ルキアの瞳の色は、一護が幼い頃から繰り返しみる、不思議な夢を思い出させた。

それは、一護が事故で両親を失った日の夜からみるようになった夢。
夢の中で、一護はいつも当時の幼子の姿のままで、みっともないまでに泣きじゃくっている。
しかし不意に足元が揺らめき、それに驚き下を見れば、その地の奥深くに、不思議な色をした月が浮かんでいるのだ。
その月の美しさに一護は悲しみも忘れ、ただただ魅入る。
その月の輝きが、一護の心を慰めた。
まるで死んだ両親がその月になり、見守っていてくれているような心からの安らぎを感じ、一護は泣くことを止める事ができるのだ。



ルキアの瞳は、そんな優しい、優しい優しい、地の底に浮かぶ、大好きな月に、似ている。






『 龍神の娘 』 第二話





次の日も、一護はルキアの元へとやってきた。
ルキアもいつものように口先だけは迷惑そうに、しかし目を輝かせ一護を迎え入れ、当たり前のように軽口を叩く。

一護も昨日の事はなかったかのように振舞ったが、気持ちは重く沈んだままだった。
目の前のルキアの心どころか魂ごと、他の誰かの元にある。

そう思うと一護は身が張り裂けんばかりの苦痛を伴い、息苦しさに時折ルキアを直視できずにふっと視線を逸らしてしまう。
しかしそんな一護の様子に、ルキアは悲しげな笑みを浮かべ、すまなそうに声を落とす。

「・・・・・すまないな、一護。雨を、降らせることが出来なくて。」

「え・・・?あ、あぁ・・・いや、そんなの、俺の勝手な頼みだったんだし、気にしないでくれよ。ルキアが悪いわけじゃねぇし。」

「ありがとう一護。そう言ってくれて。・・・こんな役立たずな龍神で、自分でも恥ずかしく思うよ。」

そう言い、ルキアは自嘲するような笑みを口元に浮かべていたが、
実は一護はそれどころではなく、しばらくソワソワと落ち着きなく身体を揺らし、それから思い切って口を開く。


「それより・・・・・そ、その、魂分けた奴ってさ・・・今、どこで、どうしてるわけ?」

「・・・・・・なんだ一護。どうして、そんな事を聞く?」

この問いにルキアは訝しげに一護を見つめ、その視線を受けた一護はなんだかいたたまれぬ思いに、口早に言葉をまくしたてた。

「い、いや!深い意味はないけど!で、でも、気になるだろ!?
だって、お前は力失くしてるのに、その力を分けてもらった奴が、どうしてお前の側にいないんだ?そんなの、おかしぃんじゃねぇの?」

これにルキアは一度瞳を見開くと、静かに一護から視線を外し、
ゆらゆらと揺らめく水面に視線を移し、しばしの間そのまま動きを止めてしまう。
一護もルキアに倣い何も言わずに見つめていれば、ふいにルキアの声が響く。



「・・・・・・・・・知らんよ。」


「はっ?知らない??」


意外な答えに一護は思わず素っ頓狂な声が出たが、ルキアは静かな声音のまま語り続けた。


「魂を分けた後、その者は自分の暮らしに戻っていった。
その後の事は、私には預かり知らぬ事。
また、そ奴がどうしていようと、私には、関係ないことだ。」

「だ、だって!お前にとってそいつは・・・!」




「そうだ。一番大切な者だ。」



「・・・・・!」




“一番大切な者”




ルキアはその言葉を言う時に視線を一護に向け、目を合わせ力強く言った。
一護は見えない力に圧されたように言葉に詰まり、情けないような表情でルキアを見つめる。
そんな一護にルキアはふわりと微笑み、また泉に視線を移す。



「どうでも良いのだ。その者を私が助け、今、この世のどこかで生きている。・・・それで、十分ではないか。」

「・・・・・ずいぶん、物分りがいいこと・・・・・・・言うんだな。」

ルキアの揺ぎ無い言葉と声の芯の強さに、一護は胸がもやもやと曇り、
喉の小石を押し込まれたような感覚になりながら、無理に言葉を吐き出す。
だが反対にルキアの声は明るく弾み、ふざけたように胸をはる。

「だてに年はくっておらぬぞ。」

「・・・・・・幾つなんだよ。」

「たわけ!女子に年を聞くのはご法度であろうが!!」

「な、なんだよ!龍のくせして!」

「龍でも、女は女だ。」

そう言ってルキアは、一護を叩く真似をしながら晴れ晴れと笑う。
それにつられて一護も笑うが、内心ちっともおかしくなどない。
それどころか、なお一層心が重く深く沈んでいくのを感じていた。


会えもせず、どうしているかも知らないのに、
それで自分が死んでもいいなんて、そいつが生きていれば、それだけでいいだなんて。

そんな奴に、俺なんかが、かなうわけがない。

初めから、勝負にもならない勝負は、ついていたんだ。

一護は確かな敗北を痛いまでに感じとり、なんだかひどく泣きたい気持ちで、それでもルキアに合わせて無理に笑い続けた。






帰り際一護は、顔を伏せ気味に暗い声で呟いた。

「・・・・・ごめんな。ルキア。俺、明日から、しばらくここに・・・・・来れそうに・・・ない。」

「え?・・・・・・あ・・・いや!そうか!そうだな!
だ、大体貴様は来るなと言っても無理に来続けたのだから、来なくて良いのだ!当然だ!!」

突然の一護の申し出にルキアは一瞬驚き、しかし体裁を整えるように慌てて咳払いをする。
これに一護は苦笑し、やはり視線を合わせないまま背を向けた。
ここで顔を見てしまったら、やはり明日も来てしまいそうになる。
ルキアに会いたい気持ちを無理に押し殺しながら、一護は出来るだけ素っ気無い態度を装う。

「村での、仕事があるんだ。それが落ち着いたら・・・・・また、来るよ。」

「あぁ・・・うむ。・・・い、いや!もう来なくて良い!!」

「・・・・・じゃあ、ルキア。・・・・・また、な。」

「・・・・・あぁ・・・・・それではな。一護・・・・・・」

いつも一護が帰る時には消えていたルキアは、その日はそこに留まっていた。
泉から大分離れた所から一護が振り向くと、遠い木々の合間に頼りなく白い姿が立ち尽くし、
自分を見送っている姿にそれだけで一護は泣きたいまでに胸が昂ぶる。






ルキア。





お前の心に、俺は、入り込む余地はないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 増えます。
 4回では収まりそうになくなりました。
 しかし、どこで切り分けるかの加減が難しい・・・。
 でもなんとか今月中に終わらせたいので、週一更新では足が出るので、更新も少し急ぎます。
 ・・・他にも更新したいのあるし、なんだか勝手に今月忙しくしてしまった。
 更新は、計画的にせんといかんね。
 2009.6.13

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