俺は、境界線上に立っている。
戻るか、進むか。
どちらも出来ずに、佇んでいる。
もう、ずっとずっとここにいる。
戻ることは、ないだろう。
だからと言って、進むことも簡単じゃない。
だから俺は立ち竦む。
ここから、動けないでいる。
『 境 界 線 』
付き合ってるのと聞かれたら、答えはノー。
だって、彼女なんかじゃない。
ただの友達って聞かれたら、やっぱり答えはノー。
だって、友達なんて枠には収まらない。
じゃあなんなの?って聞かれたら、俺はこう答えるしかない。
あいつは、大事な、仲間、なんだ。
だってそうだろう?
俺はあいつに会って死神の力を与えられ、共に幾つもの死闘を乗り越えきたんだから。
朽木ルキアは、俺の、大事な、大事な、仲間、なんだから。
「好きなんだよ。」
水色の言葉に、俺は今まさに口内に投じようとしていたから揚げを、箸からすべり落としてしまった。
今日の弁当のメインディッシュは屋上の床に転げ落ちたが、俺には大好物である遊子特製のから揚げ喪失以上に、
水色の口から今投じられた科白の爆発力に、かなりのアホ面で水色を見つめた。
水色は俺の顔を見るなり、片手で口元を押さえ、ひどく可笑しそうに笑いながら言った。
「なんて顔してるの?一護。まさか、自分じゃ気がついていないんだ?」
「・・・気付くもなにも・・・そんなんじゃねぇよ。・・・あいつは。」
あいつとは、ルキアのこと。
水色に今日はやけに絡まれると思ったら、とんでもない爆弾を投げつけられた。
あいつとは人には説明できない関係ではあるが、水色が言うような、そんな関係なんかじゃない。
俺がルキアを好きだって?冗談じゃねぇよ。あいつは、そんなんじゃねぇ。
断じて、違う。
俺は慌てて足元に落ちたから揚げを拾い、弁当の蓋の上に置く。
こーゆーの、そのままにしておくのは好きじゃない。
それから気を取り直して、再びから揚げに箸をのばす。
今度は逃がさないように、しっかり掴みちゃんと口の中まで運べた。
ひどく仏頂面のままから揚げを咀嚼する一護を見つめ、水色は驚きで目を見開いた。
「えぇ?!まさか本当に気付いてないの?あれだけ熱い視線で見つめておいて、気がつかないなんてありえないよ〜。
鈍い鈍いとは思ってたけど、まさか、ここまでひどいなんて・・・!」
今日は天気も良く風も暖かで、空には穏やかな秋空が広がり、屋上はいつものメンバー以外の者達も多く集まっていた。
いつものメンバーに一護、水色、啓吾、チャド、雨竜、そしてルキア。
その他に今日は織姫やたつき、その他の女生徒も数人グループで輪になり昼食を楽しんでいる。
ひどく穏やか風景なのに、俺のところだけひどい爆撃を受けてしまった。
ルキアも今日はそちらへ混ざり、時折楽しそうに笑い声をあげ、その輪に混ざろうと、
啓吾が輪の外から必死になってアピールしているが、全く取り合ってもらえぬ様を、俺ははなんとなく眺めた。
一護の隣に水色が座り、少し離れた場所で雨竜がチャドと弾まぬ会話を交わしながらも、
傍では分かりにくいがそれなりに楽しそうに食事をとっている。
ルキアを見つめる一護の様子に、水色はあきれたように溜息をつき、胸の中で独り言を呟く。
(ほら、その視線。
そんな切なげな熱視線で彼女を見ているのに、本人は無自覚なんだから君は救い様がない鈍感だよ。
普段は人のことなんか放っておく主義の僕だけど、これほど由々しき事態はさすがに放っておけない。
だから、この僕が一肌脱いで、君に恋心を自覚させてあげるんだから、その辺ちゃんと感謝してよ?)
一護はすぐに視線を外すと残った弁当を一気にかきこみ、憮然とした表情のままもしゃもしゃと噛み砕く。
水色は一護の様子を辛抱強く見守り、なんと返してくるか期待に満ちて待っていた。
しかし一護はその視線を煩わしげに避け、顔を背けて紙パックのジュースを啜る。
「・・・ちょっと!僕の質問に答えてよ!!」
すぐに我慢ができなくなった水色は声をあげ、一護はストローから口を離すと、溜息をひとつつく。
「だから!あいつは、そんなんじゃねぇんだよ!」
「じゃあなにさ?好きな子じゃないなら、ただの友達とでも言うつもり?」
「・・・そうじゃねぇよ。」
「じゃあなに?」
「・・・仲間だよ。あいつは、大事な、仲間、なんだ。」
水色に全て話すわけにはいかないが、あいつは共に戦い抜いた仲間だ。
それ以上も以下もない。
一護の返答に、水色はやれやれといった風に顔を横に振る。
この友人の鈍感具合は知っていたつもりだったが、まさかこれ程までにひどいとは思わなかった。
「じゃあさ・・・質問変えるよ。一護、朽木さんが誰かと付き合うことになったら、どうするの?」
「は?ルキアが?誰かと・・・付き合う?」
「気にならない?」
「・・・別に。そんなん、ありえないし。」
ルキアは死神だ。現世で人間相手に付き合うなんて可能性など、万が一にもないはずだ。
そんな思いで返答すれば、水色はやや腹立たしげに声をあげる。
「どうしてさ?なに?惚れられてるから、自分以外と付き合う気もないって思ってるの?」
「ば、莫迦!んなこと言ってねぇだろ?!
・・・だから、あれだ。あいつ好みがうるさいから、そう簡単に付き合ったりしねぇと思うから・・・」
なんとか話しをはぐらかそうとする一護に苛立ち、水色はできるだけ恐い顔を作り逃げられないように詰め寄った。
「もう!仮定の話だよ!・・・わかった。
じゃあ朽木さんの理想ぴったりの人が現れて、朽木さんがすっごく好きになったりしたら?それでもやっぱり、気にならないの?」
ルキアに好きな奴が?
そう言われ、一護の動きが止まった。
水色はやっと自分の質問の意図が、一護の心の確信部分に触れたことを感じ、満足して身を引いた。
「・・・ね?気になるでしょ?朽木さんに、好きな人ができちゃったらさ。
それとも、井上さんや有沢さんに好きな人がいても、気になったりする?」
ここまで言われれば、さすがの俺も気がついた。
水色の言いたい事は、良くわかる。
井上やたつきに、好きな奴がいようがいまいが構わない。
でも、それがもしルキアなら・・・?
仮定の話であるにもかかわらず、俺は胸に鈍い痛みを感じ、その痛みに驚いた。
そして俺の驚いた顔を眺め、水色はやけに優しく子供に言い聞かせるように囁いた。
「・・・一護は、朽木さんが、好きなんだよ?」
「・・・・俺が、ルキアを?」
「好きなんだよ。」
水色はどうしようもなく鈍感な友人の為、教え込むように何度も同じ言葉を繰り返す。
一護はその言葉を受け止め、それから数秒考え込むと、突然立ち上がり大声で叫んだ。
「・・・違う!!!そんなんじゃねぇ!!!」
その声に驚いた皆は一護へと一斉に視線を集め、その中で一護はルキアと視線が合ってしまった。
驚いた顔のルキアは、大きな瞳を更に大きく見開いている。
すぐにルキアの視線から顔を背け一護は無言のまま、その場から駆け出した。
「・・・もう!どうしてそんなに意固地になるのさ!!」
水色の声が追ってきたが、一護は振り向かない。
屋上の扉を開き、階段を一足飛びに駆け下りる。
その間も、心の中では言い訳をしながら。
あいつの事が気になるのも、俺があいつの現世での保護者的立場であって、それは好きだ嫌いだの恋愛感情なんて関係ない!!!
絶対に違うものだ!!!
そう、俺は、逃げ出したんだ。
一護は、無意識の内に避けている。
自分にとって『特別な存在』を作ることに。
その思いの根底にあるのが『特別な存在』の、母親を亡くしたことが深く影響している。
もう大事な人を、なくしたくない。
大好きな母親を失った恐怖と悲しみと、何ものにも埋めようのない喪失感がひどいトラウマになっており、
自分にとって絶対的な存在を作り出すことに心が拒否反応を示している。
そんな思いの防衛本能が働き、それは自然と一護に恋愛感情を生じないようにさせているのかもしれない。
だから一護は認めない。
認めたくない。
今自分が立っている場所は、『仲間と好きな人』の丁度、境界線の真上であるのだと思うようにしている。
認めてしまえば、もう後には、引き返せない。
それは予感などではない。
絶対的な確信。
ルキアを失うことへの恐怖が、俺を侵食してしまうだろう。
臆病者と笑われても仕方がないが、それ以上に『特別な人』を失うことの方が恐いのだ。
しかし少年は、すぐに思い知らされることになる。
自分の立っている場所が、境界線を簡単に飛び越え、遥か彼方にあると思っていた『特別大事な絶対に失いたくない』場所であったことに。
もうとっくの昔から、ルキアを失うことが恐くてたまらないことに。
だが、一護は繰り返す。
認めることが恐いから。
何度でも言うしかない。
あいつは俺の・・・大事な、仲間、なんだ。
いいわけ
本日卍解!まだ観ぬイチルキ映画に思いを馳せて・・・!
この作品で丁度イチルキ小説15話(連載もの抜き)になりました。15と言えば一護。なんとなく特別です。
なのにこんな萌え度の低いもの・・・いや、言いたいことは詰めれたんですがね。
あんだけルキアを『仲間』だの『友達』だの不必要に強調しているのは、
一護が臆病者で、恋を認めるのが恐いからなの!と仮定してみたものです。
だけど言えば言うだけ違和感を感じ、それでも言い続けてしまうのだ・・!
そしてルキアも同じこと。大事な人を亡くし、『特別な存在』を作ることを恐がっている。
似たもの同士なので、お互いの気持ちを認め合うのはまだまだ先かしら・・・。
そういえば、織姫も兄を亡くしてますよね?
でもイチルキとは全然違うのは・・・その死に直接関わってないからか? と、今日思い当たりました。
そうか!だからか!やっぱり一護にはルキアで、ルキアには一護!うんもう決定☆・・・早くそうなって〜〜〜(悶)
2008.12.13
material by sweety