『歌舞伎 町 の 女王』 (現代パラレル 出会い編3)

怒りに任せて歩き続けたルキアは、はっとして我に返り足を止める。

しまった。ここは・・・

こんな時間に、決して今まで踏み込んだない場所。
新宿駅のすぐ近くに広がる大人達の歓楽街といえば、

歌舞伎町

昼間なら何度も通っているが、こんな深夜に女一人で歩く所ではないであろう。
いつもは遠回りしてもここは避けているのに。
でももう終電時間まで僅かしかない。
昼とは違う独特の雰囲気に、駅はもう目の前だからと決死の覚悟で歩き出す。

派手なネオンに群がる虫のように、酔った男達が次々と得体の知れぬ店の中へと消えていく。
どこからか聞こえる、奇声のような大声。
夜用に着飾った女達。
すれ違う男達が、物珍しげに場違いな様子のルキアを眺め笑っている。

ルキアは異次元へ迷い込んだような心細い気持ちで、最短ルートで駅へ向かう。

しかし、足早に急ぐルキアの前方を二人組みの男が立ち塞がった。
「あれー?こんな時間に、一人なのー?」

酒臭い息を吐き、二十代前半と思われるあまり柄のよくない二人組みがルキアを止める。
ルキアは答えぬまま、瞳を怒らせ無言で睨みつけた。

「きみ中学生?だめだよー!こんな所で夜遊びしたら。悪い大人に捕まっちゃうよ?」
そこで男達は大きな声で笑いあった。

元々ルキアは低い身長、特に化粧もしておらず、シンプルなワンピース姿に、細く華奢な体躯のせいでよく未成年に間違えられる。

それにしても中学生とは!

「誰が中学生だ!この節穴共!!いいから、そこをどけ!!」

酔っ払い相手に何を言っても無駄だとわかっていたはずなのに、
一番腹が立つ物言いに堪っていた鬱憤を晴らすかのごとく、思わずルキアは叫んでしまった。


すると、ニヤけていた男達の顔つきが変わる。
「なんだぁ?ずいぶん失礼な口聞くじゃねぇか。ちょっと向こうで、説教してやるか?」
「そうだな。社会の常識を教えてやるのも、大人の責任だしなぁ。」

言うが早いが男の一人がルキアの左腕を掴んだ。

「!!・・・痛っ・・・」
男に遠慮なく強く掴みあげられ、ルキアは痛みに顔をしかめる。

「ほら、大人しく向こうに歩け。そしたら、手は放してやるよ。」
男達は再びニヤニヤ笑いながら、ルキアへと詰め寄った。

ルキアは反射的に身を引くが、腕を強く掴まれているためこれ以上下がることが出来ない。
周囲に多くの人がいるのだから、いよいよになれば大声で助けを求めることが出来るが、
こんな厄介ごとに喜んで手を貸してくれる人がいるだろうか?


それでもルキアは気丈に男を睨みつけたまま手を外そうと試みるが、男は笑ったまま手はビクともしない。
どうする?どうすればいい?
謝るべきか?大声を出すべきか?

ルキアは焦り混乱し、微かに身体が小刻みに震えだす。
怯えた表情のルキアに満足し、男は下卑た笑みを深くした。

「おい、はやくーーー」


ゴッ


と鈍い音がして、ルキアを掴んでいた手が外された。
見ると男はルキアの足元に、声もなく崩れ落ちていく。



「あかんなぁ。」



ルキアの頭上からなんとも間の抜けた調子の声がした。


そして、先ほどまで男に拘束されていたルキアの手を、長く繊細な指をした手が優しく包み込んでいる。
慌ててルキアが上を振り仰ぐと、市丸ギンがわざとらしく片手をひらひらと振りつつ呆れ顔で立っていた。

ギンは気配なく近づいたかと思うと、ルキアを拘束した男のこめかみに強烈な一撃を叩き込んだのだ。

ギンはルキアにではなく、唖然としたまま立ち尽くすもう一人の男の方に話かけた。



「お友達に言うてくれる。そない汚い手ぇで、触ったりしたらあかん。・・・僕今、めっちゃ気分悪いの、わかるか?」



ギンは語尾の部分で声音を落として細い目を僅かに見開き、酔っ払いにもわかりやすく殺気を放つ。



「!!・・・ひっ、ひ!!!」
唖然としていた男は、意識が朦朧としている転がった男を引きずるように抱きかかえ、必死になって逃げ出した。

ルキアは突然の展開についていけず、逃げ出す男達の後姿をぼんやり見送る。

「ほな、いこうか?」

打って変わって明るい調子で、ギンは呆然としているルキアの手を引く。
そしてやはり駅とは反対に引っ張られ、それに気付いたルキアが慌てて叫ぶ。

「お、おい!駅は向こうだ!どこへ行く?!」
「今から走っても終電に間に合わんよ。おいで。タクシー拾うわ。」

そして本道へ向かうと、丁度タクシーを止めていた派手な格好をした女に声をかけた。
「すまんなぁ。急ぎやないんなら、タクシー、譲ってくれへん?」
「・・・はぁ?!いきなりナニ?」
「この後暇なら一緒に飲みにいかん?なんでも奢ったるよ。」

この申し出に女は、ギンを頭から足先まで値踏みするように無遠慮に眺め、それからにやっと笑った。
「・・・そーだなー。いいよ。お兄さん格好いいし。付き合ったげる。」
「ほんま?そらおーきに。」

そしてギンは無造作にポケットから金を掴みだすと、運転手へと放り渡す。
「そしたらこの子、ちゃぁんと無事に帰したってな?」
「お、おい!そんなことはせんでいい!!」

慌てて止めるルキアを無視して、ギンは後部座席にルキアを導こうとして、ふいに繋いだままの手をじっと見た。


「・・・跡、ついてるなぁ。」
「・・・え?」


ルキアの真っ白で細い腕に、先ほど男に掴まれた指の跡が薄っすら赤く残っていた。

ギンと同じようにその跡を確認したルキアは、そこでギンと手を繋いだままでいたことにやっと気付き、慌てて手を離そうとする。
「これくらいなんともない!も、もう良いから離してくれ!!」


しかしギンは離さず、しばしその跡をじっと見続けたと思うと、ぐいっと突然ルキアの手を引っ張り、口元によせた。

 

べろり。

 

そして長い舌がその赤くなった指跡を舐めあげる。

 

「!!!!!・・・・なっ!」

 

あまりの事にルキアが驚ろきで硬直している間に、舌は二度三度と跡をなぞり、仕上げに唇が押し付けられ強く強く吸われた。

 

「〜〜〜〜〜〜な、なにをする!!!!!」

 

バコッ!!!

「!!ったぁ!」

 

その感覚にやっとルキアは我に返り、持っていたバックでギンの頭を力一杯殴りつけ、ギンの手から解放されるとすぐにタクシーの中へ逃げ込んだ。

「だ、出してくれ!!!」
ルキアが叫ぶと、運転手はゆっくりと車を発信させた。

ドクンドクンとルキアの心臓が早鐘のように打ち続けている。
信じられない非常識なギンの行動に、ルキアは動揺を隠せない。

それでも少しはギンの様子が気になり、そっと後ろを振り返り後部座席の大きな窓から外を窺うと、
ギンはルキアに殴られた頭を擦り、その側には女が寄り添い見上げていた。


そういえば、これから二人で飲みにいく約束をしていた。

そう思い出すと、ルキアはやはり苛々とした気持ちが甦ってくる。
一体どこまで女にだらしない、軽薄を絵にかいたような男なんだ。


そして、ギンに舐められた手首を恐る恐る確認した。

「!!な、なんてことを・・・!」

男に掴まれ出来た赤い跡の上に、不自然に濃い赤い跡がくっきりとついている。

それは、ルキアが初めて見るキスマーク。

ルキアは真っ赤な顔でその跡から目を逸らし、その瞬間ふいに思い出してしまった。


(・・・礼を、言い忘れてしまった。)


驚きと混乱で酔っ払いから助け出された時、礼を言い損ねてしまった。
最初に払われてしまった、このタクシー代も返さねばならない。


そうなると、もう一度あの男に会わなければならないのか・・・?


ルキアは深い深い溜息を吐き出し、なんだか泣き出しそうな気持ちで、窓の外を流れる明るい街並みを見送った。

 

 

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gin top

※色々詰め込みすぎた強引展開。まず『丸の内』で言っていたギンの誰にでも取り入るエピソードを入れたかったので、タクシー待ちに軽そうな女を登場させて、ナンパさせてみました。
それから、ルキアがギンに受けた屈辱的な行為の一番初めが、公衆の面前でギンに腕を舐められた。ってことになります。
あと酔っ払いに絡まれるルキアを救うギン!そして別れ際にルキアの腕を舐めるギン・・・!ここ、悶えポイントですよ!(笑)
書きたいもの書けました!展開は無理矢理強引ですが、ギンの厭らしさがうまく表現できたのではないかと、自分では思います☆(完全自己満足!)
でも、この酔っ払いの科白がなんかすんごく恥ずかしかった・・・。何て言わせたらいいかわからなかったんです。
そして歌舞伎町。夜の歌舞伎町なんて歩いたことないよ・・・。深夜ニュースで流れる報道企画で見たイメージしかないよ・・・。それ言ったら丸の内だって知らないよ・・・。
2008.9.4

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