『アりガ十とう』
一護はたまに考える。
ルキアに出会わなければ、一体自分はどうやって生活をしていたのか。
たぶんきっと、なにも変化なく、なんの不自由も感じず、なんとなく生活していけただろう。
だけど、目の前で母を失った心の雨は、一生降り続いたままであったろう。
この雨を止ませることが出来たのは、やはりルキアの存在あってのことで、一護はその事に深く感謝していた。
しかしそれは、まるっきりルキアも同じ事を考えていたのだ。
一護とルキア。
互いの心を冷たく悲しい雨で濡らし続け、それでも表面上立ち直った振りをしながら生活をしていた。
それは他人では推し量ることも出来ない程、過酷な生活であった。
例えば、心から笑えるような出来事を見聞きしても、笑いそうになる瞬間に、『こんなことで心から笑ってはいけない』
と無意識にブレーキをかけてしまう。
終わりのない懺悔と後悔の日々。
それは果てしなく無限に広がる殺伐とした大地を踏みしめているような気持ちになる。
しかしそんな日々の中、二人は思いがけずオアシスを見つけてしまった。
一護はルキアを。
ルキアは一護を。
互いの存在を必要とし、互いの傷を洗い流し、乾いた心を優しく潤い癒してくれた。
それは、奇跡に近い偶然。
いや、きっと必然だったのだ。
一護の部屋で窓を伝う雨を眺めていたルキアは、雨が降るたび痛んでいた心の傷を思い出す。
昔は雨の度に傷が疼き、出血さえ伴うほど激しい痛みを感じたものだ。
だが今は違う。
一護のベットに寝そべって、一護の匂い、温もりに包まれて、ルキアは穏やかに雨を眺めていた。
そしてルキアは不意に、机に座り真面目に勉強に取り組んでいる一護へ向かって呼びかけた。
「なぁ一護。」
「・・・なんだよ。」
一護は目の前の教科書から視線を外さず、素っ気なく答える。
それでも構わずルキアは言った。
「ありがとう。」
「・・・は?」
唐突なルキアの礼に、さすがに驚き一護はルキアを振り返る。
ルキアはベットの上に座り、微笑みながら一護を見ていた。
「・・・なにがだよ?」
「ん?なにがとはなんだ?」
「なんで、ありがとうとか礼言うんだ?俺、なんにもしていないだろ?」
困惑する一護の様子に、ルキアはそっと微笑んだ。
ーまさか、存在してくれて、出会ってくれてありがとう。なんて口が裂けても言えはしない。
だからルキアは悪戯っぽく微笑んで、わざと一護を惑わしながらもう一度言った。
「なんでも良いではないか。なんとなく言いたくなっただけだ。・・・ありがとう。と。」
「・・・気味悪りぃ。」
「なんだと貴様!」
一護に本気で眉ねを顰められ、ルキアは手元にあった枕を一護へと投げつけた。
一護は飛んできた枕を掴み、それから窓の外で降りしきる雨に気がついた。
「・・・そうか、雨、降ってたんだな。」
そしてしばし押し黙ると、一護もルキアに向かい礼を言う。
「ルキア・・・サンキュ。」
今度はルキアが目を丸くする番だ。
「なんだ?なぜお前まで礼を言う?」
「なんでもいいだろ。お前の真似だ。・・・理由わかんねぇと、気味悪いもんだろ?」
「う、うむ。・・・そうだな。なんとなく、落ち着かない気持ちになる。」
一護はふっと微笑んで、手にした枕をルキアへと投げ返し、再び勉強へと戻っていた。
ルキアはなんとなくくすぐったい気持ちで一護の枕を抱き締め、一護の背中を見つめていた。
ありがとう。
君がいてくれて、嬉しいよ。
君の全てに、
ありがとうとう。
※拍手用SS・無駄に長い上にシリアスともラブともつかない微妙な作品ですみません。只二人が一緒で良いんだよ!幸せだよ!ってことで。
2008.8.14