『 ストイ シズム 』 (現代パラレル 過去編3)

あの奇妙な飲み会から、一週間後の事だった。

昨夜の電話でルキアは恋次に呼び出され、仕事帰りに実家近くの公園で待ち合わせることになった。


時間は午後七時。夜ランニングやウォーキング。散歩を楽しむ人や、
街頭も多く設置されており、今くらいの時間なら女一人でいても、あまり危険は感じないような開けた空間が広がる公園だ。


恋次よりも先に着いたルキアは、一度周囲を見回し、恋次がいないことを確認するとベンチに腰掛け軽く息を吐きだした。


一体恋次は、何の用があって呼び出してきたのか。

電話の声が妙に切羽詰った感じに聞こえ、ルキアはあまりよくない予感に軽く眉をひそめた。

なんだろう?胸の奥がざわざわする。深く深くしまいこんだあれが、ふいに頭をもたげた。そんな感じ。


誰にも触れて欲しくない、ルキアの胸にある傷がきりきり痛む。
恋次はそれに向かって、手を伸ばしているのだろうか?




「・・・悪りぃ。遅くなった。」


ビクッ


深い思考に落ち込みそうになったルキアは、突然の恋次の声に身体を震わせた。



「?・・・おい、どうかしたか?」

「い、いや。なんでもない。・・・少し考え事をしていたから、驚いただけだ。」


慌てて首を振ると、努めて平気な顔を装い恋次を見上げた。
「それでなんだ?急に大事な話とは。この前会った時に、話せばよかったであろう。」

「あ、あぁ・・・いや。その・・・昨日、決めたからよ・・・。」

「?なんだ。どうかしたのか?」

「ちょ、ちょっと悪りぃけど、待っててくれよ。・・・少しだけ、時間くれ。」

「う、うむ。そうか。」


恋次の様子が明らかにおかしい。


ルキアは不安げに幼馴染を見上げる。


ルキアの本心を知っているのは、彼だけだ。



それはルキアが中学の時にたてた誓い。
『28歳になるまで、決して恋愛などしない。』



恋次は聞いていた。


泣きに泣きながら、心から叫んだ、あの時の誓い。


それをルキアは守っていた。

あの時から十年たとうとしている今日まで、誰にも心許すことなく生きてきた。



約束の日まであと4年。

あと4年というべきか。

もう4年というべきか。




それは長いのか短いのか。



今のルキアには、判断がつかなかった。



恋次は落ち着きなく視線を彷徨わせ、身体を揺すっている。


本人は知らない緊張している時の恋次の癖に、ルキアの思いは確証に変わった。


「・・・すげー悩んだんだけど、やっぱ言ってもいいか?」

「・・・恋次。」
ルキアはどう答えてよいかわからず、それでも覚悟を決め幼馴染を見つめた。





「ルキア。・・・俺と、付き合わないか?」





「・・・」


予想していた言葉とはいえ、受ける衝撃に堪えるようにルキアは目を閉じた。



恋次はそんなルキアの様子に、悲しげでうつろな笑い声をあげた。



「・・・悪りぃ。まだ、無理だよな?あと4年も、残ってたのに俺・・・」


「・・・すまない。恋次。・・やはり、私には・・・」


暗いルキアの声を遮り、恋次は無理に明るい声でまくし立てるように話し出す。



「や!わかってはいたんだけどな!あの、市丸って奴にムカつくこと言われて・・・」



ビクッ


また身体が震え、俯きかけたルキアは青ざめ顔を上げた。



「市丸・・・?れ、恋次。まさか、お前―――!」



「違っ!言ってねぇ!!あの事は、市丸なんかに言ってねぇって!!・・・た、ただ・・・」


「ただ・・・なんだ?」



恋次はやや言いにくそうに口ごもりながら、視線を地面に落とした。



「・・・ルキアは、28になるまで誰とも付き合わないって、ただそれだけは言ったんだ。」



「!!な、なぜそんな事を・・・!」


「だってあいつ何言っても全然聞きやしねぇじゃねぇか?!
だから、俺、ルキアをそっとしといてくれって、言いたかったんだよ・・・。」



「恋次・・・。」

「・・・でもよ。逆に、言われちまった。」

「・・・何をだ?」


「本当に、ルキアが好きなら、そんなルール守ってたらダメだってさ。
・・・本当は、俺、なんでダメかよくわかんなかったんだ。
でも、あいつにそんな事言われてなんか焦っちまって・・・。だから・・・」




ルキアは目を閉じ、小さく吐息を吐き出す。それからゆっくりと優しい幼馴染を仰ぎ見た。

「・・・もうよい恋次。・・・すまない。私のせいで、お前にも辛い思いをさせてしまった。」


「ルキア。俺、俺・・・!!」



ルキアは片手をあげ、恋次の言葉を制止、泣きそうな笑顔で恋次を見つめた。
「知っていたよ。ずっと昔から、お前の気持ちは、わかっていたつもりだ。」




「・・・ルキア。」
その表情に恋次は悟った。ルキアの心に、まだ届かないのだ。



「・・・すまない。恋次。・・・私には、まだ、時間が必要なのだ。・・・本当に、すまない。」
辛い表情で俯くルキアから顔を背け、恋次はきつく唇を噛む。



やっぱり早かったんだ。俺は、つい焦ってしまった。
あの狐男の口車に乗った、俺が浅はかだったんだーーー。



そんな恋次の後悔に滲む後姿を眺め、ルキアはふっと目を細めた。

「・・・そういえば、もうすぐ、だな。」



ルキアが何を言おうとしているか瞬時に感じ取った恋次は、一瞬緊張した面持ちでルキアを見た。


「あ・・・あぁ。そう・・だな。」

「十年・・・たったのだな。」

「・・・」


瞳を曇らせ寂しげなルキアの声に、恋次は何も言えず、なんとなく暗い空を見上げた。



頬撫でる風が、少しだけ涼しさを感じる。


暑かった夏が終わり、季節は秋へとなっていく。





冷たい雨の季節にーーー





十年前にたてたルキアの誓い。


恋次以外に、誰も知らぬルキアの罪の意識。



そしてルキアは、ギンを思い出す。



このまま奴は、黙っているだろうか。

あいつは、危険だ。

常識的な思考がなく、私の領域に無断で入りこもうとしてくる。



どうか、侵さないでくれ。



あの人と同じ28になるまで、あと4年の時間が、残っているのだからーーー

 

 

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gin top

※相変わらず可哀想な恋次・・・。そんな役回りの恋次が大好きです☆
そしてやはりルキアのトラウマといえば、必須アイテム?のひとつ『雨』。
でも今でも、やっぱりノリ重視にした展開にした方がよかったかなぁ・・・とか、往生際悪いこと思ったりします。ううっ(涙)
2008.10.7

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