突然ルキアが現れた夜から一晩たち、翌日ルキアと共に一護は織姫に会いに出掛けた。

雲ひとつない嫌がらせのような晴天に、一護は表情も暗く俯いて歩く。

「こら一護!なにをのんびり歩いているか?!待ち合わせに遅れてしまうではないか!」

数歩前を歩いていたルキアに振り向き怒鳴られ、一護は無言で歩幅を広げた。
ルキアはどこで調達したものか、現世用の水色のシンプルなワンピースを身にまとい、道の真ん中で仁王立ちして一護を睨む。
しかし一護は動じず、歩調を変えずにゆっくりとしか進まない。
いや、身体が重くて進めないのだ。


(・・・行きたくねぇ。)
一護は昨夜決まった今日この集会の為に、幾度同じことを繰り返し思い、結局一睡も出来ぬまま夜を明かした。







第二話 『諸刃』





一護は織姫と付き合っている。
昨夜、決死の思いでルキアに告げた。

「・・・そ、そうだったのか!やるではないか!一護!!」
数秒の沈黙の後、驚き上ずった声でルキアは叫んだ。

ルキアは妙に生き生きしたように、良かった良かったとしきりに言う。
一護はそれを微妙な気分で聞いていた。
「貴様のような無愛想な奴にはもったいないが、井上も余程物好きだな!」

「・・・うるせー。」
ルキアの言葉に気落ちした声で応じ、一護はルキアから顔を背ける。
しかし次の瞬間、ルキアはとんでもない事を提案した。


「では折角だから三人で会わねばならん!」
「はっ?!」

一護は慌ててルキアを見ると、言ううが早いがルキアは携帯とソックリの機器を取り出し、登録してある織姫の番号を発信する。

「お、おい!なんで、三人で会わなきゃならねぇーんだよ?!」
「五月蝿い!通話中は静かにせんか!!」
「まだ、出てねぇだろう!!」
「おっ!出たぞ。・・・井上か?私は朽木ルキアだ。憶えているか?」

後は二人の会話の流れで三人揃ってカフェで会うことに取り決められ、
ルキアの横で散々拒否した一護の意見は見事なまでに無視された。


 

(・・・行きたくねぇ。)
一護は呪文のように繰り返し呟くが、足は目的地へ向かっており、残念ながらカフェはすぐそこだ。

「お!あれだな一護!」
「・・・みたいだな。」

思いっきり不機嫌な表情で一護は不承不承頷く。
見ると昼食前にも関わらず店内は一杯で、オープンテラスのテーブルに落ち着かない様子の織姫が座っているのが見えた。

「あそこにいるのは井上だな?!・・・おーい!!井上!!!」
「ばっ!!・・・お前、恥ずかしいから大声出すな!!」

少しでも遅く辿り着きたいのに、辿り着く前に気が乗らぬお茶会が始ってしまった。
ルキアは大声で叫び手を振り、当然織姫は気付き驚いたように立ち上がった。

「く、朽木さん・・・!!」
「久しぶりだな井上。変わりないようでなによりだ。」

一護とルキアは外から直接織姫のいるテーブルに近づく。
ルキアと織姫は一通り久しぶりに会った友人同士が交わす、型通りの軽い近況報告を行う。

話しが落ち着くと、織姫は一護の方を伺いはにかみながら挨拶をした。

「お、おはよう!黒崎くん。」
一護はなんとなく気まずい気分で、口の中でもそもそと返答した。
「あぁ・・・」

「こら一護!なにが『あぁ』だ!格好つけおって!もう亭主ヅラしておるのか?」
「だ、誰が亭主だ!!」

しかしルキアの手厳しい突っ込みに過剰に反応してしまい、我に返った一護は無言で椅子に座る。

一護は内心席が丸テーブルを囲むタイプで良かったと激しく安堵していた。
通常の四角いテーブルを椅子二脚づつで囲むタイプであれば、ルキアか織姫どちらか側につかねばならない。
女二人で同じ方へ座ってくれればいいのだが、一応付き合っている同志が同じ方へ座るのが道理であろう。
だがそんな事を当然のように出来る訳もなく、昨夜は本気で思案していたが取り越し苦労に終わり胸を撫で下ろす。

一護が座ったことでルキア、織姫も席に着く。
ウェイターが水とお絞りを持ってきたので、既に注文済みの織姫にならい一護とルキアも適当な飲み物をオーダーした。

「現世の飲み物は相変わらずよくわからんな。」
ルキアは無難にオレンジジュースを頼んでおり、メニュー表に載っている数種類の紅茶の名を見て、眉をしかめて呟いた。

「そうだね、私もありすぎてよくわかんないや。・・・朽木さん、今日は外でお茶したかったんだよね?
私の家でも良かったんだよ?ここじゃゆっくり出来ないんじゃない?」

気遣う織姫にルキアはニヤリと笑ってみせる。
「私も久々の休暇なので、現世らしい休暇の過ごし方をしてみようかと思ってな。
そしたらなにかの雑誌で『休日はお洒落なかふぇ』に行くものだと載っていたのだ。」

よく勉強しているだろう?とでも言いたげにルキアは得意満面で話していたが、
既に居心地の悪い一護は落ち着きなく身体を小刻みに揺らし、ちびちびと水を飲んでいた。


「それに。」
そんな明らかに話を聞いていない様子の一護に向かい、ルキアは大声で言い放つ。

「恋人同士でかふぇに行くのも常識ではないか?」

ぶぅーーーーっ!!!

ルキアの攻撃に一護は誰も居ない空間に口に含んでいた水を噴き放つ。

「く、黒崎くん?!大丈夫?」
「これしきのことで動揺するとは・・・男として情けないとは思わんのか?」
「おま・・・どっからそんな情報仕入れてくんだよ?!」

幸い少量の水だったから一護の噴出した水は綺麗な霧状になり、大惨事は免れた。
それでも織姫は腰を浮かせ手元のお絞りを心配そうに一護へと差し出す。
一護はややためらったが、受け取らないのは失礼な気がして礼を言ってお絞りを手に取った。

「そんなこと現世では常識なのであろう?」
ルキアといえば知らん顔したまま運ばれてきたジュースにストローを差し啜りこむ。

「・・・てっめぇ!」
「お、落ち着いて!黒崎くん・・・!」
そんなルキアの態度に言いようのない苛立ちを募らせ一護は声を荒げたが、
仲裁してくれる織姫の顔をたてギリッと唇を噛み締める。

(くそっ・・・!ルキアのやつ!一体どーゆーつもりなんだ?!)

付き合いたての二人をからかいたくて仕方がないのか、ルキアの言葉にはいちいち毒を感じる。
意識しすぎている自分の被害妄想も多分に含まれているだろうが、なんにせよ一護は面白くない。
一護は眉間の皺を一層深くし、不機嫌に自分のアイスコーヒーにミルクとガムシロップを投入し雑に掻き混ぜた。

場の空気が険悪になっていくのを肌で感じた織姫は、なんとか取り繕うと明るい声でルキアに話しかけた。
「あ、あ、あの!朽木さんはむこうで何してたの?」


「ん?そうだな・・・やはり藍染の残した爪痕はなかなか深くてな。
あちらでは今もまだ完全に修復しきれていない事が多いのだ。それは歪んだ次元だったり、
破壊された瀞霊廷だったり、新しい護廷の人選や教育、また新しい防御システムの開発などまだ対面が整ってはおらんのだ。」


「へぇ・・・まだすごく大変なんだねぇ・・・」
「そうは言っても、私などはあまり専門知識がある訳ではないから、庶務作業ばかりしていて楽な方だよ。
あぁ、あいつはひどく大変そうだがな。あちらに戻ってから一度も顔を見ていない。
一体どこで何の作業をしているのか検討もつかんが、相変わらず下駄に帽子でウロウロしていたと誰かから伝え聞いた。」


ルキアの説明に、一人だけ思い当たる人物を思い出し、一護は思わず呟いた。
「・・・浦原さんか。」
「そうだ。」

世界を救う大戦の功労者であった浦原は、尺魂界追放の罪を解かれ向こうへ戻った途端、技術開発者として中心的に指揮をふるうことになった。

現世での『浦原商店』は名も店舗もそのままに、別の死神達の在中場所として今でも健在であり、
秘かに一護は何度か店先まで足を運び、自分の知った死神はいないか探ったこともあった。

しかしそれも一年以上前の話で、それ以降一度も訪ねはしていない。
そんなことをしたのも、目の前でジュースを飲んでいる死神の様子を探りたかったからだった。

「そんな訳で皆忙しいが元気にやっている。しかし日常生活に影響はないものの、
修復作業が完全に完了出来るのは、簡単に見積もって百年はかかるらしい。」

ルキアは深く溜息をつき、ストローに口をつける。
その動作を何気なく見守っていた一護は、突然昔のことを思い出した。

(そういえばコイツ、最初ストローの使い方もわかんなかったんだよな・・・)

ルキアと昼食を共にしていた高校の屋上。
緊急避難に義骸に入ったルキアは転校生として一護の前に再び現れた。
それこそ織姫の兄の虚と戦った次の日の昼食時、ルキアは手にしていた紙パックを掲げて聞いてきた。

『これはどうやって飲むのだ?』
『あ?どうってストローさしてにきまってんだろ。』
『ストロー?』

あの頃は現世のことなどほとんどなにも知らなくて、俺が全て教えてやった。

あんな些細な出来事まで思い出すと懐かしさに、つい笑みを漏らしてしまいそうになり、そして不意に悲しくなる。

ほんの二年の月日が流れただけで、あの頃があんなにも遠い。

目の前にはかつて自分と共にあった『死神』と、仲間であり現在は『彼女』となった少女らが楽しげに語らっている。
その奇妙な構図に違和感を覚え、一護はひとり視線を空へ逃がす。
そうすることで自分の心の居場所を探り、気持ちをどんどん飛ばしていった。


この息苦しく不自然な状況から、一刻も早く解放されることを願いながら。

 

 

 

結局そのカフェでランチまで食べてから三人は揃って店を出た。

普段の一護ならとても足りない量にも関わらず、食欲がなかったせいか妙に苦しい。
数歩前を歩きながら飽きもせず延々と喋り続ける二人を眺め、表情も厳しく一護は思う。

(俺は、いつまで付き合えばいいんだ?)

もうとっくに限界を越していたが、帰るともいえず一護は険悪な表情で二人の後をついてく。
するとそんな一護の様子を気付いていた織姫が、振り向き一護に声をかけた。

「ごめんね黒崎くん。ずっと退屈だったでしょ?私達これから一緒に買い物行くんだ。
だから後は黒崎くんの好きにしていいよ。」

「お、おぉ・・・そうか。んじゃ、俺帰るわ。」

離脱許可に一護は見るからにホッと安堵した表情になり、早々にその場を立ち去ろうとする。
しかしそんな二人の様子を見ていたルキアは、口の端を持ち上げ冷ややかに笑った。

「さすがの一護も、可愛い彼女の言うことは大人しく聞くのだな。」

「!!・・・」

いわれのない侮蔑を受けたような怒りが一護の身体を瞬時に巡り、激しい感情の昂りのあまり一瞬言葉を失った。
織姫も驚いたようにルキアを見つめ、それから動かぬ一護を仰ぎ見た。

「・・・てっめぇは本っ当にいちいちうるっせーんだよ!!!
呼びもしねぇのに勝手に押しかけて来て、他に言うことねぇのかよ!!」

一護は積もった苛々を晴らすかのように往来にも関わらず本気で怒鳴り、後は背を向け足早に去っていく。
ルキアは一護の怒りを浴びても表情を崩さぬまま、小さくなる後姿を見守っていた。

「・・・朽木さん。だめだよ。黒崎くん、あんなこと言われるの、すごく嫌いなんだよ?」
とりなす織姫の言葉に、ルキアは胸の中だけで返答する。

(知っている。嫌いなのを知っていたから、わざと言ってやったのだ。)

「・・・あれ位で怒るなど、奴もやはりまだまだ餓鬼だ。」
そう冷たく言い放つとルキアも一護に背を向け、反対方向へ歩き出す。

二人の中間に残された織姫は一瞬悩み、遠ざかる一護の方を振り返りながらルキアの後を追った。
やがて追いついてきた織姫を見ないまま、ルキアは静かに呟いた。

「・・・井上、頼みがある。」
「あたしに?うんいいよ?なに?」
「今晩、井上の所に泊めてくれないか?」
「あたしの所?そんなの全然構わないよ!こっちにいる間、ずっと居ていいんだから。」
「・・・すまぬ。井上。」

ルキアの瞳は自己嫌悪に曇り、其れを織姫に悟られぬよう視線をそっと足元に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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