『 す べ り だ い 』 (現代パラレル 未来編9)

恋次と話し合った後、それから日々は穏やかに過ぎていた。
ルキアは以前よりも、だいぶ軽くなった自分自身を感じ毎日を過ごしている。

先生の事、恋次の事、そして、ギンの事。

全ての事に自分の気持ちの折り合いがつき、心も前向きになっていた。
しかし、ギンに対する事を思うとルキアは少しだけ臆病になる。

初恋は学校の先生で、それも思うだけで23年間誰とも対峙した事など全くないのだから仕様がないが、
ギンにどう接すれば良いのかわからず、ルキアは自分からギンに連絡を取れずにいたのだ。

ギンは今仕事が忙しいらしく、あの後、電話もメールもあまりなかったが、
しかしそれはルキアにとって有難く、準備期間として少し時間を置こうと思っていたし、

それより今は、もうすぐやってくる海燕の命日に集中したい心境でもあった。

ルキアは例年、一人で墓参りをしていた。
そして今年は、十年間近づけなかった、あの事故現場へも行こうと心に決めていた。

毎年現場へと足を向けてはみるのが、近づくにつれ具合が悪くなりいつも途中で引き返していたのだ。
しかし、今年はなんとかいけそうな気がする。

その日は仕事も休みを貰い、朝から晩まで海燕達の冥福を一人静かに祈ることにしている。
妙な言い方だが今年はその日が来るのを、ルキアは今から少しだけ楽しみにしていた。
今年は海燕達の墓の前で、報告しようと思っている。



先生とは似ても似つかぬ人だけど、
傍にいたいと、思える人ができました。

今はまだ予感だけど、きっと、とても好きになるかもしれません。






「ルキアちゃん。明日会えへん?」

海燕の命日まで、あと一週間と迫ったある日。
ギンからの久しぶりの電話でそう誘われ、ルキアは胸が大きく高鳴った。

前から言われている誘い文句なのに、久しぶりにギンの顔が見れると思うと鼓動が早くなる。
しかしルキアはスケジュールを確認すると、あぁ・・・と思わず悲しい声をあげた。

「明日はだめだ。兄様と食事の約束がある。兄様に会うのも数ヶ月ぶりなのだ。すまないな・・・。」

「あ〜・・お兄様かぁ。そしたら、食事の後ゆうんも無理やね。
話たいことあったんやけど、しゃあないなぁ。残念やけど、諦めるわ。」

「あぁ・・・また、時間が出来たら言ってくれ。本当にすまないな。」

「何言いよるん。急に時間できたもんで、突然すまんかったなぁ。・・・そしたら、またね。ルキアちゃん。」

「あぁ・・・ではな。」

やけに残念そうに嘆くギンの様子が気になったが、ルキアはそのまま電話を切った。

そしてその日以降、ギンからの連絡は、一切なくなった。

 

 

 

 

 

 

26日。ルキアは少しだけ、いつもよりゆっくりと起きた。

去年まで、明日が命日だと思うとほとんど夜は眠れず、随分早く起き出していたものなのに。
我ながらあまりの変わりように驚きながら、その変化に喜びも感じる。
今はもう完全に海燕の死を乗り越え、次の場所へ向かい歩き出している。
この成長した姿を、海燕に早く見せたくてたまらない。

今年は少し多めに花を買っていこう。
そしてたくさん話かけよう。
もう、心配はいらないです。
だから、先生も安心してくださいと。

ルキアはいつも通り朝食を摂り、後片付けを済ませてから身支度を整えた。
九時前には大体の準備が整い、もう部屋を出ようと思った瞬間、テーブルに置かれた携帯が鳴りだした。

慌てて携帯を掴み上げると、ディスプレイには『恋次』と表記している。
こんな時間に珍しい。意外に思いながらルキアは電話をとる。


「もしもし。恋次か?こんな時間に、どうしーーー」


「あいつ!行っちまうぞ!!」


突然怒鳴られ、その衝撃にルキアは思わず手を遠ざけ電話を耳から離した。
しかし、恋次の大声はまだ続き、携帯電話からノイズのように声が響いている。
仕方なくルキアは、耳にはあてず、携帯を口の前にかざして大声で言った。

「な、なんだ恋次!突然怒鳴るな!なにがあった!!」

ルキアの声で、恋次は一瞬黙り込む。
その間にルキアは改めて携帯を耳にあて、恋次の言葉を待った。


「・・・だから、あいつが、行っちまうの、お前、知ってたのか?!」

できるだけ声を抑えながらも、さっぱり要領を得ない恋次の説明に、ルキアは眉をひそめて聞き返す。

「なんだ?なにを言っている?あいつが行くとは、なんのことだ?」

ルキアの返答に恋次は焦れたように声をあげ、それから頭をガシガシと掻き毟る音がした。



「あー!だから!あいつ!・・・名前、なんだっけ。

・・・そう!市丸が!行くんだよ!

しばらく仕事で、海外に!

お前、知ってたのか?!」


「・・・・・え?」




市丸が?
仕事で?
海外に?
・・・・・しばらく・・だと?



全てが初耳であったルキアは、そこでようやく事の重大さに気付き、呆然となる。
あまりに突然の事態に言葉を無くしたルキアの様子に、恋次はちっと舌を鳴らした。

「なんだよ・・・お前、やっぱ知らなかったのか?
なんかあいつ、言ってないみたいな事言ってたから、もしかしてと思ったらーーー」

恋次の言葉に、即座に反応したルキアは鋭く叫ぶ。

「な?!なんだと!恋次!奴に、会ったのか?!」

「あ?あぁ。昨日ダチと飲んでたら、あいつに会ってな。
なんか、仕事でしばらくどっか行くから会社の上司が壮行会開いてくれたって。
そん時はあんま話しなかったけど、少し気になったから今、吉良に確認したんだ。
そしたらあいつ、海外でのプロジェクトチームの一員に選ばれたとかで、今日昼の飛行機で、イギリスに行くらしい!!」


イギリス?!

ルキアはもう声が出ず、頭の中で叫んでいた。
しかしここで会話を打ち切ることはできず、震える声でその時のギンの様子を恋次に聞き出す。

「れ、恋次。それで、市丸は・・・何か、言っていたか?」

「・・・いや、別に。特別なことは、なにも・・・」

言いにくそうに呟く恋次の声に、ルキアは軽い眩暈を感じ、一人で立っていることが出来ずテーブルに手をついた。

だからだったのか?
海外転勤や仕事が忙しいから、連絡がなかったのか?
それならばそれで、仕方かないのかもしれない。

しかし、そうでなかったのなら?
奴が、あえて、私に連絡をしなかったのだったとしたら−−−?

その絶望的な考えにルキアは溺れ、息することも忘れてしまう。
大事な人だと認識した途端、その人は今、遠く離れようとしている。

どうしよう。どうしよう。

動揺に瞳は潤み、いつの間にか身体は小刻みに震えていた。


このままギンに、会えなくなってしまうのだろうか?

嫌だ。そんなのは嫌だ。

会いたい。

ギンに、今、すごく会いたい。




「行けよ!」



恋次の叫びに、泣き出しそうになっていたルキアはハッと我に返った。

「会いに行けよ!昼の出発なら、まだ間に合うはずだ!
いや、間に合わなくても、お前は行け!・・・絶対に、逃げるんじゃねぇぞ!!」

「!!・・・恋次、すまん!ありがとう!!」

ルキアは携帯を切り、バックを掴むと部屋を飛び出した。



ギンに会いたい。

それだけを、願いながら。

 

 

 

 

 

 

空港に向かう途中、ルキアは今までしたことのないマナー違反を承知で、
こっそりと電車やバスの中で何度も携帯をかけてはみたが、
幾度鳴らしてもコール音がするだけで、本人は出なかった。

(・・・もう、私のことなど、面倒になったのではないか?)

もともと女に対し誠実でも、執着もないような男ではないか。
現にルキアと会った時など、簡単に彼女と別れてくるような男だ。
私の事も気まぐれにちょっかいをだし、もう飽きてしまったのかもしれない。

そんな考えがルキアの頭の中を駆け巡り、鬱々とした気持ちに沈んでいく。

どうしよう。
私が会いたいと思っても、ギンに迷惑そうな顔をされたら、とても普通ではいられない。
現に海外に行くことを黙っていられたのは、面倒な思いをしたくなかったからではないのだろうか。
私は、それを伝えるのに足りる相手では、なかったのではないだろうか。
ルキアはそう考えるだけで本当に泣き出しそうになり俯き固く目を閉じ、ここから引き返そうかとさえ思ってしまう。

でも、脳内で、恋次の声が力強く甦る。



『逃げるな!!』



その声に励まされ、ルキアは閉じた瞳をゆっくりと見開いた。

そうだ、逃げてはだめだ。
誰かを想うなら、砕ける覚悟でぶつからなければならない。

私は十分に逃げ回った。
過去から、人から、自分を取り巻く全てのものに。
もう逃げるのは、やめなければ。

どれほどみじめで、辛くて、格好悪くとも、
このまま終わらせることなど、してはならない。

立ち向かおう。
あの男に。
私の思いを、伝えなければならない。



ルキアは俯いていた顔をあげ、強い瞳でしっかりと前を見る。
窓の外では景色が流れ、確実に空港へ近づいていくのを感じていた。


待っていろ、市丸。

私が、行くまで。

 

 

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※2009.2.21

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