思うよりも先に、無意識のうちにルキアは一護の元へと駆け出していた。


「伏せろ!一護っ!!」


力の結晶となる熱のない眩しい光が集約していくその前に、躊躇なくルキアは飛び出し刀を構える間もなく閃光が弾け飛ぶ。
ルキアの後方には傷つき倒れた一護が驚愕に目を見開き、動かぬ体でルキアの小さな背中に向い必死になって手を伸ばす。


「ばっかやろう!なにしてんだ・・てめっ!そこをどけっ!ルキアァッ!!!」




一護の叫びは飲み込まれる。

二人の未来を閉ざす、終焉を告げる光の中に。






『 未来 の 約束 』 第1話





その日は、いつもと同じ日常の一コマだったはずだった。



夜、一護のベットの上でのんびり神霊機を操っていたルキアは眉間に皺を寄せ、
すぐさま身を起こすと傍らの机に座っていた一護に向い鋭い声を投げかける。

「一護。虚が出たぞ。」

「あぁ?またかよ。・・・ったく、こっちは勉強中だってのに。」

「ぐずぐずするな!早く行くぞ!」

「へーへー・・・しょーがねーなー。行くとすっか。」


軽口を叩く一護を叱咤し急かすルキアと、共に部屋を飛び出したのは一時間前の事。
ふらふらと逃げる虚を追いかけ、廃退した工場跡地へと誘い込まれてからの戦闘は、虚からの一方的なものだった。

二人共なんとか刀を振るえはするが、体が重く思い通りに動けはしない。
挙句、どんどん体中の力が吸い取られていくようで、虚に切りかかるたび重力が増していくような息苦しさが増してゆく。

まさかこんな苦戦を強いられるとは思ってもいない事態に、一護もルキアも内心焦りを隠せずにいる。

尺魂界からの伝令にこの虚がこんなにも厄介な相手だとの情報もなく、
正体不明の力を持った醜悪な虚の長き触手に翻弄され、一護もルキアもそれぞれに傷を負い、苦しげに息を荒げていた。

「おいルキア!・・・なんだよ、これ!
こいつ、妙な能力持ってやがるじゃねぇか!尺魂界から何か、連絡はないのかっ!?」

「そ、それが、おかしいのだ。
これだけ厄介な相手なら、何かしら伝令がくるはずなのに、それが全くない。
一護。これは、少々まずいかもしれんぞ!」

「まずいって?そりゃそうだ!
お前も俺もこんなザマだ・・・早くこいつを片付けねぇと、とんでもねぇ事になるぞ!」

一護は激しい息遣いに負けぬよう、なんとか刀を構え直し虚に向かい駆け出そうとするが、ルキアはこれを諌めるようと一護を睨む。

「焦るな一護!
戦いでは、冷静さを欠いた方が負けになる。
落ち着け。そして、見極めろ。
なんとか、奴の弱点を見つけるのだ!」

「んな悠長な事言ってられっか!
このままじゃ、二人揃ってやられちまうんだぞ!!」

攻撃を邪魔された一護は苛ただしげにルキアへと怒鳴り返すと、突如神経を逆撫でする耳障りな怪奇音が響き聞こえてきた。


『うふふふ・・・
無駄ですよ。貴方達下等生物になど、私は倒せないのです。
早々に諦めて、その力を私に捧げてください。』

「!!てめっ・・・話せるのか!?」

今の今まで黙って攻撃を繰り出していただけの虚の声に、一護は即座に警戒し刀を構えるとルキアを己の背に庇う。
ルキアは気味の悪い虚の自分らをあざけり笑う声に強い嫌悪を感じながらも、
この状況を打破すべく、何か策はないものかと懸命に頭を巡らせた。

しかし虚は、そんな二人をからかうようにウニョウニョと多くの触手を楽しげに波立たせる。

『何をそんなに驚くのです?
私のような高貴なる魂は、例え貴方のような下賎な者の言葉でも、理解してあげることはできるのです。』

「・・・穢れた魂である貴様に、そのような口を叩かれるいわれはないっ!!」

『おやおや。これだから卑しい下等生物は困ります。己の存在意義のなさを認めたがらない。
だから、私はそんな憐れな魂を、我が高貴なる魂の一部として取り込んであげているのですよ?感謝して頂かなくては。』

「ふざけるなっ!その五月蝿い口をとっとと閉じろっ!!」

『仕方がないですねぇ。ならば語るよりも・・・貴方の方から、救ってあげる事に致しましょう!』

「!・・・避けろ!一護!!」

虚の言葉に応戦しながらルキアは油断なく攻撃のチャンスを窺うが、虚は不遜な態度の割りに残念ながら隙もなく、
それどころかこれで話しは終わりとばかりに、複数の触手が攻撃態勢になっていくのがわかった。
そしてその手が最初に狙うのは、自分ではなくまさに今虚に飛びかかろうとしていた一護の方だと知った瞬間、
ルキアはその恐怖に肌が粟立ち、虚を喜ばす悲痛な叫びをあげていた。

しかしルキアが声を上げるより早く、虚の触手がグンと伸び、一護の腹をまともに捕らえその場から吹き飛ばす。

「がっ!!!」

「一護っ!!」

「げふっ!・・・やべっ・・モロにくらっちまった・・・!」

一護はドンッ!と強い衝撃を腹に受け、同時にその辺に放置してある機械に叩きつけられた背にも鋭い痛みが広がった。
辺りには砂埃が舞い、激しい衝撃に一瞬息が出来なくなった一護の口から僅かだが血が吐き出される。
それを見たルキアは、焦燥に一護の方へと意識が逸れた。

「一護!大丈夫か!?いち・・・うわっ!?」

『貴方も、余所見をしている暇はありませんよ?』

自分から意識の逸れた瞬間を、虚が黙って見逃すはずもない。

いつの間にか伸びていた触手をルキアの足に絡ませると、持ち上げその場に容赦なく叩きつける。
地面に叩きつけられたルキアの体は僅かに弾み転がると、無残に投げ捨てられた人形のように不自然な体勢で動かなくなる。

「ルキアっ!おい!ルキア!大丈夫か!?返事をしろよ!!ルキアッ!!!」

「・・・・・・・・い・・・ち・・・・・・・」

なんとか立ち上がり心配そうに叫ぶ一護の声に、ルキアは地面に伏しながらも顔だけ一護の方へ向け囁くような声で答えた。
しかしすぐにもその意識も途絶え、ルキアは完全に地面に倒れ伏してしまった。
体はボロボロでもルキアに意識があった事にひとまず安堵し、まずは一刻も早く目の前の敵を倒すべく、今度は虚の方へと神経を集中させていく。

「ちくしょう!なんだ!こいつの能力は、一体なんだ・・・・!!」

『おほほほほ!もうここまでですか?なんと他愛もないものでしょう。
しかし、力なき者よ。恥じる事はありません。貴方が弱すぎるのではなく、私が強すぎるのです。
そして、私は寛大にも、貴方のように下賤な者の魂までも、救ってあげる事ができるのですから。
現に私はこちらへ来る前に、多くの死神達の魂を救ってあげました。
彼らも、私の魂の一部になれた事をとても喜んでいるでしょう。』

「喜ぶだと?くそっ!冗談じゃ・・・ねぇぞっ!!!」

弱い者をいたぶる趣味の悪い快楽に溺れた虚の攻撃の手は、いままでになく甘いものであった。
一護は自分に向かい伸びた触手をなぎ払い、間髪いれずに虚へ居合い抜きの要領で刀に溜めた強い気の塊を飛ばす。
その気は狙いたがわず虚の顔の真ん中を捉え、そこから真っ直ぐ縦に切り裂いた。

『ぐぎゃあぁっ!!!』

「へっ。これでてめぇの醜悪なツラも、少しはマシになったんじゃねぇのか?・・・・・なっ!?」

完全に油断した状態で受けた攻撃に、虚は憐れな叫びを上げながらのたうち、これに一護はにやりと笑ってみせる。
しかしその一護渾身の一撃も、なんとか虚の顔の表面上を切り裂いただけにすぎず、結果として虚の怒りに油を注ぐだけになった。
虚は裂かれた痛みにのたうちながらも、いつの間にか一護の四肢に触手を巻き付け、その場から動けぬように固定される。

『許さんっ!許さんぞぉ!!
たかが死神風情が、お前のような下等な生き物が、私を傷つけるなど・・・決して許さんっ!!
貴様の魂など救われることなどなく、今ここで、恐怖と共に焼け焦げてしまえっ!!!!!』

「!!」

紳士を気取った物言いと仮面を脱ぎ捨て本性を現した虚の力は、今までのものとは段違いに強い力が忌まわしい光となり、
がっぱりと開け広げられた虚の口の中に集約されていき、見る間にそれは強大に膨らんでいく。

その圧倒的な力の差に唖然となった一護は、思わず緊張に乾いた喉でごくりと唾を飲み込んでいた。

この体じゃ、この攻撃からとても逃れそうにない。

それはやけに他人事のように聞こえた内なる声であり、一護は自分を焼き尽くす為に膨大になっていく絶望の光から、
逃げ出すことも目を逸らすこともできずに、莫迦みたいにぼんやりと魅入ってしまう。
人はあまりにも自分ではどうしようもできない事態に巻き込まれると、対応が出来ずに考える事までも放棄してしまうものなのかもしれない。

しかしそんな気力の削げた一護の目の前に、その悪しき力から切り離そうと、小さな人影が躍り出た。


「伏せろ!一護っ!!」


「なっ!?ルキッ・・・」

瞬時にその人影が誰かを理解した一護は、この状況の恐ろしさに表情を強張らせ、動かぬ体でもがき必死で手を伸ばす。
しかしその瞬間、ドンッ!という衝撃波と共に、虚の口からこちらへ真っ直ぐに強大な力が弾け飛んだ。

これはまるで、あの時と同じではないか。

一護とルキアが初めて会った、あの時と。

無鉄砲に虚の前に飛び出した一護を庇い、深手を負い死にそうになったルキア。
今も、再現を見せられているかのごとく、彼女は一護を護ろうと身を挺して虚の前に立ち塞がっている。


だめだ!

この力は、危険すぎる。

ルキアの魂を、滅ぼすかもしれない力。


ルキアを失う恐怖心に一護は彼女へ向って駆け出そうみるが、無様な体は縫い付けられたように全く動かず、
それでも一護は必死になって手を伸ばし、声を嗄らしてルキアへと叫ぶ。



「ばっかやろう!なにしてんだてめっ・・・!そこをどけっ!ルキアァッ!!!」



一護の叫びに反応し、僅かにこちらを向いたルキアの横顔は、迫り来る光の中に一瞬だけ悲痛な表情がくっきりと浮かび上がり、
すぐに飲みこまれると同時に、空気を切り裂く爆発音が激しく辺りに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※2010.1.26

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