貴方は私の太陽だ。
いつも私を照らし、心を暖めてくれる。
私の周りを巡り駆けゆく、まるで太陽のような人。
貴方がいないと、生きてはいけない。
お前は俺の月なんだ。
暗い闇に浮かぶ光は、淋しい心を癒してくれる。
いつも俺の側に寄り添ってくれる、まるで月のような人。
お前がいるから、生きていける。
空に浮かぶ太陽と月は、決して巡り合うことはないけれど、俺達は、こうして出会えた。
どんな形であろうとも、その奇跡に、本当に本当に、感謝しているんだ。
『 龍神の娘 』 最終話(第六話)
「・・・いち・・ご?」
ルキアの搾り出すような声の呼びかけに、ゆっくりと一護は顔をあげる。
一護は笑っていた。
優しく淋しげに。
口元から一筋の血を垂らし、それでも微笑んでいた。
一護の背中にはルキア目掛けて飛びかかった三本の矢が刺さり、その内の一本が、一護の身体を深々と刺し貫いている。
ルキアは瞬時に一護を強く抱き締め、浮かび上がるとそのまま大樹の洞へと逃げ込んだ。
外では村人達のざわめく声が大きく響くが、ルキアには目の前の一護の声しか聞こえず、必死の形相で座り込んだ一護の身体を支える。
一護は少しだけ咳き込むと、やや荒く息を乱しながらも口を開いた。
「ルキア・・・良かった。間に合った・・・・・」
「お前・・・!ど、どうして!?どこから、突然現われた!」
混乱するルキアの様子に、一護は少しだけ可笑しそうに顔を歪めた。
「思い・・・出したんだ。」
「え・・・・?」
「お前の命・・・半分貰ったのは・・・俺、だったんだな・・・」
「・・・!!!」
一護の言葉に絶句したルキアを見て、一護はふっと口元を綻ばす。
「俺、牢に閉じ込められて・・・どうしても出れなくて・・・お前の事が心配で・・・
ずっともがいてたら、身体の中からなにかの・・・力が溢れたんだ・・・」
「一護・・・」
「いっつも・・・お前が消えた・・・みたいに・・・俺も、牢から抜け出せて・・・
それで・・・そのまま・・・ここに・・来れた・・・」
「も、もう良い一護!!もう喋るな!お前は傷を負ったのだぞ!?早くこれをなんとかせねば・・・!」
そう言いながら、ルキアは一護の背中の矢に手を伸ばそうとすると、
その手を一護がしっかりと掴み、驚きにハッとしたルキアの瞳を強く見つめた。
「そしたら・・・思い出したんだ・・・。
俺、子供の頃・・・ここに来て、足、滑らせて・・・泉の中に、落っこちたんだよな・・・・?
でも、それ・・・お前が・・・助けてくれ・・・たんだ。・・・だから・・・!」
あの不思議な夢の月の正体は、お前だったんだ。
お前の瞳が、いつも俺を見ていてくれた。
だから俺は、両親を失った寂しさを忘れられた。
俺はもうずっと前から、お前に救われていたんだ。
そんな言葉に出来ぬ想いを目で語りかけるよう、一護は感謝と愛おしさをこめた眼差しで優しくルキアを見つめる。
しかしルキアは歯を食いしばり、泣き出しそうな顔で一護を苦しげに見た。
「もう良い・・・もう・・黙ってくれ!!」
「俺、あの時・・・一回死んで・・・死んだのに・・・
お前が、命、分けてくれたんだ・・・だから、俺は・・・ぐぶっ・・・・!!」
「!!やぁぁっ!!一護!死ぬな!!ダメだ!一護!!」
一護の吐く息がひどく乱れ、それから大量の血が一護の口から吐き出される。
その様子にルキアは発狂せんばかりに泣き狂い、一護の身体にしがみつく。
しかしそんなルキアとは正反対に、一護の方はやけに冷静な声音で、
自分を強く抱き締める、ルキアの耳元に震える声で囁いた。
「ルキア・・・今なら・・・間に合う。・・・命を、返す・・・」
「・・・な・・・なんだと・・・?」
言われた言葉の意味に驚き、ルキアは一護の顔を覗き込む。
一護は口元を血で濡らし、それでも微笑んでいるような顔をして、また同じ事を囁いた。
「俺は・・・もう、いい。お前のお陰で・・・充分・・・生きた。
だから・・・まだ間に合う・・・命を・・・お前に貰ったこの命を・・・返すよ・・・・・」
「いらぬ!そんな命・・・私はいらぬ!!」
「だめだルキア・・・間に・・・合わなく・・・なる・・・」
「いやだ!一護!!こんな・・・いやだ!!!」
ルキアはぶんぶんと顔をふり、一護は困ったように眉をしかめ、ため息をつくように声を絞り出す。
「そう言うなよ・・・だって俺、お前の言うこと・・・守っただろ・・・?」
「私の・・言うこと・・・?」
言われた言葉の意味に覚えのないルキアは顔を上げ、涙で濡れた大きな瞳で一護を見つめる。
一護は震える手を持ち上げ、真っ白なルキアの頬を優しく撫でた。
「自分の全て、投げ出して、護りたい奴・・・護ったんだぜ?・・・少しは・・・褒めろよ・・・」
「!!・・・い・・・いち・・・ご・・・」
大きな瞳を更に見開き、ルキアは一護を見つめる。
一護はその様子に満足し、ルキアの頬から手をそっと下ろした。
「あぁ・・でも、嬉しかったなぁ・・・」
「・・・・」
「お前の、護りたい奴・・・この世の誰よりも・・・大切なのが・・・俺、だったんだろ・・・?
わかった時・・・ほっとした。
・・・・俺、あの時、すっげー・・・妬いて、たんだぜ・・・?」
「一護・・・」
伝えたい事を全て伝え、一護は満足したように身体から力を抜いた。
それに慌ててルキアが力をこめて抱き締め、また小さくなった声で、一護はルキアに囁く。
「悪りぃ・・・ルキア。女に・・こんな事、頼みたくねぇけど・・・もう、身体・・動かねぇんだ・・・」
「願え!一護!私の命を、自分に移れと、強く願え!!」
「ばーっか。そんなんじゃ・・・ねぇんだよ・・・」
「願え!なんでもいいから!早く!早く!願ってくれ!!頼む!一護!頼む・・・!!」
泣き喚くルキアに、一護は眩しげに目を細めて笑いかけた。
「・・・キス・・してくれよ・・・」
「・・・!!」
思いがけない一護の願いに、ルキアは声が出ず一護を凝視する。
一護は少しだけ照れ臭げな笑みを浮かべ、切れ切れに言葉を繋げた。
「ごめんな・・・血で、汚れるだろうけど・・・したいんだ。お前と・・キス・・・」
「・・・・・いち・・・!!」
ルキアは一護の名を呼びかけたがそれを止め、急いで唇に唇を合わせた。
ルキアの中で、このまま命を移動させれば一護の命を救えるとの思いがあったが、
当の本人である一護はこれを拒み、変わりにルキアから受け取った命の半分をルキア自身へ返すことを強く願った。
唇が重なったまま、一護の唇が何事か呟く。
これにより、二人の重なった唇から一瞬だけ眩い清き白い光が溢れたと思うと、すぐにその光は消えた。
それと同時に一護の身体から完全に力が抜け、ルキアの身体には力が漲る。
「・・・・・一護?」
「・・・・・」
ルキアは顔を上げ一護を抱き締めたまま声をかけるが、一護はもう返事をしない。
己の腕にかかるのは魂の抜けた一護の抜け殻。
この一護は、もう話さない。
笑わない。
一護の命が自分へと戻る一瞬前、一護の唇が言葉を紡ぐのをルキアは感じていた。
『誰よりも、愛してる』
なぜ、こうなった。
ルキアの胸の中は激しい後悔の念により嵐のように吹き荒れ、渦巻き、打ちのめされた。
私に関わったばかりに、一護は死んでしまった。
私を護ろうと死んでしまった。
生きて、欲しかったのに。
一護が生きていれば、それで私は充分に幸せだったのに!!!
・・・それなのに、今、一護はルキアの腕の中、物言わぬ人になってしまった。
それとも最初から命など分けなければ良かったのだろうか?
あのまま一護を眠らせておけば、こんな命を弄ぶそうな事にならなかったのだろうか。
わからない。
どれが正しく、間違っていたかなんて、私にはわからない。
でも。
それでもきっと、私はまた一護を助けるだろう。
何百回、何千回繰り返しても、必ず一護を助け、そして今度こそ、もう二度と一護の人生に関わらずにひっそりと隠れ過ごそう。
一護に、生きて欲しいから!
「い・・ち・・ご・・・」
そう呟いたルキアの瞳から、ふいに大粒の涙が溢れた。
この気が狂うまでに長い生命の時間に出会えた私の半身。
私の全て。
私の生きる証の一護。
彼を救い、彼が幸せに暮らしてくれることだけを願っていたのに。
なのに、一護は、最期に私を選んでしまった。
私を助け、死にゆくことを選んでしまったのだ。
私が願うより強く、一護は私を助ける事を願ってしまった。
一護から戻された命は、もう二度と一護に与える事は出来ない。
それは、死してなお、一護がルキアから命を受ける事を拒むからだ。
言葉にせぬとも通じ合った二人に、まさか、こんな終わりが待っていたなんて。
ルキアは強く一護を抱き締めた。
そして体中を震わせ、嗚咽を漏らして泣きだした。
その泣き声は段々大きくなっていき、ルキアは獣のような咆哮をあげ、
もう微笑んではくれぬ愛しき者を抱き締め泣き続けた。
やがて、ルキアの身体が変化していく。
華奢な少女の姿は徐々に崩れ、その表面は真っ白な鱗が覆い始めていく。
力を取り戻し、ルキアは本来の龍神の姿に変貌していくのだ。
しかし、どれほど姿が変わろうと、ルキアは一護を決して放しはしない。
大事に大事に手の中に一護を収めると、完全に龍の姿となり、大樹の洞から外へ飛び出し、空を目指して一気に駆け上った。
ルキアは真っ白な龍となり悲しげな咆哮をあげれば、空には黒い雨雲が呼び寄せられ、ルキアの涙のような大粒の雨が大地へと降り注ぐ。
ルキアの降らせた雨は、一護の死を受け、村へと生を授ける恵みの雨を降らせたのだ。
一護との約束は果たした。
ルキアはもう一度、大きく咆哮し、そのまま天へ昇り、村人の前から完全に姿を消した。
しかしルキアはまだ、一護の命をあきらめてはいない。
必ず、必ず一護を救ってみせる。
ルキアはそんな強い決意を胸に最後の希望の地を目指して、愛おしい者の身体を包み込み、疾風のように天を駆けぬけた。
<龍神の娘・完>
※まずは一言。こんなにラストに困ったのは初めてです!!また、これに『死にネタ注意』を表示しなかったのは、絶対一護は死んだりしないからです!
など、なんだか支離滅裂な事を言ってますが、とにかく言い訳をさせてください。長いです。
今回のテーマは『人魚姫での人魚を王子が愛したら』です。
救われた事も知らず、人魚姫の王子は別の女性と結婚を決め、それにより人魚姫は海の泡になってしまう。今更説明の必要がない程有名なお話。
でも、その王子が人魚姫を選んだら?どんな結果になっていたのか。
私はアンハッピーは苦手です。どんな話も、幸せな終わりを望んでしまうチキンヤローです。
そんな私があえてラストをこのように締めたのは、予想以上に長くなってしまった事と、
私がこの作品で描きたかったテーマは『想い合う心』であり、どのように一護が助かるかなど蛇足に過ぎないと判断したからです。
この後、ルキアは一護を必ず助けます。そして二人は一生一緒に幸せに暮らすのです。
だから『死ネタ注意』もなく、なんだかやけにハンパな感じでありながら終幕とさせて頂きました。
・・・でもちょっと某シャーマ○キングの終わりに近い感じもして、私自身なんだか納得できないような気持ちも事実・・・。
なので、もし一護復活編を望む声があれば、後日談として書いても良いかなと思っております。
長々言い訳させて頂きましたが、宜しければ感想をお待ちしております。また、こんなラストでがっかりされたなら、本当に心より謝罪致します(土下座)
・・あー。でも次はイチルキで、甘くてラブいやつ書くよー!待ってて!一護誕生祭☆(宣言)
2009.6.30
material by 戦場に猫 (背景1024×768)