初めて見た瞬間から、この男が『嫌い』だと思った。

上辺だけの微笑みも、
わざとらしく引きあがる口元も、
その長い指が動く様すらルキアの神経を逆撫でし、
この男の存在そのものが不快で仕方がないと思った。

なぜそれ程までに拒否反応を示すのか、明確な理由は特に思いつかない。
一言で言い表すなら、生理的に受付ないとしか言いようがない。
理屈ではなく、ルキアの本能がこの男を避けていた。






『 恋に似ている 』 前編 市丸ギン誕生祭2009





九月十日。
天候は曇り。
秋風がやけに冷たく感じる朝。

ルキアは急に濃くなった秋の気配に首をすくめ、大勢の生徒に混じり校門を抜ける。
一人では無言になりがちなこの時間、数人の生徒の笑い声に混じり、一際高い女生徒の声が響いた。

「おはよー市丸せんせー!そして、誕生日おめでとー!」

これに反応し、思わず顔をあげたルキアは後悔した。
それは、生徒達より頭ひとつ抜け出た背の高いスーツ姿の男に対し、
先程声を上げた女生徒が腕に抱きついているところだったからだ。

朝っぱら騒々しい。

ルキアは不快げに少しだけ眉をひそめる。
抱きつかれた男は、腕に絡みつく少女を見下ろし、いつも通り飄々とした笑顔で応じている。

「なんやびっくりしたわぁ。今日、僕誕生日やった?」

「えぇ!?せんせー自分の誕生日忘れてんの?ありえないー!」

これに少女はわざとらしいまでに大声をあげて笑い、周囲にいた少女の友人達も同じように笑い出す。
普段からギンファンを公言しているこの少女は、誕生日という一大イベントに勝負をかけることにしたらしい。
きゃあきゃあとはしゃぐ少女と数学教師市丸ギンの会話は周囲に響き、
ルキアは静かな朝の空気を乱される不快感がどんどん募り、早く教室に逃げ込もうと歩く速度を上げた。

そんな風にルキアがギン達を無視し丁度真横に並ぼうかという時、
少しだけ声を潜めるように少女がギンへと意味深な視線を送る。

「・・・ねー先生。
私、先生と二人だけで、お誕生日のお祝い、してあげてもいいんだけどなー」

このような場でそんな事を言い出す事が信じられず、ルキアは思わずぎょっとして二人の方に視線を向けてしまった。
しかしそれは一瞬で慌てて視線を逸らし、なお足早に歩けば、後方から二人の会話がハッキリと聞こえてくる。

「そらえらい嬉しい申し出やけどな、今日は予定があるんよ。すまんなぁ。」

「えー!?だって今日は折角先生の誕生日なのに!キャンセルできないのぉ?」

やんわりと断られ、自信満々だった少女は不服げに頬を膨らまし、諦められずになおもギンへと詰め寄った。
これにもギンは笑みを絶やさず、掴まれた腕をするりと解く。

「随分前からしとった大事な約束やし、キャンセルゆうわけにはいかんよ。怒られてしまうわ。・・・・・彼女にな。」

「え!先生、彼女いないって・・・!」

この爆弾に少女は足を止め、大声を出す。
しかしギンは相変わらず笑みを浮かべたまま、足を止める事はない。

「そんなんいつの話しとるの。こないええ男やのに、いつまでも一人なわけないやろう?」

そして長い足の歩幅を少し広げると、呆然と立ちすくむ少女を置き去りに、すぐにもルキアの隣に辿り着く。

「おはようルキアちゃん。今朝はずいぶん寒いなぁ。」

「・・・・・・おはようございます。市丸先生。」

いつものようにまとわりついてくるギンに心底うんざりしながら、ルキアは小さな声で素っ気無く挨拶を交わす。
固い声でこちらを一瞥もしようとしないルキアの様子にギンは益々笑みを深くし、
自分から逃れようと足早になったルキアにぴったりと寄り添う。

「なぁルキアちゃん。僕、今日誕生日らしいんよ。めでたいやろ?」

「それはおめでたいことです。良かったですね。」

「なんや反応冷たいなぁ。折角の誕生日なんやし、もっと愛想ようしてくれんと、僕傷ついてしまうわ。」

「そうですか。ならばその傷、私ではなく、彼女という方に癒して頂くことをお薦め致します。・・・・・・では私はこれで。」

ルキアは軽く会釈すると、精一杯歩幅を広げ下駄箱へと駆け込み避難した。
その小さな背中を見送ると、ギンは愉快そうに肩をすくめ、嬉々とした様子で職員通用口へと足を向ける。

いつ会うても、可愛いらしい子や。
そんな呑気な事を、思いながら。

 

 

 

 

 

放課後、教室へ戻ったルキアが扉を開けると誰もおらず、強い西日が射し込み照らされ静かな空気に満ちていた。
掃除をしていた他の生徒達はゴミ捨てに行ったルキアを待つことなく、皆帰ってしまったようだ。
それはなにも特別なことではなく、クラスにも馴染めず元々友人と呼べる者も少ないルキアは、
小さな身体に大き過ぎるゴミ箱を持ち直すと、扉は閉めずに教室の中に入っていく。
ゴミ箱を所定の位置に置き、少し曲がった制服のタイを直すと、ルキアはふらりと窓際に近づいた。
そこから見える空も校庭も部活に勤しむ生徒達も、一様に全てが夕陽に染まっている。
ルキアはそっと窓に手を添え、美しく燃え立つような夕陽にしばし魅入った。

「・・・・・なんや。まだ、残ってたん?」

突然耳元で囁かれ、ルキアは驚きに弾けるように振り向けば、そこにはその声の主である長身のあの男が、
銀縁の眼鏡の奥から瞳に得意の笑みを浮かべ、驚くルキアを楽しげに見下ろしている。
ルキアは一瞬呆然としたが、すぐにキッと強い表情でその男を睨みつけた。


初めて見た瞬間から、この男が『嫌い』だと思った。

上辺だけの微笑みも、
わざとらしく引きあがる口元も、
その長い指が動く様すらルキアの神経を逆撫でし、
この男の存在そのものが不快で仕方がないと思った。

なぜそれ程までに拒否反応を示すのか、明確な理由は特に思いつかない。
一言で言い表すなら、生理的に受付ないとしか言いようがない。
理屈ではなく、ルキアの本能がこの男を避けていた。

そんなルキアの様子をギンが気付かぬ訳もなく、その態度がかえってこの男の興味を引いてしまうことに、憐れなルキアは気がついていない。
ギンは男子生徒はもちろん、特に女生徒の間では絶大な人気を誇っている。
なのになぜ、これ程までにルキアには避けられるのか。
ギンは大した意味もない好奇心で、時々このようにわざと二人きりになる時間を作り、ルキアをからかう趣味の悪い遊びに興じていた。

ルキアは性悪狐との戦いに覚悟を決めたのか、素早く臨戦態勢を整え、
一部の隙もみせぬよう警戒心も露わに大きな瞳を怒りに輝かせる。

「・・・・・市丸・・・先生。・・・・・何故、先生が、ここに?」

「ここの担当の先生が出張中やから、今日は僕が掃除担当を代わりに受け持ったんよ。」

「・・・・・・掃除なら、もう、終わり皆、帰りました。」

「あぁ知っとる。さっき報告受けてん。一応、確認・・・な?」

そう言うとギンはニッコリ微笑み、流れる様な動作で眼鏡を外す。
ルキアはずっと睨んだままそれを見守り、それから後ずさるようにゆっくりギンとの距離を広げようとした。
しかしギンはそれを許さず、素早くルキアの後ずさっている方へ腕を伸ばし、窓へと手をつきルキアの退路を断ち笑う。

「ルキアちゃんは、僕にいっつもそんな顔しとるね?
僕今日、誕生日なんやし、少しは笑ってみせてくれん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・私の笑う、理由になりません。」

ギンはわざとルキアの顔に顔を寄せ、怯えるルキアを見抜きせせら笑うような嘲笑を浮かべれば、
ルキアは頬を硬直させ腹から低く唸るように言葉を搾り出す。
恐れか怒りかルキアの身体には小な震えが起こり、しかし瞳の輝きだけは失わず気丈にもごく間近に迫ったギンを睨んでいる。
ギンはそのルキアの虚勢の強さに満足すると、一旦休憩とばかりに顔をあげ、長い指を口元に添えくすくすと笑いを溢した。

「ほんまにツレないなぁ。そんな顔しとったら、折角の別嬪さんが台無しやん?」

「・・・・・この手を、どけてください。」

「いやや。僕、もう少し君とお話したいんやもの。」

「お話ならば、このような状態でなくとも出来ます。・・・・・手を、どけてください。」

「いやや。うまいこと言うて、逃げられたら・・・・・あかんもんねぇ?」

そう言うなりギンは窓に両手をつき完全にルキアを腕の中へと包囲し、にじり寄るようにまたしても顔を近づてくる。
微かに煙草の匂いが混じる息が頬にあたり、ルキアはそれをかわそうと精一杯顔を背け、
逃げ場を求めて開けっぱなしにしていたはずの教室の扉を見るが、扉はギンによってしっかりと閉じられており、
ここが密閉された空間であるとの認識に、狼狽したルキアは思わず目の前の男に視線を移す。

奇妙な沈黙の中見合った二人は、ひどく対照的な表情になりお互いの様子を見つめ合う。

ルキアはどんどん険しい表情になっていくのに、それを見つめるギンはどんどん愉快そうに解れていく。

眩しいまでに照りつけていた夕陽の効力がゆっくりと威力を失くし、
明るい日差しと教室の隅に暗い闇が色濃く広がっていく様は、まさに今の状況を表しているようで、
言いようのない焦燥感に煽られたルキアは、これ以上毒されぬように無意識のうちに息を止め唇を硬く噛む。

視線でギンを射縫いつけているかのごとくルキアは視線を外さぬまま、すぐ帰らなかった事を深く後悔していた。
まさかこやつが担当を代わっているなど思いもしなかった。
自分の担当区域さえろくに確認などしないくせに、どうして今日に限って。

まさかそれが、ゴミを捨てに行ったルキアを見つけており、自分に会いにわざわざ来たなど思いもよらぬルキアは、
緊張感で身体を強張らせ一瞬の隙もみせない程警戒心に溢れていた。
触れれば皮膚が切り裂かれてしまいそうな程の、まとう空気の張り詰めかたにギンは可笑しそうに笑みを深くするしかない。

「そう硬くならんでもええやん。ただのお喋り。とって喰うたりせぇへんよ?」

「ならば少し離れてください。・・・このような体勢では、誰かに見られたら誤解されます。」

「僕ならええよ?君と噂になるんなら、嬉しいくらいやし。」

「私が困ります!!!」

蛇のチロチロと揺れる舌先を目の前にしているような、不快な緊張感に耐え切れず、
ルキアは大声を出すと素早くギンの腕の下を潜り、一気に扉へと駆け寄った。
ギンは一瞬呆気に取られたようにこれを見守り、それからまんまと逃げ出す事に成功した子猫を見つめ、仕方なさそうに微笑んだ。

しかし逃げ出した子猫は、意外にもそのまま教室を飛び出さず、扉には手をかけその場に佇んでいる。
これにはギンも意外そうに口元を結び、その小さな背中に声をかける。

「どうしたん?ルキアちゃん。いっつもみたいに、一目散に逃げ出さんの?」

「・・・・・・・・・・・・」

ルキアはしばし黙って俯いていたが、突然ギンの方へ振り向き、固い決意を秘めた瞳を輝かせた。

「・・・・・・・・・お前は、なぜいちいち私に構うのだ。
私が気に入らぬのならば、こんな面倒な真似などせず、放っておけばよいであろう。」

「お前て・・・あかんよルキアちゃん。僕は、君の先生なんやし、こんなん誰からに聞かれたら、誤解、されるやろ?」

決死に向き合う覚悟を簡単にかわされ、冷静に問い詰めるつもりが、カッと昇った怒りにルキアは激昂する。

「なにが先生だ!
私がお前を避けているのを知り、わざと擦り寄ってくるような性根の腐った輩が師であるなど、私は断じて認めはしない!!!」

「へぇ。僕がわざとこうしとるって、知っとったん?」

「性格の悪い貴様のことだ。
大方、私の嫌がる様を見て楽しんでいたのであろう?
そんなつまらぬ、たったそれだけの理由なのだろう?」

「なんや、そこまで知っとったん?見た目程、鈍くもないんやね?」

「見た目程とは、どーゆー意味だ!?
・・・と、とにかく!もう意味なく私に付きまとうのはやめてもらおう!
この警告が聞き入られぬ場合、私はこれ以上無理に沈黙する気はない!
権力を振りかざす趣味はないが、相手が貴様であれば話は別だ。私の言う意味が、貴様にはわかるか?」

初めてのルキアからの脅し文句に、ギンはおどけたように肩をすくめ、降参するように両手を挙げた。

「よぉわかるよ。ルキアちゃんのお兄様は、怖い人やしねぇ。」

「兄様を侮蔑するな!とにかく!これは最終警告だ!
・・・・・貴様もこんな事で職を失いたくはないであろう。以後、肝に銘じておけ。」

ルキアは威嚇するように瞳を光らせ、その光の残像を強くギンへと焼き付けると、
あとは背を向け静かに扉を引き開け教室から姿を消した。
そしてその扉が閉じると同時に、廊下をバタバタと騒々しい足音が響き遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
全然誕生日とか関係ない話でスミマセン!な今年のギン誕生日祭。去年は超大張り切りに一ヶ月更新しまくってたんですが、今年はぼちぼち。
テーマは『王道』なので、現代パロのオーソドックス設定『先生と生徒』
原作並にギンを嫌うルキアに、なにかとちょっかいをかけたがるセクハラギン先生wこの設定、前々から書いてみたかったもの。
この作品は書いている内に妙に楽しくなり、後編は私的萌えを詰め込んでみました!皆様にも楽しんで頂けたらこれ幸い☆
2009.9.9

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