僕は美しい柄が繊細に散りばめられた高価なカップを持ち上げ、その中に満たされた、
彼女が丁寧に時間をかけて淹れてくれたお茶の香りをゆっくりと楽しみ、それからそっと口をつけた。

「とても良い香りですね。それに味も。心がほっと解されていくような気がします。とてもおいしいです。」

「そうであろう?これは、昨日兄様から送られたものでな。滅多に手に入らぬ貴重な茶葉なのだぞ!」

「そうですか、お兄様からですか。こんなにおいしいお茶を頂けて、本当に良かったですね。」

「そうであろう?こんなにおいしいものなのに・・・それなのに奴は、お茶ではなくワインばかり飲みたがる。」

僕の感想に満足されたルキア様は得意げに頷き、ひどく嬉しげな笑みを浮かべました。
しかし、すぐにルキア様はスネた子供のようにぷぅと頬を膨らませてしまい、
その子供のようにくるくると回る表情の豊かさと愛らしさに、僕は思わず苦笑を洩らしてしまいます。






『ナイとメアー・アふター・クリすマス』 後編






「すみません。我らは魔族に、人の食事は必要ないですから。」

「ギンに聞いて知っている。
悪魔にとって人の食事は嗜好品にすぎず、人間の菓子や煙草のようなものなのだろう?」

「ええ、その通りです。」

「確かにそれはそうかもしれぬが、もう少しきちんと味わうべきだとは思わないか?なにせ奴は居候の分際なのだから。」

「我が王は、ちょっと我侭ですからね。」

「ちょっとなど可愛いものではない!本当にイヅルは偉いと思うよ。あのように気まぐれ者の世話を、しっかりとしているのだから。」

「いえ・・・本当に、僕は、ただ・・・・・」

ここでルキア様は再び僕を心底感心したように、熱く真っ直ぐに見つめてくるので、僕はまた赤い顔をしてアタフタと顔を伏せてしまいます。
ルキア様の瞳は大きく美しい宝石のようであり、見つめられると自分の心まで見透かされてしまいそうで、少しだけ怖くなってしますのです。
しかしそんな風に戸惑う僕の様子にはきづかれていないように、ルキア様はまたしてもすぐ何か思いついたように表情を輝かせました。

「そうだイヅル!そなたチョコレートは好きか?」

「チョ、チョコレートですか?一応食べた事はあるのですが・・・。」

「お茶と一緒に、特別おいしいチョコレートも届いたのだ!お前もきっと気に入るはずだ。ひとつ試してはみないか?」

「・・・そうですね。では、遠慮なく頂きましょうか。」

「よし!では少し待っていてくれ!」

ルキアは嬉々として勢い良くソファから立ち上がると、駆けるように台所へと去っていく。
口に出しては言えぬが、友人といえる存在が少ないルキアにとっては、悪魔であるイヅルとのお茶会も楽しいものであった。
友人をもてなすのが楽しいくハシャぐ様子のルキアがひどく愛らしく、イヅルは胸をきゅんきゅんと高鳴らせながらぼーっとした様子で座っていると、
突然後方に、気配なく近づく黒い影が現れた。

「イーヅールゥー。なぁにしてんのぉー?」

「うわっひゃあっ!?」

突然耳元に囁かれた声に、イヅルは文字通り飛び上がって驚き声を上げた。
振り向けば当然ながらそこにはギンが、やや憮然とした表情でイヅルをじっと見つめている。

「なんですか魔王様!突然、驚かさないでくださいよっ!?」

「僕なんも驚かしとらんやん。ふっつうに近づいて、話しかけただけやのにー」

「あ、あぁ。すみません。ぼーっとしていて、気配に気づきませんでした・・・」

「僕とこ邪魔にして、なんや二人でえらい楽しそうにしっとたもんなぁ?」

「じゃ、邪魔だなんて、そそそんな事は・・・・・」

しどろもどろに言い訳をするイヅルに向かいギンはにっこりと微笑み、やけに凄みのある声で小さく囁く。

「イヅル。僕とこあんま怒らせない方がええよ?」

「・・・・・・・・・え?」

ぞくっ。
嫌な予感に背筋に悪寒が走り、イヅルは顔から血の気が引いていくのを感じていた。
怒らせるとは、なにがですか?
私がなにかしたのでしょうか?
そうギンに問おうとするが、イヅルの喉はからからに乾きうまく言葉が出てこない。
魔力を押さえた状態でこの迫力のギンに恐れおののき、イヅルが金縛りのような状態でいると、ルキアがやっと部屋へと戻ってきた。

「待たせたなイヅル。これが・・・なんだギン。お前も来たのか?」

「いややな〜ルキアちゃん。イヅルばっか構わんと、僕とこもちゃーんと相手してくれんとスネてまうよ?
とりあえず、僕もお茶欲しいなぁ。」

「煩い。この居候め。昨日折角淹れてやったのに、水のように冷ましてから飲んだのは誰だ?」

「そんなんゆーても、僕、あっついの苦手やもん。しゃーないやん。」

「紅茶は、適温で頂くのが一番おいしいものなのだ!」

「水みたいに冷えてもーても充分うまかったんやし、仲間はずれにせんで僕にも淹れたって。な?」

「・・・まったく世話のかかる。少し時間はかかるが文句を言うなよ!」

「はいはーい。イヅルと仲良うして待っとるし〜♪」

「・・・・・」

ぶつぶつ文句を言いながらも大人しく台所へ引き返すルキアを、ギンはにこやかに、イヅルは無言で助けを求めながらも見送った。
ぱたん。とリビングの扉が閉じられると、ギンはゆっくりとイヅルへと視線を戻し、その視線にイヅルはだらだらと冷や汗が流れ落ちるのを感じていた。
極度の緊張に硬直したイヅルとは対照的に、ギンはイヅルと対峙するソファにゆったりと腰掛け、口調だけは穏やかに優しく語りかける。

「・・・さぁーて。な。イヅル。お話の続き、しよか?」

「は・・・は・・・・・・い・・・・・・・・・」

「僕な、イヅルに聞いておかな事があるんやけど。」

「なななななんでしょうか。」

「イヅルは、ルキアちゃん好きなん?」

「めっ!めめめめめめ滅相もありません!!
ま、魔王様のお相手に対し、わわわわわ私ごときが、よ、良からぬ想いを抱くなど・・・・・・!」

頬を赤らめ不自然なまでの動揺に、大慌てて横に顔を振り続けるイヅルの様子をギンはじっと観察し、
それから突如、にこーっと微笑みがらりと雰囲気を和らげた。

「そーかー。ならええわ。
ルキアちゃんは中身はちゃうけど、イヅルが好いとる天使とおんなしちびっ子黒髪やし、気に入ってるんやないか思うてな?
なんや僕、考えすぎとったみたいやね。二人があんま仲良うしとるし、面白うなかったみたいや。堪忍な。イヅル。」

「い、いえ、滅相もございません・・・・・・・」

ぜえぜえと息を切らしながら俯くイヅルの側にギンはにじり寄ると、その肩を抱き悪戯に笑みを深くする。

「そしたらイヅル。昔思い出して、久しぶりにアレしよか?」

「・・・・・・・・・アレ?ですか?」

「なんやイヅル〜アレがわからんの?昔はようしたやんか。アレやアレ。」

「アレ・・・・・アレ・・・・・・・あ!・・・れ・・・って、まさか・・・・アレ・・・です・・か・・・・・?」

サァッー・・・
青くなり、赤くなり、そしてまた一層ひどく青ざめた顔で、イヅルはにっこにこと微笑むギンを凝視した。

ギンの言っている事は、大昔ギンが魔王になる前にしていたお遊びだ。
ルールは簡単。『己の魔力解放で、どれだけ天使がやってくるか』
当時の魔界と天界は戦争の真っ只中で、それに乗じたギンは魔力を解放し、その魔に反応した天使が何人やってくるか数を競うもの。
魔力が巨大であればあるだけ、魔を滅する事が使命の天使は多くやってくる。
今、最強の力を誇った魔王たるギンが魔力がここで力を解放したならどうなるか。
考えるまでもない結末にイヅルは、先程まで畏怖していた事さえも忘れギンに向い必死になって異議を唱えた。

「思い出したみたいやねぇ?そしたら説明無用や。僕からでええね?」

「冗談はおやめ下さい!あの頃とは状況が違いすぎます!!
あ、貴方は今や、魔界の王なのですよ!?
下手をすればまた天界と全面戦争にもなりかねません!
軽薄な行為は慎み下さい!!」

「えー?あかんの?そしたらなー・・・あれや!互いの魔力ぶつけ合う『全力解放』やったらええ?」

「結果同じ事ではありませんか!冗談半分で戦争など起こさないで下さい!!!」

「なーんや。つまらんなぁ。・・・でもな、イヅル。
僕にばっかあれあかんこれあかん言うてばかりおらんで、イヅルもたまにーは僕の言う事きいてくれんかなぁ?」

「ど・・・どのような、ご用件でしょうか?」

「僕はこっちでしばらくおる。魔界の仕事は、イヅルに任せる。な?ええやろ?」

「いいわけがありません!何を言われるかと思ったら、魔王様!貴方は・・・・・・・」

これがギンの狙いだったのか。
無理難題ばかり言い連ね、相手が弱ったところに本来の目的を提示する。
一番簡単な交渉術に屈する事なくイヅルは声も荒げて応戦しようとした。
だが、その時。


「それともイヅルは、やっぱりルキアちゃん目当てで来とるん?」

「!!!」


突如ギンはイヅルにぐっと近づき、滅多に見開かれる事のない瞼を僅かに開けると、
奥に潜み妖しく閃く赤い瞳に魅入られイヅルは息する事さえ出来なくなる。
その視線だけでも射殺されてしまいそうな威力に、イヅルの体は僅かに震えがとまらなくなるが、
それにギンは気づいていながら気づかぬフリをし、口元で笑みだけが愉快そうに深くなる。

「僕かて大人や。餓鬼やない。
せやからほんまはいややけど、王道の主人公が相手になるんもしゃーない事や思うとる。
でもなぁ・・・でも、イヅルはナシやろ。そらあかんよ。反則や。な?」

「は・・・い・・・・・・?」

「僕がおらんからて、イヅルがルキアちゃんどーにかしててええもんやない。
大体僕が、ルキアちゃん置いてくはずもない。
『もし』話しにしてもあれはようなかった。そうやろう?」

「魔王様?一体、なんの話しをされているのか、私にはさっぱり・・・」

「ええよええよ。イヅルはただ聞き流しといてええんよ。
でもな、今僕がイヅルに向って力解放してしもうたら、イヅルが消滅させんよう力抑えきる自信はないんよ。
・・・これやったら僕の言うてる意味、イヅルはわかるな?」

「・・・・・」

正直に言えばイヅルにはわからなかった。
さすがに何度かルキアとお茶をしただけで、ここまでギンが怒るとは思えないし、
そうなるとイヅルがギンを怒らせる原因は思いつかない。
しかしギンの自分に対する怒りは本物で、高く冷たい炎のように静かに燃え滾っているのを痛いほど肌で感じ取っていた。

「魔界なんてな、争いの絶えん元々無秩序な所やんか。
天界との戦争も終わったんやし今僕がほんの数年抜けたところで、さしせまって困る事そうはあらんはずやし、
仕事の内容かてほとんどイヅルが考えとるんやもの。
丁度ええからイヅルが魔王代理になって、なんでもしたいようにしてみたらええんや。僕が許す。」

「し、しかし!魔王様・・・・・」

無意識の内にまるで祈りを捧げているように胸の前で震える両手を組んでいたイヅルは、
決死の思いでギンに意見しようと試みるが、それ以上の追撃は許さず、
ギンは見せ付けるように長い足を組みなおすと、赤い眼光をギラリと光らせ真っ直ぐにイヅルを射抜く。

「話しは終まいや。早よ帰り。」

「・・・・・・・」

「そーや。魔王代理でしばらく忙しゅうなるやろうし、こっちにもしばらーく来んでええよ。
僕は飼い主の言いつけちゃーんと守って、大人しゅうええ子でおるからな♪」

「・・・・・・・はい。
では、魔王様、くれぐれもお体にはお気をつけ下さい。あとは、くれぐれも天使に・・・」

「そしたらイヅルも元気でな。ばいばーい♪」

これ以上の引きとめは無理と判断したイヅルは、最後にかけた言葉まで遮られると、心なし細い角までもしおしおと垂れ下がらせ、
イヅルはぐったりと肩までもを落とし異空間の扉を開き沈むように消えていくのであった。

 

 

 

 

 

「・・・イヅルはどこへ行った?」

「んん〜?仕事がある言うて帰ったんよ。しばらくこっちにも来れんようやし。」

律儀にも三人分の紅茶を淹れなおし運んできたルキアは、リビングにイヅルがいない事を、ソファで一人伸び伸びと寝転がるギンに向って声をかけた。
これにギンはにっこり微笑み悪びれもせず答えたが、ルキアは不審げな視線でギンをじろりと睨みつける。

「随分急ではないか?」

「イヅルは真面目やからね〜」

「貴様と違って。な。」

「そやそや。僕とはえらいちゃうもんや。」

「・・・なんだか怪しいな。貴様がイヅルを追い払ったのではあるまいな?」

「なんで僕が、そない意地悪イヅルにせんといかんの?」

「・・・・・・・・まぁ、良いわ。折角淹れた紅茶が冷めてしまう。熱いうちに飲め。」

「熱いのは苦手や言うてるやん。もう少し冷ましてや〜」

「なにをバカな!今が一番うまい、紅茶の適温なのだぞ!つべこべ言わず、とにかく飲んでみろ!」

「いやや〜ルキアちゃんのいけずー。・・・でも、どうしても言うなら、口移しで飲ませてくれる?」

「・・・・・・もう貴様は飲まずとも良い。」

「あ!ルキアちゃん、スネてもうたね?
ほんまにルキアちゃんはさびしんぼうさんやねぇ。ええよええよ。僕に甘えとったらええんや〜!」

「たわけっ!大体貴様が帰ればいいだけではないかっ!!
何をのうのうと当然のように居座っておるのだ!」

「すぐムキんなって、顔真っ赤にさせんのやから。ほんま可愛ええな〜ルキアちゃん♪」

「煩い!懐くな!近づくな!!ギン貴様、調子に乗るな!!!」

しばらくは邪魔者を遠ざける事に成功したギンは、上機嫌にルキアへとすりより、
ルキアはこれにクッションを投げつけ応戦する。


しかし、ルキア自身も気づいていない。

ギンがいなかった頃、たった一人の孤独感はすっかりと影を潜めている事を。
ギンのいる生活に、すっかり慣れている事を。




こうして魔王と女子高生という二人の奇妙な同居生活は、まだまだ続いていくのであった・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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gin top

※これといった萌えポイントがないまま終了・・・すみませんさんぽさん。さんぽさんの素晴らしい妄想力自家発電で、なんとか頑張ってみてください〜;;
今回のポイントは、イヅルの不憫草の満開具合と、別のお話なのに裏でのイヅルの所業を持ち出しなじるギンでしょうか。
実は言わせてみたかったんですよね。ギンがイヅルにそれはあかんよ〜ってwww
あとはギンだって、王道イチルキはしょうがないと思ってるとか・・・無意味に言わせてみたかった科白。
いや、腹ん中じゃ王道だって許しちゃいないだろうがね。うちのギンは独占欲満タンだし。うふふふ。・・・なんだか言い訳まで支離滅裂。
こんな出来になって本当に申し訳ないですが、親愛なるさんぽさんに捧げさせて下さい!リクエスト頂きありがとうございました〜☆
2010.3.7

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