地上の皆様、こんにちは。
崇高なる魔族の王、魔王様の秘書係を務めております。中級魔族のイヅルです。

魔界を統率するべき魔王様が、なんの気まぐれか地上である少女の所へ転がり込んでから、早一ヶ月以上たとうとしています。
その間僕は、魔界でやっと保たれた秩序を護るべく執務に追われ、
その合間に魔界と地上を行ったり来たり、大変な激務を強制的に背負っております。




それというのも魔王様が魔界に戻られないからなので、本日も魔王様に戻って頂く説得を行うべく、地上へとやって参りました。






『ナイとメアー・アふター・クリすマス』 前編






多くの人間が羨望してやまぬ塔。選ばれた者のみが住まえる高層マンションの最上階。
モデルルームのように美しく整えられた広い室内で、掃除機を構えた黒髪に小さな少女がひどく不機嫌な様子で空中を睨みつけている。
その視線の先には少々この時期には薄手過ぎるラフな普段着を着た、短い銀髪のひょろりと痩せた長身の男が両手を頭の後ろで組みながら、
仁王立ちな少女の目線と同じ高さで、ひどく呑気にぷかぷかと浮かびながら、気持ち良さそうにまどろんでいるではないか。

しかしその様子に少女は驚いた風でもなく、しばし無言で睨みつけてたのだが、
いつまでたってもそこから動く兆しの無い男にすぐに業を煮やし、いつものように思い切り良く怒鳴りつける。


「ギン!貴様、いつも言っておるであろう!
ここで寝られては掃除の邪魔だっ!さっさと向こうへ行かぬかっ!!」

「へぇ〜?僕が邪魔て?
そんなんおかしいやん。僕がここにおっても、浮いとるんやし、床掃除くらいできるやろう?」

「お前にそこに居座られると、私が目障りなのだ!
向こうへ行かぬのなら、いつも言っておるように、早くここから出て行ってくれ!!」

「ほんまにルキアちゃんはいけずなんやから〜♪
僕がおらんようになったら、ほんまは寂しいはずやのに。
僕知っとるよ。ルキアちゃんみたいな子ぉ、ここでツンデレゆんやろ?」

「な、なにがツンデレだっ!貴様は本っ当に、余計な事しか覚えないのだな!いいから、そこをどけ!!」

「・・・朝から随分賑やかですね。おはようございます魔王様。ルキア様。」

「なんだイヅルか。朝早くからご苦労だな。
しかし私もこ奴にはひどく手を焼いている。早く持ち帰ってくれれば、本当にありがたいのだが。」

「申し訳ございませんルキア様。・・・我が王。今日こそは私と一緒に、魔界へと戻りましょう。」

「朝からなんやのー。いい加減、イヅルもしつこいなぁ。」


真っ赤な顔をして怒鳴るルキアの怒りをわざと煽るように、相変わらず宙に浮いたまま横回転にくるくると回りながらギンは笑う。
これにルキアは拳を振り上げ応戦している最中、ギンとルキアの出会ったリビングの大きな窓をすり抜けイヅルが姿を現した。
頭に細い二本の角を生やした悪魔(イヅル)の出現にルキアは動じる事もなく、逆にギンの相手をせずに済む安堵に大人しく口を噤み身を引いた。
しかし上機嫌だったギンは露骨に顔を顰め煩そうにそっぽを向くが、そんな事ではメゲずイヅルはギンの側へにじり寄る。


「幾らしつこいと言われましても、魔王様が不在では折角時間をかけて築き上げた魔界の秩序が乱れます。
いい加減我が王にはお気持ちを変えて頂き・・・」

「いやや。絶対に僕は帰らん。
せやから、僕いつでも魔王やめる言うてるやろ?誰でもええから、やりたい奴がやったらええやん。」

「そんな簡単に誰でも魔王になどなれません!
それは我が王自身が、一番よくわかっているはずではないですかっ!」

「あー!もう、ほんまに面倒臭いなぁ。
・・・そしたら、やめんでもええから、魔王業を十年休ませてくれんか?」

「十年だと!?」

「じゅ、十年ですか!?」

この提案に黙って傍観を徹していたルキアも、ぎょっとしてイヅルと併せて声をあげるが、
ギンだけは涼しい顔でそっぽを向いたまま二人からの非難を聞こえないフリをする。

「別にええやろ?魔族の十年なんぞ、一瞬もええとこなんやし。」

「そ、それはそうかもしれませんが・・・
それでも王が十年も城を空けるとなると、やはり色々問題は生じるものですし・・・」

「冗談ではない!貴様、十年もこちらへ居座るつもりなのか!?」

「そーやねー。
ルキアちゃんが僕と一緒に、魔界に行ってくれるんやったら話しは別なんやけどな?」

「そ、そうですか!ならばルキア様。我が王と一緒に是非魔界へ行きましょう!」

「冗談ではない!魔界などそんな所へ、誰が行くものかっ!!」

「そうやろう?そしたら当然僕も帰れへんやんー」

「ま、魔王様〜・・・」

「つべこべ言わずに貴様は帰れ!私は迷惑しているのだっ!!!」

「ええやんか〜。僕、食費も居住費もかからんやろ?
おまけに汚さんし、吠えんし最高のペットやと思わん?」

「魔王のペットなど誰がいるかっ!良いからイヅル!早くこいつを連れて帰ってくれ!!」

「ルキア様もこう仰っておりますし、我が王。今日こそは私と一緒に・・・・・」

「いーやーやー。僕は絶対、帰ったらんよ〜♪」

「ま、魔王様、どちらへ・・・お待ち下さい!」

「あっ!こらギン、逃げるな!!この卑怯者!!!」



喚く二人をその場に置き去り、素早くギンは泳ぐように他の部屋へ移動してしまう。
そして置き去りにされた二人は、一気にのしかかってくる疲労感に同時に深い深い溜息を吐き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・やはり本日も、魔王様の説得は失敗に終わってしまったようです。

我侭気ままな我が王は、昨日言った事と今日言う事が違うなど日常茶飯事なのですが、
これほど頑なに僕の助言を聞き入れてくれない事も、実は大変珍しい事態ではあります。

それ程までにルキア様から離れがたく、また何か他にも理由があるのでしょうか?

とにかくこの不祥の事態を詫びるべく、僕はルキア様へ向かい深々と面を下げる事にしました。

「・・・今日もお帰り頂けなかったですね。
すみません。我が王が長々と居座り、ご迷惑をおかけしまして。」

「確かにあいつにいられるのは迷惑千万ではあるが、それをそなたに詫びてもらう必要はない。
ひどい上司で、イヅルも大変であるな。」

そう言いながら、ルキア様はひどく同情的に僕を熱心に見つめられるので、
僕は熱く赤くなる頬がバレないよう、そっと俯くことにしました。


魔王様が気に入られたこの少女、朽木ルキア様は確かに一風変わった人間なようです。

人の羨む境遇でありながら、どこかしら他人を寄せつけぬ孤独な雰囲気をまとっているのです。
なのに魔王様の存在にはすぐ順応し、魔界の王に対してバンバン怒鳴り散らして文句を言う。
魔王様の気まぐれに翻弄される僕を哀れに思ってか、思いやりをもって心をつくしてくれるのですから驚きです。
その上、絶大な魔力を有する魔王様の魔力が効かないというのですから、
彼女には何かしら秘密があるようですが・・・もちろん僕にはわかりません。

ただひとつ、ここ一ヶ月でルキア様と接し思った事は、彼女がひどく魅力的な女性であるという事でしょうか。

普通の人に対してあまりうまく接せられない分、人ではない魔王様や僕に対し、随分と心許した対応をしているように思われます。
そしてその容姿の端整さは極めて美しく、真っ白な肌や艶やかな黒髪は悪魔の僕さえも、魅了されてしまいそうです。
それは僕の憧れである天使のあの子と通じる、共通項が多いからだけでは決してないと断言出来ます。

人という弱く、脆く、儚き存在でありながら、
彼女から発せられる高潔なる凛々しき魂の輝きを、僕は羨望してやみません。


あまり長い時間僕が黙っていては、変に思われてしまうでしょう。
失礼かとも思ったのですが、赤い頬では顔を上げる事は出来ず、僕はやや俯き加減のまま言葉を濁してしまいます。

「ええ、まぁ・・・
でも我が王は、形式的な執務を退屈に思われるだけで、基本的には皆の事を思い統べる事の出来る良い王なのです。
ただ・・・職務執行を、飽きられるのが少々早いものでして・・・・・」

「イヅルは、えらいな。こんな大変な思いをしても、あ奴をたてる事を忘れないのだから。」

「いえ、そんな・・・その・・・・・
わ、我が王の時代になって、魔界と天界で長く続いていた無意味な争いをやっと治める事が出来たのです。
お陰で魔界での生活も、随分平穏になりました。その功績は偉大であり、私は心から我が王を尊敬しているのです。」

「そうなのか。私にはよくわからぬが、あれでいて何か凄いのは伝わった。
そして、そなたの奴への忠誠も強く感じれた。良い部下に慕われ、ギンは幸せであるな。」

「・・・!そ、そんな・・・わ、私など、恐れ多くて・・・・・」

「なにをいうか!イヅルのように有能で心優しい者に慕われ、幸せでないものなどいたりせぬぞ。
お前は少し自分を卑下しすぎるきらいがある。もっと前向きでなくてはいかんぞ?」

「えぇ、まぁ・・・あの・・・・・あ、ありがとうございます・・・」

「あぁそうだ!イヅル、まだ時間はあるか?迷惑でなければお茶の時間だ。少し付き合ってはくれぬだろうか?」

「え?あぁ・・・そんな、そのようにお気遣い頂かなくとも、宜しいのですが・・・」

「気遣いではない。私が飲みたいのだ。それに、一人淹れるのも二人淹れるのも手間は一緒ではないか。
どうだろう、少しで良いのだ。少しだけ、私の話し相手になってはもらえぬか?」

そう言いながらルキア様は僕の方へと近づき、俯く僕を覗き込むように見上げてきました。
大きな瞳で真っ直ぐ見つめるルキア様の視線を、まともに見つ返す事が出来ない僕は、
視線を合わせないように視線を漂わせながら、更に赤くなった顔で深く俯き小さく呟くしか出来ません。

「ええと・・あ、あの・・・・わ、私などで宜しければ、是非お相手させて頂きますが・・・」

「うむ!では座って待っていてくれ。」


これにルキア様はとても嬉しげにニコリと微笑み、くるりと優雅に身を翻すと急いで台所へと姿を消しました。


一人になった僕はやっと顔を上げ、燃えるように頬が熱くなっているのを感じながら、
今見たルキア様の可愛らしい微笑みを、何度も何度も大切に心の中で反芻してしまうのです・・・







そんな風に浮ついていたイヅルの様子を、少し離れた物陰から銀髪の悪魔が普段は閉じた瞳を僅かに開眼し、
射殺す勢いのある冷たい視線で見つめていたのだが、この時ルキアの事で頭が一杯になっていた哀れなイヅルは、全く気づく事が出来なかったのだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※2010年新春(←改め)リクエスト企画第三弾。さんぽさまよりリクエスト。魔王ギンの続きです。
今回のテーマは『秘かにルキアにぐわぐわ←wしているイヅルにギンがひっそりご立腹☆』なので後編は、不憫草花を咲かすよ満開に(俳句風)
イヅルには、僕になんの恨みがあって!?と叫ばれそうですが、恨みなんてないです。ただ単に面白いだけ。身内でのウケも良いしねw
それにしても二ヶ月ぶりのギンルキが、あまりギンルキっぽくなくてなんだか残念。
後編ではもう少しギンルキシーン増やせる・・かな?もう少し二人での絡みが妄想できたなら〜!(不憫草が大半なんでね)
今月中に全部載せるには時間がなく、得意の前後編に分けて戦法に切り替えました。しかしイヅル視点って超難いよ!
とりあえず感満々な出来で申し訳ないですが、その分後編に力を注げたらよい。頑張ろう自分。(あくまで希望でしかないが)
2010.2.28

material by Sweety

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