初めてみた瞬間から、この娘に興味を引かれた。

多くの生徒達の中に混じっても混じりきれぬ、浮き立つような孤高の存在感。
朽木家という権力と財力に多大に恵まれた家柄の娘でありながら、それを歯牙にもかけずいつも一人で粛々と日々を過ごしている。
なのにただ大人しいだけかと思えば、この娘から己へと向けられる眼差しは、どんな時でも厳しく警戒と恐れに満ちている。
その虚勢に満ちた警戒心を煽るのが、楽しいと思うようになったのはいつ頃からだったのだろう。
いつでも、ルキアを捜し求めるようになったのは。


それは、きっと、一目見た瞬間から。




この娘に出会った瞬間から、ギンの中の何かが、どうしようもなく惹かれたのだ。






『 恋に似ている 』 後編 市丸ギン誕生祭2009





扉の向こうでルキアが走り去る足音を聞きながら、教室に一人取り残されたギンは挙げていた両手をゆっくりと降ろし、
いつも以上に意味のない笑みを浮かべ腕を組み背にした窓へ寄りかかる。

あかん。ほんまに怒らせてしもうたみたいや。

確かに最近のルキアに対する自分の行動は、制御できずエスカーレトしていく一方だった。
去るもの追わず。
何事もほどほどに、深入りはしない。
それが信条であるギンにとって、ルキアの言葉がただの警告などではなく、強い決意を固めた本気のそれであり、
非常に名残惜しくはあるが、ルキアでの遊戯はこの辺が潮時である事は充分に理解していた。

残念ではあるが、ルキアの事は所詮この退屈な毎日を凌ぐ為のささやかなお遊びだ。
たかが暇潰しに、全てをかけるつもりもない。

そんな事、最初からわかっていたではないか。
なのに、ギンの胸には今まで味わったことのない、奇妙なざわつきが湧き上がるのを無視できない。

なんやろ?これ。

なぜ、 こんなにも、 胸が、 騒ぐのか。

ギンは首をひねり、背にした窓から消えゆく夕日に染まった校庭を眺めた。
部活動に励む、たくさんの生徒達の賑やかな声が聞こえてくる。
この仕事が特別好きなわけでもないが、辞めたい程嫌いでもない。
確かにこんな事で職を失うのは、いくらなんでも間抜けすぎるし割に合わない。
セクハラ教師で懲戒免職。
今では特段珍しくもない新聞の見出しを思いつき、ギンはこれをせせら笑う。

それはさすがに我が人生が台無しになる、ご遠慮願いたい事態であろう。

ここまでだ。

自身の声も、警告している。
あの娘に関わるのは、今日限りやめるべきだと。

そこまで考えるとギンの思考は電源が落ちるように突然停止し、ギンは薄く開眼しほんの一瞬深く物思いに耽ったかと思うと、
やおら窓から身を起こし、ルキアの消えた扉へ飛びつき勢いよく開く。
開いた扉の向こうには、西日に照らされた長く続く廊下。
その廊下には、既に誰もいない。
思わずギンは眉をひそめ小さく舌打ちをし、長い足を最大限に広げ、下足箱へ続く階段に向かって駆け出していた。




それは、ギンの中の理性ではなく、本能がルキアを求めた結果であった。

 

 

 

 

 

ルキアは長い廊下を駆け抜け、足早に下足箱を目指す。
一階分の階段を駆け下りると、段途中の踊り場で手摺に寄りかかり胸を押さえて立ち止まる。
胸はドクドクと早鐘のように脈打ち、運動量以上にはぁはぁと息を乱す。

言った。
今までずっと言ってやりたいと思っていた事を、奴に全てぶつけてやれたのだ。

奴が面倒事を嫌う性分である事はわかっている。
自分の警告がただの脅しではない事を、充分に理解したはずだ。
これでもうあの男に振り回されない、静かで穏やかな日常が手に入るのだ。

しかし、ルキアはそれに喜びを感じていながらも、
少しだけ、本当にほんの少しだけの『寂しさ』を感じている自分に気づき、その事実に驚愕を隠せない。

私の本気を感じとり、あの男は危険回避に、今後一切自分に関わろうとはしないだろう。
それで、良かったはずなのに。
それを望んだのは、他の誰でもない自分のはずなのに。
どうして、どうしてこんな『寂しさ』を、自分は感じているのだろうか。

困惑にルキアは強く顔を振り、その『寂しさ』を無理にでも振り払おうとした。

違う違う!
こんな事を思うなんて勘違いだ!
寂しくなどない!
私は、迷惑していたのだ!
嫌っているのだ!


あんな男など、本当に大っ嫌いなのだから!!

ルキアがここまで考えた時だった。
階上で突然、ガラッと勢いよく開く扉の音が聞こえたかと思うと、誰かがもの凄いスピードで廊下を駆ける足音が響き、こちらへと近づいてくる。

「な・・・なんだ・・・・・・?」

ここから見上げても何も見えはしないのに、ルキアは驚きに顔を上げ様子を窺おうとした瞬間、
目に飛び込んできたのは階上からこちらを覗き込んだ市丸ギンの姿。
これに驚いたルキアの姿を見つけると、今まで聞いたことのない強い口調でギンが高らかに吠えた。


「逃がさん!!!」

「え?・・・なに・・・?え・・・?」

困惑し立ちすくむルキアをよそにギンが階段を駆け下りだせば、
全く状況が把握できないながらもルキアも反射的に階段を駆け下り、追ってくるギンから逃げ出した。
しかし、どんなにルキアが一段飛ばしに階段を下りようと、ギンの方はほぼ一足で階段全てを飛び降りてしまい、短い鬼ごっこは一瞬で終りを迎える。

必死になって駆け下りるルキアの横をギンは簡単に追い越し、ダンッ!と足音を響かせ階段下に飛び降りると同時に、
降りて来るルキアを向かい入れ、立ち塞がるように回りこめば、ルキアは階段を降りきる事が出来ず、驚愕に大きな瞳を見開かせギンより二段上で足を止めた。
目の前のギンは先程までとは明らかに様子が違い、爬虫類のように変化のない笑い顔からは笑みが消えており、
その初めて見るギンの表情に困惑しつつもルキアは精一杯声の威嚇を込め、少し上擦りながら強い口調でギンへと声を張り上げる。

「な、なんの真似だ!これは、先程言った私の警告に反したとみなす行為だぞ!」

真っ直ぐに視線を合わせ、ギンはやけに落ち着き払った様子でルキアを見上げた。

「意味がないから、あかんのやろ?」

「・・・なんだと?」

「意味ならある。・・・・・・僕も今、気ぃついたんやけど・・・・・」

そう言いながらギンは足を上げ一段階段を昇れば、磁石が反発するようにギンを見据え、油断なくルキアも階段を一段上がる。
激しい感情を爆発させているルキアとは対照的に、ギンの声はどこまでも静かに響き、
その穏やかさに余計ルキアの焦燥は煽られ、どんどん膨れる不安を気取られぬようルキア険しい表情で睨みつけた。

「な、何を言っているのだ貴様!なんでも良いから、そこをどけ!!」

「・・・・・・いやや。」

またギンが一段階段を上がり、これにルキアも慌てて一段上がり、二人の距離は縮まらない。
普段から心無い嘘に塗り固められた顔であれ、笑みのない見慣れぬ顔のギンの迫力に、
ルキアは追い立てられるように数段階段を駆け上がると、ギンを見下ろし大声で叫ぶ。

「貴様!本物の犯罪者になりたいのか!?」

この叫びにギンは普段と違う笑みをふわりと浮かべ、ルキアを仰ぎ見眩しげに目を細める。

「そんなもんにはなりとうない。僕が一番なりたいんわ、ルキアちゃんの、彼氏やもの。」

「なにっ・・・・・・・!!」


突然の告白に怯んだルキアの隙を、逃すギンではない。
たじろぐルキアの元へと一気に駆け上がり、逃げられぬようにしっかりと抱き寄せその唇を唇で塞ぐ。

「お・・・・お前・・・・・お前は・・・!突然何をするっ!!」

短いキスから解放されると、次から次と身に降りかかる変事にもうルキアは思考が追いつかず、
目を回さんばかりに混乱しながら、顔を真っ赤に染め自分を抱くギンを見つめた。
可愛いらしい反応のルキアにご満悦のギンは、にっこりと口元を引き上げ心底嬉しそうに声を弾ませる。

「ルキアちゃんが言うた通り、僕が君にちょっかいかけるんわ、反応見て面白がるだけやと思っとった。
・・・・・でもな、それだけやなかったんよ。
僕は、ルキアちゃんが大好きやったから、追いかけてたみたいなんやね。」

「な、なんだそれは!ど・・どーゆー理屈で・・・!」

「ごめんな。僕もその事に気ぃつかんかった。
ルキアちゃんに怒られて、やぁっと自分の気持ちがわかったんよ。
せやから、これからは君の事が好きやから追い掛け回すて意味が出来たんやって。な?これなら、ええやろ?」


この申し出にルキアはしばし呆気に取られたが、すぐに我に返り、息がかかるまでに間近に見合ったギンに向かって力一杯叫んだ。

「ふざけるな!私は、お前など大っ嫌いだ!!!」

「あぁ、そらええわ。嬉しいことやねぇ。」

「なっ・・・・・・・!?」

渾身の叫びを涼やかに受け入れられ、完全に言葉を失ったルキアに向かい、ギンは無邪気に微笑みかける。

「今嫌いゆうことは、これからは好きになるしかないゆうことやん。これで安心やろ?良かったなぁ。ルキアちゃん。」

「お・・・お前は何を言っている!私は、嫌いだと言っているのだぞ!?」

「大丈夫。僕は、大っ好きやから♪」

「・・・・・・っ!だ、だからなんだというのだ!私には関係ないであろう!?とにかく離せ!!」

「まぁそう冷たい事言わんで、今日は僕の誕生日なんやし、お祝いに一緒にケーキでも食べに行かん?」

「断る!」

どんどん頬が熱くなっていく事を止められないルキアは、それを誤魔化そうと暴れギンの腕の中から抜け出すが、しかしギンはルキアの腕を掴み自分の側に繋ぎ止める。
しつこいギンの追撃に、突然ルキアは今朝の会話を思い出した。

「そうだ!貴様、こんな事をしていてよいのか?今朝、彼女がいると言っていたではないのか!?」

「なんや。ルキアちゃんそんなん信じとったん?大丈夫やよ。そんなん嘘やし。」

「う、嘘だと・・・・・!?」

これに虚を突かれたルキアは力が抜け落ちてしまいそうになるが、当の本人はなんの良心の呵責も感じていない。

「しゃあないわ。ああでも言わんと、あの子勝手に部屋まであがりこんできよって、襲われかねん勢いやったし。」

「だからと言って・・・・・!ほ、ほら!やはり貴様は嘘吐きだ!貴様の言う事など信用できん!!」

「安心してええよ。ルキアちゃんの事だけは、ほんまもんやから。」

「そんな事は聞いておらん!・・・・・もう離せ!とにかく!私はもう帰る!!」

「そら残念やなぁ。そしたら・・・・・・・・これでも、行かん?」

「!!!!!!」

言うなりギンに突然グイッと思い切り手を引かれ、体制を崩しギンの方へと倒れこんだルキアの頬をベロリとギンの舌が舐めあげれば、
同時にフラッシュとパシャっという電子音が聞こえ、ルキアは舐められた頬の感触とフラッシュの眩しさに立ちくらみ、すぐには何が起きたかわからない。
ギンはすぐ手にした携帯を覗き込み、撮れた画像に満足した。

「ほら見てみ?綺麗に撮れたなぁ。ええ記念になる♪」

「お、お前・・・・!こ、こんな事がバレて困るのは、私より貴様なのだぞ!?」

「僕は困らん。ルキアちゃんが、一番大事やもの。」

「・・・・・・・・・!」

「今日はこれだけで我慢したるから、少しだけ付き合うて。な?」

どんなに否定しても揺るがぬ笑顔。
ずっと自分だけが喚き散らしている事に急激に疲れを覚え、ルキアの緊張の糸がふっつりと途切れてしまった。
魔がさした。と、言えばいいのか。
根負けしたルキアは、うなだれか細い声で呟く。

「・・・・・・・・本当に、少し・・・だけ・・・・・・ならば・・・・・・・」

「ほんまに!そしたら荷物取って来る。少し、待っとって。」

「・・・・・・・・」

無邪気な笑顔でギンは揚々と職員室へ戻って行くその背を無言で見送り、ルキアはすぐにも後悔した。
何を・・・なぜ私は、一瞬でも承諾してしまったのだろう。
これは間違いだ、やはり逃げ出そうと思い直し、踵を返し駆け出そうとしたルキアの背中に、間髪おかずにギンの声が飛んできた。


「逃げても、ええよ。」

「なっ・・・・・・・・・・・!?」

いつの間にかこちらを向いていたギンは、ビクッと振り向いたルキアを笑いながら見守っている。
その笑顔の裏にある凄みを感じとり、ルキアの足は怯えに完全に止まった。
自分を見つめるルキアの強張った表情に、ギンは芝居っ気たっぷりに口の端を鋭角に持ち上げ、
真っ直ぐにルキアを指差し、自信満々に高らかに宣言する。


「何べん逃げても、絶対、捕まえたるし。」

「!」

「でも言うておくけど、僕から逃げるんならそれなりに覚悟しとき。
捕まえたらそれがどこでも、その場で絶対にキスしたるから。
ええね。それが、僕との鬼ごっこのルール。覚えておいてな?」

「!!な、なんだそれは!?どこまで勝手な・・・!」

「そしたら、また後でな?」

狼狽し慌てふためくルキアを笑い、指差していた手を開きひらひらと揺らすと、今度こそギンは背を向け歩き去る。
遠くなる長身の後姿に、一人残されたルキアは、先程よりも激しく高鳴るその苦しさに胸を押さえ呟いた。


「・・・・なぜ・・・・・・なぜ・・・・・私は・・・・・・・・・・・!」

初めて見た瞬間から、この男が、『嫌い』だと思った。

どんなに人が多くても、
遠く離れても、
姿が見えなくても、

学校にいるとギンの存在を意識し、常に感じとっていた。

それも学校にいる間にとどまらず、考えたくもないのに突如ルキアの内へするりと入り込み、毒素のように侵されひどく心乱される。
それは、どれだけルキアが言葉や態度で否定していても、逆に心はいつでもギンを捜し求めていたと言ってもあながち間違いではない事実。

なんだ、それは。
おかしい、ではないか。
そんなのは、まるで、

そう、まるで・・・・・!

ルキアはハッとし、頬を赤らめ硬直した。
完全に日が沈み、空には闇と光が混ざり合う見事なグラデーションが描かれている。
その場に座り込みたいまでにぐったりと疲れきった気持ちで、ルキアは窓辺へと歩み寄り泣きだしそうな表情でその空を見上げた。

光と闇のように表裏一体。
それは、誰の気持ちにもある『好き』と『嫌い』そんな感情。
嫌いであると意識すればするだけ、心は強くその者を求めるかのように、厭なのに厭でも思い続けてしまう。




そんなのは、

その感情は、

まるで、

まるで、


恋、

みたいではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※いいわけ
書いている内に目覚めてしまった!実はこの形が私にとっての原作設定ギンルキ最大萌なのかもしれない!?
『ルキアがどんなに拒んでも、笑って追い続けるギン』それは前から好きだと思ってたけど、ちゃんと形に出来たの初めてかも・・・!
好きと嫌い表裏一体、紙一重の感情。嫌いであると強く意識すればするだけ、好きと同じような無視できない絶対の存在になっていく。
・・・そんな風にルキアが、ギンを意識し思っていれば良いのではないか。で、嫌いだと思っていながら実は好きだったりしてしまえば良い。
また同じようにギンも、異様な執念でルキアを思い求めて、ルキアがどんなに逃げても逃げても、脅迫してでも絶対捕まえてしまえば良いのだ!
でも私的には満足しましたが、最終的に全然誕生日に関係ないお話になった事を深く深くお詫び致します。(平伏)
それでもってギン!おめでとー!原作でも早くルキアに会える事を祈っているよ・・・!
2009.9.10

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