。・・・・『仲間』と『大事な人』の境界線上に、立っている。

・・・もうずいぶん長い間、ここにいる。・・・戻ることはない。・・でも、進むことも出来ないでいる。

・・・恐くて、一歩が踏み出せない・・・」




一護は一度言葉を切り、大きくひとつ息をつく。

ルキアも口を挟まず、瞳を細め、眩しげに一護の様子を見守った。



「・・・本当は、進みたいんだ。ここは穏やかな場所だけど・・・ずっと、一人でいるしかない。

・・・それって結構・・淋しいんだよ。・・・本当は、淋しいんだ。」



一護は震えていた。繋いだ手から、一護の淋しさが感じ取れて、ルキアはもう片方の手で大きな一護の手をささやかに覆う。

一護は涙こそ流さずにいるのだが、それでも心は泣いているようにルキアには感じられた。

少しでも安心して欲しくて、ルキアは重ねた手を優しく撫でた。

自分が一護の心を感じとれたように、一護にも自分の気持ちが伝わることを願いながら口を開く。



「一護・・・お前の言いたいことは、良くわかるつもりだ。

・・・私も同じだ。大事な人は、もう二度と失いたくはない。

・・・だったら『大事な人』など作らなければ良い。

そうすれば、あのように心が砕けるように悲しい思いを、永遠にしなくてすむ。

・・・その代償が、ずっと一人きりでなくてはならなくても・・・な。

わかるよ一護。私達は本当に・・・似たもの同士なようだな・・・・」




ふいに二人の間から、全ての音が消え去った。

今は言葉ではなく、二人が繋いだ手から感情が伝わりあう。

互いをどれほど必要としているか、言葉以上に雄弁に語りかけているようだ。



ずっと、このままで、いれたなら。



そんな思いが溢れ、一護はやけに素直な気持ちになれた。

「一人じゃ恐くて、足が竦んでしまっても。・・・でも、二人なら、恐くないかも・・・しれないと、思うんだ。」

「・・・ずいぶん、臆病ではないか。」

「うるせー。・・・お前は、違うのかよ?」

「そうだな。・・・確かに、一人では、乗り越えられぬかもしれない。

でも、共に歩む者がいれば、立ち向かう勇気が湧く。・・・私も、そう思うよ。一護。」



一護はルキアを、抱き締めた。

その華奢で細い身体を、加減ができずに折りそうなまでに力一杯。

ルキアは痛みに顔をしかめ、しかし黙って抱かれた。

ルキアを抱いたまま、一護の声が熱っぽくルキアへと囁きかける。

「ルキア・・・約束・・・しろよ。」

「約束・・・?」

「俺の手を取ると決めたら・・・もう、二度と手放すな。

・・・絶対に、俺の目の前から消えるな。

俺の一生をかけて、側に居続けるって・・・約束、してくれ・・・!!」




この『境界線』を、二人で越えよう。

そして、もう二度と手を放さないと破られることのない、約束をしてくれ。



それは一護の、祈りにも似た心の叫び。

その心の震えが伝わり、ルキアの視界が涙に滲む。

「・・・一護。・・・・・・私で良いなら・・・約束、しよう。

・・・・なにがあっても、離れはしない。・・・・・・いついつまでも、お前の側に居続けよう・・・・!」




「・・・・・・・約束、したぞ。」

「・・・・・・・約束、しよう。」

そこでやっと安堵した一護は、笑った。

つられてルキアも泣きながら、笑った。



緊張した空気は一瞬で消え去り、二人は暖かな気持ちでお互いを見詰め合った。

 

 

キーンコーン カーンコーン・・・

 

静かな空気を、授業開始を告げるチャイムがかき乱した。

それを合図に二人は即座に現実に引き戻され、慌てて一護は両手を広げルキアを解放し、ルキアは滲んだ涙を手の甲で拭う。

「・・・む!貴様がぐずぐずしているから、授業が始まってしまうではないか!急ぐぞ!一護!!」

「あー・・・俺、いいや。」

焦り駆け出そうとするルキアとは対照的に、一護はその場から動こうとしない。

「いいとはなんだ?どうするつもりだ?」

「今から行っても、完全アウトだろ?二人揃って遅れて行くより、たまにはサボるのも悪くない。」

「・・・だが、鞄などどうするのだ?教室に置きっぱなしであろう?」

「帰りに水色達が、届けてくれるさ。」



ルキアと二人で消えた一護を、水色が放っておくとは思えない。

鞄を届けがてら、事の顛末を聞きだしに必ずやってくるであろう。

そしてきっと言うんだ。にやりと笑って。

ほら、僕の言う通りだったでしょ?

そしたら素直に言ってやるよ。

あぁ、そうだな。お前の言う通りだった。ありがとう水色。

あいつはきっとビックリして、変な生き物を見るように、俺を見るに違いない。



「・・・いや、しかしだな。」

それでもなお悩んでいるルキアに、一護は最終兵器を投入することにした。

「あー。なんか甘いもんでも喰いてぇなぁ。

財布は持ってきてるから、白玉かチョコケーキか。・・・お前、どっちがいい?」

白玉と聞いた途端、ルキアの瞳に輝きが宿った。

「白玉!!」

「うしっ!んじゃ、『彦一』行こうぜ。あそこなら昔からの馴染みだから、今から制服のまま行っても問題ねぇし。」

「わ、私は白玉パフェが良いぞ!!」

「わーったから、少し声抑えろって。・・・あっちから行けば、職員室から死角になるからな。」

「うむ、行くぞ!!」

二人は自然と手を取り合い、楽しげに笑いながら小走りに駆け出した。

 

 

 

 

 

俺がいるのは、境界線。

この先には、進めない。

一人で進む勇気は、ない。

ならば一人じゃなかったら?

きっと二人でなら、越えていける。

だから、手を繋ごう。

二人一緒に、その一歩を踏み出そう。

 

 

 

 

 

二人で境界線の向こう側、目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 最初に『境界線』をあげてから、イチルキ映画記念なのに一護とルキアの絡みのない、無糖ではいかがなものかと思いつた続編です。
 一護は無自覚でルキアは自覚しながらも死神とゆう立場をわきまえ、一護との距離をとろうとしております。
 互いの存在が特別であると思いながら、立場の違いから、それを認め合うのが恐いのではないでしょうか。
 今の戦いで藍染の野望を阻止し、一護は現世にルキアが尺魂界へ帰ったら、お互い会いたくてしかたなくなればいいのに。
 それで一護からルキア迎えに行けばいいのに。それで嬉しいくせにルキアは少し意地張ればいいのに。
 ・・・まぁそこまでいかなくても、映画では一護がルキアルキアと叫びまくるらしいし、そこでまた萌え妄想の糧を仕入れましょう☆
 2008.12.16

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