「・・・んっ、ふっ・・・くぅっ・・・・・」


学校から少し離れた場所にあり、ギンの暮らすマンション近くの人気ない小さな公園の隅のベンチ。
古びた遊具が2〜3あるだけなので小さい子も滅多に遊ばず、夕刻には陰になり、益々人目を気にせず存分にいちゃつける隠れスポット。
今は背の高い銀髪彼氏と背の低い黒髪彼女が独占し、互いの唇の感触を楽しんでいるところだ。


「ふぁ、はぁ・・・んく・・・あ・・・やぁ・・・だ・・め・・・こんな・・これ以上はもう、だめだ・・・」

「なんでぇ?ルキアちゃんもめっちゃ良さそうやし、もっと気持ちようしたるよ。」


一度吸い付くとなかなか放してくれぬ濃厚で執拗な恋人の追撃からなんとか逃れ、切れ切れになった吐息の合間から喘ぐようにルキアは制してみるが、
熱いキスに蕩けた瞳に赤く蒸気した頬はなんとも愛おしく扇情的で、攻め手を緩めるどころか尚一層の情熱と欲望を燃え滾らせたギンが、またも唇に近づこうと顔を寄せた途端、


ばっちん!


「たわけっ!いい加減にせぬか!私は、やめろと言っておるのだ!!!」






市丸ギンは機嫌が悪い   〜 第1話 〜





一瞬前のムーディーさを木端微塵に吹き飛ばすルキアの一喝とビンタが同時にギンの顔面に飛び、
その小ささからは想像もつかぬ衝撃に、ギンの薄い頬に真っ赤なもみじがくっきりと浮かび上がった。


「いぃぃったぁぁぁいぃぃぃ。も少し加減してくれてもええやんか〜〜〜ルキアちゃんのいけずぅ。」

「うるさい!やめろと言っているのにやめぬ貴様が悪いのであろうが!」

「それはそうやけど〜あないエロい顔して『だめよ』言うんわ、ほんまは『もっとして』の合図やろ?僕ん家行ってこの続き楽しもうや〜」

「ほぅ・・・?それはどんなバカ女の事だ?少なくとも私は言わん!やめろはやめろだ!覚えておけ!!」

「へえへえ。よぅ覚えておきますわ。ルキアちゃんは僕とちゃうくて嘘は言わんと・・・あ!ちょぉ待ってや!?」


もそもそ呟くギンを置き去りに、ルキアは威勢良く啖呵を切るとさっさと鞄を取り上げ、そのまま一人歩き去ろうとした。
それを追いかけたギンはすぐルキアの隣につくと、素早く手を繋ぎにっこりとメゲぬ笑顔でルキアに微笑みかける。


「でも最初ん頃に比べて、ルキアちゃんもよう慣れたもんやね。初めて舌入れた時、びっくりして飛び上がっとったもんなぁ。」

「!は、初めてのキスで舌など入れられたら、驚いて当たり前ではないか!」

「えぇ?・・・あぁ、まぁ、初めてやったらそうなんかな。うん。あん時叩かれたんも、それもええ思い出やねぇ。」


変なところでしみじみとしているギンの様子を見上げたルキアは、我ながら見事に咲き誇らせた頬のもみじに若干きまり悪げに呟いた。


「・・・痛むか?」

「へ?なにがぁ・・・あ、これなぁ。
ぜーんぜん!ルキアちゃんの手形、つけて貰えて嬉しいくらいやし、なんやったらこっちにもつけてくれへん?」

「た、たわけどころか変態か貴様!」

「失礼やわー僕は、変態ちゃうてルキアちゃんが僕にしてくれることやったら、なんでも嬉しいだけなんやけどなぁー」

「叩かれてもか?それは十分変態の域だと思うが。」

「ルキアちゃんが怒ったら、遠慮なくぶっ叩いてくれる世界唯一の存在やってうぬぼれはあるんやけどな。」

「貴様とゆう奴は・・・つくづく変人だな。」

「今更僕の面倒みぃひん言うたらあかんよ。
捨てようとしても、しがみついて離れへんし、僕やったらスペック高い立派なストーカーになれると思わん?」

「怖いからやめろ。お前が言うと洒落に聞こえん。」

「そらまぁ冗談ちゃうし。朝から晩までつきまとい、盗撮住居侵入ゴミあさり当たり前やろ?
あと・・・あ!でも中傷やネット拡散、暴力だけは絶対せんからそこは安心しといてえーよ!
・・・あ〜でも、彼氏作ったらそいつはどうしてまうかわからんな〜殺さんように気ぃつけれるかなぁ?
でも、僕に四六時中監視されとったら、そんな余裕ないはずやし・・・」

「・・・・・」


ほんの軽口のはずが妙に真剣な表情でぶつぶつ言い続けるギンに、恐ろしいことをさらりと宣言されゾッとしたルキアは口をつぐむ。
しかし、本当になぜこんな奴と付き合うことになってしまったのか。

思い起こせば最初の頃ギンは、あの朽木白哉が大事にしている可愛い妹君が入学してきたと、白哉をからかうネタ作りのためルキアにちょっかいをかけてきた。
それが一ヶ月も過ぎた頃から求愛へと変わり、全く本気にしてくれぬルキアの信用を勝ち得ようと、女生徒に限ずありとあらゆる深くも浅くも、
関係があるもあらぬもひっくるめた数多の女友達とは残らず手を切り、その証とばかりにルキアの目の前でスマホを叩き割り、
一緒に携帯会社へ行き新しい物を買うと、その場で番号0にルキアを登録し
たことも今となっては良い思い出なのだろうか。

ルキアの方も最初こそ嫌で嫌で堪らなかったギンの存在が、執拗な求愛行為にいつの頃からか姿を見ぬと寂しさを覚えるようになり、
はっきりとした恋愛感情を自覚する前にギンにうまく言いくるめられた形で交際へと持っていかれたのが二か月前のこと。

今となっては多少の後悔がないわけでもないが、ギンに見初められたとあってはどこにも逃げることは無理であろう。
遅かれ早かれこーなる運命だったのかもとルキアは諦めに似た悟りをひらく。

しかし、この男と付き合ってみると、過剰にスキンシップを求める以外は案外紳士な男であり、本気でルキアが嫌がりそうな事は絶対にせず、
彼独特のやり方ではあるが、自分を真剣に想い大事にしてくれよう
としている気持ちはいつだって伝わってくる。
そしてそれに比例するように、ルキアのギンへの想いも強くなっているのも事実だ。


「なぁ、市丸。その、な・・・市丸?」

「・・・うーん。こんやり方では24時間見張るんはやっぱ無理やな。
どうしても眠なってまうし、それやったらいっそ寝袋持ち歩いてか・・・」

「・・・・・きっ、さま・・・いつまでくだらんことを言っておる!!」

げしん!

「ぎに゛ゃーーーーーっ!?い、痛い痛い!もっと加減しといて〜〜〜!?」

「たわけ。叩かれて嬉しいならこれも良いはずだろう。」

「ううっ〜〜〜ルキアちゃんからの愛が痛いぃ〜〜〜〜」


想い想われる幸福に胸が詰まり隣にいる高身長の彼をまた見上げると、ギンは先程よりも険しい顔をして完璧なる24時間ストーキング方法を模索している最中であった。
そんな恋人の姿に一瞬ドン引いたルキアだが、すぐ我に返ると、間髪入れず向う脛に蹴りをいれ、瞬時に現実世界へと引き戻す。

しくしくと泣くギンを引き連れ駅に着いた。
ギンとルキアは別方向の電車に乗るので今日のデートはここまでとなる。
毎回のことながら未練がましいギンは、まだ物足りないとばかりに人目も気にせずルキアをギュっと抱きしめた。


「あぁ〜〜〜離れとうない。まだまだルキアちゃんと一緒にいたい〜〜〜!」

「お前は、毎日言っているな。」

「だってほんまにそう思うんやもん〜〜〜なぁなぁ、今日は送って行ってもええよね?」

「そう言って昨日も送ったであろう。今日はだめだ。ここでお別れだ。」

「いやや〜〜〜〜お別れとか言わんといて〜〜寂しくなるやん!ルキアちゃんのいけずぅ〜〜〜」

「・・・本っ当にお前というやつは、面倒くさい男だな。ほら、これで機嫌を直せ。」

―――へぇ?」


背が低いルキアに覆い尽くすように屈みこみ、顔を寄せてくるギンの頬に一瞬だけ唇を押し付ける。
その感触に驚いたギンの腕の中からルキアはするりと抜けだすと、手を伸ばしても捕まらぬ距離に立ち、ぽかんとしているギンを見てはにかみながら笑っていた。


「え・・・?ルキアちゃん?いまの、もしかして・・・?」

「お前の望み通り、片方の頬にも跡をつけてやったぞ!これで今日は大人しく一人で帰れ。では、また明日。」


恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらルキアは手を振り、あとは振り返らずに駅へと駆け出した。


「あ、あぁ・・・明日!また、明日な!ルキアちゃん!また明日会おうなぁ!!」


駆けて小さくなる愛おしき後姿に、みっともないほどデレデレなギンが大きな声をかけ見てもらえずとも元気いっぱいに両手を振り見送っていた。


明日、明日、明日になれば、またルキアちゃんに会える!
愛しい人の傍にいられる明日という未来へ向け、幸福いっぱいな恋人達は知らなかった。



そんな明日は来ないと、この時はまだ知りようもなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※ミエさんコメントありがとうございます!
 長らくお待たせしてしまいましたが、貴女のために頑張りますので、どうか最後までお付き合い願います。
 2016.7.3

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