プロローグ

 

昼食後の5時限目。
3年3組の教室内には、午後の暖かい日差しとおじいちゃん講師の古典を読む声がゆったりと流れている。
いつもならば、受験を目前に控えた3年生とはいえ、眠りの呪文に匹敵するおじいちゃん講師の穏やかな朗読音に打ち勝てず、半数以上が机に突っ伏している頃。

だが今は、お昼寝タイムとは真逆の奇妙な緊張感に教室の空気は張りつめ、眠るどころか皆一様にビクビクと怯えており、
全く頭に入らないながらも目で必至に教科書の文字を追っている。

原因は一番後ろの、窓際の席の男のせいだ。

その男の名は、市丸ギン。






市丸ギンは機嫌が悪い   〜 prologue 〜





ギンから発せられる不機嫌オーラは強力で、僅かな物音でも不用意にたてたりすれば、切り捨てられそうな恐怖心に
哀れなクラスメート達は日々耐え忍ぶしか手段もなく、出来るだけ彼の神経を刺激せぬよう息を詰め授業を受けている。

同級生にそんな思いをさせている張本人はといえば、授業が始まってから一度も前を向かず教科書すら出さずに、
細い顎を手に乗せ肘をつき微動だにせず、睨むようにじーっと強い視線を校庭に向け放っていた。

その校庭では、1年生の2クラスが合同で体育を行っているところだった。
ともすれば、多くの人の中に埋もれがちになってしまう小柄な少女。

濡羽のような黒髪、大きく輝く紫紺の瞳、雪のように白い肌とは対照的な扇情的に赤い唇。
創生の神に愛されたように、その全てが完璧に形成された至上の少女。

その少女の名は、朽木ルキア。

愛しの君は、ギンの射殺せる勢いの熱視線にも気づかず、呑気に同級生とじゃれ合い屈託なく笑っているのだ。
その笑顔が愛らしければ愛らしいだけギンの胸中は黒い影が色濃く深くなり、自然と目の剣も鋭くなっていく。

笑っていたルキアが何気なく視線を上を見上げ、不機嫌なギンと目が合った途端、ルキアはビクリと反応し顔を強張らせ、
強過ぎる視線から逃れようと、慌てて
隣にいる胸の大きな同級生の陰に隠れてしまった。

ガタンッ!

ただでさえどうしようもなく苛立たしい状況なのに、あからさまに自分に怯え避けられたこの行為に火に油を注がれたギンは耐え切れず、
こめかみに怒りマークを貼りつかせたまま、椅子を盛大にならしながらギンは勢いよく立ち上がった。

静かな空気を切り裂く高い動音に、不機嫌絶頂のギンの動向を気にした生徒達は一様に息をのみ振り返るとギンに怯えた視線を集める。
そこに、唯一事態を理解していない、おじいちゃん講師が不思議そうに教科書から顔を上げた。


「ん〜?なんだ?どうしたのかね?えー・・・市丸くん?」

「胸が、潰れて苦しいんで、早退しますぅ。」

「あぁ・・・うん。そぉ・・・え?潰れた?」


ぽかんとしている講師と同級生の方など目もくれず、鞄も持たずに足音荒いギンが教室を出た途端、不穏な空気が消えた解放感に、
思わず生徒達はうあああ〜と盛大なため息を一同に吐き出し、机の上へと突っ伏した。

この様子におじいちゃん講師は目をぱちくりさせ、机に突っ伏したまま動かなくなった生徒達をただただ眺めるのであった。

 

 

 

 

 

本来、市丸ギンに喜怒哀楽はない。

彼は人を食ったようなニヤニヤ笑いを常に浮かべ、何事にも動じることもなく他の感情は表に出さずに、
その内面や弱みを悟られるような真似などせず、どんな時でも堂々としていて隙がないポーカーフェイスを崩さない。

それでいて意外に人当りや愛想は良い方で、どんな人にも明るく気さくに声をかけて回り、人柄も決して悪いわけではないのだが、
どうにも彼の言葉は上っ面で真実味がなく、話していると見えぬ本心に妙な不安を覚えてしまう。

背が高くスラリとした体躯にバランスのとれた長い手足。
艶のある銀髪は襟足で切り揃えられ清潔感があり、
キレのある面長の顔立ちに涼やかでいながら形だけでも愛想の良い親しげな甘いマスク。
筋の通った高い鼻に、常時片端が上がり気味になっている肉感の薄い唇。

その滅多に見開かれる事のない神秘的な瞳の奥を、自分の姿を映せるほど間近で見つめ合いたいと熱望する女生徒は多数存在するのだが、
見た目や才能に恵まれた者らしくギンは常識という枠すら自慢の長い脚
で楽々飛び越え、
その時の気分で数多の女生徒と仲良くするものだから、タコ股イカ股当たり前な上、
複数の女子が『我こそ正式な彼女』を掲げ、大乱闘になりそうな修羅場も1度2度ではない。

そんな時でさえギンが取り乱すはずもなく、全ての元凶でありながら高みの見物宜しく楽しげに終始笑い続けていたらしい。


このように最低ではあるが、年齢の割に余裕ある大人の男らしい『飄々』を体現している様を、
好意ある者からは謎めいていて素敵と称され、
反感を持つ者は底知れず不気味であると言われるが所以だ。


このように市丸ギンという男は、人として大事な何かを欠いた不道徳者でありながら、
それを上回る不思議な魅力とカリスマ性で周囲を魅了し愛される存在として、
スクールカーストと呼ばれる人気度合で表す序列の最高頂点に立つ者であった。


そんな男が、変わってしまった。


1年生の朽木ルキアに出会い、恋をし、その全てを、変えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※設定は『ギンルキ』『現パロ』『高校生』で宜しくお願いします。
 今回の更新で、2010以降、表ギンルキ書いてなかったんだ。
 ずっと裏ばっか書いてたんだと気づいてもー
 2016.6.20 2016.6.28

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