あれからしばらく時間がたち、一護は暗い牢屋の中でようやく目を覚ます。

「・・・・うっ・・痛っ・・・!」

当て身をくらった首が僅かに痛み、一護は顔をしかめはっきりしない意識のまま軽く頭をふった。

「なんだ・・・ここ?・・・牢・・・の中?」

瞬時になぜこんな所にいるのか理解できなかった一護だが、
見慣れぬ牢の中からの風景に驚きながら、それでも突然ルキアの事を思い出した。




「そうだ!ルキア!・・・ルキアが、危ないんだ!!・・・くそっ!出せ!ここから、出せぇっ!!!」






『 龍神の娘 』 第五話





一護は慌てて太い牢の格子を掴むと、力一杯掴んで揺らす。
しかし当然ながら、そんな事で牢はびくともするはずもない。
辺りは完全に夜の闇に沈み、あれから随分時間がたったと嫌でも思い知らされる。
しかも辺りに人の気配が全くしない。
きっと、多くの村人が泉目指して立った後なのだろう。

・・・・・ルキアを退治する為に!

それは、それだけはなんとしても阻止しなければならない。
自分と関わった事で、ルキアの命が危険に晒されているなんて。
こんな事になるのなら、ルキアの元へ通うのではなかった。

ルキアに会いたい。
傍にいたい。

それだけの、気持ちだったのに。

ごめん。ルキア。
俺のせいで・・・俺のせいで危険なめに合わせてしまった。


でも、必ず必ず助けにいく!

そんな焦りと焦燥に胸が締め付けられながら、一護はあきらめず何度も何度も力の限りに絶叫し、あらん限りの力を奮い格子を揺らし続ける。
そんな事をどれ程繰り返した頃か、一護の声が涸れ果てそうになった時、ゆらゆらと揺らめく奇妙な影が、一護の全身を包み始めていた。


「出せよ・・・ここから・・・・俺は・・・ルキアを・・・ルキアを・・・護るんだぁっっっっ!!!」


最後の絶叫が響き渡ると同時に、一護の姿はゆらりと揺らめき、煙のようにふっと消えた。

 

 

 

 

 

 

「騒がしいぞ!人間共!我が神聖なる水場から出てゆけ!!」

ルキアはいつもの大樹の瘤の上に立ち、朗々と声を上げた。

既に泉は松明を掲げた大勢の村人に取り囲まれ、どこにも逃げ場はない状態だ。
だが、もとより逃げる術のないルキアは、強き瞳で大勢の人間達を睨み付け、堂々とした様子で立っている。
それに向かい、負けずと長老も声を張り上げた。

「貴様が泉の妖か!貴様が水を占拠しているせいで、我が村は干上がってしまった!大人しく水を返せよ!さもなくば貴様を撃つ!!」

この言葉に人間達は声を上げ、水辺は異様な興奮状態に包まれていく。
しかしルキアはこれを鼻先で嘲り笑い、見下すように長老を指差す。

「私が水を占拠していると?なんの思い違いをしておるかわからぬが、この泉の水はとてもではないが、飲めたものではないのだぞ?」

「なに?飲めん水じゃと?」

ルキアの言葉に、長老はさっと泉を見下ろした。
泉は松明の明かりをうけてキラキラと揺らめいている。
確かに、普通の泉に比べ光具合が強い気もする。
戸惑う様子の人間達に、ルキアは挑発するように声をかけた。

「試しに、一口飲んでみるがいい。・・・安心せよ。毒では、ない。」

これに長老はやや迷いを見せながらも、自分の後に控えた者に僅かに頷き合図を送る。
すぐに村人は泉のたもとに膝をつき、少しだけ水をすくい口に含んだ。

「・・・!?か、辛い・・・!!」

「なんだと!?水が辛いと?」

狼狽し驚きざわめく人間達を眺め、ルキアは淋しげな様子で静かに呟いた。

「・・・・・言ったはずだ。ここの水は、飲める水ではないのだ。」


この泉は、我が泉。


私の涙で、出来た泉だ。

この泉は、元はもっとこじんまりとした、小さな小さなものだった。
しかし、小さな泉はルキアの流す涙を十年以上受け入れ続け、ここまで大きな泉に成長した。

その涙は、想いの涙。
一護を助けた事に、ほんの一片の悔いはなくとも、それでもルキアは毎日のように泣き暮らした。

それは、力を失い他になにもすることが出来なかったからかもしれない。
本当に、ただそれだけの理由だったのかもしれないが、とにかくルキアは毎日のように一護を想い、一人ぼっちの自分を想い涙を流した。
だが、どれだけ大きくなろうとも、この泉は何も慈しむ事は出来ない。

生命を育てる事が出来ない、膨大な涙の泉。
しかしこれが、一護を想うルキアの想い続けた証の泉。
他の者にはなんの価値がなくとも、ルキアには護るべき神聖な水場なのだ。



「・・・・・これも、貴様の妖術なのか?」

「そう思うのは勝手だが、私のせいであって私のせいではない。この水をどうすることも・・・私には出来ぬのだから。」

「お前のような得体の知れぬ者が、この地に住まうから不吉なことが起こるのだ。妖が!どこへとも去るがいい!!」

やけに粛々とした様子のルキアに、長老の怒りに火が灯る。
長老が怒りのままにルキアに向い叫びを上げた。
しかしルキアは、瞳を怒らせ咆えるようにこれに応じる。

「貴様ら人間は、未知の存在に怯えるあまり、己の都合のいいように、不幸な出来事は全てそのせいだとしたがる!
しかしどれも、とんだ言いがかりだ!
自らの利益の為だけに、どんな手段も選ばぬ者達よ!
お前ら人間の方が、余程恐ろしい、得体の知れぬ未知なる者ではないか!!」



「ならば一護は、どうしてくれる!!!」


「・・・・・!」


突然聞こえた愛しき者の名に、ルキアの瞳の中で燃え盛る怒りは瞬時に消えた。

一護。
あぁ、一護。
私の太陽。
私の全て。

ルキアはふいに泣き出したい衝動に駆られ、慌てて強く唇を噛み締める。

「娘のような身なりで惑わし、一護は貴様の妖術に魅せられ、すっかりおかしくなってしまった!
我が孫の魂を抜き、それでもなお自分は悪くないと言えるのか!?
可哀想に。一護はお前を庇い、私に逆らいかかってきた。
・・・そんな風に一護を惑い操り、何が面白い!妖風情が!!!」

「・・・・・」

一護。
私のせいで、やはり巻き込んでしまった。

会いたかったから。
私が一緒にいたいと望んでしまったから。
すまない、一護。
でも、それももうすぐ終わる。
もう、あと少しで、私は消える。
だから・・・だから、許してくれ。
お前と居たいと願ったことを。

そして、ありがとう。
お前と一緒に居れた時間、私は一度も泣かずに済んだのだ。


ルキアが胸の中で贖罪を呟く間に、長老の声は力強く最後の時をルキアへと告げる。

「ここから去ることも、術を解くこともせんのなら仕方がない。やはり元凶であるお前は、葬るしかないようだ!」

「・・・・・出来るものなら・・・・・・やってみよ!!」

ルキアの瞳が真っ白に燃え輝き、呼応するように泉の水面がざわめきたつ。
幾人かの村人はこれに怯えたが、矢を構えた数人の狩人達はブレずにルキアへと狙いを定める。


「・・・・・射れ!!!」

長老の声に合わせ弓を構えた狩人達は、ルキアに向い一斉に弓を放つ。

神木を削り作られた聖なる白木の矢は、迷いなくルキアに向けて飛びかかり、
ルキアはこれを避ける気もなく、大きな瞳を静かに閉じ、その矢が己が胸を刺し貫くのを静かに待った。


そしてそれは、一瞬の出来事。

ドン!という衝撃に、ルキアは瞬時に瞳を見開いた。
その衝撃は矢が刺さったものなどではなく、誰かに抱きつかれた感触だったからだ。


驚きに目を見張るルキアを、誰かがしっかりと抱き締めている。






ルキアの瞳に映るのは、太陽の光のような、明るい、愛しいオレンジの髪が、さやさやと揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※今月中に終了予定。次でラスト。最後までお付き合いくださいませ。
 2009.6.27

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