ギンとルキアが床を共にしたあの夜から三ヶ月の時間が経った。

二人とも表面上は変化なく、誰にも気づかれる事なく日々を過ごしていた。
しかしそれはあくまでも『表面上』の話であって、あの日以来二人は変った。

まずルキアは絶対に一人になることがなくなったし、決して市丸ギンを直視しようとはしなかった。
廊下ですれ違っても顔はあげず、口の中で挨拶を呟くとすぐにその場を立ち去り、
もっとひどい時はギンの気配を察しただけで身を翻し姿を消したりする。

そんな毎日に市丸ギンは、当然の報いとはいえ内心ひどく落ち込んでいた。
ギンの変化はルキアとは真逆で、いつもルキアを探すようになっていた。

ルキアを無理矢理奪ったあの夜。
ギンは十三番隊庶務室の明かりをみとめ、直感でルキアが居残っていると思った。
朽木の義妹を少々からかってやろう。
その程度の軽い気持ちであった。

その時は、まだ。

しかし庶務室で戯れる内に悪戯の範囲を大きく飛び越え、ついにはルキアの身体までも奪ってしまった。
ルキアはまだ夜が明けぬうちに床を抜け出て、静かに身支度を整え朽木家へと帰っていった。
ギンはすぐに気配を察して起きていたのだが、ルキアに声はかけなかった。
ルキアもギンが起きていた事を承知しながら、一度もギンを見ようとしなかった。
決して振り向きはしないその後姿がなんとも言えず悲しくて、黙って見守るしかなかったのだ。
まるで市丸ギンらしくない。
普段の彼であれば、必ず何かしら茶化した言葉を投げかけていたはずなのに。
ルキアが家を出て行く扉が閉まるまで、ギンは布団の中でじっとしていた。

 

 

それからギンはなんとかルキアと二人になりたくて、十三番隊の部屋付近をうろつくようになっていた。
しかしそのチャンスは全く来ず、いつの間にか三ヶ月の時間が過ぎ去っていた。

(・・・僕は、何を言いたいんやろか。)
ギンはぼんやりと考える。
ルキアと話したい気持ちは本当だが、一体何を話すつもりなのか自分でも検討がつかなかった。

謝罪して許しを請うのか?
そうではない。
そうなったことに後悔はない。いや、むしろ良かったとさえ思っている。
自分の下で啼き喘ぐルキアの顔は今でも鮮明に記憶から甦り、ギンはその事に喜びを感じていた。

(あの子のあんな顔・・・誰も、知らんのや。)
そう、出来るならもう一度。

(・・・なんて、言うたらもっと嫌われるなぁ。)
ギンは自嘲の笑みで口元をほころばせ、激しく髪を掻きむしる。
自分の思い通りにする為の策がまったく思いつかない。

こんな事は初めてだった。

 

 

久しぶりの休日。
ギンはいつもなら自宅でだらだらと過ごしていたが、
なんとなく一人でいることが耐えられず、街中をうろついていた。
もちろんなんの目的もないので、所在無く往来を歩く。
割と人通りが多い道を長身の彼がふらふらと歩くので、通行人はやや迷惑そうだ。

「隊長さん?!いやぁ、隊長さん捕まえたー!」
どこからか甘い女の声が飛び、ギンは袖を引っ張られた。
つられ下を向くと派手なメイクと着物で着飾った、見るからに花街の女が艶やかに微笑んでいる。
道のど真ん中で長身の男と、やたら派手な女が立ち止まり、周囲の者は興味津々で見守っていた。

「・・・あぁ。誰、やったかな?」
ギンの冷たい声に女は一瞬表情を強張らせたが、すぐに立ち直りとびきりの笑顔を作り直す。
「いやだわぁ、隊長さん!私の顔忘れてしまうなんて。もう三ヶ月以上遊びに来てくれないからですよ!」
きつすぎる甘い香の匂いを撒き散らし、女はギンに馴れ馴れしくしなを作って寄りかかってきた。
そこでギンは思い出す。
馴染みの遊郭の女であることを。
月一程度で通っていたのだが、ルキアの件以来一度も行っていない。
ルキアを知って、他の女を抱く気に到底なれなくなっていた。
ギンは甘え寄りかかる女に興味を示さず、強い芳香から顔を背け何気なく周囲を見渡した時見つけた。

やや離れた所に朽木ルキアが佇んでいる。

その瞳は真っ直ぐにギンを見つめており、久しぶりにその綺麗な深い菫の色を確認出来た。
ギンと見合った瞬間、ルキアは慌てて目を伏せ背中を向けて走り去る。
ギンは反射的に追いかけようとしたが、女に袖を掴まれており、一瞬動きが遅れた。
「離しぃっ!!」
鋭く叫び袖を引き離すと、ギンは驚くほど早く人を掻き分けルキアを追った。

しかしルキアが居た場所に出て周囲を見渡すが姿は見えない。

(逃がすわけには・・・いかん!)
ギンはルキアの霊圧を探り、すぐに瞬歩を発動させた。





「どうして、逃げるん?」
「・・・」
「・・・まぁ、逃げて当然やけど。」
「・・・」

小さく美しい日本庭園作りの公園で、ギンはルキアと二人大きく間を空け並んでベンチに腰掛けていた。

ギンはあっさりとルキアを捕まえ、なんとか懇願し目の前にあったこの公園へやってきた。
ギンの問いかけにルキアは終始無言で俯いているだけだったが、それでもギンは嬉しかった。
久しぶりにこんなにルキアの側に居られることが。

「・・・ごめんな。」

ギンは正面の庭園を見据えたまま謝罪の言葉を口にし、ルキアはビクッと身体を反応させる。
それには気付かなかった振りをして、ギンはそのまま言葉を続けた。
「ごめんな、ルキアちゃん。・・・僕、この前のこと、悪ぅ思ってないねん。
むしろ良かった思てる位やし。・・・せやから、ごめんな。」

俯いていたルキアの顔が微妙に上がり、ギンの顔を伺っているのがわかる。

「あー・・・結局、謝ってないやんか。僕。」
自分でおかしな物言いに口元に深く笑みを示し、ギンは寂しげに笑う。

「・・・ルキアちゃんが、お兄様に僕との事言わへんかったんは、朽木家の為やからね?」

ルキアは再び俯くと、手にした風呂敷包みを握り締め身を固くした。
名門貴族の朽木家の娘が護廷十三番隊の隊長に犯されたなど、とても言えたものではない。
それを狙っていた訳ではないが、そのせいでこの小さな少女がどれほど苦悩したのかと思うと、
無情のギンの胸も痛みを感じる。

「ルキアちゃん。」
ギンはルキアの方へ顔を向けると、やや緊張した声音で語りかけた。

「僕に、どないして欲しい?色々考えてみたんやけど、・・・ようわからへんねん。
だから、ルキアちゃんがして欲しいようにするさかい、ルキアちゃんが決めてくれへん?」
策士とは思えぬ、素直な問いかけはギンの本心だった。

この少女が望むようにしよう。

それはここから出て行けと言われれば出て行くし、死ねと言われれば死ぬ覚悟もあった。

ルキアの望むように。
ギンは本気でそう覚悟を決めていた。

その真摯な思いはルキアにも伝わり、握り締めた手を更に強く握り締める。

「・・・っ。」

そしてやっとの覚悟でルキアの口が小さく動いたが、声が小さすぎて全く聞こえない。
「・・・よう、聞こえへんけど?」
あくまでもそっとギンは指摘し、ルキアが警戒しない程度の距離を保ちつつ顔を寄せた。

「・・・か?」
ルキアの声は緊張状態のせいか掠れ、やはりよく聞き取れなかった。
「ルキアちゃん。もうちょっとだけ、声大きくしてくれへん?」

ルキアはそのままの体勢で静かに深呼吸をし、しばし動きを停止させた。
ギンはそのまま辛抱強く待ち続ける。
やがてルキアは顔を上げ、姿勢も正すと正面を見据えたまま静かな声でギンに問う。

「・・・市丸隊長は、どうして私にあのような事をされたのですか?」

「へっ?あぁ・・・どうして言われても・・・なんや、どうしてって。」
ルキアの横顔に迷いはなく、ギンのもどかしい言葉にも静かな表情で聞いていた。

ギンはなぜか動揺して、落ち着きなく身体を揺する。

なぜ?何故かって?
自分でも意識して考えないようにしていた事を、ピンポイントで指摘されてしまった。

なぜしたか?
したかったから?
誰でも良かった?
違う。
そう、違う。
誰でも良かったなら、いつものように遊郭へ行けば事は簡単だった。
それが出来なかった。

ルキアだったから。

本当は考えるまでもなく、答えは単純明快だ。


「・・・ルキアちゃん、やったから。」

ギンの声はやけに心細げに響き、ルキアの耳に届いた。
「僕は、ルキアちゃんが、欲しかったんや。」
自分自身にも言い聞かせるように、確認作業のように丁寧に言葉を紡ぐ。

「どないな事しても、君が、欲しかったんや。」

どんな手段をとっても、例え嫌われても、どうしてもどうしても欲しかった。

凛とした声にルキアはゆっくりとギンを見上げる。
ギンはルキアを見つめたまま、同じ言葉を繰り返した。

「ルキアちゃんが、欲しいんや。」

こんなに近くルキアと見詰め合えたのは、あの夜以来。
ルキアの瞳は曇りなくどこまでも澄んでいる。

ギンは魅入られ、いつまでも目が離せない。
そして改めて思う。
なんて綺麗な子なんやろう。
どこまでも高潔で純白。

ああ、だからか。と、ギンは内心納得する。
闇に汚れた自分が綺麗なものを求め欲する。
それは、望んではいけないことであっても。

欲しい。欲しい。欲しい。
例え、許されぬ感情であっても。

ルキアが欲しい。

ギンの瞳は揺らがずルキアを射抜く。

無限とも一瞬とも思える沈黙の果て、ルキアの唇が開いた。

「・・・私は、赦しません。」

固い決意を感じさせる力強い声。
この小さな身体のどこにこんなにも強い意志を隠しているのか。
ギンはルキアの拒絶に内心落胆しながらも、それでも彼女の高潔さに改めて心奪われる。

「・・・無理矢理あのような事をされ、それでも赦せるほどの器は持ち合わせてはおりません。
ですからお気持ちは受け入れられないのです。」

「まぁ、当然やね。僕も赦して欲しいとは思わへん。
・・・だから、ルキアちゃんに聞きたいねん。僕はどうしたらいい?」

「・・・ですから!」
なにかに溜まりかね、ギンから目をそむけたルキアは頬を赤らめまたしても俯き叫ぶ。


「ですから!お友達から始めてください!」


全く予測不能なルキアの発言で一瞬前の張り詰めた緊張感は散り飛び、変わりに奇妙な空気が二人を包む。

ギンは心から呆気にとられた。
「・・・ルキアちゃん。今、なんて言うた?」

「・・・二度は言いません!」
ルキアは俯いたまま身体を固くしている。

つまり、自分の聞き間違いではないようだ。
ギンは半信半疑でありながら、確認のためルキアに問うた。
「お友達?つまり、僕はルキアちゃんとお友達になってもええってこと?」

「そっ、そうです。」

わからん。

ギンは今までにない程頭が混乱しているのを感じながら、必死に考えてみる。
こんな策、どうしたって考え付かん。
つまりルキアの望みは『友達』になる事なのか?
・・・自分を犯した男と『友達』
何を意図しての策なのか?
ルキアの考えが全然わからず、ギンはすぐに降参した。

「ルキアちゃん。ごめん。僕ようわからへんのやけど、僕の事赦さへんけど、友達にはなる。って事であってるの?」
「・・・あっています。」

先ほどの勢いは失せ、ルキアは妙に気落ちした声音で返答した。

(おうてるんや・・・)

ギンはやっぱり混乱したままではいたが、了解は得たのでとりあえずいいことする。

「そしたらルキアちゃん。友達ってどうしたらええの?僕友達なんていてへんし、ようわからんのや。」
「わ、私もそれほど多くはありませんが、・・例えば一緒にお茶を飲んだり、お互いの話をしたりして・・・」
ルキアは俯いたまま考えながら説明する。

(なんや面倒やね。『友達』って・・・)
素直に説明を聞きながらギンはそう思う。
段階を踏んで特にお付き合いをした事がなかったので、
気に入った女は口先だけでその気にさせ、ことが済んだら即さよならしか経験がない。

だがルキアは違う。

身体を奪って満足しなかった。
ルキアの身体も心も全て自分で占領したいと、生まれて初めて心から強く望んだ。
自分にもこのような執着心、独占欲が存在していた事に感動すら覚える。

なので、どんなに面倒な行程でもルキアの望むようにするしかない。

「・・・大体わかったわ。友達、な。エロいことはできへん、つまり恋人にする前段階っちゅーことやん。」
あっているようで間違っているような解釈に、ルキアはなにも答えない。

「・・・でもルキアちゃん。本当にええの?僕が『友達』になっても。」


「〜〜〜何度言わせれば気が済むのだ!うつけものが!!」
突然ルキアは立ち上がると同時に、ギンを睨みつけると大声で怒鳴った。


ギンは薄い目を見開き、またしても唖然とする。

ルキアは大きな瞳に強い炎をゆらめかせ、真っ直ぐギンを見て言い放つ。
「あの事を赦す気はない。だが、それでいつまでも貴様を責める気もない。
戯言ではなく私を欲する気持ちが揺るぎ無いものであるならば、それを私にわかりやすように示せ。
どれほど時間がかかってもだ・・・!」
ルキアは一息に話し終えると、手にした風呂敷を抱えなおし、背を向けその場を足早に去っていった。

残されたギンは動くことも声をかけることも出来ず、その凛とした後姿が見えなくなるまで見守っていた。
ルキアの姿が完全に見えなくなると、ギンの口から笑い声が溢れた。

(かなわんなぁ・・・ほんまに。)

策略家のつもりでいたが、ルキアにかかってはなんの策も思いつかない。

なんて強く、なんて純真。
ゆえに憧れだけでは済まなくなる。
側に居たい。ずっと見ていたい。

ふいに笑い声が止み、ギンは強く決意し思い切りよく立ち上がった。
「そしたら、お友達から始めたらええんやね。」
小さく呟くとルキアを追って公園を飛び出す。

まずは一緒に甘味処でお茶でもと。

考えただけで気分が高揚していく。こんなことも生まれて初めて。
ルキアに恋し、ギンの白黒でつまらなかった世界が色づき美しく生まれ変わる。

決してあきらめない。

必ず振り向かせてみせる。

どれだけ時間がかかっても。


ギンの顔に浮かんだ笑みは柔らかく、明らかに今までのものとは違っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いいわけ
 ・・・こんなこと絶対ありえないですよね?わかってはいるのですが・・・
 最悪の事態からギンにはルキアへの想いに気付いて欲しかったんです。
 これからどんどんギンが良い人になります。・・・別人です・・ね。
 2008.5.

material by 薫風館

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