『 メ  ロ  ウ 』 (現代パラレル 未来編8)

明け方にやっと眠れたギンが目覚めたのは、結局昼近くになってからだ。

隣にあったはずの悩ましい姿のルキアはおらず、ギンはだるい身体を起こし、
今度こそサイドテーブルに置かれたペットボトルの水に手を伸ばし、一気に半分以上飲み干した。

部屋には人の気配がなく、そこにかけてあったはずのルキアのシャツもなくなっていた。
昨夜の出来事が夢ではないかと思ったギンは、
ベットからゆっくりと起き上がり、ダイニングに向かって声をかけてみる。

「・・・ルキアちゃん?」

扉を開けると、やはり誰も居ない。

何も変わっていない見慣れた部屋を見回すと、
ギンの携帯や財布類と一緒に一枚のメモ用紙がテーブルの上に乗っていた。

ギンはメモを手に取り、文章を読む。
字は意外に子供らしく少々稚拙な感じではあったが、とても丁寧に書き連ねてあった。

『熱が下がっていたようなので、私は帰る。
まだ具合が悪いようなら連絡しろ。
台所に食べ物をおいておく。
身体を拭いてパジャマは着替え、出来ればシーツも取り替えろ。
薬を飲むのを忘れるな。
熱は下がったが、今日は一日は大事をとって休んでいろ。
それから、シャツを一枚借りていく。  朽木』

色気のない用件のみのメモ書き。
それなのに、なぜこんなにも嬉しいのか。

ギンは何度も読み返し、にやつく口元を抑えることが出来ない。

こんな細かい指示を書くくらいなら、起きるまで待っていてくれれば良かったのに。
だが、ギンの腕の中で目覚めたルキアが、ギンの容態が気になりながら、
恥ずかしさにどんな顔を合わせたものかわからず、仕方なく帰ったのが十分にわかっていた。

台所に行くと大きなビニール袋が置いてあり、
中には冷えピタやレトルトのお粥にカップうどん数種類のおにぎりに、
バナナにヨーグルト、プリンに桃とみかんの缶詰まで用意されていた。

ギンは幸福で顔が緩むのを止めることが出来ず、同時に激しい空腹に襲われた。
考えてみれば昨日の朝から食べたのはバナナ一本のみ。

とりあえず腹の虫を鎮めようと、バナナの皮を剥いて一口食べる。
おにぎりの鮭とたらこのどちらにしようか悩みながら、

リビングへと戻り携帯を取りあげルキアへと電話をかけた。

ルキアは二度のコールを待たずに出た。
実はギンからの電話を、待っていたのではないのだろうか。

「市丸か。どうだ、気分は?」

「全然あかんよ〜。へろへろや〜。ルキアちゃん。早よぉ来てくれなぁ。」

「・・・もう大丈夫なようだな。」

声の調子でいつものギンに戻ったことを確認し、ルキアは気付かれぬよう安堵の息を漏らす。

「なんや。嘘やてもうバレてもうた?まだ調子悪いんかな?
・・・お蔭さんで、もう大丈夫や。ほんま、迷惑かけてすまんかったなぁ。」

「・・・別に、迷惑などとは思っておらん。」


わざとぶっきら棒に作った声に、ギンは口元をあげるだけの笑みを浮かべ、
それから少しだけ強い声でルキアへと語りかけた。

「ルキアちゃん。もう、あかんよ。」

「・・・え?」

「もうルキアちゃんが、何ゆうてもあかん。
僕、君をどこにも逃がしたりせえへん。覚悟、しといてな。」

「市丸・・・」

どう返事すべきか迷うルキアを安心させるように、ギンはすぐに口調を戻す。

「ほんまやったら、お礼の食事に誘いたいとこやけど、
来週からちょこっと仕事忙しゅうなるんよ。ほんまにごめんな?」

「・・・礼など、必要ない。とにかく今日は休んでいろ。・・・それではな。」

「わかった。・・・ほんまおーきに。ありがとうな。ルキアちゃん。」

元気そうなギンの声に安心しながら、ルキアは無言で電話を切る。
それからもう一度大きく息を吐き出すと、座っていた白いソファに寄りかかり、
ゆっくりと顔を巡らせ明るい日差し溢れる大きな窓を見上げた。

その窓はベランダへ通じる窓で、備え付けの物干し竿に、今はたくさんの洗濯物が並んでいる。
その中に混じってギンから借りてきたシャツも洗われ、一緒にベランダに干していた。

ルキアの小さな服に並んで干されたギンのシャツは見るからに場違いで、やけに大きな存在感を放っている。

初めはひどく不快な存在だった。
こちらの迷惑など歯牙にもかけず、自分の好き勝手にかき乱し、
それなのに、いつの間にかここにいることが当然になっている。
その存在に、もう目を背けることなど出来はしない。

それは、ギンに対するルキアの思いと重なった。

ルキアはしばらくの間、はためく大きなシャツを眺めていたが、
段々口元が強く引き結ばれ、おもむろに携帯を取り上げた。

 

 

 

 

 

 

「いいから黙ってろ!!」

昼過ぎに以前恋次に呼び出された公園で、今度はルキアが恋次を呼び出し、
姿を現した恋次が待っていたルキアに突然大声で制した。

思いがけぬ恋次からの先制打に、ルキアは開きかけた口を閉じもせず、驚いた顔で恋次を見つめた。
恋次は見たこともない厳しい顔をしており、小さなルキアを見下ろしていた。

「お前が、何言おうとして呼び出したかわかってる。
・・・だから、とりあえず今は、なんも言うな。」

「・・・恋次?」

恋次はルキアから顔を背け、厳しい表情を一変させると、なんとも歪んだ笑い顔を作り自嘲気味な笑いを漏らす。

「本当は・・・俺だって、わかってたんだよ。
この先何十年一緒にいても、お前が俺の事、好きになったりしないって。
お前にとって、俺は昔から男じゃなく、図体のでっかい弟みたいなもんだ。
・・・そんなこと、ちゃんと・・昔からずっと・・・わかってたんだ。」

呻くように呟く恋次に対し、ルキアはなんと返せばいいかわからず、気まずい思いで俯いた。

恋次にきちんと、偽りのない今の自分の思いを伝えよう。

そう意気込んできたものの、最初に出鼻をくじかれ、
用意していた科白は一瞬で散り飛んでしまい、ルキアはすっかり慌て動揺してしまう。

どうしよう。
恋次に、どう話せば一番良いのだろう?

それは恋次を傷つけぬ配慮なのか。
自分が傷つかぬための配慮なのか。

混乱に言葉を失ったルキアに、顔を背けたまま恋次は静かに問いかけた。

「・・・あいつなのか?」

「・・・え?」

「あいつが、お前を救ってくれたのか?」

あいつ。
それはもちろんギンの事。

ルキアは緊張に口の中がカラカラに渇いているのを感じながら、神妙な様子で答えた。

「・・・そう、みたいだ。」

「・・・そうか。」

たまらず恋次はルキアから背を向け、大きく肩で息を吐き出すと、
ルキアはそっと顔をあげ、その広い背中を見つめる。

ずっと側にいてくれた、大切な幼馴染。

小さい頃から一緒で、その存在は肉親のようなものだった。
だから、恋次の自分に対する想いに気付いたときは動揺した。
何かの間違いであってくれとも思った。
この関係を壊すのが恐かったこともあるが、
本音を言えば兄弟な存在の恋次と、面倒な関係になりたくはなかったのだ。

結局私は、自分の事しか考えていなかった。
先生の死に捕らわれ、一番近くで見守っていた恋次を、ずっとないがしろにしかしてこなかった。
その罪は、海燕への想いと比例するまでに深いもの。

ルキアはその罪悪感に胸が詰まる思いで、気が緩むと涙が溢れそうになるのを抑えつつ、
決死の覚悟を決め、震える声で恋次へと語りかけた。

「・・・すまない、恋次。お前は、ずっと私の側にいてくれたのに、私はーーー」

恋次はルキアの言葉を遮り、振り向きざま大声で言った。

「良かったじゃねぇか!!」

驚きで思わず見上げたルキアが見た恋次の表情は、
目一杯の笑顔で、とても晴ればれとしたものだった。

「恋次・・・?」

予想外の恋次の言葉と表情に、ルキアはあっけにとられてしまう。
呆然としたルキアに構わず、恋次は大きな独り言のように話し続けた。

「お前が救われたんだろう?
だったら俺は何も言うことねぇよ。

十年も側にいて、お前が苦しむ姿、ただ見てるだけだったんだから。

・・・あいつはちゃんと、お前見てたんだな。
最初から俺には、お前と付き合う資格もなかったんだ。
・・・くやしいけどな。」

「恋次・・・」

ふいにルキアは、瞳が熱く潤むのを感じる。

この幼馴染はどこまで優しいのだろう。
自分が傷つき苦しいのに、それでも私を気遣ってくれる。

ルキアは大きな紫紺の瞳から、
嬉しさと悲しみの混じった、不思議な思いの渦巻く涙を溢す。

その涙に気付いた恋次は、ぎょっとし慌てて声をあげた。

「な!おい!何泣いてんだよ?!やめろって!
地元なんだから、近所に変な噂流れるかもしんねぇだろ?!」

「な・・・泣いてなどおらぬ!こ、これは・・・欠伸をしたのだ!!」

いつものように強がるルキアの様子に、恋次は安心したようにふっと笑ったが、
しかしその口元をすぐにキッと引き結ぶと、ルキアに向かって強く言った。

「ルキア。お前は・・・逃げんなよ。」

「・・・え?」


「お前は今まで、誰からも向き合うことを避けてきたんだ。
だから、あいつと向き合うことが、恐いと思う。

でもな、絶対逃げるなよ。

恐かったり、恥ずかしかったり、格好悪かったり、色々な事思うはずだ。
・・・俺は結局、何も出来ずに側にいるだけのこと選んでしまったけど、
俺みたいなことはするな。
お前は、逃げるな。

ちゃんとあいつと向き合え。
・・・そして、本当に・・・幸せに、なれよ。」


「・・・・・・!!」

ルキアは発する言葉もなく、信じられない思いで恋次を見つめた。
この誠意に対し、一体どれほどの謝辞を何時間のべれば間に合うものか、見当もつかない。

驚きに目を丸くしているルキアに、恋次は少し照れ臭げに笑うと、んじゃっと言って片手をあげる。

「ルキア泣かしたなんて噂が、お前の兄ちゃんに知れたらエライことになるから、俺もう行くぞ。
・・・また、近いうちに皆で飲もうぜ。」

そう言うと恋次は、足早にルキアの横をすり抜け歩き出す。
すぐにも歩き去ってしまいそうな恋次に向かい、急いでルキアは振り向き、大声で呼びかけた。

「あ、あぁ・・・恋次!!」

「あ?」

ルキアに呼ばれ、恋次は顔だけ振り向いた。
何度言っても、何時間言っても足りぬ礼の言葉を、ありったけの気持ちをひとつにこめた。

ルキアは涙に濡れた顔で、それでも精一杯笑う。

「ありがとう恋次!近いうちに必ず、皆で飲もう!!」

「おう!・・・けど、あいつは呼ぶなよ!また、喧嘩になっちまうからな!」

「わかっている!」

「・・・じゃあな!」

恋次は笑顔で手を振り、大股でルキアの元から遠ざかる。
その姿が完全に視界から消えると、ルキアは頬の涙を手で拭き取り、目を閉じたまま深く深呼吸をした。

長い間ルキアを護ってくれた、番人は去っていった。



ルキアはまたひとつ戒めが解かれ、自分も恋次も、軽くなったことを感じていた。

 

 

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gin top

※期待はずれでスミマセン。
前回の展開の続きでは、年齢制限をつけねばならぬかもしれません。私のことだからw
起きたルキアが、黙って残っていないだろう。恥ずかしさに、さっさと逃げ出すのではないかなーと思いまして☆
これで残すところあと2回!
最後の呪縛も解かれ、あと残ってることは・・・?
楽しみにしてくださる方々を、ガッカリさせぬように頑張りたいです!
2009.2.7

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