俺を見ていない、その空虚な瞳と見合った瞬間。

その時、一護の脳裏に浮かんだのは、あの時のルキアの横顔。

とても淋しげに微笑んでいた、儚くも美しい、憂いに満ちた横顔で、その時一護は思わず見惚れていた。

でも違う、そうじゃない。


すぐそこにいるはずなのに、ひどく遠く感じてしまうような、
一枚の絵の中に閉じ込められたような、俺が好きなのはそんな幻のような微笑ではない。


まるで冬空に冴え冴えと輝く月のような、どんなに美しくても手の届かない。



ルキアには、そんな存在であって欲しくなど、ないんだ。

 

 

 

 

『 キミナキセカイ 』

 

 

 

 

「・・・忘れるのは決して、悪いことだけではないはずだ。」


小さな呟きがやけに大きく聞こえてきて、一護は読んでいた雑誌から顔を上げ目の前のルキアを見た。
いつものように一護の部屋で、一護はベットに寄りかかり、その向かいにはルキアがテーブルを挟んで二人は座っていた。
二人共風呂上りで、ルキアはパジャマ。一護は寝間着に着替えてテレビを観る事が多いこの時間。

普段はアニメやバラエティばかり観ているルキアには珍しく、今はドラマを熱心に観ている彼女の横顔。


綺麗だ。


一護は素直に、そう思えた。

ルキアは微笑んでいるはずなのに、その笑みに熱がなく、逆に冷たい静けさ、寂しさ、悲しさ、
そして憂いに満ちている、ひどく秀麗な、何ものも近づかせぬ孤高の美しさ。


普段のルキアには感じられない悲哀の雰囲気をまとうその微笑みに、一護は思わず見惚れてしまう。
しかしすぐにハッと我に返ると、体裁を保とうと乱暴に雑誌をめくりつつ、わざと粗野な感じに言い捨てた。

「んだよ。らしくもねーこと言いやがって。・・・また、あの事でも思い出したのか?」


一護の言葉に今度はルキアがハッとし、ひどく驚いたように大きな瞳を見開いて一護へと顔を向けた。

一護の言う『あの事』とは、ルキア自らの手で殺めてしまった、大切な存在であった海燕の事。
少し前までは誰にも触れられたくない、ルキアの中で絶対の禁忌であったはずの深い深い心の傷。


でもそれも昔の事。

今では、違う。



『あの人』を殺めてしまった事実は曲げようはなくても、それにより降り続けた心の雨は、目の前にいる人間の少年によりはらわれた。

思い出せばまだ心は小さく痛むが、それも前のような絶望に満ちた救いのないものではない。
現にこうして一護の口から普通に話題にされても、ルキアの心は動揺せず、
ただ一護がまだその事で、自分を気遣う心配りがあることに驚きを感じていた。

ルキアは驚きから、今度は苦笑するように微笑んだ。

「そうではない。あの事ではないよ。私が言っているのは・・・これからのことだ。」
「これから?」

一護は雑誌から目を上げ、ルキアを見る。
ルキアは少しだけ俯くと、ゆっくりとテレビへ視線を移す。


あぁ、またこの横顔か。


ルキアの心を支配したあの人のことでなければ、一体なにがルキアにこんな顔をさせているのか。
一護は胸の内に嫉妬心にも似たモヤモヤがたまっていくのを感じ、黙り込んでしまったルキアに話の続きを促がした。

「なぁ、なんのことだよ?これからのことって。」
「これから先、何が起こるかわからない。・・・そんなとこだ。」

謎かけしているようなルキアの言葉に、短気な少年はすぐに声を荒げてしまう。

「あぁ?何言ってんのか全然わかんねーよ。もっとわかりやすいように言えねーのか?」

これにルキアは、無言で観てるテレビを指差した。
一護も視線をテレビに移すと、そこには自分の頭を抱え泣いている女優と、それに寄り添う俳優が悲しげな表情をしている。

「これが、なんなんだよ?」
さっぱり要領を得ないルキアの行動に、一護は無愛想に質問し、ルキアは静かな声で説明を始めた。


「このドラマはな、女の方が、昨日の事も覚えられない病気にかかっているのだ。それを周囲の者が必死になって支えていく。

・・・それでも女は次の日には何も覚えていないのだ。

どんなに思っても、側で支えても、何かに書いて忘れないようにしていても、どうしても・・・忘れてしまうのだ。」


「・・・だから?」

綺麗な横顔を見せたまま、ルキアは声までも憂いに曇らせ、小さく呟くように言葉を紡ぐ。


「・・・・・・・ずっと、側にいるのであれば、忘れられるのは、つらいし、悲しい。
しかし、離れてしまう運命であれば、忘れるのは決して、悪いことだけではないはずだ。」



「・・・!」


ルキアの言葉に、一護は僅かに目を見開く。

こいつは、そんな事を考えていたのか?


今は一緒にいられても、いつか離れてしまう運命であれば、忘れた方がいい。


それはひどく、悲しいことではないのか。



一護はしばし唖然とルキアを見つめる。

ルキアの、綺麗な、まるでそこに居ないような、手の届かない存在であるような、そんな綺麗な、横顔を。


ルキアは長い睫毛をふせ、呟くように自分の想いを吐き出していく。

「過ごした時間が楽しかったのであれば、なおのこと。
自分では忘れたくても、忘れられない。
それならば、強制的にでも、忘れてしまった方が・・・良いではないのか?」


ルキアが口を閉じると、部屋には重苦しい沈黙が訪れる。

聞こえてくるのは、テレビで演技する者達の泣き声。
訪れた沈黙の寒々しさに、ルキアは自分の二の腕を掴み、身体が震えださないようにしっかりと掴む。

一護はしばし呆然としていたが、突然手にした雑誌を床に落として叫ぶ。


「てめぇは、なーにくだんねぇこと言ってんだよ!!」

「・・・え?」


二人はまだ、いわゆる恋人と言われるような間柄ではない。
しかし、胸の奥底では互いを完全に信じあい、その存在は誰も代わりになどならない。

暗に二人の未来を案じて言っていたルキアは、不安げに揺れる瞳で一護を見た。


「忘れたほうがいいって?なに言ってんだよ。忘れない方がいいんだよ!
どんなに悪いことでも、いい事なら絶対、忘れない方が、いいに決まってんだろう!!」


「・・・で、でも!覚えてるから、つらいのではないか?!だ、だったらいっそ・・・!」


ダンッ!



「んなこと、絶対ねぇんだよ!!!」



「・・・・!」


一護は勢いにまかせ、思わずテーブルを拳で叩きつけ叫んでいた。
激しい剣幕に、ルキアは思わず口を閉ざす。

そこで一護は興奮し過ぎた自分に気がつき、少しだけ恥ずかしそうに頭を掻きながら、
体裁を取り繕うように、テーブルへ乗り出した身体を起こしてベットの方へと寄りかかる。


そこで一護は少しだけ目を瞑り、心を落ち着かせ何かを思い出すと、薄く目を見開いた。


「・・・俺は、母さんが死んだ記憶を持っている。
それは、思い出せば辛いし、苦しい。でも、忘れたいとは思わない。どんなものでも、母さんの大事な記憶なんだ。
・・・そして、それを乗り越えて俺は、強くなった。
・・・どんなに悪い出来事も、それを経て、得られる大事ななにかが必ずあるはずなんだ。
人はそうやって、成長していくもんだろう?」


「・・・一護。」

「お前は、忘れたいのか?」

「・・・え?」

「あの人のこと。お前は忘れて、なかったことにしたいのか?・・・・同じように、俺達とのことも。」

「・・・・・!!そ、そうではない!・・・そうでは、ないのだが・・・」


大きな瞳に涙が滲み、それを隠そうとルキアは慌てて俯いた。


「・・・ふ、不安だったのだ。今が楽しくて・・・楽しいから・・余計に・・・恐く・・・なったのだ。」

「恐くって?」


「・・・私は・・いつあちらに戻ることになるか・・・わからない。
・・今の生活を覚えていながら、向こうで普通に生活するなど・・・とても、生きていけそうに・・・ない。
・・・だったら・・・だったら!こちらでの生活など・・楽しいかった記憶など、ない方が良いではないかと・・・思え・・・たのだ。」


ルキアは叱られた子供のように、自信なさげに語尾が小さくなって呟く。

しかし一護は、今の言葉の意味を考えると、少しだけ頬を赤らめ、思わずルキアを凝視してしまう。



それって、俺がいないと、生きていけないってことなんじゃね?



そんな自分の考えに、余計頬が熱くなるのを感じ、一護は慌ててルキアから視線を外す。


俺が深読みし過ぎているているのか?
・・・いや、そんなことはないはずだ。

こいつは時々、無意識に意味深な事を言い出してくる。
言葉の裏の意味をこちらが感じとっても、本人は無自覚なのだから、計算していない分タチの悪さは上に思えた。


いい加減はっきりとした、意思表示をして欲しいものだ。


とにかくルキアは、一護との生活を楽しんでいて、楽し過ぎて、それを失うことを恐れている。
失うくらいならいっそ、一護との記憶などないほうがいい。そんな風に言っているのだ。


気を抜くと緩んでしまいそうな顔を、なんとか気合で引き締め、一護は自然な調子を装い会話を進める。

「別に、帰らなきゃいいだろう?帰りたくないなら、ずっと、ここにいればいいじゃねぇか。」
「・・・そーゆー訳にはいかん。私は死神で、護廷十三番隊の一員。出向要請が出れば、従うのは当然だ。」

俯いたまま淋しげに呟くルキアの頭部をしばし見つめ、一護は突然閃き、思ったことをただ口にした。




「だったら・・・やめろよ。死神。」



もの凄い事を簡単に言われ、ルキアは思わず顔をあげる。


「・・・・は?貴様。今、なんと言った?」

「やめればいいだろう?死神を。やめて、ここで暮らせばいいさ。」


聞き直してもなお一護に同じ事を言われ、ルキアは頬を赤らめやけに早口になって声をあげる。


「お・・・大たわけだな!貴様というやつは!!
死神をやめる?!一度死神になってしまえば、自分の意志で護廷を脱退など出来はしない!!
それに死神でなければ、どうしてこちらで暮らしていけようか?!死神でなければ、この義骸も使用させてはもらえんのだぞ?!」


「あ?なんだ、そうなのか?なんだよ、結構めんどくせーシステムなんだな。」

「どこが面倒か?!義骸は任務の為に使っているものなのだから、役目を終えてまで使えるわけがなかろう!
そんなこと、至って普通ではないか!!」


「わかった、わかった。んな大声で怒鳴んなって。ちょっと思いついただけだろう?!」

「・・・大体貴様はうかつ過ぎる!い、今のなど・・・まるで・・・」

「?まるで?」

一護に問われ、ルキアは赤い顔をして口を開けたまま言葉を失い、胸の中でだけそっと呟いた。



まるで、『ぷろぽーず』ではないか。


あやつは時々、無意識の内に意味深な事を言い出す時がある。

言葉の裏の意味をこちらが感じとっても、本人は無自覚なのだから、計算していない分タチの悪さは上に思えた。


いい加減はっきりとした、意思表示をして欲しいものだ。



そんな事を一護に言える訳もなく、ルキアは真っ赤な顔をして立ち上がった。


「も、もうよい!このたわけが!!私は、もう寝る!!!」

妹達の部屋へと戻るべく、ルキアは一護の部屋を出ていこうとし、
自分の気持ちを誤魔化すようにわざと足取りも荒々しく息巻くその背中に、一護はぽつりと言葉を投げかける。




「俺は、忘れねぇよ。」



「・・・一護?」



ルキアは扉の前で振り向き、驚いた顔で一護を見つめる。

しかし一護はルキアの方を見ることが出来ず、テレビへ視線を向け、まるで独り言のように呟いた。


「お前が俺の事、忘れても。俺がお前のこと忘れても。・・・忘れない。絶対に。」

「・・・忘れているのに、どうして忘れないんだ?」

思い切り矛盾した一護のこの言い草に、ルキアは訳が分からず眉間を寄せて問いかける。



すぐに一護はルキアをひたりと見つめ、強い口調で揺ぎ無い思いを声に出す。



「例え一時、頭の中の情報が消去されて忘れたとしても、絶対に忘れられない。

お前とのことは、俺の魂に刻まれてる。だから、なかったことみたいに、忘れたりなんかしない。・・・絶対に。」




「・・・・!」



お前とのことは、俺の魂に刻まれている。



その言葉の持つ意志の強さに打たれ、ルキアは感動で胸が震えた。



しかし一護本人は、さすがにクサすぎたかもしれないと思いつつ、恥ずかしさを誤魔化そうとルキアから視線を逸らす。

「だからお前も、あんまつまんねーこと考えてんなよ?
向こうに連れてかれそうになったら、俺がなんとかしてやるよ。
義骸だって、浦原さんに頼めば貰えるって、きっと。だから、そんな心配なんか今からしてんなよな。」


「・・・貴様ごときに、どうにか出来る訳などなかろう?
・・・もうよいのだ。ただ、そうなってしまったらと思っただけなのだから。」



ルキアはぼそぼそと言い訳し、それから一護へ背を向け扉のドアノブにてをかけた。

「・・・一護、おやすみ。」
「おう。んじゃーな。」


だがそのまま出て行くかと思われたルキアは、しばしそのまま立ち尽くす。
一護も声をかけず見守っていると、何かを決心したルキアの後姿がしゃんと伸びた。


「なぁ、一護。」

「なんだよ?」


「これから先、何が起こるかわからない。私がお前を忘れ別れ行く時が来るかもしれん。

・・・それでも私も覚えていよう。お前の事を。お前との日々を。

・・・・・・・・・・・・ありがとう。一護。私を忘れないと言ってくれて、嬉しかった、よ。」




ルキアは恥ずかしげに呟くと、そのまま一護の部屋から飛び出していった。

 

 

 

 

 

そして今、一護はルキアと対峙している。

護廷十三番隊全ての死神が敵となり、追われながらも消えたルキアを追い求め、やっとの思いで見つけ出した。


ルキアは見た事のない白い衣装に身を包み、細い足も露わに一護へ奇妙な鎌を振りかざして襲いかかってくる。



「俺がわからねぇのか?!ルキアッ!!」



ルキアの大きな紫水晶のような瞳に、まるで猫のような眼差しが宿っている。


一護の呼びかけにも全く反応はなく、逆に敵とみなされ攻撃をしかけられ、
一見して正気ではない様子のルキアに、一護の焦燥は煽られる。


一護は黒い斬魂刀を構え、目の前に立つ変わってしまったルキアを見つめ思い出す。


俺を忘れたいと言った、悲しいまでに美しき横顔を。


しかし状況は、一護の考える最悪の状況ではない。



一護の思う最悪の事態は、ルキアではなく、自分がルキアを忘れることなのだから。



忘れているのが、全ての死神達やルキアの方で本当に良かった。



俺が忘れていなければ、この状況は、どうにでもしてやれる。



記憶を無くしたのが俺の方だったら、お前を失った世界で、俺は呼吸し方さえ忘れてしまう。


記憶がなくてもなお、お前を失い生きていく自信なんか、俺にはとっくにねぇんだから。


だから、お前の中に刻まれた俺との思い出を、俺が絶対に甦らせてみせる。





なかったことになんか、させてたまるかよ!!!!!





ルキア!!!お前は、俺が、護る!!!!!!!!!





そして一護は斬魂刀を構え、力の限り愛しき者の名を呼んだ。










「ルキアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」

 






戻って来い。ルキア。






俺の、








元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 世間の波に乗り切れず、なぜかギンルキに走っていた私も、やっとイチルキ映画の熱に浮かされ、話を思いつけました☆(遅)
 なんっつーか、恋人!って程確定的な関係じゃなく、それだけに互いの気持ちをあえて確認してはいないけど、
 そんな言葉は吹き飛ばしても問題ない程心では通じ合っている・・・!そーゆーイメージで書いてみました。
 あと、一護の方がラブ度高めで!なんだか映画での科白が・・・凄い・・・らしいし、期待してしまう・・・!(悶)
 あぁ!観たい観たい観たいーーーーーー☆
 もうすぐですね・・・イチルキ映画・・・そしてコミケ・・・どれひとつ行けないなんてぇぇぇぇぇ!!!(号泣)
 2008.12.6

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material by 戦場に猫

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