一護は混濁とした意識の中、あの月を見ていた。

遠い地の彼方に浮かぶ、不思議なあの月を。
よく見るとふたつ並んでいた月が、徐々に一護に向って近づいてくる。
一護は驚きに息を止め見守っていると、月は速度を増し、ぐんぐんと一護に向ってきた。

そして、一護があっと思う間もなく月は目の前に現われ、辺りは真っ白な光に包まれた。






『 龍神の娘 』 第四話





それは、全くの偶然だった。

ルキアは特定に住まう土地を持たぬ龍神で、その日も自由に空を駆け回り、一休みするため、森の奥にある小さな泉へと舞い降りた。
ルキアは泉の奥底へと身を潜め、束の間の休息をとることにした。
ルキアが寝入って間もなく、どこからともなく幼子の鳴き声が聞こえたかと思うと、静かな水面に突然何かが投げ込まれた。

ルキアは驚き顔を上げれば、ゆらゆらと光揺らめく水の中に、小さな太陽が浮かび揺らめいていた。

ルキアは瞬時に何が起きたかわからなかったが、よくよく見ると、
それは小さな人間で、太陽に見間違えたのは、他では見た事のないその人間の明るいオレンジの髪だった。

龍神たるルキアは、人と関わりを持つことをご法度とされている。
龍神の力を、特定の人間の為に発揮するのは危険な行為であり、最大の禁忌だからだ。

しかしルキアは、咄嗟にその太陽に向かい駆け出していた。

あの太陽を天に還さねば。

それは理屈ではなく、ルキアが本能的に感じた思い。
水の中に沈みゆく太陽をしっかりと抱き上げ、ルキアは泉のたもとへ運び横たえた。
しかし、救い上げた少年は顔色も悪く、既に息をしていなかった。

だから、ルキアは与えた。
自分の魂を引き裂き、少年へ移し与えた。

そうすることにより、龍神としての神通力を失い、天翔けることも出来ず自分はここから動けなくなることも、
龍神としての最大の禁忌を犯したことで、不死なる魂が朽ちゆくことも、なにもかも承知の上で、ルキアは人間の少年に命を与えた。

それは、何故なのか。

ルキアは自分でも、すぐにはわからなかった。
わからないが、少年を救いたかった。

突如湧き上がったその思いに、ルキアは自分でも理解できぬままただつき従った。

後にルキアが知ったのは、あの時一護は事故で両親を失ったばかりで、
その悲しみのあまり家を飛び出し森に迷い、そして足を滑らせ泉へと落ちたのだ。
しかし、ルキアの命を分け与えられた一護に、その時の記憶はなく、
ルキアは自分の力により生き返った少年が成長していく様子を泉から見守り、ある日突然気がついた。



好きなのだ。

私は、一護が好きだったのだ。


どこで、どうしてそうなったのかは不明だが、一護を見た瞬間、会った瞬間、瞬時にルキアは全てを奪われた。
一護に全てを捧げようと、躊躇なく思えた。
理由はない。
それが全て。



一護の存在が、ルキアの全てになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

ルキアはねぐらとしている、暗い大樹の洞の中で大きな瞳をカッと見開く。


とうとう、来たか。

ルキアは遠くから大勢の人間がこの泉を目指し、やってくる音と気配を察していた。
人間達は松明を掲げ、手には武器を持ち、己らを鼓舞する声を上げている。

ルキアは静かに深呼吸し、それからゆっくりと立ち上がる。
自分の力は、ここまで弱ってしまったのか。
残り少ない力をここには昔から立ち入り禁止の妖の森と、
村人達へと暗示をかけていたのだが、それも既に威力を失われてしまったようだ。

しかしこれは、ルキアが一護と出会ったその日から、覚悟していた事。
日一日とルキアの力は弱っていき、泉にかけた結界の効力が落ち、一護はこの泉にやって来た。

それさえも、運命だったのだ。

初めに一護を自分から遠ざけようとしたのも、己への保身からではなく、
自分に関わり一護に不幸な出来事が起こる事を恐れたからだ。

人間と関わりを持つということは、力のない妖としては大変な危険を伴う。
しかし、それでも構いはしない。
ほんの一時でも、一護と同じ時を過ごせ、ルキアは本当に幸せだと思えた。

他の誰かに向けたように、自分がどれだけ一護が大切であるか、本当に胸の内を一護自身に打ち明ける事も出来た。

しかし、一護には嘘をついた。
その者が、生きているだけで充分なんて。
ずいぶん物分りのいい事を言い、格好つけてしまったが、それも仕方あるまい。
それくらいの見栄をはることくらい、どうか許して欲しいと願う。

とにかくこれでもう、いつ、死が訪れても構わない。
どうせ間もなく死する事は決まっていたのだから、そんな短い余生を一人過ごすより、一護の側に居れる一瞬をルキアは選んだ。
それでもルキアが思うより、この日はずいぶん遅くやってきてくれた。
お陰で一護と存分に語り合え、良い思い出は溢れる程この胸に残っている。

これで、十分だ。
これで、本当に、思い残すことは、何もない。




ルキアは迫りくる人間達の声を遠く聞きながら、薄っすらと笑みを浮かべ、心の中で呟いた。




さよなら、一護。



幸せに、幸せに、生きてくれ。



私の、太陽。



私の、全て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 今までの謎解きとばかりに、説明文だらけの文章に、読みづらさと腕のなさを痛烈に感じました。本気で泣きたくなった第四話です。
 最近、ブリの1巻を読み直しました。
 そーいえば、一護とルキアの出会いって、虚が一護を襲い、それをルキアが身を挺して助け出したのが始まりだったんだ。
 と改めてブリが一護とルキアが出会って始まった物語だと思い出し、最初からすごいイチルキ具合にやけに萌えましたw
 そして、何気に龍神と被る設定だなーとか思ったり・・・。いや、かなりあてこすりでしかないかw
 ルキアが一護を助けたのは、もちろん一護が好きだったからじゃないし、死神の使命とか、人間を守る立場とか、
 もしくはただ目の前で襲われる者を助け出したい心だったとか思うんですが、それでも、心のどこかで、
 一護がなにか自分にとって特別な存在だと無意識に感じていれば萌えるなぁとか、妄想力豊かに想像してみましたw
 反対にこちらのルキアは、特定の人間と関わる事を禁じられている身の上ながら、それでも禁を犯して一護を救います。
 理由のつかないその感情は、愛。ここのルキアの、一護への深い愛を感じてもらえたら幸いです・・・
 2009.6.21

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