翌朝、階段下から遊子が叫ぶ。
「お兄ちゃーん!起きてー!ご飯だよー!!」
「・・・放っておきなよ遊子。一兄昨日すっごい遅く帰ってきたみたいだし、もう少し寝かせてあげな。」
「遅くって何時に帰ってきたの?」
「たぶん・・一時くらいだったと思う。」
「え?!お兄ちゃんそんな時間までなにしてたんだろう?!ふ、不良になっちゃったのかな?」
「・・・一兄が不良なんかする訳ないじゃん。」
「そ、そうだよね・・大丈夫だよね・・・」

階段下で妹達が騒いでいてくれたお陰で一護は目を覚まし、ふらつく身体で部屋を出た。

「・・・あっ!お、お兄ちゃん!なに?!その顔!!!」

「一兄喧嘩したでしょ?」
「・・・転んだ。」





第六話 『迷走』





階段下で待ち構えていた妹達にそれぞれ問われたが、一護は適当に流して席につく。
顔はそんなに腫れてはいないが、口に端に傷が意外に深く口を開くと痛みが走る。

(・・・っつ!恋次のヤロー・・・本当に手加減してねぇな。)

昨夜は深夜0時まで駈けずりまわったが、ルキアを見つけることが出来ず仕方なく一護は家へ戻った。

戻った途端ベッドに倒れこみ、そのまま泥の様に眠った。
今日ももちろんルキアを求め探し回る予定で通常通り食事を終えてからシャワーを浴びた。


「あ、一兄!昨日織姫ちゃんから何回か電話あったよ。」
「!・・・あ、ああそうか。・・・わかった。」


濡れた髪をタオルで力任せに拭き、一護は憂い顔を隠す。

(・・・井上に、話さないとな。)
昨夜恋次のお陰で一護は覚悟を決めていた。


自分の軽率さを井上に話して、仮初めの『お付き合い』を終わりにすることを。


そうした上でルキアに会い、お前が一番大切だと伝えようと。


そうなると今日はルキアを探す前に井上に会うことが先決になる。
一護は覚悟したとはいえ、重い気持ちを抱き電話の受話器を持ち上げ番号を押す。

数回コールの後、織姫の声が聞こえた。

『はい、井上です。』
「・・井上。黒崎、だけど。」
『あ!黒崎くん?!お、おはよう!どう?朽木さん見つかった?!』
「いや・・・ルキアはまだ見つかってないけど。・・・井上、今日時間あるか?」
『えっ・・・?』

一護の暗い声に何事か察した織姫は少しの間黙り込んだ。

『え、えーと・・・きょ、今日はちょっと忙しいの!もう出掛けるところなんだ!ごめんね黒崎くん!』
「そうか。・・・じゃあ、明日はどうだ?」
『明日?・・・ま、まだわかんないや・・・』
「少しでいいから時間とってくれないか?頼む。井上。」
『・・・う、うん。それじゃあ・・・後で連絡するね。』
「悪いな。それじゃあ。」
一護は溜息をついて受話器を置いた。

本当は早いうちに話をつけてしまいたかったのだが、無理強いは出来ない。

ならば早速ルキア捜索を開始するしかない。
一護は玄関に向かい靴を履くと、家の中に向かい怒鳴った。


「今日も門限守れねーからな!」

 

 

 

一護からの電話を切った織姫は、24時間営業の洋裁店チェーン『ヒマワリソーイング』に来ていた。
今日忙しいと言ったのはもちろん嘘で、どこに行くアテもない織姫はぼんやりと店内を巡る。

一護のあの声の調子。何の話をされるのかわかってしまう。
一護に嘘をつき、一人部屋に居ることが耐えられなかった。

たつきの所に行こうかと思ったが、必死で受験勉強中のところを邪魔するのは嫌だったし、
なによりこのことを話したらたつきのことだ、一護の所へ怒鳴り込みに行きかねない。


カラフルなボタンやビーズコーナーを見回す。
普段ならとても楽しく心浮き立つのに、今日は何を見ても楽しくない。


「・・・井上さん?」


突然名を呼ばれた事に驚き振り向くと、綺麗なレースを数本手にした雨竜が立っていた。

「あ、あ、石田くん!お、おはよう!!・・・昨日は、迷惑かけてごめんね。」
「い、いや。全然大丈夫だから謝らないで。井上さんこそ大丈夫?顔色が優れないみたいだけど・・・」
「え?そおかな?そんなことないよ!あたしは元気だよ!!」
そう言って精一杯笑顔になる織姫だったが、その微妙な違いに雨竜は気付き、溜息を落とす。
「井上さん。無理しないで。」
「石田くん?」
「そんな風に無理して笑うくらいなら、思い切って泣いたほうが少しは楽になるんじゃないかな?」
「・・・そ、そんな。わたし無理なんて・・・」
「・・・黒崎のこと?」
「え?!な、なんで石田くんが知ってるの・・・?」

素直な織姫の反応に、雨竜は寂しげに微笑んだ。

「いつも元気な井上さんを泣かせることが出来るのは、『彼氏』だけでしょ?」
「!・・・石田くん。」

見る間に織姫の瞳に涙が溜まり、その一筋がぽろりとこぼれた。

「!!あ、ご、ごめん!井上さん!!軽率なこと言ってしまって!!お、お願いだから今は泣かないで!!!」
「・・・い、石田くん・・・と、止まらないよ・・・」


まだ人数もまばらな朝の店内で、泣く少女を懸命に慰める少年が皆の視線を集めていた。

 

 

 

ルキアは見つからないままに、今日も日が落ち夜がきた。
一護は昨日のように疲れた身体を引きずって、住宅街にある小さな公園のベンチに腰を下ろした。

(・・・どこにいるんだ!ルキア!!)

一日中熱い日差しに照らされ、体中汗ばみ焼けた肌がぴりぴり痛む。
公園内の自動販売機で買ったスポーツドリンクを一気に煽り、一護は溜息をついた。

(・・・また、花太郎に頼んでみるか?)

そう思って携帯電話に手を伸ばしかけ、つい三十分前にもルキアの霊圧を探るよう頼んだばかりだったと思い直してやめた。
そうでなくてもルキアは完全に霊圧を隠し、花太郎の力では探ることは出来なくなっていた。

(だけどきっと・・・ルキアはここにいる!)
根拠はなにもないが、一護は絶対的な確信を持ち空を仰ぎ見る。


三日前突然ルキアが現れ、一護は後ろめたさから素っ気ない態度しかとれなかったが、本当はすごく嬉しかった。
毎日のように会いたいと、恋焦がれた相手が目の前にいる。
そんなささやかなことに、一護は初めて泣きたいほど嬉しいと思ったのだ。
その日の夜は様々な事を思い全く眠れなかったが、閉められた押し入れを眺め、無性に胸が熱くなった。
そこに、ルキアが居る。
決して言葉には出来ない気持ちが身体中を駆け巡る。


ルキアが好きだ。ルキアが好きだ。ルキアが好きだーーー


しかし、一護は逃げてしまった。


ルキアを想う自分の気持ちの重さに耐えかね、背を向けそこから逃げ出したのだ。
今更、ルキアにどんな顔をすべきなのかわからない。
だから、心の目を瞑り耳を塞ぎルキアがいなくなるのまでそうしようと思った。
時間がきたらいなくなってしまうのだから。その日までの我慢なのだと。


初めから無理だったのだ。
だってこんなにもルキアを好きなのだから。


弱い自分のせいで巻き込まれた少女を思い、一護は深い溜息をつく。
(・・・井上に、どういえばいいんだろう?)

傷つけないように、など絶対に無理であろう。

素直に自分の気持ちを晒し、ひたすら許しを請うしかない。
その瞬間を思うと気持ちは沈みゆく一方ではあるが、自分以上に相手の少女の方が辛いはずだ。

俺はどんな責めも受け止める責任がある。


「黒崎。」

深い思考に沈んでいた一護は、突然名を呼ばれ驚き反射的に立ち上がる。
声のした方を見ると、石田雨竜が水銀灯の向こうにひっそりと佇んでいた。

「!!な・・・!い、石田か?驚かすんじゃねぇよ!!」
「僕は何度も名前を呼んだ。驚くのは君の勝手だ。」
「・・・相変わらずの屁理屈ヤローだな。テメー。」

昨夜は恋次で今夜は石田。
嫌な予感を胸に一護は少し離れた場所に佇む雨竜を見た。

なんとなく怒りに燃えていた時の恋次と同じ空気を感じる。

但し、恋次の炎は熱く燃え盛っていたのに対し、石田の炎は青くひっそりとしかし冷たい情熱を秘めている。

「・・・で、なんの用だ?まさか偶然なんて言わねぇだろう?」
「当然。“霊絡”を辿ってここに来たさ。」
「・・・!あっ!霊絡!!」

そこで一護は思い出す。


自分や井上やチャドはあの力を失ったが、石田は滅却師の力を持ったままだったのだ。
石田の力なら隠れてもルキアの霊圧を探れるはずだ。


一護はその思いつきにしがみつき、雨竜の方へ詰め寄った。

「頼みがある石田!その霊絡を・・・」

「断る。」

雨竜は無情にも切り捨て、なんの表情もない顔で一護を睨みつけていた。


「な?!なんだよ!最後まで聞きもしねぇで!どーゆーつもりだ?石田ぁ!!」

雨竜の横柄な物言いに、一護は声を荒げ雨竜の方へ近づいていく。
しかし雨竜は態度を変えず、なんの表情もないまま一護を見守り、不意に小さく呟いた。



「・・・君の言いたいことはわかっているよ。“朽木ルキア”を探して欲しい。違うかい?」


「!!・・・なんで・・・テメーが知ってるんだ?」
「驚くことはない。答えは簡単。聞いたのさ、井上さんに。」

驚きを隠せぬ一護から視線を外し、雨竜は少し距離をとる。


「じゃ、じゃあなんで・・・!!」


「黒崎、きみはなぜ朽木さんを探しているんだ?」


雨竜の質問に一護は一瞬躊躇する。まさか好きだからと言えはしないからだ。
なので、もごもごと口の中で適当に呟いく。


「は?・・・そりゃ、突然姿を消したから心配で・・・当然だろ?」

「そうかな?彼女は死神の仕事をしているんだろう?今この世界に彼女を倒す程強力な虚もいない。
放っておいてもいいんじゃないのかい?」

「・・俺が、ルキアに用があるんだ!」


その一護の言葉に雨竜は瞳を熱くさせ、ギロリと一護を睨みつける。


「君は一体なんの用があるんだい?・・・泣いてる彼女を放っておいて、別の女を追いかけるのか?」

雨竜の言葉に一護は怯む。

「泣いている?・・・井上がか?」

「泣いていたよ。昨日も・・今日も・・・。君には心当たりがあるだろう?黒崎!」

普段冷静な雨竜の声に荒ぶる感情を感じとり、一護は気付く。
(石田・・・お前、井上のこと・・・)

これで自分が逃げたせいで傷ついた者がまた一人増えたと、一護は確信し、力なく肩を落とした。

「悪いな石田。俺のせいで・・・」
「なぜ僕に謝る?君のすべきことは、井上さんの側に居て、不安にさせないことだろう!」
「石田・・・」

雨竜の怒りは織姫を思ってのことに、一護は返す言葉もなく情けない表情で雨竜を見やる。

しかし雨竜はその一護の視線を交わしたまま、思いがけない事を言った。


「・・・朽木さんの居場所はわかっている。」

「な!本当か?!」

「でも君には教えないよ。」

「・・・!!」

雨竜はいつものように眼鏡を押さえ一呼吸置いてから、言葉を続けた。

「ただし、君が井上さんに謝罪し、今後一切朽木さんと会わないと約束するなら、教えてもいい。」

「!!・・・な、なんだと・・・?」

「今回限りで、朽木さんと二度会わないと約束できるかい?」

一護を睨む雨竜の瞳は、眼鏡越しにキラリと光った。
一護はもちろんそんな約束をする訳にはいかない。
しかしここで雨竜にルキアが好きだと言えば、事態はますます悪くなる一方だと感じていた。

(・・・だったら!)

一護は覚悟を決め、雨竜を真っ直ぐに見つめた。
「・・・明日、井上に話して謝る。・・・それで井上が許してくれたら、ルキアの居場所を教えてくれ。」
「・・・いいだろう。井上さんが許可してくれたら、教えるよ。」

雨竜はもう一度眼鏡を押さえ、それから一護に背を向け歩き去っていく。


一護は雨竜の姿が見えなくなるまでその場から動けず、明日を思って瞳を固く閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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