ルキアは手すりにもたれ、屋上から広がる空座町の夜景を黙って眺め続けていた。

現世の夜は夜でもとても明るく、尺魂界では想像も出来ぬほど騒々しい。
また空気は汚れと熱を含んで不快になるくらい生ぬるいが、意外にルキアはこの現世の空気がそれほど嫌いではなかった。

あの明りひとつひとつに誰か居て、また誰かと共にいるのであろう。



しかしこの世界のどこにも、私の居場所など有りはしない。



その事実は痛い程、苦しいまでにルキアはこの世界では存在しない、自分は異分子でしかないのだと思い知らされる。






第七話 『決別』





織姫の所を飛び出したルキアは、行き場を求め真っ直ぐに高校へ向かった。

現世でルキアが身を寄せれる所など、一護の所か浦原商店しかなく、今はそのどちらにも居場所がない。

ならば誰もいない学校で、残りの日数を過ごさせてもらおう。
幸いなことに、高校へ生徒を装い寄ろうと思っていた為、制服は持参していたし、

身体は義骸なので極端な汗もかかず、風呂は運動部の為に設置されているシャワー室を利用していた。
日中の大半は開放されている図書室や仮眠をとるため保健室などで過ごし、時々は死神化して現世の次元安定の確認もしていた。
食事は学校側にあるすっかり馴染んだコンビニを利用していたし、また死神の力を失っていたあの頃と違い、
鬼道が使えるので大抵の事はどうにでもなり、割となんの不自由もなく、ルキアは屋上で過ごしていた。



ルキアがいなくなって二日とも、一護は学校にやってきた。


ルキアは一護が学校に近づいてくると素早く霊圧を感知して、一護がたどり着く前に見つからぬように別の場所へ移動していた。

絶対に一護に見つかってはならない。


何のつもりか知らないが、どうやら一護は自分を探して町中駆けずり回っているようだった。
しかし、死神の力を持たぬ一護にルキアを捕まえることなど、ほぼ不可能に違いない。

ルキアは汗だくになりながら走り回る一護を思い浮かべ、悲しげな笑みで呟いた。

「・・・余計なことは、せずに良いものを。」

顔に似合わず心配性で、ルキアが書置きひとつで消えた事が気がかりなのであろう。
ルキアは全く心配しすぎだと呆れる反面、これだけ気にしてもらえることがひどく嬉しかった。
こんな暑さの中、走り回る一護には気の毒だが、せめて現世にいれる間だけは、もう少しだけ自分の事を考えていて欲しかった。


でもきっと、そんな一護の姿を見てしまったら、反射的に縋り付いてしまうかもしれない。


好きだと。


お前が好きなんだと。


みっともなく泣き喚き、縋りついてしまわないように。


だから今は同じ空の下、同じ空気を共有し、一護の気配を探って満足しよう。


この恋の終末もあと二日。


あちらに戻れば、もう自分の意志では現世に来ることもないであろう。

少なくとも、一護が生きている間は絶対に。

だからあと二日だけは、一護に自分の為に走り続けていて欲しい。
身勝手な願いと承知しながら、ルキアは強くそう思う。


今思えば、全て運命だったのだ。


あの虚が一護を狙っていたのも、追っていたのが私だったのも。

二人は出会うべくして、出会ったのだ。

私達の胸の中には同じ雨が降り続け、互いの闇を払う必要があった。


私達は互いの世界を変えたのだ。


一護の世界を歪めただけだとの後悔が必要なかっただけでも、私の心は救われる。


出会う意味が、私達にはあったのだ。


それで、十分ではないか。


なのに。


それ、なのに。


そこまで考え、ルキアは暗い表情で俯いた。



いつから私は、こんなにも欲深くなってしまったのだろう。



一護。

どうしても、お前の側に居たいと思うなんて。





今日で現世に来て四度目の夜を迎えた。
あと二回夜を迎えたら、次の日には尺魂界へ帰らねばならない。

昨日は突然恋次の霊圧を感知して驚いた。

自分を連れ戻しに来たのではないかと、なんとか霊圧を隠して逃げ回ってみたが、恋次には通じなかったであろう。
しかし恋次は一時間以上同じ場所に留まっていたかと思うと、真っ直ぐに一護の元へ向かって行った。

その後異常に昂る恋次の霊圧を感じたが、ほどなく治まり恋次は尺魂界へ戻っていった。

一体なにがあったのかとても気になるところだが、それは向こうへ戻った時恋次に聞けばいい。


今はただ一護を想い、現世の時間に身を委ねていたかった。


本来なら、織姫の所を飛び出してすぐ尺魂界へ帰るべきだったのだが、ルキアはあえて現世に留まった。


想いが通じないのなら、せめて今だけは、一護のことだけを想い過ごしていたかった。


あのまま尺魂界へ逃げ帰ってしまったら、絶対に後悔し、未練たらしく何度も現世に足を向けてしまうかもしれない。
それよりは今ここで一護を想い、自分でその想いに区切りをつけようと思ったのだ。


向こうへ戻れば、忙しい仕事の日々を繰り返す。
一時的に忘れたふりは出来ても、必ず何かの拍子に甦り、苦しい思いをするのは明らかだった。


それは、海燕殿を失った時と症状は酷似している。


自分では彼を殺した責任を潔く取ったつもりであったが、心の中であの日の雨は容赦なく降り続き、
いついかなる時でもふいに甦ってはルキアを激しく責め立てた。


それは結局、ルキアが責任を負いきれず、その事から逃げ出そうとすることで、返って苦しい思いに取り付かれてしまったからだ。


あんな苦しい日々は、もう二度と送りたくない。


ならば今回は、真正面から事実を受け入れ、逃げることなく自分の中で終わらせるべきだ。


きっとふいに思い出し、胸が締め付けられることもあるだろうが、少なくとも逃げ出したと後悔を感じずには済むはずだ。
今のうちに心を痛めつけ、後は自然と癒えるのを待てばいい。


ルキアは口元を無理に持ち上げ、微笑むふりをした。
一人でも強がる姿勢は変わらない。


ルキアは手すりから身を起こすと、長時間同じ体勢でいたせいで強張った身体をほぐそうと、両手を上げて思い切り伸びをする。


今現世で、一護は井上と幸せな日々を送っている。


ルキアはその事を自分自身に植え付けるため、一人屋上に立ち尽くし、一護も吸っているであろう生ぬるい夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。






なぜ一護ではなければならなかったのか。


同じ痛みを抱えていたから?

自分の死神の力を与えた相手だから?

危険をかえりみず助けに来てくれたから?


どれも一理あると思いながら、どれも決定的な理由にはなりえない気がした。


だからルキアはこう思う。


一護だったから。

一護であったから、恋をしたのだ。


それは誰も代わりのきかない、唯一無二の絶対的存在。


理由なんて、最初からなかった。


一護だから。

一護だったから、恋をしたのだ。


いつも不機嫌な顔をして、無骨で乱暴で、そのくせ妙に優しくて。

その優しさは皆に向けたものなのに、私は自分に都合良いように勘違いをしてしまったのかもしれない。


でも、きっと、

あの時は二人の心はひとつであったと、今でもそれだけは信じている。


だからこそ、私は急いでお前に会いにきたのだから。


向こうへ帰ったら、とにかく尺魂界復興の為、仕事に集中しよう。

朽木家の養女として、恥ずかしくないよう兄様に精一杯仕えよう。


だから一護。

私にひとつだけ許して欲しい。

私からお前への。最初で最後のお願いだ。


それは、



お前を想い、これからも生きることを。


きっとお前を忘れてこれから生き行くことなど、もう私に出来はしない。


だって、私はお前と出会い、お前を知ってしまったのだから。



だから、


せめてお前を想う心をこの胸に宿したまま、これからも生きゆくこと許してくれ。


幸せでいてくれ。



お前だけは、いつも心から笑っていてくれ。


私は向こうで願っていよう。


お前とお前を取り巻く全ての人達が、輝く幸福の光に包まれていることを。





もう二度と、お前に会うことも、ないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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