春らしい日差しになった、今日この頃。

ルキアは隊舎裏の誰もいない芝生に寝そべり、うららかな昼休みを過ごしていた。
暖かな日差しは眠気を誘い、心地よいまどろみに身を任せ、うつらうつらとしていたのだが、
そんな一時の安らぎは、無情にもすぐに破られた。

「ルキアちゃーん。見ぃつけた♪」

「・・・うぁっ!?」






『 キャンディチョップ 』





突然耳元であの声が囁きかけてきて、ルキアは慌てて飛び起き、
反射的にその声から遠ざかろうと、身体はわたわたと後ずさった。

「こないな所で、ずいぶん無防備に寝ておったねぇ。あかんやん。
誰になにされるか、わからんやろ。・・・気ぃつけや?」

「・・・・!!」

ギンは片手を頬にあてしゃがんだ姿勢のままでルキアに笑いかけるが、
ルキアはバクバクと激しく鳴り響く胸を押さえたまま警戒し、
二人の間に少しでも距離をとりたくて、言葉もなく尚もゆっくりと後ずさる。

それに一番気をつけなければならぬ要注意人物は、貴方以外に存在しない。
本当はそう怒鳴ってやりたいくらいなのだが、勝てぬ戦いに挑む程愚かではなく、ルキアはそっと唇を噛み締めた。

そんなルキアの様子に、ギンはニヤリといやらしげな笑みを深くし、
すくっと立ち上がるとすぐルキアの傍に歩み寄り、威圧的に見下ろした。


「もう目ぇ覚めたんやろ?隊長に会うたらご挨拶せな。そんな礼儀知らずでおったら、またお兄様に叱られるんとちゃう?」

わざと嫌なギンの物言いに、ルキアは一瞬だけ強く瞳を怒らせたが、すぐに立ち上がり深々と頭を下げる。

「・・・失礼致しました。市丸隊長。本日もお役目、お疲れ様です。」

しかしこれにギンは嬉しそうに笑いながら、俯くルキアの顔を覗きこむようにして、声をひそめて囁いた。

「そんな堅苦しい、挨拶は抜きや。僕と君との仲やない。」



この、性悪狐め!!!


ルキアは心の中でだけ力一杯罵倒しながら、顔をあげるとひきつった笑みを浮かべ、
はぁ、そうですか。と心無い言葉を返す。

本当に、この男の対応は面倒臭い。

何を言ってもその反対の事を要求され、こちらが困る様を見て、喜んでいる底意地の悪さは天性のもの。
ギンの性格はまさに、性根が腐っている。と言うのであろう。
悪い手本がここにあるのだから、自分は礼儀だけは決して忘れないようにせねばならぬと、
ギンに会うたびルキアは自分をきつく戒める。


ルキアがギンに二人だけで会うのは、丁度一ヶ月ぶりのことだ。

そう、あのバレンタンとかギンが言ったチョコレートの日。
あの日以来、ルキアの中に甘い毒がこびりついてしまった。

屈辱的なギンの行為に、少しだけ心が蕩けてしまったのは否定しきれぬ悲しい事実。
あの甘い誘惑に、何度か三番隊へ足を向けそうになりながら、そこは自分を叱咤しなんとか踏み留まったのだ。

なのでルキアはそれ以降、ギンと二人にならぬように、過剰なまでにギンを避けた。

三番隊へのお使いは、小椿にまかせたし、三番隊付近には絶対近寄らないように気をつけた。
・・・だって、そうでもしなければーーー。


なのに、この狐は、現れた。

ルキアが一人きりなのを狙いすまして、わざわざこんな所にまでやってきたのだ。
もう、逃げ場はない。

本当は瞬歩で駆け出したい衝動を抑え、ルキアは気丈にギンを睨む。
だがギンはいつもの笑みを浮かべるだけで、少しも怯む様子はない。

逆にルキアに会えた喜びに、いつも以上に機嫌が良くさえあったのだが、
ギンの微笑みの違いがわかるものなど多くはなく、もちろんルキアにまったく伝わりはしないのだ。

嫌な仕事は早めの対処。
が信条のルキアは、覚悟を決めて自分の方からギンへと語りかける。


「・・・ところで市丸隊長。何か御用がおありでしょうか?見たところ、副隊長もお連れではないようですが。」

「そんなん、置いてきたにきまっとるやん!折角ルキアちゃんと二人なれるんに、お邪魔虫連れてくるわけないやろう?
それにしても久々やなぁ。先月から・・・丁度一ヶ月ぶりなんやねぇ?
全然チョコも食べに来てくれんし、僕、めっちゃ淋しかったわ〜〜〜」

そう言ってギンはさりげなくルキアの肩を抱くが、ルキアもそれを流れるような動作で払い落とす。
馴れ馴れしいギンの態度に、露骨に顔をしかめるルキアの顔を覗きこみ、ギンは満足そうに語りかけた。

「ルキアちゃんに、用事があってなぁ。今日、何の日か知っとる?」

「今日?・・・三月十四日ですか?」

「そうや。やっぱり、知らんみたいやね?」

「申し訳ございません。勉強不足なようです。」

「あぁ!ええんや。今日もまた、現世での習慣やから、知らんのやったら、知らんやろうし。」

「!・・・現世の・・・ですか・・・?」

その現世の習慣で、先月痛い目をみたばかりのルキアは、微かに怯えたように身を引いた。
その様子にギンは可笑しそうに笑いながら、もう一歩近づき、少しだけ低い声音で囁きかける。



「そないあからさまに警戒されると、逆に襲いたくなるやんか。
・・・ええか。ルキアちゃん。逃げれば追いとうなるんが男の性や。
きみはもう少し、男を知らんといかんよ?
世の中、朽木家のお嬢様やからって、手加減するような上品な男ばっかりちゃうんやからな?」

ギンの目がルキアを捕らえ、その目が合ってしまった瞬間、
膨大なギンの霊圧に触れ、ルキアの背中がぞわりと逆立つ。

もうそれだけでも、気力を全て挫かれそうな思いでありながら、
必死になってルキアは目を開き、強く強くギンを睨んだ。

「!!・・・それは、充分に存じているつもりですが。」

「あぁ、そうなん?それやったら、気ぃつけや?」

「・・・」


ギンはすぐにいつもの顔に戻ると、気軽な様子でルキアの頭を軽く撫で、
ルキアは唇を噛んだまま、まだ挑むような目つきでギンを見やった。

「話がずれてしもうたね?
せやからぁ、今日は現世で、先月チョコ貰うた者が、チョコをあげた者にお返しをする日らしいのや。」

「・・・・・そうなのですか。それは、知りませんでした。」

だからなんだと言わんばかりの心無いルキアの相槌に、ギンはここからが本題とばかりに、
わざとらしいまでに愛想の良い笑みを浮かべて、ルキアへと詰め寄る。




「ルキアちゃん。きみ、僕からチョコ、もろたやろ?」


「・・・は?」




言われた言葉の意味を瞬時にわかりかね、ぽかんとした顔のルキアに、
ギンは顔を寄せゆっくりと言い含めるような調子で、もう一度繰り返す。


「僕はきみにチョコあげたんやから、きみは僕になんぞお返しせなな?・・・そうやろう?」

「な・・・!だ、だってあれは、市丸隊長が頂いたものですし、
それに貰ったといっても、私は無理矢理に・・・!!」

「無理でもなんでも、僕があげてきみはもろうたやろ?
それともなに?朽木家では、もろたら返すの簡単な礼儀作法も、教えられんかったかなぁ?」

「・・・!!!」


ギンは芝居がかった調子で大袈裟に驚いたふりをし、ルキアの気持ちを悪戯に逆立てる。
ルキアは怒りに一瞬言葉を失うが、一度目を閉じ、なんとか気を静めてから小さな声でギンへと問うた。

「・・・なにを、お返しすれば、良いのでしょうか?」

「そうやなー。焼き菓子と、現世の菓子で・・・マロマロ、やったかな?あとは、飴玉とからしいんよ。」

「飴玉・・・!それでよければ、ここに。」

ルキアはこれに、袂に入れていた飴玉の袋を急いで取り出した。
これは今日昼休み前に浮竹隊長から貰い、色とりどりの飴が詰まっているものだ。

ギンはすぐに出された飴の袋を、少しだけ驚いた表情で見つめる。
まさかルキアが、飴を持ち歩いていたとは想定外。
お返しを餌に、夜にでも私邸へルキアを呼び出すつもりだったのに、すっかりあてが外れてしまったようだ。

しかしルキアは、この楽しくない逢引の早々の幕引きが嬉しいらしく、
少しだけ笑みを浮かべ、袋をギンに向かって差し出した。

「それではこれを。どうぞ、お納めください。」


しかし、面白くないのはギンの方だ。
このまま飴を受け取り、すごすご退散してしまっては、市丸ギンの名に恥じる。
なのでギンは大きな手のひらでこの袋を押しやり、ルキアにニタリと笑いかけた。

「こんなんいらんよ。
あのチョコを全部あげる言うたのに、ルキアちゃんは一個しか食べてくれへんかったやん?
・・・せやから僕も、一個だけもろうておくわ。」

「ひとつだけ。ですか?」

「そうや。ひとつだけな?」

「・・・では、どれを差し上げましょう?」

「なんでもええよ。ルキアちゃんが選んでくれへん?
・・・あぁ。でも薄荷だけはあかん。薄荷はスースーするだけで、あんまうまいもんやないしな。」

「・・・では、この赤いものでも。」

「ん。ええよ。そしたら・・・食べさせてな?」

「・・・!!」

ルキアは瞬時に顔を赤くするが、それでも差し出した手を小さく震わせ、そのままギンの顔へと近づけた。
この男のことだ、こんな事を言い出すのは目に見えていた。
それでも恥ずかしさにルキアは頬は赤く染まりながらも、なんとかギンの口元へと飴を運ぶが、
ギンは口を開けず、尚もいやらしい笑みのままルキアを見下ろしていた。

「あ・・・あの、市丸隊長。口を開けてください。」

気恥ずかしげにルキアは呟くが、ギンは少しだけ顔を背けて、一層いやらしい顔で笑う。



「そうやないよ。僕が食べさせて欲しいんわ・・・口移しやから。」


「な・・・!!!」


ギンの言葉で動揺に指が震え、ルキアは持っていた飴を芝生の上に取り落とす。
ギンはそれを満足げに眺め、それから膝を折りその上に両手をつきながら、ルキアの顔と自分の顔をつき合わせた。



「どないした?僕も食べさせたやろう?ほら早よぉ、僕にも食べさせてや。」

「・・・こ・・・のっ・・・!!!」


この挑発に、ルキアは真っ赤な顔で大きな瞳を完全に怒らせ、
飴を持っていたはずの手を握り拳を振り上げたような状態で、
しばしギンを睨みつけたが、ギンは心底愉快そうに笑ったままルキアを眺める。



この男は、どこまで、性格が悪いのだ!!!


またしても心の中でだけ罵倒すると、ルキアは何かに耐えるよう一度ぐっと目を閉じた。

そして覚悟を決めてカッと目を見開くと、やおら飴の袋に手を突っ込む。
すぐ飴をひとつ取り出してそれを自分の口中へ投じ、目の前のギンの顔を両手で掴み、
そのまま躊躇なく唇を合わせ、要望通りに自分の口から飴玉をギンの口の中へと押し入れた。


そしてすぐさま身を引き離れると、はぁはぁと息を乱し、涙ぐんだ瞳でギンをキッと睨み大声で怒鳴る。



「これでよかろう!?・・・いつまでも、わたしをなめるな!!!」


そして手の甲で己の唇をぐいと拭い、すぐに瞬歩でルキアはその場から姿を消し、
ぽかんとしたギンが一人、暖かな日差しに包まれたこの空間に取り残されてしまった。



取り残されたギンは、口の中にある飴を無意識に転がしながら、ぼんやりと呟く。

「・・・なめるなて・・・飴玉やん・・・」



やけくその上での行動であったとはいえ、まさかあのルキアが本当にするとは思わなかった。

散々拒否され、逃げ出そうとするところを拘束し、無理にでも口移させ、またそのまま深く唇を喰らうつもりであったのに。

結果はルキアに一本取られた形になり、ギンはしばし呆然としたまま、口の中の飴玉を舌先で転がしていた。
そして何かに気付いて、ふとその舌も止める。

「・・・・・これ・・薄荷やな。」

狙ってか、偶然か。
ルキアがよこした飴は、ギンの苦手な薄荷であった。

しかも、これだけ強烈な薄荷の味に、ギンはしばらく気付かずにいたのだから、
どれだけ自分が衝撃を受けていたのかよくわかる。

ギンの喉の奥からふいに笑いがこみあげる。
キスも飴も、完全にルキアにしてやられてしまった。
まさか、こんな展開が待っていようとは。予想外もいいとこだ。

ギンは可笑しくてしばらく笑い続け、それから頭をがりがりと掻き毟り、はぁと溜息をついた。


「僕としたことが、あかんねぇ。・・・今日はきみの勝ちやけど、このままでは、終わらせんよ〜」

ギンは愉快そうに呟くと、奥歯でガリガリと音を立て、ルキアからの贈り物を噛み砕く。



ルキアはこれで一矢報いた気になっているかもしれないが、残念ながら相手が悪すぎた。
このままですませたら、市丸ギンの名折れというもの。
この事はギンのやる気を煽り、熱い炎を宿してしまう。


先月から一ヶ月、ギンはルキアを泳がせた。
ルキアの心が揺れたのを見透かして、
ジレンマに悩んだ彼女が、どんな行動に出るのかが見たかったからだ。

しかし、もうそんな気長に待つ気はない。
とてもじゃないが、待てそうにないのだ。
次の策は、すぐに打とう。
それもすぐに。

時間がとれれば、今日明日にでも。



ギンの頭の中で、どんな風にルキアをこの手の中に落とそうか、目まぐるしく策が渦巻く。
しかしギンはぐんと両腕を伸ばして思い切り伸びをすると、芝生の上に寝そべり大きな欠伸をひとつした。

暖かな日差しにまどろみながら、ギンは今触れたルキアの唇を思い出しつつ、間もなくすこやかな寝息をたてていた。






決戦の日は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 『誘惑ショコラ』の続きです。
 最初『逆襲ドロップ』にしようと思ったのですが、ドロップキックのイメージが強く、
 更新寸前『キャンディチョップ』の方がなんとなく可愛い気がして変えました。
 今回はルキアの反撃編です。前回のバレンタインではいいように遊ばれ、
 チョコ(ギン)を求めてしまいそうになりながら、逆に過剰なまでにギンを避けて一ヶ月過ごしていたルキア。
 だけどこの男がそれで良しとするはずもないでしょう〜☆なので窮鼠猫を噛むで頑張りましたが逆効果w
 ギンを余計やる気満々にしてしまう。ルキアって墓穴を掘るのが上手な気がしませんか?
 本人は頑張ってても、やる気が裏目にでるタイプ。可哀想な可愛い子www
 続きがありそうな終わりにしましたが、この続きは未定ですw要望が多ければ書こうかな。とかw
 でもそうしたら次は絶対大人向きですよね!?(え)読みたい人は、手を挙げて〜〜〜☆
 2009.3.14

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