時刻はまだ朝の八時を少し過ぎたばかりだったが、規則正しい黒崎家は休み前と生活規則が変わらず、
一護が朝食を終えたばかりのところへ電話がなった。


対応に出た夏梨から呼ばれて受話器を受け取ると、織姫の声が叫ぶように聞こえてきた。

受話器を握り締め、一護は呆然と呟く。

「―――いなくなった?ルキアが?」





第四話 『失踪』





受話器の向こうでは泣きそうな声で慌てる織姫が、一生懸命状況を伝えているが全く要領をえない。
一護は苛立ちを抑え、なんとか織姫を落ち着かせようと試みる。

「井上!落ち着け。頼むから落ち着いてくれ。とにかく深呼吸してくれ。そうだ。深呼吸だ。」

一護の言葉に素直に織姫は深呼吸を数度行う。
すると幾分落ち着きを取り戻し、織姫は順を追って状況を説明した。

『あ、あたし達、昨日十時には布団に入って・・・今朝八時にわたしが起きたら、テーブルに書置きがあって、
それに“世話になった。現世での急ぎの仕事があるので失礼する。ありがとう。”って書いてあって・・・』


「・・・それだけか?他に何も書いてないのか?」
『あ、あ、えっと・・・“一護と幸せになってくれ”って・・・』
「・・・!!」
『どうしよう黒崎くん!!やっぱりあたしが・・あたしが悪かったのかな?!』
「落ち着け井上。お前が悪いことなんかねぇって。」
『でも・・・でもわたし・・・!!』
「今は危険な虚がいるわけでもないんだし、あいつひとりで居ても心配ないはずだ。」
『黒崎くん・・・』
「一応俺は心当たり探してみる。なんかあったら連絡してくれ。」
『う、うん・・・。』

一護は電話を切るや否や自室へ飛び込み身支度を整えた。
(くそ!死神の力はあれば霊圧探って一発でわかるのに・・・!)
一護の死神の力は最後の戦いで消滅しており、今はルキアに出会う前の霊力しか残っていない。
それは織姫、茶度も同様で皆一様に力を失っている。

「親父!!緊急事態なんだ!携帯借りるぞ!それから今日は門限破らせてもらう!!」
一心の携帯を掴むと玄関から診療所へ怒鳴り、既に気温の上がり始めた外へ出る。

(ルキア・・・!!!)

織姫にはなんでもない風を装っていたが、一護の心は焦燥感でいっぱいになっており、
足は自然と現世の死神在中所になった『浦原商店』に向かって駆け出していた。

 

 

ガンガンガンガン・・・!!!
まだ開店していない浦原商店のシャッターを力一杯叩きつけ、一護は声を張り上げた。
「おい!いるか!開けてくれ!!」

すると間もなく中からシャッターから押し上げられ、誰かが出てきた。
「・・・どうしました?まだ開店時間では・・・」

「ルキアはいるか?!」
出てきた死神の顔も見ず、間髪入れず問いただす。

「えっ?!・・・あ、あぁ・・黒崎さん?」
「お前・・・花太郎か?」

「はい!どうもお久しぶりです!先月から現世担当になったんですが、色々忙しくてご挨拶にも行かず申し訳ありませんでした。」
対応に出てきた死神は昔馴染みの四番隊七席から五席に昇進した山田花太郎であり、一護に向かい丁寧に頭を下げた。

「そうかお前が・・・。いや、悪いが急いでるんだ。ルキアは、来ていないか?」
「ルキアさんですか?!いいえ。こちらにはお見えになっていませんよ?」
「・・・そうか。」

「ルキアさん。こちらにいらっしゃってるんですか?・・・おかしいなぁ。」
花太郎は小さな頭を傾げ、そう呟くのを一護は聞き逃さなかった。

「おかしいって・・・なにがおかしいんだ?」
「あ、いえ・・・尺魂界はまだまだ次元の修復がされている最中で、
担当区域を離れるなんて余程のことがない限り許されるはずないのですが・・・あぁ、でも。」


花太郎は一護に向き直り、ニッコリと微笑んだ。
「どうしても一護さんに会いに来たかったんですね!」

「・・・え?」

無邪気な花太郎の言葉に、一護の胸になにかが刺さった。

「僕、半年くらい前に一度ルキアさんにお会いしたんですよ。
その時、ルキアさん睡眠時間もあまりとらずに働き過ぎて倒れてしまったんです。
それでなんでそんなに無茶なさるのかお聞きしたら、ルキアさん笑って言ってました。」

 

『急がないと、一護が大人になってしまう。』

 

「・・・ルキア、が?」

「ええ!ずいぶん無理をして時間を作られたようですよ。ですから、ルキアさんと大切に過ごしてあげて下さい。」

花太郎の言葉に一護は返す言葉がなかった。

それでもなんとか携帯の番号を花太郎へ教え、ルキアが立ち寄ったら連絡して欲しいと頼み浦原商店を後にした。

(ルキア・・・ルキア・・・ルキア・・・!)

一護は呪文のように彼女の名を胸の中で繰り返し、その小さな姿を求め、熱した街に駆け出していった。

 

 

 

ルキアと一緒に通った高校。
二度目に死神化しルキアに連れて来られた公園。
ルキアが気に入っていた白玉のうまい和菓子屋。
ルキアが行ってみたいと言っていた可愛い雑貨屋。

ルキアと共に過ごした期間は短かったはずなのに、
考えてみるとこの街はルキアとの思い出に溢れていることに一護は驚いた。


そして、そのひとつひとつを律儀に憶えていた自分自身にも。

(ルキア・・・!)

一護は彼女の名を胸の中で叫びながら、乾いた街を駆け抜けた。





すっかり日が沈んで夜になり、一護は一日中駆けずり回り疲れた身体を引きずって、
河川敷に広がる公園にやってきた。


闇に沈んだ公園内を見回し幾度か名を呼んでみるが、ルキアの姿はない。
公園に設置された時計を見上げると、時間はもう九時を回っていた。

まさかもう尺魂界へ帰ってしまったのではないか?

その考えにぞっとして一護は思わず右手で左腕を掴んだ。
しかしその可能性もない訳ではないだろう。
(どうしたらいい?ルキアがどこにいるのか・・・どうしたらわかる?)
必死に考え、一護ははっと思いつく。

「そうだ!花太郎に霊圧を探ってもらえばいい!!」
思わず一護は叫び、同時にポケットの携帯に手を伸ばす。

そうだ!なぜもっと早く気付かなかったのか?!
そうすれば朝の時点でもう見つかっていたかもしれないのに。

ルキアの失踪に混乱していたとはいえ、自分の愚かさを呪わずにはいられない。
そして花太郎の気の利かなさ加減に、八つ当たり気味に腹を立てた。



しかし一護の手が携帯を掴みだす前に、突然空から雷のような光が閃き真横に落ちてきた。




一護は咄嗟に反応し、必死になってその場から身体を捻って転がり避ける。

バシィッ!
空気を切り裂く音がして、一護が居たすれすれの場所の地面が小さくえぐられていた。

「久しぶりの割りには、いい反応だ。」


倒れ伏した一護の頭上から、懐かしい男の声がする。

「しばらくだな。一護。」

「・・恋次!お前・・・」


一護は地面に転がったまま顔を上げると、そこには六番隊副隊長阿波井恋次が印象的な赤い髪をなびかせながら空に浮かび、
一護を見下ろしている。


恋次は地上へと降り立つと、一護の元へ真っ直ぐに歩み寄って来た。

「・・・なんの、つもりだ。」
すでに立ち上がっていた一護は、軽く服の汚れを払い、眼差しも厳しく恋次を睨みつける。
しかし恋次は動じず、嫌味な笑みを浮かべ真っ直ぐに視線をあわせてくる。

「そう怒るなって。ただの挨拶だ。しばらく実戦離れてるからどこまで反応するか見たかっただけだ。」
「にしても限度があんだろ?!つまんねぇことすんじゃねぇよ!」


一護の言葉に恋次の顔から笑いがすっと消え、その双眸に静かな炎が灯る。


「・・・その言葉、そっくりお前に返すぜ。」
「なに?」

恋次の言わんとすることを掴みかね、一護は訝しげに眉ねをしかめた。
しかし恋次は一護を睨みつけたまま、溢れる怒りを隠しもせず一喝した。



「てめぇ・・・ルキアにつまんねぇことすんじゃねぇ!!」


「なっ・・・!!!」
恋次の口からルキアの名が出たことに狼狽し、一護は思わず息をのむ。

恋次は落ち着きをなくした一護の様子を観察し、それから視線を外すと吐き捨てるよう話し出す。


「昨日ルキアから連絡がきたが、それ以降何度通信しようとしても捕まらねぇ。
お前達のことも聞いた。あの井上って子と付き合ってるそうじゃねぇか。
俺も莫迦だよな。こっちでそんな事になってんなら、つまんねぇ遠慮なんかするんじゃなかったぜ。」

「・・・ルキアは、そっちに帰っていないのか?」

一護の問いに恋次は再び視線を合わせ、周囲の空気を震わせ猛る怒りをそのままに怒鳴りつけた。


「あぁいねぇよ!ルキアは、ここにいる!」


だが一護も負けてはいない。こんなことで怯んでいる暇はない。
早くルキアを探し出さなければならないからだ。

一護は必死な形相で、恋次に向かって詰め寄る。


「頼む恋次!ルキアがどこにいるのか教えてくれ!お前なら、すぐわかるんだろ?!」

恋次は近づいてくる一護を上から見下ろし、口元を歪めて嘲り笑う。


「あぁわかるさ。・・・でもな、てめぇにゃ絶対に教えねぇ!!」
「恋次・・・!!」


オレンジ髪の少年の瞳には焦燥が、燃える赤髪の死神の瞳には激しい怒りが映し出されている。

そしてどちらの胸にも、同じ死神の姿が色濃く陰を落としていた。


(ルキア・・・!)


その死神の為、両者一歩も引くわけにはいかない。


夜の公園で相対する少年と死神の間に、熱い火花が飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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