深夜、雲間に浮かぶ、細い三日月。
雲の切れ間に照らされた月明かりに浮かび上がるは、三番隊隊長室の前に立ち尽くすイヅルの姿。
ギンが藍染と共に虚圏へと消えてから、イヅルは幾度となく深夜に一人、こうして隊長室の前に立つ事があった。
ただし、主のいなくなった室内は覗く事なく、イヅルは決して開かれる事のない扉をただじっと見つめているだけ。
イヅルがそこに立ち思い出すのは、狐のような面差しのいつでも飄々とした風をまとっていたあの男。
いつも嘘か真実かわからぬ事を言っては、からかわれ笑われたものなのだが、まさか本当に全てを欺いていたとは夢にも思わなかった。
市丸ギン。
その男を心から信じていただけに、裏切られたダメージは深く、そして重い。
それは騙され取り残された者の怒りでもあり、深い悲しみでもある。
次に彼と会う時は、尺魂界の敵としてだ。
その時、その男と対峙した時、自分は何を思い、一体どうするのだろうか。
『 虚構の残像 』 前編
今考えても仕様のない事だと思いつつ、イヅルはいつも答えの出ない思考の迷宮へと誘われる。
その迷宮の中へと今夜も複雑に絡みつく感情のままに深く思いを馳せ惑い、しばらくの間ただ扉を見つめていた。
だがそれもしばらくすると、いつものように出口のない迷宮を彷徨うのに疲れ、一度ゆっくりと溜息を吐き出し、イヅルは静かに踵を返し自室へ引き上げようとした。
「・・・・・・・・・っ」
イヅルが扉へ背を向けようとした瞬間、室内からごくごく微かな物音が聞こえた。
これにイヅルはハッとして扉を見つめ、その場に凍りつく。
ただでさえ警備の固い護廷内部へ外部からの侵入者が入り込む可能性はほぼなく、
またこのような深夜、裏切り者の隊長室内へと悪戯に忍び込む隊員がいるとも思えない。
そんな・・・・・もしかして・・・・・・・・!
しかしイヅルは、そんな酔狂な真似をする人物をたった一人だけ思い当たり、急ぎ扉を開け室内へと押し入った。
「・・・・・朽木女史っ!」
「!!」
イヅルの呼びかけに隊長室内にしつらえられた長椅子の上に寝そべっていたルキアは、弾けた様に飛び起きこちらを向いた。
室内に明かりはなく、障子越しに弱い三日月の光が流れ込んでいるだけだ。
廊下に設置された小さな火を頼りに、長椅子の背もたれ越しにイヅルを見つめるルキアの様子を窺えば、
その顔は驚きと怯えが混ぜ合わさった表情で、頬は涙で濡れ煌いている。
市丸ギンと朽木ルキアが秘かに付き合っていたのを知っているのは自分だけだ。
当然ルキア自身も、ギンの謀反を何も知らされていなかったのだろう。
口では素っ気無い事ばかり言っていたルキアも、心の中では深くギンを慕い信じきっていた。
そんな愛する男に裏切られ、その上殺されそうになったのだ。
その心情はギンの一番近くにいたイヅルでさえ容易に推し量れたりなどしないであろう。
とにかくイヅルは開けた扉を静かに閉め、再び月明かりと静寂が満たされた室内で、なんとルキアに声をかけようかひどく思い悩んでいた。
しかし、
「・・・・・出て行ってくれ!」
「・・・・・!」
イヅルが声をかけるより先に、ルキアの方が細く叫び、イヅルは俯いていた顔を上げた。
ルキアはすでにこちらを見てはおらず、闇深い室内長椅子の背もたれから覗くその小さな肩が更に小さくなって見える。
イヅルはそれでもその場を動けず、何かルキアに声をかけようと迷い続ける。
だがいつまでたっても去らぬイヅルに苛立ったのか、ルキアは棘のある声で振り向きもせずもう一度叫んだ。
「吉良殿・・・私は一人になりたいのだ!頼むから早く・・・早くここから、出て行ってくれ!!」
「で・・でも!貴方を一人、こんな所に残していくなど・・・・・!」
市丸ギンの影が色濃く残る隊長室。
ここで二人は人目を忍び、何度も逢瀬を交わしていた。
今、ルキアが座っている長椅子の上でなど、幾度じゃれながら愛を囁きあったものか伺い知れぬほどなのに。
それが今では寒々しく淡い月明かりが唯一の光源に、あとは全て深い闇に沈んでいる。
こんな場所にルキア一人置き去ることなどイヅルには出来ず、そう訴えかけたその声を阻むように更に鋭い声が飛ぶ。
「今は吉良殿の顔を、私は、見たくなどないのだ!」
「!」
これがイヅルの心に突き刺さり、その痛みに息を呑む。
自分は、ルキアに必要とされていない。
そんな事はあたりまえなはずなのに、ズキズキと疼く痛みに耐えるように唇を噛み、それでも決然と顔を上げイヅルはルキアに向い足を踏み出す。
「わかったであろう!私は一人に・・・!な、なんだ!来るな!こちらに来てはならん!!」
「何を言っているんだ!一人置いてなど・・・・・・・・・・・」
こんなにも一人で辛そうなのに、ルキアに求められていない事実のくやしさにイヅルはルキアの制止に構わず、
大股でルキアの側へと歩み寄ると長椅子の前へと回り込み、そこにいるルキアを見下ろした途端、イヅルはその姿に驚愕し言葉を失った。
ルキアの死覇装は乱れ、袴は履いておらず、足元の床に脱ぎ散らかされている。
ルキアは剥き出しになった夜目にも輝く真っ白な足を急いで羽織った上着の影に隠し、イヅルから顔が見えぬように深く俯いてしまう。
ルキアのこの姿は、一体どうしたことなのだろう。
「・・・・・・・こ、ここで・・・なにを、していたんだい?」
「・・・・・・・」
一瞬頭の中が真っ白になったイヅルは、問うても返るはずもない問いを呻くように口にしてしまったが、即座にこの状況について理解していた。
ルキアはここで、消えてしまった恋人を思い、夜な夜な忍び込んでは一人自分を慰めていたのだろう。
ギンも非常に熱心にルキアを抱き馴らしていたようだし、突然一人取り残されたルキアが独り身の寒さと寂しさに、
ギンを求めてここで自分を慰めるのも仕方のない事ではあろう。
だから今ルキアは、この姿を認められる前にイヅルを早く追い払おうとして失敗し、これからどうしたものか内心ひどく狼狽しているに違いない。
そう思いついた瞬間、イヅルは自分でも不思議なくらいひどく昂ぶっていた気持ちが波引くように落ち着きを取り戻し、
眼下で震えながら固く俯き身を縮めているルキアを見つめ、やけに冷静な様子で静かに語りかけた。
「あぁ、そうか。君は隊長を思って、一人で慰めていたんだね?」
「・・・・・・き・・吉良殿には・・・関係ないっ・・・・・・!」
「関係ないって?ないわけないさ。ここは三番隊の隊長室だよ?
いくら朽木女史とはいえ、深夜に他の隊員が入り込んでいい場所なはずないじゃないか。」
「そ・・・それは・・・!・・それはそうかも・・しれぬが・・・・・・
し、しかし!私達の事を知っている吉良殿であれば、不法侵入とはいえ見逃してもらるであろう!?」
「見逃す?・・・・・そうだね。・・・もちろん、見逃してあげてもいいよ。」
「だ、だったら、もうよいではないか!早く・・早く私を・・・・・一人にさせてくれ!」
羽織った上着の襟元を強く握り締め、ルキアは顔を上げれぬままにそう叫ぶが、
イヅルは去るどころかまた一歩踏み出してルキアの目の前に立ち塞がり、その気配にルキアは思わず顔を上げ、
薄い月明かりが逆光で表情のよく見えぬイヅルの様子を不安げに見守った。
「見逃すかわりに、ひとつだけ、条件をつけるよ。」
「条件・・・・・・だと・・・・?」
イヅルから発される不穏な空気を敏感に感じ取り、ルキアはなおも警戒し身を固くするが、
イヅルはゆっくりと膝を折り、ルキアと目線を合わせると場違いなまでに柔らかな笑みを浮かべ囁く。
「・・・このまま、僕としようよ。」
「!!」
これにルキアの大きな瞳が、更に大きく見開かれる。
その瞳に映る感情は、驚愕、軽蔑、侮蔑、怒り、その様々な感情が混ざり渦巻き射殺す勢いでイヅルを睨みつけるが、
先程まで動揺していたのが嘘のようにイヅルは動じず、更に挑発するように顔を近づけ囁き続けた。
「一人で寂しいんでしょ?
僕もそうだよ。いつも側にいたはずなのに、結局あの人の本心なんて、僕にはなにひとつ見えてはいなかったんだ。
それが寂しいんだよ。本当に、とてもね。
・・・だから、お互い騙され残された者同士、傷を舐めあい暖めあいたいんだ。
それも、いいものでしょう?」
「なっ・・・!なにをばかな!
私は・・・私は、吉良殿と傷を舐めあうことなど、望んではいない!!」
あくまでも拒否する姿勢を崩さぬルキアの態度に僅かな苛立ちを感じ、
イヅルはすっと目を細め、わざと突き放すように強い口調でルキアを畳み込む。
「貴方が望むか望まないかなんて僕には関係ないよ。
僕が言ってるのは『この事を黙っていて欲しかったら、言う事を聞けばいい』ってことだけなんだから。」
「き・・・貴様・・・・・・・!!」
イヅルの口からハッキリと出た脅迫に、ルキアは顔色を変えて呟くが、これさえもイヅルは嘲笑い、ひどく可笑しそうに口の端を大きく持ち上げた。
「僕の事を、そんな風に呼ぶの初めてだね。・・・あの人には、いつもそう言って怒鳴りつけていたけれど・・・・・」
「・・・・・っ!」
普段絶対に見る事のないイヅルのその笑い顔は、愛したあの男を思い出させ、
また投げかけられた言葉に反応し、思わずビクリと震えたルキアの隙をイヅルが逃すことはなかった。
その一瞬にルキアは、ギンを思い出したのであろう。
ルキアの光る瞳が瞬時に悲しみに曇るのを見つめながら、イヅルはその華奢な両肩に手を乗せぐいと押し倒せば、
ルキアの体は簡単に長椅子の上に横たわる。これにルキアは慌てイヅルを睨み、抗議に大きく口を開けばイヅルは間髪入れずに己の唇でこれを塞いだ。
「!?んぐぅっ・・・・・!」
甘さの欠片もない苦しげなルキアの呻きを無視し、イヅルは舌でルキアの口中を思う存分嬲りまくる。
全くの未経験ではないにしても、ギンのようなテクニシャンというわけにもいかず、この舌先の動きさえもあの男と比べられているという焦燥に、
イヅルは遮二無二舌を動かしルキアをとにかく乱し翻弄しようと必死になっていた。
またルキアの方も、ギンの繊細で的確な攻めに比べイヅルの獣のように動き回る舌に困惑し、
それでも少しずつ高め乱されてしまう自分を感じ強く恥じていた。
結局自分は、イヅルの言うように寂しかったのだ。
愛する男に裏切られ、殺されかけ、そして最後は捨てられここに残されてしまった。
この寂しさ寒さをを癒す為には、確かにイヅルの言う通り残された者同士で慰め合うのが一番良い方法なのかもしれない。
でも、それでは。
それではあまりに、軽率で不純ではないだろうか。
騙されてはいたが、それでも自分は本当にギンを愛していた。
それだけは絶対の真実で、誰にも汚されたくはない。
それだけにこのイヅルの暴挙はルキアには許しがたく、その最後の貞操を護るべく必死で抵抗を試みた。
「んんっ!・・・・ふはぁっ・・・!な、なにをするか!・・・離せっ!」
「・・・隊長に比べたら、僕なんてあまり経験がないから下手かもしれないけど、それでも頑張るから、まかせてくれる?」
いくらイヅルの細腕とはいえ、結局は男と女。
掴まれた腕はとても振り解けそうにもなく、腕力で勝てぬなら鬼道を駆使し、イヅルを拘束しようとルキアは強く瞳を怒らせた。
「いい・・かげんに・・・せぬかっ!・・・・・縛ど・・・い・・・っ!?」
鬼道を唱えようと叫ぶ呪文詠唱の途中で、ルキアの舌を突如激しい痺れが襲い、鬼道どころか言葉も満足に発する事ができない。
しかもその痺れは舌先だけではなく全身へと広がりをみせ、ルキアの体から力が抜け落ち自由が全く効かなくなっていく。
どうしてこんな!
ルキアは心の中で叫ぶが、それは声にならずただの呻きに変わってしまう。
「なっ・・・・・・あっ・・・!?」
「・・・・・・そうくると、思ったよ。」
動けぬ焦りにもがくルキアを見つめ、イヅルは拘束していた手をそっと離した。
しかし今更拘束を解かれたところで、もちろんルキアはこの場から逃げ出すことなど出来るはずなく、
今度は恐怖に近い感情でイヅルの様子を窺い見つめた。
そんなルキアの表情を楽しむように、イヅルはひっそりと微笑みかけ、手にした小さな小瓶をルキアに見えるようにに掲げた。
「鬼道の詠唱も、大声を出されてもやっかいだからね。
体の自由を奪う為、少し痺れ薬を使わせてもらったよ。でも、安心して。
五感は損なわれたりしないし、一時間もすれば完全に抜けてしまうような少量だから副作用もないし心配ないよ。」
「・・・!」
「・・・・・そんなに怖がらないで。
僕は、君の隣に隊長がいた時から、君の事が・・・好きだったんだ・・・・・」
「!」
およそこのような状況下には似合わない、突然の愛の告白にルキアは信じられない思いでイヅルを見返すしか出来ない。
しかし今のイヅルにはその無言の拒絶すら構わず、無抵抗なルキアへと手を伸ばし、羽織られているだけの着物をゆっくりと引き落とす。
しかし、それと同時に弱い三日月が雲の中に隠れてしまい、二人は真の闇の中へと捕らわれたのだった。
※今の私の素直な感想を一言で!「とうとうやっちまったな!!!」
少し前に私の中で萌え上がった、まさかのイヅルキここに降臨・・・・・!私のイヅルキは、ギン×ルキア←イヅルが基本系!(設定から不憫全開)
いつも暖かいコメントをお寄せくださる夏希さまより、以前私がブログで妄想のままに書き散らしたルキアに襲いかかるイヅルをリクエスト頂きました。
ちなみにリク頂いた瞬間、あの情熱が再炎し、ものすごい勢いで書き上げてしまいましたよ・・・・・なにこの私の情熱。自分で引くわ!
最初の構想ではギンも尺魂界に居たんですが、奴が尺魂界にいる限りイヅルがルキアの手を出すなど不可能!の思いに、ギン去りし後と設定を変えてみました。
途中は辛くても絶対最後は甘く!が信条の私ですが、これには救いはありません!ルキアはもちろん、イヅルまでもが救われぬ可哀想なお話です。
イヅルが嫌いなわけではないのですが、一護やギンでアンハッピーが書けない分、彼で書かせてもらおうか・・・の気持ちがあるのはいなめません。
そんな挑戦イヅルキではありますが、宜しければ後編もお付き合いくださいませ。(平伏)
2009.11.29
material by 薫風館