何も、聞こえないんだ。
何も。
彼らの声が聞こえなくなった今、
俺の耳の奥に響くのは、静寂のノイズ。
絶望的に静かな、ノイズ音だけが、残ったんだ。
『 Noise 』
俺の霊力が全て失われたあの日から、いつの間にか数ヶ月の時が経っていた。
物心ついた時から霊が見え聞こえていた俺にとって、霊力を失くした新しい世界は、
正直静か過ぎるとまどいを感じる程、全く知らない世界でもあった。
いつもいつも感じ身近にあった霊の存在が消え去った世界で、一護の耳にはいつも静寂の雑音が鳴り響く。
それは、真夜中の冷蔵庫が唸る低いモーター音によく似ていて、
静かだからこそ静か過ぎるからこそ、その騒音はよく響き耳障りで仕方がない。
静寂が、耳に、痛い。
霊力を無くした直後、静か過ぎるまでに静かな環境にとまどいもしたが、
さすがに数ヶ月もたった今では普通に順応していた。
それでもふいに、この静寂に気付くと、理由のない妙な不安感に襲われたりもする。
別に俺が見えなくなっただけで、この世界から霊が消えた訳じゃない。
それだけにあの橋にいた奴や、公園にいた奴らが無事成仏し尺魂界に行けたのか安否が気になる。
ただ、本当にどうしても知りたいなら、別に手段がない訳ではない。
自分が見えなくなっただけなのだから、周囲の霊力ある誰かにどうしているか聞けばいい。
でももちろん、それはしない。
正直誰かに聞くまでもない事ではあるし、自分の目で見て聞こえぬ声を誰かに聞き伝えてもらうのは、
なにか違っているような気がするからだ。
だから、そんな風に気にしながらも、
一護は決して気になどしていぬフリをして、静か過ぎる日常を当たり前にこなしていく。
ただ、時々、自分でも無意識の内に何かを捜し求め、
気がつくと何もない空を眩しげに見上げる癖が、すっかり身についてしまったようではあるが。
夕食を済ませ自室に戻った一護は、明かりをつけようとスウィッチに手を伸ばした。
だがその手は動かずしばしの間立ちすくんだ後、スウィッチは押さずにドアを閉め、暗い部屋の中をを睨むように見つめてみる。
どんなに目を凝らしても、一護の目には闇の中に何も見出すことは出来ない。
見えてはいないのに諦めずに闇を見続け、やがて一護は耐え切れぬ様子で、とうとう掠れた声で小さく小さく囁いた。
「いない、のか?・・・・・・・・・ルキア。」
当然ながらその問いに答える者はおらず、相変わらず部屋はシンと静まり返っている。
いや。たとえ彼の者が居たとしても、この呼びかけに返事をしてくれたとしても、一護の耳には決して届かない。
あの日から呼んでいない名前。
この名を口にしたら、自分の中の何かが壊れてしまうような危険を感じていた。
でも、呼んでしまった。
あいつの名を、呼び、姿を、捜し求めてしまった。
自分の中の封印を破ると、もう一護は気持ちを抑えることが出来ず、
堰きり浮かされたような熱心さで、闇に向かい段々と声を高めていく。
「俺からは見えないだけで、お前には見えてるんだろう?
だから・・・だからお前は居てくれるんだ。
俺が知らないだけで・・・お前は・・・お前は・・・・・・俺の、傍に!」
祈りにも似た悲痛なる一護の叫びが止むと、無常にも闇の中に吸い込まれ、シンッとした静けさだけが残っている。
そして、一護は気がついた。
耳の奥に、いつもの雑音が生まれ出でようとする事を。
一護の大嫌いなその雑音に耐えかね、一護は震える手を握り締め、誰もいない空間に向かい絶叫した。
「いるんだろ!俺がわかんねぇだけで、お前本当はここにいるんだろ!
居てお前が見えねー俺のこと笑ってんだ!そうだろう!なぁ!ルキア!!」
一護が口を噤めば、即座に静寂と同時に雑音も一護を包む。
嫌だ嫌だ。
聞きたくない。
俺が聞きたいのはこんな雑音などでなく、お前の声。それだけ、なのに。
「・・・・・っくしょう!!」
ダンッ!
一護はやるせない思いを込め、振り上げた拳で思い切り部屋の壁を叩きつけた。
強い衝撃が拳に響く。
が、雑音は消えない。
今更ながらに打ちのめれ一護は勢いを失くすと、ずるずるとその場に座り込む。
「返事をしてくれ・・・お前の声を、聞かせてくれ。頼むよ・・・・・ルキア。」
そう呟く一護の声が消えると、ルキアの声の代わりにあの雑音が聞こえてくる。
空っぽな一護の中を満たすのは、絶望的な、静寂のノイズ。
どんなに強く願おうと、俺の耳に、お前の声は届かない。
決して鳴り止むことのない、静寂が、胸に、痛い。
※原作再開の前になんとか更新を!と、久々に意気込んでみた。
一護は皆の前では強がっていたけど、ルキアとの別れに実は打ちのめされてればいい。
一人の時こっそりルキアの名を呼び恋しがっていればいい。そんな希望を胸に書き上げました。
しかしながら、原作での彼らがあれで別れるはずもないし、次の再会はどうなることやら・・・
前回の光の再会以上にドラマティックに、再び会えた事が嬉しくて、会った途端思わず抱き合えばいいのに・・・と本気で願っております。
2010.10.29
material by 戦場に猫