俺が、護りたいのに。

お前を、俺が護りきろう。


そう、誓ったはずなのに。

俺が、弱いから。
いつも俺が弱いから、俺を護って逝こうとするのか。

俺は、俺は違う。
俺は、護って死んだりしない。
残された者の悲しみを、知っているから。
いつまでたっても消えぬ、苦しい罪悪感と後悔を知っているから。

だから俺は死なない。
一人で逝ったりなどしない。

俺は、護って、護りきって、それでも必ず生きている。

お前と、共にいたいから。


お前とずっと一緒に、この人生を、歩みたいんだ。






『 未来 の 約束 』 第6話





ピッ・・・・・ピッ・・・・・ピッ・・・・・

まるで時代劇のような世界観には不釣合いな心音を示す機械音だけが、
ルキアが生きている証となり、弱弱しい命の鼓動を刻んでいる。

どれ程の時間、こうしているのかわからない。
一護は慣れぬ鬼道を駆使し、必死になってルキアに力を分け与え目覚めるように呼びかけていた。
しかし、ルキアは目覚める兆しすらなく、目の前で昏々と眠り続けている。

卯の花は言った。
体の機能は回復した。あとはルキア自身の、生きる気力の問題なのだと。
だから一護は祈りながら、ルキアに声で心で呼びかけ続ける。

「ルキア。俺の声が、聞こえないのか?
いい加減に起きろよ。目を開けてくれ、ルキア・・・」

ルキア。
お前は、まだ死なない。
俺を置いていくなど、許されない。
だから、だから早く目を覚ませ。

俺に、お前との『約束』を、全て叶えさせてやってくれ。



そんな必死な思いで話し続ける一護に対し、やっと応えてくれたのは、残念ながらルキア自身の声ではなかった。


ピッ・・ピッ・・・・・・・ピーーーーーーーーーーッ!


「!!た、隊長!」

「・・・・・・・・・・」

突如不穏な警告音が部屋の中を満たし、その音量の大きさに一護は弾けた様に顔をあげる。
警告を発する機械には、先程まで刻んでいたリズムを無くし、平坦な一本線が表示されているではないか。


それが意味する事は、一つだけ。

ルキアの、完全なる死を告げている。


すぐに勇音と卯の花は次の処置の為に行動を開始していたが、真っ白になった一護はその場で硬直し、
頭の中で絶望の鐘が不快なまでに鳴り響くのを黙って聞いているしかない。
何が起きたか理解出来ずに、完全に放心した一護の側で呟く卯の花が声が聞こえてきた。

「本来我らが出来うる限りの処置は、もう全て施しました。
これで目覚めぬようならば、覚悟を決めねばなりません。
私が未熟ゆえに力及ばず・・・非常に、残念です。」

独り言のように呟かれた卯の花の言葉は、明らかに一護へと向けたものであったが、
しかし一護はこれに言葉を返す事が出来ず、不自然に強張った動きでその場から数歩後ずさった。


非常に残念?

なんだよ・・・それ・・・・・

そんな言葉で、俺は、諦めなきゃなんねーのか?

なぁ・・・嘘だろ?ルキア。


お前は本当に、俺を残して、一人でいくつもりなのか・・・・・・・・?

 

 

 

 

 

 

一護を思い出すことができたルキアは、不思議に満ち足りた思いで目を開ける。
そして天を仰ぎ、輝く星を眺め、ほぉっと安堵にも似た溜息を吐き出した。


大丈夫。
私は、自分を忘れても、一護の事だけは忘れなかった。
一護との記憶を胸に、次の世界に旅たてる。
これが私の来世への『縁』となるのだ。
それは、なんて幸福なことなんだろう。


「・・・そんな顔をしとるなら、お前さんの中に残った『記憶』は、余程良いものだったんだな。」

「ええ、そうです。
・・・決して手放したくなかった、大事な『記憶』を、私は忘れていませんでした・・・」

「そうかい。そりゃあ良かったなぁ。来世まで、大事に持っていくことだ。」

「はい。絶対に、失くしはしません。
私の生きる、来世の標になるでしょうから。」


どんな形になるかは、わからない。
でもきっと、私は来世もお前に会いに行く。
一護。
私は、お前を忘れはしないだろう。

我らは来世でまた会える。
それはきっと、絶対に。


まだ昂ぶっている一護への想いに、深い感激に震えたルキアの様子とは裏腹に、
船頭の方はまだ話し足りないらしく、ルキアの興味を引こうとやや早口でまくしたてた。


「お前さんもこれで立派な死者になれた。もうここでやり残した事はないだろう。
だが、話しのついでに、これだけは教えといてやろう。

さっき、ここから稀に戻れる奴がいると言ったろう?・・・その方法だ。」

「ここから戻る方法・・・ですか?」

今や立派な死者となれたルキアには関係のないものではあったが、
ここから戻るその方法とはどんなものなのか。ルキアの好奇心は刺激される。
そんなルキアの食いつきに、満足した様子の船頭は、
今度は少々芝居がかった口調になると、辺りを窺うかのように無意味に声をひそませた。

「そうだ。戻る方法だ。
まず、戻れる奴は自分の『名前』を、思い出す事が出来るんだ。
自分の名を思い出し、体が生きる事が出来る状態であるならば、そいつは戻り生きる事が出来る。」

「自分の『名前』を思い出す?
たったそれだけで、生き返る事が出来るのですか?」

「それだけとはいえ、なかなか難しい事ではあるぞ?
まず『名前』に関する『記憶』は、もうお前さんの中に残っていない。
自分が知らないのに、思い出せるはずがない。
だから大抵は自分に縁のある生きている者に強く望み呼ばれて、ここから戻ることが出来るのだ。」

「生きた者の呼びかけで・・・でもそれならば、多くの者が呼び戻されるのではないのでしょうか。」

「そりゃあ、呼ばれて戻れればこれ程簡単な事はない。
だがな、さすがにそこまで単純でもないもんだ。
その辺の詳しい事情は、俺にもよくはわからんが、なにかしらの『条件』があるようだ。
・・・っと。つまらん長話をしてしまったな。さすがにそろそろ、船を出すか。」

「はい。・・・あの、丁寧に説明下さり、本当にありがとうございました。
お陰様で、大変参考になった上、私はたったひとつの『記憶』も思い出す事が出来ました。」

「そうかい?そりゃあ良かったなぁ。
まぁ俺の戯言は気にせんでくれ。ここにいると、他に話す事がないってだけだからなぁ。
・・・・・それじゃあ、行くか?」

「はい。お願いします・・・」

船頭は今まで幾万となくした話をルキアにも繰り返し、長い説明をつつがなく終えた。
そしてやっと立ち上がると、川に挿してあった船を操り長い竿に手をかけ構いなおすと、力を込めて押し出そうとしたその瞬間。

天から降り注ぐように、力強い声がルキアの耳にはっきりと響いてきた。


『ルキア!』


「・・・・・えっ?」

『ルキア!いくな!ルキアッ!!!』

「・・・・・・・・い・・・・・・一護?」

『ルキア!ルキア!!目を開けろ!俺を、俺を置いていくな!!!』

自分の名さえ忘れたルキアは、一瞬この声が、誰の事を呼んでいるのかがわからずに混乱した。
しかし、すぐに声の主に気がつくと、ルキアは急いで立ち上がり、天に向って大声をあげていた。


「一護・・・・・一護!ここだっ!
私はここにいる!一護!一護!!」

『ルキア!戻って来い!聞こえるか?ルキアーーーーーー!!』

「聞こえている!一護!お前の声は、私に届いている!」


一護の叫びに触発され、ルキアも必死になって叫び応える。
いつの間にか、叫びながらルキアは泣いていた。
自分の名を必死で呼んでくれる、愛する者の声に自然と涙が溢れてきた。
一護への愛情に、忘れていた生への欲求が突然湧き上がる。


一護。
もう一度、お前の顔が見たい。

会いたい。

お前に、もう一度だけでも。

一護。お前に・・・・・!


「・・・・・どうやら俺は、仕事をせんで済みそうだ。」

「・・・・・え?・・・あ・・・・・あっ!?」

見上げていた視線を船頭へと戻すと、ルキアは自分の体が光輝いている事に気がついた。

驚き両手を目の前にかざすと、その手は既に透け始めており、向こう側に座り既に袂からキセルを取り出す船頭の姿が確認出来た。
驚愕に言葉を失っているルキアに対し、船頭はキセルを咥え一度深く吸い込むと、うまそうにゆらりと煙を吐き出した。


「おめでとう。あんたはまだ、死ねないようだ。
ここから取り返すまでに、強い気持ちであんたを待ってる人がいる。早く戻ってやった方がいい。

・・・・お前が来るのは、早すぎんだろう?」

「・・・!?ま・・まさかっ!貴方は・・・・・・!!」




船頭に向かい何か叫ぼうとしたルキアの体は眩い光に満ち弾け、同時にルキアの魂は一護の元へ飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※2010.2.17

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