抱えていた書類を抱きなおし、ルキアは軽く溜息をつく。

目の前には隊長室の扉。
ここを開ければ、珍しく出歩いていない、三番隊の隊長が椅子に座っているはずだ。

いつもどこかに姿をくらまし、探し回る吉良の姿を見かけるのに、なぜ私が来る時には在室している時が多いのだろう。
私は運がないと、ルキアはもう一度溜息をついた。
しかし、いつまでもここにいても仕方がない。
嫌なことは早めに終わらせ、十三番隊舎へ戻ろう。

そう決意し、気合を入れてドアをノックしようと手をあげた瞬間、音もなく目の前の扉が開いた。

「なんや。いつまで待っても全然開けてきーひんから、立ったまま寝とるんかと思ったわ。」

「!!いち・・市丸・・・隊長。」






『 誘惑ショコラ 』





ルキアの決意より先に、痺れを切らした隊長自ら出向いて扉を開けた。
三番隊の隊長は、いつもの笑顔でルキアを見下ろしていた。
驚き、慌てたルキアは、なにかしら挨拶を述べようとしたが、ギンはすぐに手招きをする。

「ええから、早よぉ入り。話は、それからや。」

「は・・・はい。失礼・・致します。」

ルキアは会釈すると、急いで中へ入り扉を閉めた。
ギンはすぐに自分の椅子へと戻り、腰を下ろす。
ルキアはそれを追って机を挟んでギンの目の前に立ち、手にした書類をギンへと渡した。

「これが浮竹隊長からの書類です。こちらが資料で・・・こちらが計画案です。」

「へぇぇ。きみとこの隊長はん、この前隊首会出られへんかったんに、もう仕事はしてはるの?」

「これは前から、皆で資料を作っておりました。隊長には最終確認だけを、お願いしておりまして。」

「ふぅん。優秀な部下がおるとええね。うちとこと同じやん。」

そう言うとギンは比較的愛想良い微笑みをルキアへと投げかけたが、
ルキアは視線を伏せており、やや早口で用件だけを簡潔に述べる。

「確認の期日は一週間後になりますので、それまでに決裁版に印をお願い致します。
用件は以上です。・・・それではこれで、失礼致しました。」

ルキアは丁寧に頭を下げて退室を宣言すると、そのまま急ぎ扉へと歩き出そうとした。
しかしそのままギンが帰してくれるはずもなく、威嚇するように少しだけ霊圧を強め、ルキアはその圧力に一瞬動きを止めてしまった。

「なんや。もう帰るん?たまにはええやん。少し、僕とお話でもしようや。」

「・・・申し訳ございません。他にも、仕事がありますので。」

「少しだけ、付き合うてや。今日は珍しいもん、もろうたんよ。」

「珍しいもの・・・?」

格段興味があった訳でもないのだが、苦手な相手とはいえ隊長に対しあまりむげな対応もできず、
仕方なくルキアは扉へと向きかけた体をギンの方へと戻す。
ギンはといえば、嬉々とした様子で机の引き出しを探り、
あまり大きくはない箱を得意げに取り出し、蓋を開けてルキアの目の前に差し出した。

「ほら!これやん!」

「・・・これは?なんでしょう?」

中を覗いて、ルキアは訝しげに眉を顰める。
箱の中には茶色の固形物が並んでおり、あまり馴染みのない甘い香りが漂っている。

「なんや朽木家のお嬢様が、こないなもんも知らんの?これはな、現世の菓子で、チョコレート。言うもんなんよ。」

「チョコレート?」

「そうや。今日は2月の14日やろ?現世の女は今日、男にチョコを贈る習慣があるらしいんよ。」

「・・・それは、なぜなのですか?」

「そんなんまで、僕は知らんよ。・・・まぁそーゆー訳やから、
僕とこの隊の子ぉで、そのバレンタインに僕にチョコレートをくれたんや。」

「はぁ。そうですか。」

「ひとつ。食べてみぃひん?」

「・・・私が、ですか?」

「そうや。ずいぶんあまぁて、うまいらしんよ?」

「いえ。私は、結構です。」

「そない、いけずな事言わんと、ひとつだけ、食べてみぃ?」

ギンは更にルキアへと箱を近づけ、わざとらしいまでに笑みを深くする。
これはどうあってもこのチョコを食べてみないことには、ここから帰してもらえそうもない。

ルキアはまた溜息をつきたい心境ながら、そこは堪えて覚悟を決めた。
嫌な仕事は、早目に片付けるにかぎるのだ。

「・・・それでは。ひとつだけ。・・・いただきます。」

気乗りしない様子で、ルキアが箱へと手を伸ばそうとした瞬間。
ギンは素早く箱を机の上へと置いてしまった。
ルキアは持ち上げた腕を所在なく浮かせたまま、やけに嬉しそうにニヤニヤと、自分を見上げるギンを困惑して見つめた。

「あの・・・市丸・・隊長?」

浮いた腕をゆっくりと下ろし、どうしたものか思案にくれた心細い声でルキアはギンへと呼びかけた。

ギンは惑うルキアの瞳の色に満足すると、嬉しげに箱の中からチョコをひとつ摘み出し、それをルキアの方へ差し出した。


「そしたら・・・あーん。」

「・・・は?」

ルキアは目の前に突きつけられた、強く甘い芳香を漂わす茶色の固形物を見た。
ギンの意図することをすぐにはわかりかね、次に目を丸くしてギンを見下ろす。

ギンは心底おかしそうに喉を震わせ、なおもルキアへチョコを差し出す。


「せやから。食べさせたるよ。はよぅ口開けてぇな?・・・あーん。」

「!!・・・け、結構です!!自分で、食べられます!!!」

あまりのことにルキアは顔を真っ赤にして後ずさると、
ギンは素早く椅子から立ち上がり、逃げられないように部屋の隅に追い詰めてくる。

「そんなんあかんよ。僕の手から食べてくれんと。・・・ほら。観念して、口開けて・・・な?」

「・・・!!」

ギンはまるで懇願するかのように囁くが、その実、中身は頼みではなく絶対の命令。

背の高いギンに覆い被さられ、圧迫感に苦しげに顔をあげれば、ルキアは滅多に開かれることのない、
間近に迫るギンの小さくも強い輝きの瞳に魅入られ、そのまま素直に震える唇を小さく開けた。

それを確認すると、ギンは口の端を鋭角に持ち上げる。


「ええ子やねぇ。ルキアちゃん。・・・大丈夫。毒は、入れておらんよ・・・?」


あまり嘘には聞こえぬ趣味の悪い冗談を呟きながら、ギンは手にしたチョコをルキアの口へと薄く差し込む。

甘い。

まだ浅く歯先で噛んだだけで、ルキアは初めて知るチョコの風味の甘さに驚いた。
そして自然ともう少し大きく口を開けたその瞬間、ギンはぐいっと強引に指ごとチョコを口の中に押し込んできた。

「!!!」


ルキアの柔らかな舌に甘く蕩けるチョコと一緒に、ギンの硬い指先が触れられた。

ひどく卑猥な行為に感じ、

どくり。
と、ルキアの心臓が大きく跳ねる。

しかもギンの指はすぐに引き抜かれず、仮面のように笑顔を貼り付けたまま愛おしげに舌を撫で、
ルキアの濡れて熱い舌の感触を十分に楽しんでいるようだ。


「・・・ほら?うまいやろ?」

「うくっ・・・ふっ・・・!」

男にしては細いとはいえ、口の中に無理矢理差し込まれた挙句、
苦しげに呻くルキアの様子を楽しげに眺めながら、ギンは舌を玩ぶように浅く指を動かし続けた。

ルキアは抵抗することもできず、眉寄せ潤んだ瞳でギンを見上げるしか出来ずにいると、
やっとギンは指を引き抜き、ルキアの唾液とチョコに濡れたその指を、
わざと見せ付けるように目の前に掲げ、それをそのまま長い舌先でべろりと舐め上げる。

「あっまぁ!こらまた、ずいぶん甘いもんなんやねぇ?」

「・・・!」

解放されたルキアは全身から力が抜け、息を乱し、たまらず後ろの壁に寄りかかる。
本当はすぐにもギンを押しのけ逃げ出したいところだが、今は立っているのもやっとの状態。
ルキアは声を発する代わりに、目だけは負けず強く挑むようにギンを睨みつけた。
しかしギンは至極上機嫌でこの視線を受け止め、涼やかに笑うだけ。


「ちょぉ甘すぎる気ぃもするけど、そないに嫌いな味やないな。・・・もう少し、わけてくれへん?」

ルキアがかわすより早くギンはルキアの顔を両側からしっかり掴み、そのままその小さな唇に喰らいつく。
またしても塞がれた唇の感触に、ルキアは息をのみただ瞳を見開いた。

しっかりとルキアを捕らえたギンの手は動き、髪の中に差し入れられ、小さな後頭部を片手で簡単に包んでしまう。
指で嬲られた舌を、今度はギンの舌が襲ってくる。
ぬめった舌同士が擦りあい生まれる淫靡な初めての感触に、ルキアは背筋に甘い痺れがはしった。

強烈な刺激に足掻くこともできずに、ルキアは今度こそ完全に膝から力が抜けてしまい、
ギンに支えられねば倒れこんでしまいそうになる。
ルキアが無抵抗なのをいいことに、ギンは充分ルキアの味を長い時間楽しみ尽くしてから、やっとのことで顔を上げた。

二人の間に一瞬だけ、つっと銀糸が垂れ下がり消える。

ギンから解放されると、ルキアの体は糸の切れた人形のように、床へと座り込んでしまうが、
ギンはルキアをそのままに長い舌で一度唇を舐めると、踵を返しさっさと自分の椅子に腰掛け、
ぐったりとしたルキアを可笑しそうに眺めて笑っていた。

「ん〜。やっぱり僕には甘すぎるわ。後は全部、ルキアちゃんにやったる。
欲しゅうなったら、いつでも来たらええ。全部僕が、食べさせたるから。」

ルキアはこれに答えも返さず、息を整え無理に膝を立たせると、
よろよろと危なっかしい足取りで、それでもなんとか扉にたどり着き、
背中に鋭いギンの視線を感じながらも決して振り向きはせず、転がるように扉の外へと逃げ出だした。

ルキアは扉の前の床にへたりこみ、どくどくと高鳴る鼓動を聞きながら、そのまましばし放心した。

口の中が、甘い、甘い。

なにが、毒は入れていないだ。
しっかり仕込んでいたではないか。

この甘さは、毒。

甘い、甘い、毒の、味。

舌からルキアの内部にゆっくりと、沈み込むように広がり、全てを侵食されていくのを感じる。
じわじわと全身に回り、少しずつ身動きができなくなるような。
緩慢な速度で、しかし確実に蝕まれていく。

もう、逃れられない。

甘美な罠にかかったルキアは、ぼんやりと思う。

またきっと、欲しくなる。

こんな目にあってもなお、甘い毒の誘惑に、抗うこともできそうにないことを、
ルキアは絶望しきった心の片隅で確かに思い、そして憂いた瞳でゆっくりと振り向き、閉ざされた扉を見上げた。

次にここに来る時は、覚悟、が必要になるのであろう。
そこが危険であると知りながら、飛び込んでいく炎に惑う羽虫のように。



この身が焼けてしまおうと、欲するものは、この中に、ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 ・・・とりあえず、いいわけします。
 まず、久々に『死神ギン』が書きたかったんです。
 あと『ルキアに嫌われている意地悪ギン』そして『嫌っているはずなのに、本心ではギンに惹かれているルキア』
 そして最後に『エロ風味』。書きたい設定、全部突っ込んでしまいました。(反省)
 最初はこんなんじゃなかったんですよ。ただ、ギンにチョコを食べさせられるだけの話・・・。
 ラブラブ展開は現代パロへとっておきたかったのもあるのですが、それがこんな年齢制限有になったのは、
 先月からイチルキ裏三連発で、ギンルキ裏が書きたくて書きたくて・・・!
 いっそ、書いてしまった方が良かったのか!?この半端な仕上がり。
 もうバレンタイン全然関係ないし!!ただのチョコプレry
 期待はずれであれば、本っ当に申し訳ないです!!!(涙)
 2009.2.14

next>

gin top

material by cafe trial

inserted by FC2 system