あぁ、またか。

庶務室に座っていたルキアは、気配を感じ軽く目を瞑る。
すると間もなく廊下を走る足音が聞こえ、勢いよく障子が開かれた。


「おはようさん。ルキアちゃん遅ぅなってごめんなぁ。」


「・・・市丸隊長。」


ルキアは頭痛のする頭を支え、出来る限り冷静な声で男を呼んだ。

「せやからルキアちゃんは『お友達』やし、ギンて言うてええんよ。ほんま照れ屋さんやなぁ。」
「・・・市丸隊長。」

ヘラヘラと浮かれ話しまくるギンとは対照的に、ルキアは眉間に皴を寄せきつく睨み付けた。

「何度も言っておりますが、ここは十三番隊の部屋です。
執務中はご自分の部屋で執務を行って下さい!!」

「えーっ?!せやかてルキアちゃんの顔見てたいんやもの。しゃーないわ。」
ルキアの怒りもどこ吹く風で、ギンはルキアの目の前に勝手に腰を下ろすと手土産を清音に渡してお茶を頼む。

十三番隊の面々も最初の頃こそギンのこの行動に戸惑い驚きもしたが、
今では当たり前の光景になんの反応も示さなくなったどころか、十三番隊にギンの湯のみまで常備するまでに馴染んでいた。

ギンも心得たもので、毎回気の利いたお茶請けを持参するので、かえって歓迎ムードの方が高い位だ。

なので、ギンを怒るのも迷惑がるのもここではルキア一人だけになってしまっていた。

「〜〜〜いい加減にして下さい!!私は迷惑だと言っているのです!!!」
「えぇ〜〜そないなこと言われても困るわぁ。僕は一緒に居たいんやもん。」
やけに情けなく憐れな声音でルキアに迫る。
それに対しルキアは声を荒げて反発するが、まるで効果がない。

暖簾に腕おし。糠に釘。

そこにイヅルが泣き言を言いながら十三番隊に現れ、ルキアにどやされギンは不承不承戻っていく。
そんな毎日が当たり前になっていた。


ギンとルキアが友達になると宣言したあの日から五年の歳月が流れていた。
この五年間ギンは一度もルキアに手を出さなかった。

変りに鬱陶しいまでにルキアへまとわりつき、休日をあわせたり、執務中も関係なく側に居たがる。
ルキアは心底うんざりした気分で、やっと静かになった庶務室でゆっくりとお茶を啜った。

「朽木さん。はい、今日の貢物。」
厭味のない明るい調子で清音はギンからの手土産をルキアに渡す。
それを曖昧な笑みで受け取ったルキアは、手にした物を見て瞳を輝かせた。

「完全限定最高級白玉ぜんざい。ルキアちゃんの一番のお気に入りやもんねぇ。」
またあの声が間近で聞こえ、慌てて首を巡らしたルキアは、窓の外から手を振るギンと目が合う。

「なっ!なぜそんな所に居る?戻ったのではないのか?!」
驚き立ち上がると最早外面用の敬語が飛び、いつもの調子で怒鳴りつけてしまう。
それでもギンは心底嬉しそうな表情で、ルキアに微笑む。

「僕ちゃぁんと並んで買ってきたんやで。ルキアちゃんが喜ぶ顔が見たくてなぁ。」
そう言われてしまってはルキアとしても二の句が告げれず、真っ赤な顔で口をパクパクさせるだけだった。
「そやからルキアちゃんの笑う顔見れたし、これで退散するわ。ほなね。」
言うが早いがギンの姿は消えてしまった。

残されたルキアは恥ずかしくて、非常に居心地が悪い。
しかし、そう思うのは当のルキア本人だけで、いつもの光景に目撃した隊員達も特に注意を払いはしない。
ルキアは気まずい思いで席に着くと、そこに清音が寄ってきた。
「相変わらずだね、市丸隊長。本っ当に朽木さんが好きなんだ。」
「そっ、そのようなことは・・・」
返答に困り、口の中で呟くように何かしら言い訳をしながらギンからの菓子の封を切った。
「最初はすっごくビックリしたけど、今じゃこれが当たり前だもんね。」
「市丸隊長はからかっていらっしゃるんですよ・・・」
「えー?何年もあんなに毎日のように通ってるのに?可哀想!そんなこと市丸隊長に言っちゃだめだよ?」
「・・・ええ。」
「それに、前は市丸隊長ってどこか得体の知れない恐さがあったけど、
朽木さんを好きになってから全然別人みたいに優しい雰囲気出すようになったと思うよ。
私は今の市丸隊長の方が断然いいと思うな!!」
「・・・そう、でしょうか?」
「絶対そうだよ!!恋ってすごいね〜。」
清音はそう言うと奥で横になっている浮竹隊長の様子を見に、庶務室から出て行った。

独りになったルキアは白玉ぜんざいを一口食べ、その白玉の滑らかさに思わず嬉し気に表情を緩める。
「ルキアちゃんはほんまにそれが好きやねぇ。めっちゃ幸せそうな顔してはるわ。」
またしてもギンの声が聞こえた気がして、ルキアは周囲を見渡した。

しかしギンの姿はなく、自分の幻聴だと気付きまた一人顔を赤くする。

いないのに声が聞こえたような気がするなんて。

声がして、一緒に居て当たり前の存在。

ギンの存在はルキアの中で否定しようがない程、大きく占めるようになっていた。

それでもルキアは素直には認めない。
そんな事には気付いていないフリをして、あとは白玉ぜんざいを味わうことに全神経を注いでいた。

 

 

今日は思いのほか仕事がはかどり(あの後ギンの襲来がなかったのが良かった)、ルキアは定時に精霊挺を出る。
なんとなくあの小さな日本庭園の公園に足を向け、備え付けのベンチに腰掛けた。

五年前にギンと並んで座ったあのベンチに。

夕暮れの陽に染まった庭園は昼間とは違う、静かな安らぎを感じられた。
ルキアその庭園を眺めつつ、ぼんやりと思いを馳せる。

ギンと私はなんと奇妙な関係なのか。

ギンに初めてを強引に奪われ、それから真摯に告白された。
もともと苦手な人であったし、あの出来事は絶対に赦しはしないと怒っていたはずなのに・・・。

なぜあの時私は『友達』などと言ったのか、自分でもよくわからない。

でも往来でギンが自分とは似ても似つかぬ派手で豊満な身体の女と話している姿を見た時、
『私を抱いたくせにあのような女と親しげにしている』
それは莫迦にされたと思ったのか、もう自分に興味を失ったと失望したのか、
怒りのような嫉妬のようなよくわからない感情が自分の内に渦巻いたのを感じた。

それでギンを試すような『友達』という発言になったのかもしれない。

あの日からギンはルキアの望むように、友達として徹底して接していた。
もちろん過剰に付きまとい、日常的に甘い言葉を吐いたりしていたが、
どんなにチャンスがあろうとも一定の距離を保ち絶対身体に触れようとしなかった。

それがギンの謝罪であると、ルキアは理解していた。

ギンのアプローチは真っ直ぐで迷いがなく、まるで幼い少年のようでもあった。
友達から恋人への段階を踏んだ付き合いが全くなかったのだから仕方ないのかもしれないが、
それでも妙な策を練ることもなく、ひたすらルキアの側に居たがり愛情を示す。

ルキアは内心うんざりとしているのも本当だが、一日でも姿を見ないと少なからず落ち着かない。
生涯消えない傷であると思っていたあの出来事も、今では嘘であったのではないかと思う事もある。
辛い記憶のはずなのに、不意に思い出すのは熱っぽく囁くギンの声や顔であり、華奢で綺麗な手であった。
長身で細い身体は意外にも筋肉質で、胸は思っていたより逞しく厚みがあった。
しなやかな指先は形よく綺麗に整っていて、ルキアにとても優しく触れてくれた。

そこまで考え、ルキアははっと我に返る。
(今何を?私は何を考えていた?!)
見る間にルキアの顔が夕日に染まる。
熱い頬を両手で包み、ルキアはなんとか自分を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。

「ルキアちゃーん。見ぃつけたー!」
ドクリッ
その声にルキアの鼓動は驚きで潰されそうになる。

腰掛けたまま振り仰ぐと、市丸ギンが微笑み立っていた。

「なんや?顔赤いみたいやけど、どないした?」
「ちっ、違う!夕日のせいだ!赤くなど、ない!!」
必死になってルキアは怒鳴り顔を伏せる。
ギンは不思議そうにふぅんと言うと、ルキアの隣に隙間を空けて腰掛けた。

まるで、あの日のよう。

「どないしたの、寄り道なんて珍しい。僕なぁ、今日面白いことあったからルキアちゃんに話たくて・・・」
ギンは一人話していたが、ルキアの耳には全く入っていなかった。
鼓動が早く、顔が熱い。
ルキアは先程思い出したギンの姿が頭から離れず、困惑する。

「・・・なぁて、ルキアちゃん、聞いててくれはった?」
なんの反応もないルキアに気付いたギンは、そっと顔を近づける。
ルキアは急に間近に迫ったギンに気付くと、即座に身を引ききつい口調で思わず叫んだ。

「わっ、私に近寄るな!!」

言ってしまってからルキアは慌てて口元を覆い隠す。
自分でもうろたえ、何も言わないギンの様子をそっと窺うと、
ギンは驚いた表情からゆっくり寂しげな笑顔に変化した。
そしてひっそりと、途方にくれた声で小さく呟いた。
「・・・まだ、あかんみたいやね。」

ルキアは何か刺されたような痛みが胸に感じたが、かける言葉が見つからず声が出せず喉がつまった。

それでもギンは急に明るくいつもの笑みに戻ると、ベンチから立ち上がる。
「そしたら今日はここまでにしとこうか。雨雲出てるからあんまり遅くならんうちに帰らなあかんよ?さよーなら。」
手を振ると背を向けルキアの元から去っていくその後姿は、長身にもかかわらずやけに小さく悲しげに見えた。

ルキアは痛む胸を押さえ、その姿が見えなくなるまで黙って見守る。

そんなつもりはなかった。
でもこの感情をどうギンに説明できるのか。
わからない。わからない。
自分でも説明できない感情にルキアは答えをみつけられない。
ふいにルキアの大きな瞳から大粒の涙が溢れた。

それでもギンを傷つけたくはなかったのに。

いつの間にか日は完全に沈み、空から冷たい雫が落ちてきた。
少しずつ激しさを増す雨に打たれながら去っていくギンの後姿を思い出し、ルキアはいつまでも泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いいわけ
 ・・・なんといいわけすればいいかもわかりません。
 とにかくギンルキの幸せエンディングを目指し、ルキアに心の準備をして頂きました。
 次でラストになります。
 2008.5

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