生ぬるい風が、睨み合う一護と恋次の間を吹きぬける。

一護は焦燥感も露わに、必死になって恋次に食い下がった。
「・・・恋次!頼む!ルキアの居場所を、教えてくれ!!」

しかし恋次は無情にも言い捨てる。
「会ってどうする?」

恋次は怒りの形相を沈め、変わりに一護を見下すように目を細めた。

「おめぇはルキアに会って一体どうする気なんだよ?何を言ってやるつもりなんだ?
そいつを俺に教えてくれよ。」

「・・・!!」
恋次の言葉に思わず唇を噛み、一護は苦痛に耐えるように表情を歪めた。

しかし恋次の攻撃は止まず、尚も一護へと詰め寄った。
「どうした?言えねぇのか?」

「・・・それは・・」

「じゃあ、俺の方から教えてやるよ。」

「・・・なに?」
一護は恋次を不安げに見やり、恋次はその視線を受け不敵に微笑むと、挑発的に叫んだ。




「ルキアに言ってやるよ。結婚してくれってな!」







第五話 『対決』








思いもよらぬ恋次の言葉に、一護は唖然とし、それから驚き声を上げた。
「な?!・・・なんだと?」



一護の驚きを目の当たりにした恋次はせせら笑う。
「聞こえなかったか?ルキアに俺と結婚してくれって言うんだよ!」


「恋次!お前・・・本気なのか?!」


あまりに唐突な恋次の言葉に、一護は思わず叫んだが、
恋次は一護に向かい眼差しも厳しく最後の楔を打ち込むように言葉を放つ。




「うるせぇ!俺はルキアにずっと本気なんだよ!!!」



「!!・・・恋次。」


ずっと胸に押し込めていた想いを吐き出した恋次は、目を閉じ自然と深く息を吸い込むと一度昂る胸を抑えた。
一護はその気迫に押され、恋次の名を呼んだ後は黙って固唾をのんで見守った。

やがて恋次は目を開けて、地上の明るさにくすんだ夜空に頼りなく光る星を見上げ、胸のうちの全てを晒しだす。



「・・・ずっと、ずっと、もういつからかなんて憶えてねぇくらい前から。
・・・一護!てめぇが産まれてくるずーっと前からルキアが好きだ!!」




「・・・!」


「だけど俺は一度ルキアの手を離してしまった・・・だから、ルキアが幸せならそれでいいって、
自分自身を誤魔化して、笑いたくもねぇのに笑って見せた。

それでルキアが満足するなら・・・俺はそれでいいんだって。」


「恋次・・・!」



そこで恋次は再び一護を睨みつけ、熱い想いと共に咆哮した。



「だけどもう我慢しねぇよ!俺はルキアが欲しい!ルキアを傷つける奴は、絶対に許さねぇ!!」



「恋次!俺は・・・!」


荒ぶる恋次の気迫に押されながら、それでも一護もルキアを想い口を開くが、その言葉を紡ぐことを許さず恋次は叫ぶ。





「戦ってやるよ、ルキアの為に!お前とも!朽木隊長とも!ルキアの為なら俺は絶対に、負けはしねぇんだ!!!」





突然恋次は腰に差された刀を鞘ごと抜き取り、顔の高さまで掲げ上げると小さな声で呟いた。
「悪いな、蛇尾丸。今回は脇で見ていてくれよ。」

そして刀を足元に落とし、一護に向かって歩み寄っていく。


「武器を持たない相手を斬るのは主義に反する。こいよ一護。お互い妙な小細工抜きだ。」


そう言うと恋次は右手を左手のひらに思い切りよく叩きつける。
バチンッ!!
と乾いた力強い音が静かな園内に響く。



「男同士、正々堂々拳で決着つけようぜ!俺が負けたら、ルキアの居所教えてやるよ。」

「・・・いいぜ、こい恋次!」


一護と恋次。互いの双眸が熱い炎で燃え滾る。
この勝負、絶対負けるわけにはいかない。


敗者はルキアを永遠に失うことになるのだから。


「「う・・・おおおおおっ!!!」」


二人は互いに咆哮し、拳を構え相手に飛び掛っていった。

 

 

 

同じ頃、石田雨竜は行きつけの「ヒマワリソーイング」で買い物を済ませ店から出た所、走ってきた織姫と遭遇した。

「あ!危ない・・!どうしたの?井上さん?!」
「ご、ごめんなさい・・・!あれ?石田くん?」
危うくぶつかりかけ、織姫の腕を掴んだ石田は織姫と気付いて驚いた。

「どうしたのこんな時間に?・・・ずいぶん疲れてるみたいだけど。」
「あ、う、うん。ちょ、ちょっとね・・・。あ!石田くん!朽木さん!朽木さん見なかった?!」

織姫は辛そうに息を切らせながら石田に詰め寄った。
織姫の大きな胸がくっつかんばかりの勢いに押され、石田は必死になって織姫を支える。

「ちょ!ちょっと井上さん落ち着いて!・・・朽木さん?朽木さんこっちに来ているの?」
「う、うん。・・・昨日あたしの所に泊ったんだけど、今朝からいなくなっちゃって・・・。
黒崎くんが探しているけど、まだ見つからないみたいだし・・・やっぱりわたしのせいなんだ・・・」

織姫は店のまん前で人目を憚らず瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうになっている。

「わぁ!ちょ、ちょっと井上さん?!こ、ここじゃなんだから、向こうで話そうよ?ね?」
「・・・うん。」
オロオロと狼狽する石田に導かれ、織姫は素直にその場を離れた。

 

 

数十分後、一護、恋次は互いの顔を腫らし、息も荒く睨み合っていた。
激しい殴り合いは五分の戦いで、このままでは決着がつきそうにない。

「・・・どうした一護?こんなもんかよ?まだまだ効いてねぇんだよ!」
「・・・お前もな、恋次。これが副隊長さまの実力か?これじゃあ、ルキアはまかせらんねぇな!」
「てめっ・・・!」
「なんだよ・・・!」


ガッと互いの襟を掴み締め上げた体勢のままで、二人の動きは止まった。


ごく間近で睨み合い、その情熱はどちらも衰えてはいなかった。
短い間荒く繰り返される互いの息遣いを聞き、睨み続ける。


「・・・・だ。」
「・・・・なんだ?」

激しい息切れの間に、最初に言葉を発したのは恋次であった。
恋次の瞳は怒りの他に別の感情が混ざり、その真意が汲み取れず、一護は一瞬困惑する。

「・・・なんでだ?一護・・・なんで・・・ルキアを・・・待てなかった?」
「!!!」

「あいつ・・・あいつは・・・ずっと、お前に会うために・・・ずっと頑張っていたのに・・・!」

恋次の言葉に一護はきつく唇を噛み締めた。
切れた口の端から流れた血の味が口中に広がる。

しかしその痛み以上に、胸が痛む。

恋次は自分のこと以上にルキアを想い、つらそうに顔を伏せた。
「ルキアは・・・本当に・・・お前が、一番大切だったのに・・・お前は、そうじゃなかったのか?」

「・・・恋次。」

やがて恋次の手は一護から離れ、力なく垂れ下がり、合わせて一護も襟から手を離し恋次の様子を窺った。

恋次の瞳にもはや炎はなく、悲しみを湛えた静かな湖面のようであった。


(恋次・・・お前そこまでルキアを・・・!)
知っていたはずなのに、ここまでルキアに対する恋次の想いをぶつけられ、一護も固く決意する。


俺が餓鬼だったせいで、皆を巻き込んでしまった。
もう心を誤魔化すことは許されない。
勇気を持って立ち向かうのだ。



一護は噛み締めた唇を解き、恋次に向かって話し出す。

それは誰にも打ち明けられなかった一護の本心であった。



「・・・悪い恋次。俺が・・・俺が餓鬼だったせいで、お前もルキアも井上も・・・皆巻き込んじまった。
でも、もう逃げるのはやめた。俺は・・・俺が一番大切なのは、間違いなくルキアだ。」


恋次がはっとしたように顔をあげ、一護を見つめる。
その視線を真正面から受け止めても一護は揺らがず、言葉を続けた。



「この世界でも、そっちの世界でも、誰よりもルキアが好きだ。・・・一生側にいて欲しい。」



「・・・だったら、なんで!」





「恐かったんだよ!!」





恋次の言葉を遮り、一護は吠えた。


その勢いにのまれ、今度は恋次が沈黙する。


先程とは真逆の立場になった一護は、固く閉ざして封印していた本当の想いをゆっくりと声にしていく。


「俺は人間で、死神の力も失って・・・ルキアは死神だ。住む世界も時間も違う。
一時ルキアの心が俺にあっても、いつあいつがやっぱり人間とは一緒になれないと言われても俺にはどうすることも出来ない。
普通に老衰で死んであいつの側に行けるようになっても、そん時俺は爺さんになっている。・・・お前達は若いままだろう?」


「・・・一護。」

「それに、俺もルキアも何も言わないまま、次いつ会えるかわからないまま離れたんだ。
気がつけば二年近く時間もたってる。・・・なのに俺はルキアを想ったままだ。
・・・ずっとこんな風に生活しなきゃいけないのかと思ったら・・・すっげー恐くなった。」


「・・・」

「約束も何もないのに俺はルキアを想って、待って、そんな風にずっと年を重ねていくのかと思うと恐かった。
ルキア以外誰も愛せず、そんな風に爺さんになって一人ひっそり死ななきゃいけないのかと思ったら・・・恐かった。」



一護は溜め込んだ不安を吐き出すように喋り続け、知らぬ内に身体が小刻みに震えていた。


「もう死神の力はないし、そっちに行こうにも浦原さんもいない。どうしているのか連絡もない。
夜中に目が覚めてルキアがいた押入れを開けて中を確認したりして・・・俺はどこまでルキアを待っていればいいのかわからなくなった。
・・・だから、早く忘れたくなったんだ。好きだから、すっげぇルキアが好きだったから・・恐くて!!」



恋次は驚愕に目を見開き、叫ぶ一護を凝視する。
そしてごく当たり前のことに気がついた。



こいつも・・・人間だったんだ。)


死神の力を得て強大な敵と戦い勝利した一護は、恋次の目から見ても力強い存在で、普通の人間とは思えなくなっていた。
だが一護も短い一生を生きる人間の一人だった。
生きることを許された時間は死神にとってはとるに足りない時間だったが、人間はその時間枠でのみ輝こうと必死になっている。
きっと一護の時間が死神のように無限であれば、約束も保障もなくてもいつまでもルキアを待てたはずだ。


そんな根本的な違いを無視して、一護を責め続けたことを恋次は深く後悔していた。

一護の想いはまだ続き、悔恨の念に声が震える。
「・・・井上と付き合うことにしたのは、知らないやつじゃなかったし、嫌いでもなかった。
特に断る理由もなかったから・・・丁度いいと思ったんだ。・・・見た目も性格もルキアとは正反対で、いつか好きになれればいいって・・・。」


「・・・一護。」

「井上には悪いことしちまった。そんな風に思ったこと事態、全然ルキアを忘れることなんか出来ないのに。
・・・謝っても許されないことだとわかってる。・・・俺が悪いんだ。俺が弱かったから・・・」


「・・・本当だぜ。あんな可愛い子泣かすなんて、お前は大莫迦ヤローだ!」

「・・・本当だな。」

二人の男はそれぞれの想いを抱き、しばらくの間黙り込む。
どちらも胸の奥にしまいこんだ決して言葉に出来なかった想いを全て吐き出し、少しだけ心が軽くなったような気がしていた。
そして互いに、ルキアを想う心の強さに驚きと同時に賞賛する気持ちになっていた。


やがて恋次はぽつりと呟く。
「一護。」
「・・・なんだ?」

「今回だけだ。今回だけは・・・譲ってやる。ただし、次はねぇぞ。
次にルキアを不安にさせたら・・そん時はどんなことしても奪ってやる。・・・それだけは覚悟しておけよ。」


「恋次・・・もうルキアを絶対に悲しませない。約束する。」


一護の言葉に恋次は力強く頷き、それから空を振り仰ぐ。
「一護・・・ルキアは今移動している。俺の霊圧を感じて連れ戻されると思ったんだろう。逃げ回ってるみてぇだ。」
「なっ!!・・・どこいら辺かもわかんねぇのか?!」
「そうだな・・・そんなに広範囲じゃねぇが、お前の家を中心にぐるぐる回っている感じだ。今は・・・浦原さんの所が近い。」
「・・・そうか。・・・とにかくルキアがここにいるのがわかっただけでも良かった。」
「・・・あいつを捕まえるのは簡単じゃねーぞ。餓鬼の頃、鬼ごっこで最後まで逃げられてた。」
「そうだな。・・・でも、もう逃がしたりしねぇさ。」


恋次は自分に出来ることはここまでだと感じていた。
今ここでルキアを追い連れ戻すのは自分の役目じゃない。

「・・・そうか。」

恋次はふっと笑い、さてと大きく伸びをした。
「それじゃ、俺は帰る。」
「は?!帰るって、尺魂界か?」
一護は驚愕に目を丸くして恋次を見た。

「ばーか。他に俺はどこに帰るんだよ?」
「そ、そりゃそうだけどよ・・・」
「ルキアから聞いてないのか?あっちはまだまだ大変なんだよ。
・・・俺はルキアが心配だったから、無理矢理頼んで時間休もらって来ただけだ。」


「そうまでしてルキアの為に駆けつけたのか。
一護は恋次の想いの深さに改めて胸を打たれた。


「恋次・・・」
「じゃあな一護。・・・次はいつ会えるかわかんねぇけど、元気でいろよ。」
「お前もな。恋次。」

「・・・約束、忘れんな。」

恋次は最後にそうとだけ言葉を残し、勢いよく空へと飛び去った。
一護はすでに見えなくなった恋次の方へ向かい、決意を胸に拳を固める。

「ありがとう。恋次。」

恋次の痛い程ルキアを想う気持ちを感じ、自分の弱さや軽率さに腹が立つ。
しかし、間違いは正せるはず。
一護の心に迷いはなく、ルキアの姿を求め闇の中駆け出していった。






尺魂界へ戻った恋次は、そっと六番隊の庶務室へ戻ってきた。

「遅いぞ恋次。」
「くっ?!朽木隊長・・・?!!!」

明かりも灯さぬ室内で、朽木白哉は窓から月を眺めたまま静かに佇んでいた。
全く気配を感じなかったので恋次は激しく驚いた。


「時間休は二時間のはずだ。・・・もう三十分過ぎている。」
「す、すみません!朽木隊長!!・・・や、もっと早く戻るはずだったんですが・・・」
一護と相対する一時間以上前から、恋次は現世に着いていた。
その間なにをしていたかとゆうと、ルキアを連れ戻すべきかずっと悩んでいたのだ。
恋次の霊圧を感じた途端、ルキアはずっと逃げ回っていた。それは今そちらへ戻ることを望まぬ意思の表れであり、
悩みぬいた挙句恋次はルキアには会わず、一護の元へ出向く事を決めたのだ。

一護の真意を聞き出すために。


「言い訳は必要ない。給与から然るべき分引いておく。」

「・・・はい。」

白哉はそれだけ言うと恋次の横をすり抜け戸口へと向かう。
恋次は行灯へ明かりを灯し、自分の机の上に山と積まれた書類を見やりひっそりと溜息をつく。

「恋次。」
「は?!はいっ!!!」
もういなくなったと思っていた白哉の声がし、またしても恋次は飛び上がらんばかりに驚いた。


振り向くと白哉は戸口へと立ち塞がり、冷たく瞳を輝かせている。

「貴様の牙では私の喉を噛み切ることは不可能だ。それだけは肝に命じておけ。」


白哉は冷えた声で恋次の胸を貫き、それから身を翻し姿を消した。
恋次はしばし硬直したまま立ち尽くし、やがて力なくその場に崩れ落ちた。

「・・・なんだよ。全部見られてたのか・・・」
呟き恋次は喉の奥で笑いを漏らす。

ルキアの義兄様は、俺が思っていた以上にルキアを大事に想っていてくれる。
いつも私などと自分を蔑む、後ろ向きなルキアに言ってやりたい。


お前は、愛されていい存在なんだ。


「あの場の勢いで言ったことくらい、許して下さいよ。朽木隊長・・・」


恋次はそう言って月を見上げる。


嬉しいような悲しいような奇妙な感じが混ざり合い、無性に月に向かって吠えたいような。


そんな気分の夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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