『 こ こ で  キス  し て。 』 (現代パラレル 未来編10)

空港には、たくさんの人がいたが、目当ての人影は見当たらない。
真っ先にルキアは案内板でイギリス行きの便を確認し、まだ時間があることに安堵した。

でも、ここからが問題だ。

もう一度携帯を取り出し、鳴らしてみるが、やはりギンは出ない。
私からの電話に、出たくはないのだろうか?と、落ち込みそうになりながら、
それなら直接会って話しをしてやる!と、無理に自分を奮い立たせ、
とりあえず周囲を見渡すが、それらしい人影は見えず、次に空港内部にある店を次々に周ってみた。

一通り周ってみたが、ルキアはギンを発見できないまま時間は刻々と過ぎていく。

どうしよう。
どうしよう。

ルキアは次第に焦りはじめ、闇雲にそこらを歩き回り、そして何度も搭乗カウンターの前に戻ってきてしまう。
どうせここを通らねば飛行機には乗れないのだし、ここで待ち構えていれば必ず会えるはずだ。
そう思いながらも、とてもじっとしていることなどできるはずもなく、ルキアは周囲を歩き続けていた。

でも、もしかしたら、もう搭乗手続きを済ませたのかもしれない。
もう、ゲートを越えたのかもしれない。
もう、手の届かないところに行ってしまっていたなら。

そんな考えが脳裏をかすめ、突然動悸が早くなる。
激しい絶望感に身体が震え、焦りは不安に変わり、ふいに瞳が熱く潤みだす。



どうしよう。

会えないまま、ギンが、遠くに行ってしまったらーーー?

耐え切れずルキアはその場で、泣き出しそうになった瞬間だった。




「ルキアちゃん?」



突然周囲の騒音を破り、後方から声が聞こえた。



あの声。

市丸ギンの、あの声が。


急いで振り向くとギンは驚いたような表情で、
それでもすぐに駆け寄ると笑いながらルキアの前に立った。

「なんでルキアちゃんがこないな所におるん?僕、見間違いか思うて、何回も目ぇ擦ってしもうたよ。」

ギンは嬉しそうに笑いながらルキアに話しかけるが、ルキアは泣きだしそうな顔をしながら、
もうギンを逃したくない一心で、ギンの胸の中へと飛び込んだ。

「・・・ギン!!」

「ど、どうしたん?ルキアちゃん?・・・お腹でも、痛いん?」

突然のルキアからの抱擁に、ギンは困惑しながらも優しく肩を抱き、
ぎこちない手つきで背中までも擦ってくれる。

ルキアはその感触の優しさとやっと会えた嬉しさに安堵し、涙が溢れ止まらなくなるが、
そのまま黙って泣いてなどおれず、涙に濡れた瞳を煌めかせながらも、キッとした表情でギンを見上げて叫んだ。



「なぜ、電話に出なかった!?」

「電話?・・・あぁ。それがなぁ、今朝になって慌てて荷物詰めたもんやから、
うっかりスーツケースの中に入れてしもうたみたいでなぁ。もう預けてしもうた後やし、
僕もさっき、気がついてん。やから会社に電話して、なんぞ用件なかったか確認しとったんよ。」

「今朝、詰めただと?このたわけが!!事前に準備しておかぬから、こーゆーことになってしまうのだ!」

「な、なんやえらい迷惑かけてしもうたみたいやね?・・・ほんま、すんません。」


ルキアはギンの腕の中から抜け出すと、一層強い瞳で見上げギンを睨みつける。

「なぜ!海外へ行くことを、私に黙っていた!」

「この前会えた時にでも話そう思うとったんやけど、
なんや色々アホみたいに忙しがしゅうしとったら、なかなか時間もとれんかったんよ。
せやから、メールするより向こう着いてから、ゆっくり連絡しようか思うとったもんやから・・・」

「着いてから!?着いてからだと!?それでは、遅すぎるではないか!!」

「そ、そうやね。着いてからやと、遅すぎたんやね。・・・すんませんでした。」

ギンは激しい剣幕のルキアに押され、終始謝りつつ弁明を重ねる。
ルキアは怒りに瞳を怒らせていたが、突然ふっとその力が抜け、再び涙が潤み始めた。


「・・・それとも、もう私の事など・・・面倒に、なったのか?」

怒りの表情から一変して悲しげな表情のルキアに、ギンはぎょっとした。
ルキアは溢れる涙を手の甲で拭いながら、震える声で必死に自分の思いを伝えようとする。

「確かに私はお前に対して、今まで散々ひどい態度で接してきた。
・・・今更なんだと、思われても仕方がない。それでも、それでも・・・私は・・・!」

「ちょ、ちょおルキアちゃん!どないしたん?一体なんの話で・・・」


泣きながら俯くルキアの傍に近づいたギンに、ルキアはもう一度抱きついた。

「会いたかったのだ・・・!!」


思いもよらぬルキアの告白に、ギンは一瞬呼吸を忘れ、驚きながらルキアを見下ろした。
ルキアはギンの薄いコートを握り、肩を震わせ泣きながら頬を押し付けている。

「会いたかった。ギン。お前に、どうしても会いたかった!
・・・お前が、もう私を煩わしとしか思わなくても、私は会いたかった。
お前が、しばらく海外へ行ってしまうなら尚更、最後に会っておきたかったのだ・・・!」

「・・・その話、誰から聞いてん?」

「昨夜、恋次に会ったであろう?・・・それで恋次が、今朝、私に電話をくれたのだ。」

「あぁ。・・・そいで、こないなことになってんかぁ。」


ギンはやや呆れたような声で溜息をつき、それから微笑みルキアの顔を自分の方へ向ける。

「せやからルキアちゃんは、慌てて僕のお見送りに飛んできてくれたん?めっちゃ感激やわ〜」

「なにが感激か!!この大たわけ者が!!!」

「・・・はい。そうやったね。えろう、すんませんでした。」



もう何度目かのギンからの謝罪の言葉にルキアは俯き、ギンの腕の中から静かに抜け出ると、小さな声で呟いた。

「・・・向こうには、いつまで、いるようなのだ?」

「あぁ・・まぁ・・そこら辺は、イヅルにでも聞いといて。僕も細かい事、よう知らんのや。」

「・・・そうか。」

ルキアは呟き、それから黙り込む。
そこへギンの乗る便の搭乗手続きを促がす場内アナウンスが響いてきた。
びくり。
とルキアの身体が反応を示す。
これが、ギンを連れ去る最終宣告なのだから。

「・・・もう、行かなあかんな。」

ルキアは俯いたまま動かない。
ギンも黙って見守った。

もう一刻の猶予もなく、数秒の沈黙の後、ルキアは覚悟を決め口を開いた。

「ギン・・・」

「なに?ルキアちゃん。」

ルキアは顔をあげ、真っ直ぐにギンを見つめて言った。


「私は、待っていても・・・いいのだろうか?」

「ルキアちゃん・・・?」



「お前を、待っていたいのだ。

・・・いや。

例え、お前が迷惑に思っても、私は、待っている・・・!」



ルキアの瞳から、また涙が溢れる。
ルキアは涙を流したまま、それでも気丈にギンを見守った。

ギンは感動に言葉が見つからず、一瞬惚けたようにルキアに見とれた。
それから、これ以上ない程の満面の笑みを浮かべ、今度は自分からルキアを抱き締めた。

「何言うてん?迷惑やなんて、アホらしい。
僕の方こそ、ルキアちゃんが迷惑してても想い続けるんよ。・・・もう、実践済みやろう?
せやから待っといて。僕が戻るまで、ずっとずっと待っといてな?」

「ギン・・・!ギン・・・!」

ギンの言葉にルキアは泣き続け、力一杯しがみつく。
ギンもルキアを抱き、小さい子をあやすように薄い背中をぽんぽんと優しく叩いた。

「なぁ。もう、泣かんといて。このまま、連れていきとうなる・・・」

切なげなギンの言葉にルキアはすぐにもギンから離れ、自分からぐいっとギンの腕を押した。

「・・・・もう良い。早く、行け。」

涙で顔をぐしょぐしょにさせながら、泣くのを必死に堪え、
不貞腐れた子供のような表情になったルキアを、ギンは笑って見下ろした。

「そしたら、空港でこないなんもベタやけど・・・」

その細い顎に手を添え、ルキアを上向かせると、ギンは触れるだけの優しい優しいキスをした。
そして唇を離すと、長い指で涙を拭い、ルキアとごく間近で見つめ合い、にっこりと微笑む。

「これ、ルキアちゃんの初めてっちゅうことに、しといてな?」

あの時、無理矢理に奪ってしまったルキアのファーストキス。

ショック療法と言ってはみたが、半分以上自分がしたかったから奪ったものだ。
だからこれで、初めてのキスをやり直すことにしてもらおう。
ギンはそう思っていたが、ルキアは静かに首を振った。

「・・・だめだ。これは二回目で・・・あれが、私の初めてだ。」

どんな形であれ、あのキスを無かったことにはしたくない。
それは、ルキアのギンへの深い親愛を指し示し、ギンは嬉しそうに笑いながら囁いた。

「そうか・・・。そしたら、三回目が楽しみやわ。」

「ギン・・・気をつけて。元気でいてくれ。
それから、何時になっても構わない。
向こうに着いたら、私に、電話をくれないか・・・?」

「大体十時間はかかるもんやし、遅ぅなっても構わん?
そしたらホテル着いて、携帯出したらすぐにかける。待っといて。」

素直に頷くルキアの顎をついと持ち上げ、ギンは素早くもう一度口付けると、

やっぱり今、三回目も貰っていくわ。

と悪戯っぽく囁き、それから颯爽と身を翻し離れた。

「ギン・・・・!」

ルキアの呼びかけにギンは振り返り、ひらひらを手を振りながらいつもの笑みを浮かべていた。

「そしたら、行ってくるわ。」

ルキアは涙ぐみ、無言で頷くのが精一杯だった。






前に向き直ったギンの後姿は、すぐに扉の向こう側に、消える。
ルキアはその場で泣き続け、ギンの飛行機が飛び立つまで空港に留まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港でギンとルキアが別れて十数時間後。

夜中に携帯が鳴り出し、ルキアはディスプレイを確認すると、眉を寄せ厳しい表情でそのまましばし睨みつけ、
きっちり十回コールを数えてから、力強く受信ボタンを押すと、すぐにギンの呑気な声が聞こえてくる。



『もしもし?ルキアちゃん、聞こえとる?こっちもう寒いんよ〜。
僕、寒いの苦手やから大変やわ〜もっと厚手のコートにしといたらよかったわぁ。』

「・・・」

『もしもし?ルキアちゃん?あれ?聞こえてへんの?』

「・・・」

『空港で泣きまくっとった、可愛ええルキアちゃーん。応答してや〜』

「!!・・・うるさいぞ!聞こえている!!」

『なんや。ちゃんと聞こえてるやんか。
そしたら聞いてや〜こっち、めちゃめちゃ寒いんよぉ。僕また風邪ひいてしまいそうや〜』



芝居がかったギンの物言いには付き合わず、ルキアはやけに冷たい様子で刺々しく突き放す。

「そうか。それは良かった。・・・貴様など、風邪でもなんでも、ひけばいいのだ!!」

『ルキアちゃん、なに怒ってん?数時間前に、感動的なお別れしたばっかりなんよ〜?』

これにルキアは、かっと上がった怒りにすぐにも怒鳴りつけてやろうとしたが、
なんとか無理矢理自分を抑え込み、その代わり、搾り出すように低い声音で凄んでみせる。

「・・・貴様。なぜ、私に、黙っていた。」

『えぇ?なんのこと〜??』

あくまでとぼけた態度のギンの返答に、ぶちりと何かが音をたてて切れるのを感じる間もなく、
ルキアは電話に向かい、溢れ出す怒りのままに大声で叫んでいた。




「だから!貴様のイギリス行きが、たった十日間の出張だったと、なぜ!あの時に、言わなかったのだ?!!!」




ルキアの渾身の叫びが止むと、なんの躊躇もなく明るい声でギンの声が聞こえてきた。

『あぁ!なんや、ルキアちゃん、知らんかったん?僕は、てっきり知っとう思いこんどったんやけどな。』

ギンは詫びるどころか、全く悪びれもしない涼やかな様子で返され、
呆れと怒りにルキアはがっくりと頭を垂れた。



「あれから吉良殿に聞いて知った!・・・まさか、たった十日だなんて・・・!」

『なに言うてん?こない遠くに飛ばされて、十日もルキアちゃんに会えんのやもん。
僕一日千秋どころか、万秋の思いや。ルキアちゃんも、同じ気持ちやなかったん?』

怒りに堪えたルキアの言葉に、ギンは不満げに声をあげ、
これにルキアの怒りは大爆発をしてしまう。



「ふざけるな!!とにかく、冗談ではない!

私が泣き喚く様を見て、楽しんでいるような悪趣味な男はごめんだ!

永遠にそこに居ればいい!この!大莫迦者めがっ!!!」



そしてルキアは、そのままぶつりと電話を切ると、腹立ち紛れに携帯をソファに向かって投げつけた。

ルキアに切られてすぐに、ディスプレイには『性悪狐』と表示され続け、
遠く離れた地にいてもなお、ギンからの激しい猛攻にルキアが折れるのも時間の問題。






二人のこれからは、今、始ったばかりなのだ。

 

 

<無罪 モラトりアム・完>

※去年の8月末に、ただの思いつきで始めた現代パロ。なんと約半年もかかっていたのですね!かなり驚きました☆
今はひっこめてしまいましたが、元ネタは拍手御礼SSでした。
SSではもう付き合っていた二人。出会いから付き合うまでを書いてみよう!と深く考えもせず軽い気持ちで始めた連載が、
まさかこんなことになるなんて・・・!人生ってミラクル!でもなんて素敵なの!?www
心に傷を負ったルキアは毎度(え)のことにしても、そのルキアの為にギンがいい人過ぎて、自分で書いてて違和感を覚えたくらいwなのですが、
まぁこんだけルキアラブラブなギンがいてもいーじゃない!の心意気?で押し切らせて頂きました。
また、長く連載するにあたり、徐々に現代パロ面白いのコメントも頂き、本当に本当に嬉しく書くパワーになりました。
応援下さった皆様!本当にありがとうございました!!お陰様で、うちのギンとルキアはめでたくカップルになることができました☆
これを書くことにより、私もより一層ギンルキ好きになったんだと思っております。感想コメ頂けると嬉しいです。
読んでくださった方でも、少しでもギンルキも良いなぁと思ってくださったら本望です!長らくお付き合いくださり、本当にありがとうございました!!
2009.2.28

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