急ぎ階段を駆け上がった一護は、妹達の部屋の前で立ち止まると、
少しだけ深呼吸をして一拍おいてから控えめにドアをノックし、小さな声で中にいるであろうルキアへと呼びかける。

「俺だ。ルキア。具合、どうなんだ?」

すると中から慌てふためいたようにわずかに物音がしたが、
それもすぐに止み、ルキアからの返答もないまま部屋は静かになる。

「ルキア?」

心配になり一護がもう一度呼びかけると、今度は少しだけ怒ったようなルキアの声が飛んできた。

「・・・気分が悪いのだ!私のことは、放っておいてくれ!」







『 チョコレート戦争 』

後編  ミルク チョコレート





「!!・・・んだとぉ?」

すぐにかっとなった一護の頭に怒りのマークが浮かび、そのままドアのノブを捻り一護は部屋へと入って行く。
電気が点けられておらず、窓から薄暗い外の夕闇が部屋の中を満たしているが人影はない。
しかし、ルキアの為にあてがわれたベットの上で布団が大きく丸く膨らみ、その中にルキアがいることを雄弁に示していた。
するとすぐに、その布団の中からくぐもったルキアの怒声が聞こえた。

「聞こえなかったのか!?私のことは、放っておいてくれ!!」

「てめっ・・・!具合が悪いって言うから、わざわざ様子見にきてやったんじゃねぇか!」

「余計な世話だ!・・・もうよい!早く出て行け!!」

「・・・!なんなんだよ!てめぇはさっきから!!いいから、顔出せ!!」

「な・・・!なにをする!!やめ・・・!!!」

一護が無理矢理布団を剥ぐと、ベットの上に座り込み髪を乱したルキアの姿が現れた。
そしてその顔を見て、一護は思わず息をのむ。

ルキアは、泣いていた。

薄闇でもはっきりわかるまでに、大きな瞳をきらきらと輝かせ、その頬にも涙の跡がはっきりと窺えた。
一瞬だけ一護と見合ったルキアは、すぐに視線を外してそっぽを向く。
それから手で頬や閉じた瞳を拭いながら、それでも強気に一護をはねつけた。

「・・・本当に、大丈夫だ。少しだけ気分が悪いから、寝ていたい。・・・早く、出ていってくれ。」

「・・・なに、泣いてんだよ。」

「泣いてなど、おらぬ!」

「・・・泣いてんじゃねぇか。」

「違う!」

「違わねぇだろ!?」

思わず一護も怒鳴り返し、二人の間に沈黙が生まれた。

ルキアは震える唇を噛み締め、一護は困惑に知らず拳を固く握り締めていた。
息詰まるような沈黙に耐えかね、一護の方が先に言葉を発し、ルキアのベットへと跪く。

「・・・なぁ。どうしたんだよ?そんなに具合が悪いのか?だったら一応、親父に診てもらった方が・・・」

心配げに一護はルキアを気遣うが、呼吸を整えたルキアは勢い良く振り向くと、
自分より視線の下になった一護を見下ろし一喝した。


「・・・貴様のせいだ!!!」

「・・・は?」

ルキアに怒鳴られ一護は目を丸くする。
ルキアを泣かせることも、怒らせることもまるで身に覚えのない事だから。
思いつくとしたら、さっきの喧嘩の原因になったチョコレート。
まさかあれで、ルキアがここまで激昂することはないであろうが。
混乱する一護の様子にはお構いなしに、ルキアの叫びは続く。

「き、貴様が・・・あんな・・・あんな・・・!」

怒りと興奮に体を震わせながら叫ぶルキアの声の切迫さに、
感情が昂りまた泣いてしまうのではないかと一護は心配になり、
とにかく落ち着かせようと一護の体は自然に動きだし、
素早くベットに上にあがるとその小さな体をしっかりと抱き締めた。

「!!!・・・きさ・・・これは、な、なんの真似だ!!」

「いいから少し落ち着け。このままじゃ、まともに話もできやしねぇ。
・・・ほら、ゆっくり深呼吸しろ。・・・な?・・・もう一回。」

見た目以上に逞しく成長した一護の腕に抱かれ、最初抵抗しようとしたルキアも、
優しい声と体温に慰められ、素直に一護の言う通り何度か深呼吸を繰り返す。
すると先程まで異常に昂った神経も落ち着きを取り戻し、ルキアはゆっくりと一護の胸にもたれかかった。
そのルキアの様子にひとまず安堵した一護は、それでも腕の中からルキアを解放はせず、そのまま静かに語りかけた。

「どうしたんだよ?俺、泣かせるくらい、お前にひどいこと、なんかしたのか?」

するとルキアはやや気まずげに俯き、ひどく小さな声で囁き返す。

「・・・すまない。本当は、ただの八つ当たりだ。・・・お前が、悪い、わけではない。
・・・こればかりは、どうしようもないことだ。」

「だから、なんのことだよ?」

「・・・井上から、バレンタインのケーキを・・・受け取ったので・・あろう?」

「あ?あぁ・・・。家族皆で食ってくれって言われたから。・・・なんか、断りづらくてな。」


この返答にルキアは一護の胸から顔をあげると体を引き、
一護と真正面から向き合うとひどく咎めるような表情で一護を睨み大声を出した。


「断りづらい?・・・貴様!そんないい加減な思いで、受け取ったのか?」

「し、仕方ねぇだろ?わざわざ届けに来てくれたのに、いらねぇとも言えないし、
第一、別に本命って訳でもなかったんだし、義理なら問題ないと思ったんだよ!!」

ルキアの剣幕に驚きながら、それでも一護は言い訳をし、
それを聞いたルキアはまたしても目を丸くし、唖然としたように呟いた。

「本命?義理?・・・なんだ?それは?」

「知らねぇの?本命に義理。」

「・・・それは・・・知らぬ。」

「あー、なんだ。どう言やいいかな?・・・つまり、本命は好きな相手で、義理はそのまんま義理ってことだ。
普段付き合いのある奴に、バレンタインのイベントついでにくれるって事なんだよ。」

「!!そ、そんな違いがあるのか!?」

「なんだ。わかってなかったのかよ?んじゃ、どーゆー風に覚えたんだ?」

「・・・!あ・・・いや・・・その・・・」

「言えよ。気になるだろ?」

「・・・」

明らかに何かある表情で、ルキアは困ったように口元を結び視線を彷徨わせている。
どうにかして誤魔化そうとしているらしい態度に、一護は深い溜め息をつき、
ややあきれたようにルキアへと詰め寄った。

「おい、ルキア。お前に泣かれて、俺本気であせったし、かなり心配したんだぞ?
理由くらい、教えてくれてもいいじゃねぇか。」

こう言われてはルキアも、逃げることはできない。
仕方なく一護の方へと向き直るが、どうにも気まずいらしく視線だけは下を向いたまま、ぼそぼそと呟く。


「・・・チョコは、好きな相手にしか、渡さないものだと・・・思っていた。
・・・そして、それを受け取るということは・・・その二人は・・・両思いになることだと・・・思って・・・」


これで全ての謎は解き明かされた。

一護が勝手に食べたチョコをバレンタインだというのを、恥ずかしさから強く拒んだのも、
織姫からのケーキを受け取り、ルキアがショックを受けたことも。

みんな、ルキアが一護を好きだから生じた出来事だったのだ。

瞬時に一護はそう理解すると、どうしようもなく頬が緩むのを感じ、必死でなんとかそれを抑える。

やべぇ。俺、マジで嬉しい。
つまりはこいつ、俺の事が好きだから、こんなに怒ったり泣いたりしていたんだろ?

ルキアには悪いが、それはひどく嬉しくて幸せな気持ちに満たされる。
顔を赤くして俯くルキアの様子がやけに可愛らしく、一護は腕を引っ張ると、再び腕の中に閉じ込めた。

「な・・!い、一護!!なにを・・・!」

「俺にくれねぇの?ルキアからのチョコ。」

狼狽したルキアとは反対に、一護はやけに落ち着き、聞いたことのない甘い声で囁いてくる。

「!!・・・・・。わ、渡したら・・・受け取って、くれるのか?」

「貰う。お前のバレンタインルールで、受け取ってやるよ。
・・・いや、やるじゃねぇな。本命は、お前からしか、欲しくないんだ。」

「い・・・いち・・ご・・・」

ルキアは一護に抱かれている緊張と、突然の幸福に軽い眩暈を感じて目を閉じた。
二人の想いはひとつだった。
先程までの絶望感は、既に思い出せない程遠く遥か彼方に消え去る。

「でも、チョコより先に、お前から、欲しいもんあるんだ。」

「欲しいものとは・・・なにをだ?」

一護は無言でルキアを少しだけ引き離すと、そのまま顔を近づけた。
突然のことに動揺し、咄嗟にルキアは真っ赤な顔で思わず体を引いてしまう。

「い、いち・・・!!!」

キスを拒まれた形になった一護は、少しだけ面白くなさげに眉を顰めるが、
それでも諦めずにルキアの体を抱き逃げ場を失わせてから、再び顔を近づけた。

「黙ってろよ。・・・俺は初めてだから、やり方なんて、よくわかんねぇんだ。」

「わ、わたしだって初めてだ!!」

「・・・へぇ?おれの何倍も、年上なのに?」

「!!・・・き、貴様!」

「あぁ悪ぃ悪ぃ。冗談だって。・・・でも、正直に言えば嬉しいんだぜ?好きな女の、初めてになれるんだから。」

「一護・・・!」

「もう、黙れ。」

「・・・!!んっ!」

もう言葉はいらない。

小さく薄いルキアの唇を自分の唇で塞ぎ、一護は味わう。
チョコよりも甘く蕩けるルキアの唇。
その柔らかさ、感触は一護の全てに甘い痺れが稲妻のようにはしった。

そういえば昔、チョコについて誰かから聞いたことがある。
チョコレートには常習性があり、それはタバコや一種の薬の類に通じるものがあると。
真偽の程は確かではないが、確かにこれは、欲しくなる。

甘い、甘い、チョコレートにも負けない、甘い、キス。

ふと唇を離し、間近で大きな瞳を潤ませたルキアと見合うと、
ルキアの唇が微かに動くが声が聞こえず、一護は問うようにルキアを見つめた。

「・・・チョコレート。」

「・・・チョコレート?」

「買ってきて・・・くれたのか?」

ルキアの言葉に一護は思わず顔を背けて噴出した。その様子に、ルキアも笑う。
一護は笑いながらポケットに手を突っ込み、箱を引っ張り出した。
それもひとつではない。
別の種類もあわせて全部でみっつほど出してルキアの膝に乗せた。
諍いの終結の為、三倍の貢物を用意したのだ。

「悪かったよ。これで、勘弁してくれ。」

「・・・ならば私も、コレを、渡そう。」

ルキアは枕の下から小さな箱を取り出した。
枕に押し潰され、少々リボンのよれたそれを、ルキアは精一杯の笑顔で一護に向かって差し出した。


「バレンタインおめでとう!!・・・一護に会えて、私は、とても幸せだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 最後のまとめが思いつかず、結構手間取った後編でしたが、お楽しみ頂けたでしょうか?
 もうどのお話も全部ワンパターンで、どれもこれも見た事あるような展開で、書いててなんだか落ち込んでしまいましたよ・・・(愚痴)
 今後、もう少し展開にひねりが出来るようになりたいと思いつつ、似たようなことばかり書き続けそうな予感満々です。すみません・・・。
 それでもイチルキを愛し、原作でもそうなることを願ってやみません!その情熱だけは汲んでください・・・!
 2009.2.14

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