今年の2月14日は土曜日。

時間は午後の三時をまわった頃、階下から戻ったルキアが一護の部屋に入るなり、突然悲壮な叫びをあげた。

「―――!!き、貴様!何を食べているのだ!?」

その剣幕に一護は手の動きを止め、それから摘んでいたものを眺めてから、不思議そうに呟く。

「何って・・・チョコ。だろ?これ。」






『 チョコレート戦争 』

前編 セミスウィート





状況を理解してない一護の態度に、ルキアは眉を吊り上げ一護の側に駆け寄った。

「チョコなのはわかっておる!私が聞いているのは、なぜ!そのチョコを、食べているのだ!?」

「なぜって、ここにあったからだよ。」

「そうだ!ここに置いたのだ!!私が!食べようと思ってな!!!」

「・・・あ。・・・あぁ。・・・なんだ。これ、お前のだったのか。」

ここで一護は、やっとルキアの怒っている意味を理解する。
チョコの箱はすでに空で、一護は手にした最後のチョコを握りなおした。


一護が部屋に戻ると誰もおらず、テーブルの上にこのチョコが置かれていた。
朝には二人の妹からチョコを貰い、バレンタイン仕様ではない、ただの菓子チョコではあるものの、
ルキアからのバレンタインだと思い込み、真っ先に食べてしまった。

一護は自分の勘違いに少々恥ずかしく、気まずい思いで手にした最後のチョコを見下ろした。
しかしルキアはまだ怒りが収まらず、一護を睨みつけながらにじり寄った。

「買って来い!!」

「・・・なんだと?」

このルキアの物言いに、一護の眉はぴくりとつり上がった。
しかしルキアは、尚も強く一護へと言いの募る。


「もう空ではないか!早く、同じ物を買って来い!!」


確かに勝手に食べてしまった自分に非があることは十分に承知しているが、
こうも横柄に命じられ素直に応じる程こちらが悪いなどと思えぬ一護は、
いつもの売り言葉に買い言葉。
思わず声を荒げて応戦する。

「ふっざけんな!なんで俺が、そんな事までしなきゃなんねーんだよ!?」

「な!?貴様・・・!貴様が勝手に食べたのであろう?
“しーえむ”でやたらうまいと言っておったから、
食べるのを楽しみにしておったのに・・・!早く買ってこい!!!」

「いーやーだっ!!!」

「貴様!!!」

「大体、俺の部屋に置いた、お前が悪いんじゃねーか!俺は、絶対行かねぇぞ!!」


床に座りベットを背にした一護の上に、覆いかぶさる勢いでルキアが迫る。
傍からみたらルキアが攻め気味の、少々お色気ショットに見えないこともない構図ではあるが、
残念ながら見つめ合う二人の瞳に色気は欠片もなく、本気で睨み合っているのだからどうしようもない。


なんてくだらぬ、チョコレート戦争。
今時の子供も、たかがチョコくらいで、ここまで熱く喧嘩ができるものだろうか?


子供以下のつまらぬ意地の張り合いで、どちらも自分から決して折れるつもりはない。
しばし黙って睨み合っていたが、一護の動きがないのに焦れたルキアが先に動き、
一護の手の中にあるもの目指して手を伸ばした。

「・・・!だ、だったら、せめてそれをよこせ!!」

「あ!な、なにすんだ!」

奪われそうになり、反射的に一護はそれを守る。
本当はこれくらい渡してもいいはずなのに、もう引くに引けぬ展開に、
一護もルキアもどんどんムキになっていくばかり。
小さなチョコを巡った争いは、誰にも止められることなくヒートアップしていき、
ルキアからの執拗な攻めに、一護は思わずそのチョコを口の中へと放りこんでしまった。

「あーーーーーーーー!?な、なにをする!!貴様・・・すぐに吐き出せ!!!」

「うるへー!もう喰っちまったんだ。あきらめろ。」

ルキアは大きな瞳をまん丸にし、なおも一護へとしがみつく。
争いの種を消失させた今、まだ続くルキアの攻めにいい加減うんざりした一護は、
この争いの終止府をつけるべく、ある提案を試みた。

「しっけーなぁ。今日はバレンタインだろ?
だからこれは、お前から俺へのチョコってことで、もういいじゃねぇか。」

「・・・え?」

一護にバレンタインと言われ、ルキアは驚いた様に動きを止め、同時に真っ白な頬にさっと薄く朱は浮かぶ。
やけに狼狽したルキアの様子に、一護はやや怪訝そうな顔をした。

「なんだよ?知らねーのか?バレンタイン。」

「そ、それくらい、し・・・知っておる!・・・本日中に異性へチョコを渡す、現世の慣習のことであろう。」

ルキアはやけに顔を赤くし、俯き気味にもごもごと叫ぶ。
言っていることに間違いはないはずだが、ルキアと一護の捕らえ方の違いがあるようだ。
しかしそれには気付かぬ一護は、安心したように話を続けた。


「なんだ。知ってんじゃねーか。だから、これはお前から俺へのチョコってことで・・・」




「・・・じょ、冗談ではない!!私は貴様に、チョコなどやらん!!!」


ルキアに本気で怒鳴られ、一護は唖然として口を閉じた。

叫んだルキアも自分の声の大きさと内容に驚き、慌てて口元を手で覆うが、
既に言葉は既に放たれ、一護の耳に届いてしまった。

どちらも固まってしまったように動けぬまま、長いような短いような、
とにかく重く気まずい冷え切った時間が流れ、その空気を割るように今度は一護が先に動きだした。

「・・・そーかよ。そりゃ、悪かったな。」

一護はひどく暗い不機嫌な声でそうとだけ言うと、あとは無言で財布をポケットへねじ込み、
まだ動けぬルキアが固唾をのんで自分を伺っていることをしりながら、無視してジャケットを掴み部屋の扉を開けた。

「・・・買ってくりゃ、いいんだろう。」

「いち・・・!」


バタン!!

必死な声のルキアの呼びかけを無視して、少しだけ強く扉を閉めると、足音荒く階段を下りる。
そしてその勢いのまま家を飛び出した。

一護は普段から険しい表情を、余計厳しくさせたまま歩く。
苛立ちと情けない気持ちが、胸の中でぐるぐると渦巻いている。

俺達は友達以上の、仲間であるはずだ。
あいつに好かれているとは思わなくても、少なくともここまで拒まれることはないと思っていたのに。
たったあれだけのことに、自分が驚く程のダメージを受けていることを感じ、気分はますます落ち込んでいく。

苛々を表すように足早だった歩調を緩めると、一護の口元に自嘲的な笑みが浮かんだ。

「・・・なっさけねー。」

たかが、チョコレート。
なのにここまで、ムキになって反応してしまうなんて。
自分の未熟さ加減に心底うんざりしつつ、でもそれも仕方がないと胸の中で呟いた。

それは、相手がルキアだから。

バレンタインなど煩わしい風習だと思っていたのに、相手がルキアとなると、駄菓子でさえ嬉しいと思ったあの気持ち。

ルキアからの、チョコレート。

それは初めて知る、好きな子からのチョコレートを欲する気持ち。


一護の口の中にはまだ、食べていたチョコの味が残っている。

先程まで気にならなかったのに、今はやけに、苦い気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 チョコネタ考えてたら、ピカッと閃いたイチルキケンカップルバレンタインショート三部作。(長)
 最初は別の展開話で考えておりましたが、ありきたりすぎたかなぁと思い、頭の中で喧嘩してもらったら、
 「あ、これショートな感じで三部作いけんじゃね?」と思いつき、早速そうしてみました〜☆(速攻)
 チョコで喧嘩。しかも激しく。簡単に引けないまでにw
 さすがのイチルキも、本物はここまでつまらんことで喧嘩しないかなぁ?・・・私はすると思ってるんだけど☆
 後編になるまで、あんまり甘くない展開ですー。その分ラストは、甘甘に・・・できたら、よいのになぁ。(未定)
 2009.2.8

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