あの時の事は忘れない。

忘れたくても忘れられない。

家にも容姿にも才能にも全てに恵まれていたギンが、初めて受けた激しい喪失と絶望に頭の中が真っ白になるほどの衝撃を。

自分が手を伸ばしてもなにも掴めぬと悟った、あの無力感を---------------




「え?あれぇ、なんで・・・ルキア、ちゃん?」

「・・・・・」

あの日ルキアと別れて以来、実に一週間ぶりの対面だというのに、これは一体どうしたことか。

あんなに会いたかった想い人は、ギンから逃れ白哉の背中へへばりつき、恐ろしそうに震えている。

それが性質の悪い冗談でないのは、ルキアの大きな瞳が怯えの色で溢れていたのが言葉よりも雄弁に物語っていた。






市丸ギンは機嫌が悪い   〜 第2話 〜





 

前の晩もいつも通り9時までラインをしたのだが(ルキアルールによりギンは9時以降の電話はもちろん、ラインもメールも禁止されている。そうしないと寝る寸前まで連絡してくるのがウザくうるさい。)、
次の日からルキアと兄である白哉は共に学校をずっと休んでおり、もちろんスマホもラインも繋がらず、家を訪ねても門前払いで対応してもらえず、
ルキアの友人達に聞き回ると織姫に白哉から連絡があり、ルキアはしばらく休むが心配はいらぬと言われただけで詳細不明で、
この一週間ルキアがどこでどうしているか外部では全くわからなかった。

されど織姫の証言で朽木家ぐるみでルキアを拘束している事は間違いなく、当然だがギンは毎日朽木邸へ通い詰めた。
だがしかし、体格の良いガードマ
ンに屋敷への侵入を阻まれ、業を煮やしたギンは、
やたら広い朽木邸を囲む昔ながらの高い土塀を乗り越え、宣言通りのストーカー資質の能力の高さを示す。
しかし、ルキアの部屋を探し当てる前に家人に見つかり捕えられると、時代劇の下手人ばりに膝つき座らせられた。
ほどなくそこへ白哉が現れると、ただでさえ冷たい瞳を細め、いかにも疎ましげにこの歓迎せざる来客を見やる。


「兄は何しにここへ参った。」

「言うまでもないやろ?僕のルキアちゃんはどうしてん。早よ会わせてや。」

「ルキアは、兄のものではない。」

「お兄様が知らんだけで、ルキアちゃんはもうとっくに僕んもんやから。」

「・・・・・」

「なぁ。口喧嘩しにきたわけやない。ここにおるんやろ?会わせてくれな、自分で探すまでやけど。」

「・・・そうだな。来週には学校へも行かせてみるつもりであったし、試に兄へ会わせてみても良いだろう。」

「ほんま!?それやったら早よして!早よ早よ!!」


白哉がお付の者に目配せをするとその者は音もなくその場を離れ、ほどなく遠くからすっすと畳を踏む軽い足音が聞こえてくる。
この足取りはルキアに間違いないと確信したギンは立ちあがり、愛しき者の到着を待ち構えた。
すると白哉後方の障子が僅かに開き、中からおずおずといった感じで遠慮がちにルキアが顔を覗かせる。


「に、兄様・・?お呼びでしょうか・・・」

「ルキアちゃん!!」

「は?・・いぃぃっ!?」

「やっとやっとやあぁっと会えたぁ!なんでいっこも連絡くれへんかった?やっぱあれやね。意地悪なお兄様に閉じ込められたんやね!せやけど、もう心配せんでええよ。こんまま僕んとこおいで。一緒に行こう!」

「え?え?あ、あの・・・やっ!」


ルキアが姿を現した途端、とっくに縄を外しながらもチャンスを狙っていたギンがルキアに抱き着き、
突然の事態に驚いたルキアは大声で叫んだ後、ギンの腕の中で硬直してしまう。

だが、久々の再開を果たしたギンの方は喜びに浮かれ、ルキアの様子がおかしいことを気づけぬまま腕を引き行こうとした瞬間。


「い、い、いやです!やめてくださいっ!兄様兄様!お願いです!どうかお助けください!!」

「え?あれぇ、なんで・・・ルキア、ちゃん?」

「・・・・・」


本気で怯えた顔をしたルキアに手を振り払われると、止める間もなく白哉の背中へと逃げ隠れられてしまった。
あっという間の出来事にギンがぽかんとしていると、二人の間に立つ白哉が冷淡な笑みをかすかに浮かべ悠然と口を開く。


「兄には言葉で説明してもわからぬであろうから、ルキアの口からハッキリ言ってもらった。
これで、今の状況がよくわかったであろう。」

「わからんよ・・・なにがどうなってんか、全然・・・こないな・・・・・わからんよ・・・」

「ルキアは、記憶喪失だ。」

「は?記憶喪失?なに言うとるの白哉くん。僕こと、からこうとるの?全然笑えへんけど。」

「そうだな。記憶喪失は嘘で、ただルキアの目が覚めただけであった。」

「僕が間違ぅとりました。ほんまにすんません。詳しい話、聞かせてくれまへんか。」


白哉の話を要約するとこうだ。あの夜10時頃、洗面所で大きな音がして駆けつけてみると、どうやら足を滑らせたらしいルキアが床に倒れており、軽い脳震盪状態に陥っていた。
外傷もなくすぐに目は覚ましたものの、話しかけてもはっきりとした返答が出来ず、やけにぼんやりしていて様子がおかしい。
すぐにおかかえ医師を呼び診察を受けると、身体の方は大事ないが、ここ一年ばかりの出来事を覚えていない部分的記憶喪失状態であると診断された。
一年の記憶がないとなると、無論ギンと出会う前まで遡るのだから、付き合っていた時の記憶など皆無ということになる。

そんな、にわかには信じられない話にギンは初めて茫然とした。
物心つく以前から人や物事の流れを読み取れたこの男は、心の底から本気で困ったことなど一度もなく
なんでもソツなくこなしかわしでやってこれた。

それなのにこれはどうだ。
これはどうすべきなんだろう。

混乱し黙り込んだギンの様子を白哉の背中からちらりと盗み見たルキアは、そのあまりの落胆ぶりに声潜め白哉へと問いかけた。


「兄様兄様。あの方はどなたですか?
なぜ、私に記憶がない事で、あんなにも気落ちしておられるのでしょうか。」

「そなたが案ずることはない。
以前、私が止めるのも聞かず、僅かに関わりがあったものだから、大袈裟に嘆いてみせているだけだ。」

「僅かとちゃうわ!恋人や!!」

「う、嘘です嘘ですそんなこと!
兄様の助言を無視し、私があなたのような方とお付き合いをするなど、あるはずありません!!
私の記憶がないからと言って、妙な嘘をつくのはおやめください!」

「嘘、嘘て・・・嘘や・・・こんなん、ほんまに嘘やろ・・・・・」

「わかってもらえたか市丸ギン。
ルキアは兄をすっかり忘れきり、しかも関わりを持つことも望んではおらぬ。
兄も男であるなら、これ以上ルキアに無用な負担をかけぬよう、きっぱり身を引いてもらおう。」

「な!何を言うて」

「ルキアは来週には復学するが、ただでさえ記憶がなく勉強や友人関係の修復で苦労するであろう。
そんな中、毎日学校で兄が騒ぎ立て追い詰めれば、ルキアにどんな影響が出るかわかったものではない。
なので、ルキア自らが望まぬ限り、兄にルキアとの接触を一切禁止とさせてもらう。」

「そんなん横暴な条件、のめるわけないやろ!?」

「・・・兄を見るルキアを見てみろ。これでも、兄は納得できぬか?」

「!」

「よいか。これはルキアの為だ。ルキアが大事ならば、身の程をわきまえよ。」

「・・・・・」


そう言い捨てると朽木兄妹は揃って振り返らずに障子の中へと消えた。

その場に残されたギンは、家人に連れられ大人しく朽木邸を出るしかなかった。



久しぶりに会えた恋人だったはずの少女の、自分を見る眼差しの冷たさがいつまでもギンの胸の奥を冷やし続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※お題は「ギンルキ」で「記憶喪失」でした。
 記憶喪失ものは色々読んだけど、自分で妄想すると難しいもんですね・・・><
 説明や描写ざっくりでダメな感じがすごい。
 そして週一更新滞り申し訳ありません。
 でも、私が思ってたよりも意外に見てもらえてるみたいで嬉しいです。頑張ろ。
 2016.7.14

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