一護。

ひとつだけ、私と『約束』をしてくれないか?

覚えてなくても構わない。

本当に護れなくてもいいんだ。

ただ、今だけ、私と『約束』をして欲しいんだ。




私を決して忘れないと、それだけを、今、『約束』して欲しい。






『 未来 の 約束 』 最終話(第7話)





なんて温かく、心地よいのだろう。

優しくも力強い波動を感じて、ルキアは目を閉じたまま小さく微笑む。
その波動はどこまでも穏やかで懐かしくあり、ルキアを護るように全身を包んでくれる。

自分に注がれる力の源を探り浮上したルキアの意識は、ひどく重たげにゆっくりと瞼を持ち上げた。

死を目前にした深い眠りから目覚めた瞳に映るのは、どこも同じ造りである隊舎の天井であり、
次にツンとくる消毒薬の匂いに、きっとここは四番隊であろうと予想がついた。
全身を包む窮屈な包帯に圧迫されながらも、その苦しさを和らげる癒しの波動が、
己の左手から全身にかけ流れ込んでくることを感じ、なんとかルキアはそちらへと首を巡らせる。

そして、祈るように頭を垂れたまま自分の手を両手で握り、慣れぬ鬼道で懸命に癒してくれるその者は、
この世にひとつであろう橙色の髪をしている事にルキアはひどく驚いた。

「お主は・・・一護、なの・・か?」

「!!ルキアっ!おまっ・・・・・!目が・・・目が覚めたんだなっ!?
俺がわかるか?俺の事が、わかるのか?ルキア!!」

驚きに思わず上げたルキアの声は、やけに掠れ消え入りそうなまでに小さくか細いものであったにも関わらず、
ずっと待ち望んでいたその声に、一心不乱に鬼道に没頭していた一護は信じられない思いで、急ぎ弾けたように椅子から立ち叫ぶ。
しかし、目覚めたばかりで朦朧としていたルキアは、性急にどやしつけられた事に顔をしかめ、やけにつれぬ様子で一護を軽く睨みつけた。

「・・・そう怒鳴るな。私は怪我人なのであろう?
お前の声は大きすぎて、傷に響く。少しは落ち着け。」

「ばっかやろう!!なにが響くだっ!俺が・・・俺が、どんな思いでお前を・・・!」

「悪かった。本当に。・・・もしや、泣かせてしまっただろうか?」

「だ、誰が泣くかっ!!てめぇは本当に、どこまで人を・・・・・!
い、いや・・・とにかく、お前が目が覚めたら、卯の花隊長に連絡をしないと・・・・・」

ルキアのいつもの軽口に、一護は内心喜び深く安堵しながらも、
目覚めたら呼ぶようにと卯の花に言われていた事を思い出し、慌ててルキアへと背を向けた。

一度は命の音を止めたルキアへしがみつき、必死になって呼びかけた一護の声に応えるように、ルキアは再び甦ると生きる鼓動を取り戻した。
適切な処置を卯の花が行うとその後の経過は安定し、あとは一護一人鬼道を行い続け、ルキアが目覚めるのを待てるまでになっていた。

しかし、一護が急ぎ駆け出そうとすると、背中の裾を僅かに引っ張られる感覚に振り向けば、
ルキアが腕を伸ばし、一護の着物の端を掴んでいるではないか。
そして、少しだけ弱い声で懇願するように、一護の方を見上げている。

「まだ行くな。一護。・・・ここに、いてくれ。」

「そんな心配すんなよ。すぐ戻る。だから、少しだけ待っててくれ。
お前の目が覚めたら、卯の花隊長を呼んで来ないと・・・」

「いやだ。もう少しだけ、このままでいたいのだ。
頼む、一護。行かないでくれ。」

「いや・・・でも・・・・お前の、体が・・・・・・」

「大丈夫。もう、大丈夫だから、もう少しだけ、傍にいてくれ。」

「・・・・・」

それでも、ルキアの体が心配な一護は、ひどく迷う。
しかし、深い眠りから覚めたばかりとは思えぬ程、ルキアの思考はハッキリしており、
この様子であれば少しの間なら大丈夫であろうと、一護は大人しく椅子へと腰を下ろした。

「・・・本当に、平気なのか?」

「貴様があのように大声を出さねば大丈夫だ。
・・・・・少なくとも、あの川原には行かずに済むであろう。」

「・・・?どこに行くって?」

「いや・・・なんでもない。
ところで一護。お前の方は、大丈夫だったのか?その胸は、怪我をしているのか?」

「見ての通りだ。少し胸をやられたが、大した怪我はしていない。・・・お前の、お陰でな。」

「そうか。ならば、良かったな。」

「−−−−−−−」

まだ診療台から起き上がることもできず、顔半分を包帯で覆われた痛々しい姿でありながら、
一護の胸の包帯に不安そうに表情を曇らせたルキアは、一護の返答に安心しとても嬉しそうに微笑んだ。
しかしこれに一護は、一瞬ひどく険しく眉間に皺を寄せ、それから俯き苦しげに目を閉じてしまう。

「・・・・・一護?どうかしたのか?
やはり、苦しいようであれば、すぐ、誰か呼んできた方が・・・・・」

「ルキア。俺はな・・・
俺は・・・今回の事で、お前に、礼なんか言わねぇぞ。」

「なんだそれは?私はお前に、礼など言って欲しいとは思っておらん。別に構わぬ。」

「そーゆー事じゃねぇ!・・・・・ルキア。お前、なんで俺を庇ったりしたんだ?」

「お前が動けず、私もお前をあの場から助け出す事が出来なかった。
だから、あそこに立ち塞がるしかなかった。・・・それだけの話しではないか。
貴様は、何を怒っているのだ?」

全くなんでもない風に答えるルキアのその態度に、相手が怪我人であるにも関わらず、
カッとなった一護は椅子から立ち上がり、ルキアに向って力一杯怒鳴り散らした。


「なにがそれだけだっ!

お前はそれで、こんな死にそうな目にあったんだぞ!?
少しは考えろよ!!!もう二度と、こんなマネするんじゃねぇよ!」

「考えろとは何をだっ!
目の前でお前が焼かれる様を、ただ黙って見ていれば良かったというのか!?」

「そうだ!そうすりゃ良かったんだ!!」

「何を莫迦な!私は人を守るべき死神なのだぞ!?」



「死神である前に、お前はルキアだっ!!!」



「・・・っ!?」



思いがけない一護からの一言に、徐々に高まっていた喧嘩の熱は一気に霧散し、ルキアは困惑気味に眉をひそめ一護を見上げると、
一護の方は疲れたように大きな溜息をひとつ吐き出し、膝を床につけ横たわるルキアの目線に合わせて真っ直ぐに視線を投げかけた。

その視線があまりにも迷いなく、切なく、真っ直ぐなので、
見られているルキアの方が思わず視線を逸らしたい衝動に駆られるが、
それさえも一護は許さず、とまどい揺れるルキアを目で捕らえて放しはしない。

夕闇が密やかに室内に忍び込む頃、完全な静けさを取り戻した空気を小さく震わせ、一護はゆっくりと言葉を紡いだ。


「お前さぁ・・・お前は、俺を庇って・・・死んでも、良かったかもしんねーけど、
それで残された、俺の身にもなってくれよ。

俺は・・・俺のせいで、庇ってくれた母親に死なれてるんだぜ?
それと同じ事繰り返すなんて、本当に・・・やめてくれよ。」

「・・・そ、それは・・・そう・・・かも、しれぬが・・・・・」

「頼むよ、ルキア。生きていてくれ。
それは、お前の為にじゃない。俺の為にだ。
もう二度と、俺を庇って危険な目にあわないでくれ。
俺を庇うくらいなら、本当に見捨ててくれた方が全然マシなんだ。

そうじゃないと俺・・・また俺のせいで誰か不幸にしちまうなら・・・
二回も大事な人に死なれたら・・・・・笑って生きていく自信なんかねぇんだよ・・・・・」

悲しげに目を伏せた一護は、まるで迷子になった幼子のように弱弱しく、寂しそうにみえた。


もう、僕を、置いていかないで。


そんな声が一護から聞こえてきそうで、ルキアは動くと軋む体でありながら、
なんとか上半身だけ起き上がり、寂しげな一護を慰めようと必死になって声を張り上げる。

「ありがとう一護。私を気遣ってくれる、お前の気持ちも私はわかるつもりだ。
でも、聞いてくれ。私は・・・・・っ!」


その時突然、ルキアは強く一護に抱き締められた。

ルキアを抱き締める一護の手は震えており、それを感じとったルキアは呆然とし言葉を失う。
一護はルキアを胸に押し付けるように抱き締めており、ルキアは聞こえてくる一護の鼓動に耳を澄ませる。

生きている。

一護は、生きているのだ。

そんな当たり前の事をぼんやりと思っていたルキアの頭上から、柔らかな一護の声が降り注ぐように響いてくる。


「行くなよ。ルキア。
俺を置いて、もうどこにも、行かないでくれ。」

「一護・・・・・」

「お前が死ぬかもしれないって思った時・・・
俺本当に、この世の終わりなんじゃないかっていうくらいに絶望した。
それはたぶん、母親を亡くした時より自分に絶望したからなんだ。

俺は虚を倒す力を得て少しは強くなれたはずなのに、それでもまた同じように、
大事な人が俺の為に死んでいくなんて、とてもじゃないけど耐えられなかった。

それが、ルキア・・・お前だなんて。

俺のせいでお前が死ぬなんて、どうしても、どうしても耐えられなかったんだよ・・・・・!」

「・・・・・・」


強く胸に押し付けられ、多少息苦しくもあったが、ルキアは黙って一護に抱かれていた。

私を抱く一護の手や肩が震えている。
もしかして、一護は泣いているのかもしれない。

私の為に、私を失うかもしれない恐怖を思い出し。


そう思った瞬間、ルキアは急にこみ上げて来るなにかに胸を詰まらせ、瞳からは自然と涙が溢れ出していた。
一護にはひどく申し訳なくもあったが、正直ルキアは嬉しかった。

自分は傲慢な想いで一護を縛ろうとしてたのに、一護はなんて純粋に私を想っていてくれるのだろう。
自分が大切に想うより純粋に強く、自分の大切な人は私を想っていてくれる。

その深い愛情を強く感じる幸せに、ルキアは胸を熱くし贖罪の涙を流し続けた。


「・・・一護。私は戻る事が出来た。
それは、お前が私を呼んでくれたからだ。
私の名を呼ぶお前の声が、私をお前の元へと導いてくれたのだ。

ありがとう一護。私は、帰りたかったのだ。
お前の元に、帰ってきたかったのだよ・・・・・」

「大切なんだ。ルキア。お前が、大事なんだよ!
・・・頼むよルキア。今、俺と『約束』をしてくれ。」

「『約束』・・・とは・・・?」

「俺とお前の・・・・・二人の未来に繋がる『約束』だ。」

「未来に、繋がる『約束』・・・・・?」

一護はゆっくりと顔を上げた。
僅かに瞳は潤んでいたが、一護は泣いていなかった。

その表情は出会った時の幼さ残る少年のものではなく、強き目をした大人の男のものであった。
そんな風に一護が成長するまでに、私は共にいられたのかと、
ルキアは不思議に感慨深く、そんな一護の唇が動く様にさえただ見惚れた。


「俺を残して、先にいこうとしないでくれ。
側にいてくれ。俺の側に。
護らせてくれ。俺に、お前を。
俺は弱くて、また、迷惑かけるかもしれねぇけど
・・・
でも、それでも俺に、お前を護らせて欲しいんだ。

ルキア。

一生かけて、お前を、俺に・・・・・・・!」


「・・・・・・っ!」


思いがけない一護からの告白に、ルキアは静かに息を飲む。

一生?

一護は私に、一生と言ってくれた。
お前の未来に、決して関われないと諦めていた私に。

これは、夢?

でも、この腕の温もりは本物で、暖かく私を包み護ってくれる。
この腕は、ずっと私を、護り通してくれるのだ。


「お前の全てを、俺は護る。
二人で同じ、未来を歩もう。」

「一護!一護!い・・いいのか?
私が、お前の側で、お前の未来にいても、本当にいいのだろうか・・・?」

「俺の未来は、お前の未来だ。
ルキア。それでも・・・いいか?」

「一護・・・・・!」



熱い想いを確かめ合った二人は、再び強く抱き合った。
もう決して、迷い離れたりせぬように。


全てを護れるように、俺はまだまだ強くなる。
もう、誰も失わないように。
大事な人を、自分の力で守り通せるようになる。



大切な人を抱き締めながら、一護は固く決意していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、


と、熱い抱擁の間に、ルキアは心の中でだけ、小さく呟く。


同じ事があったなら、一護がどれだけ苦しもうとも、
また私は、きっとお前を護ろうとするだろう。


私は、お前を護りたい。
それは、お前が思っているよりも、ずっとずっと強く。


自分の命も惜しくは無い。
一護。
どんなに我侭でも傲慢でも、私はお前には、生きていて欲しいのだ。






それで私が戻れなくなったとしたら、やはりお前は、私を許してはくれぬだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※長々とお待たせし書かせて頂いた割には、あれ?これでいいのかな?と不安になるようなエンディング。なので長い『いいわけ』も薄くしたよ。
挙句、なんかこれ知ってる展開・・・?と慌てて『空蝉〜』最後見返した。ああ!やっぱ自分のパクってる〜;;ゆずさま。本当にすみません・・・orz
新春(新春とかもういうなよな季節に)お年玉企画第二弾。ゆずさまよりリクエスト。
イチルキで戦いの中、ルキアが一護を庇い生死をさまよう。できれば戦闘シーンやルキアが生死をさまよってる描写を鮮明にお願いします。切シリ甘。でした。
当初三話終了予定が、五話になり、六話になり、最終的には七話になりました。ありえないだろ。
書いていく内に、一護の絶望具合が楽しくなったきたのがいなめない自分。鬼か。鬼だ。
後で思い出したのが、一護がルキアに礼を言わないと言ってたのが、原作でルキア救出した時のルキアの科白のパクリになってしまったとの事。
違いますよ!?あれは、うちの一護が言ってたんです!基本一護もルキアも似た者同士だと思っているので、似たような展開になりました。すみません。
あとこれは、ゆずさんが好きだと言ってくれた『龍神の娘』の別版で、二人にちゃんとした未来を用意したつもりだったり。
ちなみにルキアの一大事に必ず駆けつけるであろう六番隊の隊長・副隊長にはあえてお休み頂きました。
絡みが彼らばかりではツマラナイので、今回は浮竹・卯の花にトライしてみた。うん玉砕したのは知ってるよ☆副題は『君の名を呼ぶ』(煩い)

なんにせよ、色々反省しなければ点はあるものの、本当に力一杯精一杯書かせて頂きました。ゆずさまに捧げます。リクエスト頂き、ありがとうございました〜!
2010.2.21

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