『初恋 観覧車』 第八話   ―観覧車―


ガチャン!

休日にはすごい人が溢れる観覧車も、平日の夕方から夜に変わりゆくこの時間は並ぶ者も少なく、
列に並んで程なく二人は観覧車へと乗り込んだ。
係員に外からしっかり鍵を下ろされ、向かい合う形で座った二人はゆっくりと空へ送り出される。
一護は特に感慨のない表情で、少しずつ遠くなっていく建物をただ眺めていたが、
ルキアは緊張に身体を強張らせ、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見渡す。
その様子を一護はちらりと見やると、挙動不審さ加減に呆れたように小さくため息を吐き出した。

「・・・少し落ち着けって。お前、高いところは好きなはずだろう?」

「それは・・・そうなのだが・・・・・な、なんだか妙な感じだな。」

「そうか?こんなもんだろ。・・・でも、俺も久しぶりだな。最後に乗ったのは・・・二年くらい前か?」

「二年前?・・・・・そうか。そんなに乗っていないのか。」

ルキアが一護へと視線を移せば、一護は少し俯きがちにその時を思い出し、優しい眼差しで口の端を笑みを浮かべている。

「妹達の付き合いでな。あの時は、もっと寒くて・・・秋、だったかな。
遊子が自分で乗りたいって言ったくせに、乗ったら高くて怖いって泣いて、ずーっと俺にしがみついてた。」

「そうか。良い、思い出だな。」

「そうだな。・・・・・俺も、そう思う。」

二人は共に無言になると、無機質な建物の上に広がりゆく空の、だんだん夜に沈みゆく綺麗なグラデーションを眺めた。
昼と夜の狭間の一瞬。
それはひどく短く儚い瞬間。
なんだか心細くなるようで、それでいて不思議に気持ちが静かに高揚していく。
ゆっくりとした速度で二人はもうすぐ頂上へと差し掛かる間際、静寂を破り一護が口を開く。

「・・・・・この観覧車さ、カップルで乗ると、別れる。とか言われてるらしいんだ。」

「・・・・・え?」

言われた意味合いが瞬時に理解できなかったルキアは、なんとなく不安げな影を瞳に落とし、問うように一護を見つめる。
しかし一護は視線を合わさず、相変わらず外を眺めたまま、まるで独り言のように言葉を繋げた。

「別に、俺とお前は付き合ってる訳じゃないし、そんなん関係ねーとか思いながら・・・それでも、お前連れてくんの、少し躊躇った。」

「一護・・・・・」

ルキアはなんと返すべきかわからず、やはり惑うような視線で一護を見つめ続けた。
それに一護はゆっくりと視線をルキアに合わせ、やけに困ったように表情で笑い、ルキアに向かって頭を下げる。

「結局、結構気にしてて・・・だから、ごめんな。こんなに来るの、遅くなっちまった。」

「そ、そんな事・・・・・・!」

これにルキアは言葉が詰まり、小さく顔を横に何度か振った。
ルキアにすれば、どんなに遅くなっても、一護が自分との約束を忘れず、果たそうとしていてくれた事の方が余程重要なのだから。
これに一護は柔らかな笑みを浮かべ、視線を窓の外へと移す。

「でもさ、そんなのおかしいって思わねぇ?」

「おかしい・・・とは、なにが?」


ルキアの問いかけに、一護はしばし黙り込む。
観覧車は頂上に到達した時、ゆっくりと一護は言った。



「だってさ、これに乗ると別れるとか・・・・こんな観覧車に、好きな奴と意外、誰と乗んだよ。」

「・・・・・!」

「家族と友達だけなんて、おかしいだろ?
これだけ綺麗な景色、大事な人と、一緒に見たいって思うだろ?
・・・そう、思わないか?ルキア・・・・・」

「い・・・一護・・・・・」


観覧車は既に下降していくのを感じながら、ルキアの心だけはふわふわと浮いているようだった。
真っ赤な顔で大きな瞳を更に見開き、それでも一護を真っ直ぐに見つめているルキアの様子を可笑しそうに笑い、一護は静かに立ち上がった。

「・・・・・そっち、行くぞ。」

「え?・・・やっ・・・!こ、こら!揺らすでない!!」

「少し位はしょーがねーだろ。・・・怖いのかよ。」

「揺れたら驚くに決まっているではないか!!」

「なんだよお前。死神のくせに。」

「死神なんて、関係ない!!」

今度は怒りに顔を赤くし、隣の一護を見上げてルキアは叫ぶ。
これに一瞬驚いたように一護は目を丸くし、それから苦笑するように何事か呟く。

「・・・・・そうだよな。本当にそうなんだ。・・・・死神なんて・・・関係・・ないんだ。」

「一護・・・?どうかしたのか?」

一護は突然姿勢を正し、ルキアの方へと顔を向けると、やや怒ったような強い口調で言い放つ。

「一回しか言わねぇぞ!・・・だから、ちゃんと聞いておけ。」

「?う、うむ。」

頭の上にたくさんの?を浮かべながらも素直に頷くルキアの前で、一護は軽く深呼吸をしてから、
ルキアの瞳をしっかりと見つめ、短く簡潔に大事な言葉を口にした。




「俺、お前が好きだ。」


「!!!」

「その事に、やっと気がついた。・・・だから、もう逃げねぇよ。」



一護からの突然の告白に、ルキアの心には爆弾が落とされた。
今聞いた言葉が信じられずに、ルキアは思わず一護にしがみつく。

「・・・え?・・・えぇ?い、一護!今・・今なんと・・・!?」

「・・・・・・一回しか言わねぇって、言ったろ!?」

「だ、だが・・・!今のは、聞き間違いかもしれぬではないか!!」

「あー!だから!聞こえてたんだろ!?聞き間違いじゃねぇから!・・・だから、勘弁してくれ・・・」

「そ、そうか・・・・・」




一護の耳が真っ赤に染まっているのに気づき、ルキアは掴んだシャツを思わず離す。
後はお互い言葉もなく、下に辿り着くまで無言のまま、暗く染まった外の景色を懸命に眺めているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※2009.7.22

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