一護は誰もいなくなった教室で、窓から外を眺めている。
どんよりと曇った天気のせいか、今日はいつも以上に薄暗く寒さを感じる。

明日から冬休みの為、浮かれ気味の生徒達は早々に学校を去っており、
そんな中残っている者達は、いわゆる野暮用というものであろう。



パタパタと聞き慣れた足音が廊下に響き、一護は窓から教室の扉へと視線を移す。

ガラッ

「待たせたな一護!」

すると間もなく勢いよく扉が開かれ、待ち人の小さな死神がそこに立っていた。


「・・・ずいぶん、遅かったな。」

一護はやや不機嫌に、それでも出来るだけ冷静さを意識して言う。





『 雪の日 』





「それが聞いてくれ!
あちらの方から呼び出しておいて、十分も待たされたのだ!!
この寒空の中十分もだぞ!
コートを着ていけば良かった。
一護。なにか温かいものが飲みたいぞ。」


ルキアは両手で自分の二の腕を擦り、ぶるりと身震いしてみせる。


一護は机の上に置かれたルキアの白いコートを放り、当然のように鞄は自分が持った。


「んじゃ、コンビニ寄ってくか。」
「うむ。そうしよう!」


二人は人気に無い静かな廊下を並んで歩く。


明日から、冬休みだ。

それにあわせて、ルキアの放課後は予約が殺到していた。

連日のように体育館裏やら屋上やらと招待状が届き、
ルキアは面倒臭そうに溜息をつきつつ、そのひとつひとつに丁寧に断りを述べに出向いていった。


ルキアはモテた。


それは一護が予想していたより、遥かにモテまくっていた。
その効力は学校内だけでは留まらず、バス待ちの間に他校の生徒が声をかけてくるまでであった。

でも当然と言えば当然だと、一護も思う。

あのわざとらしいお嬢様キャラについてはなんとも言いようはないのだが、
この顔立ちの端整さに付け加え、ルキアの滲み出る気品とゆうかオーラとゆうか、とにかくなにか秘密めいた不思議な雰囲気が感じられる。



秘密があれば暴きたくなるのが、人の性というものであろう。


ルキアから振り撒かれる花の香に魅せられた蜜蜂は群がり、
本来その花を所有者であるはずの一護は、黙って見ているしかないこの現状を面白くなく思うのは当然であった。


本音を言えば、ルキアが一対一で男に会うことも許したくはない。

二人の間柄を公言すべきなのかもしれないが、
それによってもたらされるであろう様々な周囲の反応や雑音を考えると、
お年頃の少年にそれはなかなか難しく、結局今日まで二人のお付き合いは周囲に秘密のままでいた。


しかしルキアが黒崎家に同居していることだけは周知されており、それだけで下衆な噂が裏で騒がれていることも知っている。

着替えを覗いているだの、本当はやっているだの。

ただの同居人を装っている今でさえこんな事を言われているなら、
「僕達付き合ってます。」発言後は、どんな事を言われるのか想像も出来ないし、したくもない。


本当はやってるだって?

ふざけんな。

そんな簡単にやれるもんなら、俺だってやりてぇよ。



だがしかし、意外にチャンスがありそうでないものだ。
いや、本音を言えば、どうそっちにもっていけばいいのかわからない。

秋にはなんとか大人キスを実行できたが、ルキアのガードが意外に固く、そんな雰囲気になるとどうも逃げ腰でかわされてしまう。
なので一護も無理強いができずに、あれ以来数える程度しか大人キスは許されていない。

・・・回数は言わない。本当に数えれる範囲で、しかも憶えている自分が悲しくなるから。

別にそこまで飢えている訳ではないが、季節は冬。
触れ合う体温が心地よい、人肌が恋しく感じる寒い季節。



時間はかかっているが順序だてて二人の関係は親密になってるし、加えてルキアを狙ううるさい蜜蜂共が飛びまわり、
苛立つ一護はルキアが完全に自分だけのものであると、証明したい欲求が限界まで膨れ上がり、それはもう破裂寸前だ。


それを実行できないのは、自分のヘタレ加減でもあったり、あとはルキアへの配慮だ。

男の欲求をそのまま押し付けては彼女を傷つけることになる。
一護は自分の事以上に、ルキアの思いを尊重すべきだと思っている。


あとは逆にルキアが無防備すぎるのも原因のひとつかもしれない。

湯上りの湿度を含んだ甘いシャンプーの香りを振り撒き、何食わぬ顔で一護の側に寄ってくる。
幾度衝動的に襲い掛かりそうになったかしれないが、家の中にいる妹達や親父の存在に我に返り、
そしてルキアの警戒心のなさ加減に、男として意識されていないのかもしれないと妙に気分が落ち込む時もある。


とにかくこのような理由から、一護は大人キス以上の関係を進められないままでいた。



まぁいいかととの思いと、本当はよくねぇ!と叫んでいる自分。

それは自分の中に潜む、内なる仮面以上にやっかいだ。




それでもルキアはすぐ隣にいてくれて、俺だけにしか見せない顔で怒ったり笑ったりしてくれるこの現状は悪くない。





なんだかんだ考えた挙句、最終的にそう思える自分は、あぁ、やっぱり俺はヘタレなんだと、悲しい程に認識させられた。

 

 

 

学校近くのコンビニで一護はコーヒー。ルキアははちみつレモンを買って飲む。
日が差さずにどんどん冷え込んでいく風の中、二人は暖かい飲み物で暖をとりつつバス亭へ向かった。

「ん?んんっ?・・・うー・・・」
ルキアが眉間に皺を寄せ変な唸り声をあげつつ、喉元を擦っている。

「おい、どうした?」
「・・・喉が、痛い。」
一護の問いかけに、表情を険しくさせたままルキアはぽつりと呟いた。

「なんだ?風邪かよ?」
「今朝から少し、調子が悪かったのだが・・・これとゆーのもあいつのせいだ!
この寒空の下に十分も・・・!これから告白する相手を待たせるなど言語道断!付き合う以前の問題だ!!」


ルキアは怒りに思わず叫び、それからすぐなんとも情けない顔になった。

「・・・怒鳴ったら、喉の痛みがひどくなった気がする。」
「おめーはアホか。とりあえず黙っておけよ。」
一護にアホと言われルキアは無言で睨みつけてくるが、とりあえず言いつけを守って沈黙する。

「とにかく家着いたらすぐ飯食って温かくして寝ろ。風邪は引き始めが肝心だからな。」
「・・・ん。」
ルキアは唇を引き結んだまま素直に頷く。

すると一護の鼻先に、柔らかくも冷やりとした感触が舞い降りた。
思わず空を見上げると、曇った空からゆっくり小さな雪が降り始めている。

「寒みぃと思ったら、降ってきたな。」
一護の声にルキアも空を見上げ、心細げに肩をすくませた。

珍しく弱り気味のルキアの様子に、一護は早く連れ帰ろうとルキアの手を掴もうか悩んだ瞬間。



「おーーーーい!いいっちぃごーーーーーーーーーーー!!!」


聞き慣れた能天気な大声に、一護は少なからず動揺しつつ振り向くと、
そこにはやはり浅野啓吾を筆頭とした、いつものメンバーがぞろぞろと群れ成して歩いていた。


「!な、なんだよおめーら。カラオケ行くんじゃなかったのか?」

もうとっくに学校を出ていたはずの皆に囲まれ、一護はやや焦っていた。

当然、休み前のカラオケパーティーへ一護も誘われていたのだが、
ルキアの件もあり野暮用があると断っていたのに、
今こうしてルキアと二人仲良く帰ろうとしている様を見つけられ、内心ひどく気まずい思いで一杯だった。


「そーれーがーよー!今日はずいぶんヒマ人やろーが多くってよ!
俺らが行った時には二時間待ちだぞ!二時間待ち!!
もうありえねーよー。だから、あっちの店でボウリングしよーってことで大移動してきたんだ!」


「ちなみに僕らもそのヒマ人なんだけどね。・・・一護は朽木さんと一緒だったんだぁ。用事は済んだの?」

「あ?あぁ、終わった。・・・つい、さっきな。」

大声で話しまくる啓吾の隣から、水色が無邪気な笑顔を装って確信的な発言をする。
もちろん水色の意図することには気付かぬふりで、一護は視線をはずした。


「おしっ!んじゃ一護も強制参加決定!!もっちろん!!朽木さんもご一緒に〜〜♪」
最後はルキアに向け、啓吾はいつものように顔をだらしなく顔を緩ませ話しかけた。

瞬時にルキアは、いつものお嬢様キャラの顔でにこやかに返答した。

「折角ですけど、私、今日は体調がすぐれませんの。申し訳ありませんが、ご辞退させて頂きますわ。」

「ええぇっ?!!!朽木さんが体調を?!それはいけません!
そうであればこの愛の戦士浅野が、朽木さんをご自宅までお送り致します!!!」


「あら、そんな結構ですわ。私一人で帰れますもの。お気になさらず皆様がお待ちですわよ?
黒崎くん。ここまで送ってくださってありがとうございました。
私はもう大丈夫ですので、皆様と一緒にいらして。私はお先に帰らせて頂きますから。」


「お、おぉ・・・」

以前ルキアとの関係がひどく噂になった時、きつく学校内では話しかけるなと言われていた事を忘れていないルキアは、
さりげなく今の状況の説明とフォローを織り交ぜ、ルキアは一護に向かって丁寧に頭を下げた。



「いけません!そのような細いお身体で、一人歩かせるなど!!
このように雪も降って参りましたことですし、ささっ!遠慮なくわたくしめにお掴まりになってください!」


啓吾の大声が響くのか、ルキアはやや青ざめた顔でそれでも微笑みは崩さない。
そしてやけに図々しい態度の啓吾に、一護は小さくイラつきを覚えた。



お前、ちょっとルキアに寄り過ぎなんじゃねぇの?



そこに水色の呆れた声が飛ぶ。

「ちょっと啓吾!発案者が皆放って、どこ行こうとしてんの?」

「やかましい!!朽木さんがご病気なんだぞ?!!
皆!先に行っててくれよ。俺は朽木さんをお送りしてから、皆の元へと駆けつける!
さぁ!朽木さん!参りましょう!!」


「・・・そうですか?それでは、皆様ごきげんよう。」

すでにルキアの前へと元気いっぱい歩き始めた啓吾を止めるのは無理とみなし、
ルキアは笑顔を引きつらせながらもその後へ従った。


「もー!啓吾には後で皆の分ジュースとアイスでも奢らせよう。それじゃあ一護も行こうよ。」
「・・・ああ。」


既に皆はボウリング場に向かって歩き出し、一護はそっと後ろを振り返る。

啓吾が騒々しくルキアに向かってなにか話しかけ、ルキアも何か返答しているようだった。
遠く離れて改めてみると、その姿はちゃんとしたカップルのように見えた。

そんな風に思った一護は、またしても胸の奥がじりじりと焦げる。



しかも調子に乗った啓吾が、ルキアに向かって手を差し出している。
当然ルキアは断っているが、ぐいぐいとその手をルキアに向かって近づけていく。



あ!っと一護が思った瞬間、二人の元に駆け出していた。


「啓吾!!!」

そして自分でも信じられないくらい殺気を帯びた声で、啓吾に向かって怒鳴りつけていた。


「?!!・・・へ?な・・・なに?いち・・ご??」
その声に反応した啓吾は、敏感に殺気を感じとり怯えで顔を青くさせ一護を見た。


一護は二人の元にたどり着くと、そのままルキアの手を掴む。

「!い、いち・・・黒・・崎・・くん?」
啓吾同様驚いたルキアは、手を掴まれたまま一護を仰ぎ見た。

しかし一護は啓吾をひたりと睨みつけたまま、一言いった。





「俺のだ!」





「・・・へ?」

一護の言いたいことがわからず、啓吾は気迫に満ちた一護を呆然と見つめた。

そんな啓吾の状態に、焦れた一護は更に大声をあげた。



「こいつは!俺のだから!気安く触ろうとすんな!!」



「???・・・お、俺の、だから?」


それでもイマイチ意味を掴みきれていない啓吾に、一護はとどめの一撃を大声で放った。






「そうだ!ルキアは、俺の女だ!!!」





「「「・・・・・・ええぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーー?????!!!!」」」



この爆弾発言に啓吾だけでなく遠くから見守っていたたつきや織姫も、それに二人の仲を察していた水色までも、
一同目を丸くして声をあげ一護とルキアを見つめた。




「行くぞ。」

「ちょ!・・こ、こら!一護・・・!」


皆が金縛りにあっている内に、一護はルキアの手を引きその場から連れ出した。
後に残された面々は、どんどん降り積もる雪に霞み、やがて見えなくなっていた。





二人きりになると、真っ赤な顔をしたルキアが喉の痛みも忘れて思わず怒鳴る。

「こ、こら!一護!な、なにが俺の女だ!
こんな・・・こんなことを言ってしまって、困るのはお前なのだぞ!」


「うるせーな。これを言わなかったから、十分困った事態になってたんだ。
だからもういい。俺だって覚悟決めた。だから、おめーは文句言うなよ。」


「な!誰が文句など言った?!貴様がひどく気にするから、わたしはとても気を使っていたとゆーのに!」

すると一護はハッとしたように足を止め、ルキアを見下ろし少し気まずそうに呟いた。

「あー・・・そっか。・・・そうだな。・・・俺、お前に話しかけんなとか、前に言ってたんだもんな。」


「・・・一護?」


すると突然、一護はルキアの身体を引き寄せ抱き締める。
誰に見られるか、わからない雪降る通学路の真ん中で。

ルキアは一護の腕の中益々顔を赤くし、混乱と激しい動悸に無意味に口をパクパクさせた。


「ごめんな。ルキア。無神経なこと言って、変な気ぃ使わせたりして。
お前からみればまだまだ俺、ガキだからさ。
でも、もうそんな事言ったりしねぇから。・・・許してくれるか?」


「許すもなにも、き、気にしてなどおらぬ!だからもう離せ!・・・人に、見られるぞ。」

「いいんだよ。もう誰に見られて、何言われてもいいんだ。」

「・・・た、たわけが!私が恥ずかしいのだ!!」


そう言われて、一護はルキアから身体を離し、
顔を見合わせいつもの眉ねに皺を寄せた仏頂面で不機嫌そうな声を出す。

「んだよ。俺と一緒にいるのが、そんな恥ずかしいのかよ。」


「そんなことを言ってはおらぬ!全く貴様という奴は!!

・・・もう良いから、早く帰ろう。」



ルキアは頬を染めて恥ずかしげに俯いたまま、一護に向かって手を差し出した。
一護はその手の意味を知り、なんだか嬉しくなりながら、すぐにしっかりと握り締める。

「そうだな。早く帰るか。」


本当はあんな不用意な発言が、今後どんな学校生活を作り出すか考えると今から少しだけ頭が痛い。


でも幸いなことに、明日から冬休みだ。


それに、ルキアに群がる蜂退治を堂々と行えるようになったのだから、それはまず良しとしよう。

もう誰にも、ルキアと二人だけの時間を作らせはしない。


空気が肌を刺すように冷たく、雪は降り続けるが、
二人の繋いだ手の温もりに、一護は寒さが気にならない。



でも、帰ろう。


二人きりで過ごせる、暖かな我が家に。


早く、帰ろう。





ずっと一緒に、二人で、帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 今回で、アンケート協力御礼企画。四部作連載四季シリーズは完結になります。(名目長っ!)
 どうでしたでしょうか?ちゃんと『イチルキ』で『ラブラブ』だったでしょうか?
 四部作にしたのにはちゃんと訳がありました。
 ひとつだけでは、良いラブラブ話が書けないかもしれないけど、四つも書いたら、
 ひとつくらい納得できるラブラブ話が出来るかもしんない!!(希望)

 つまりは、質より量!に走ったわけなんですが・・・(逃)
 折角なので、前から構想していた、だんだん親密になっていく二人の様を描いてみよう!と、挑戦してみました。
 春ではすごい少女漫画風?だったのに、夏秋冬では一護の、男のはやる心情を中心にしてみました。
 少しだけど現実的な感じにしたくって(男の本能的な)、でも一護はヘタレなまま一年終了(笑)
 一緒に暮らしてて、どんだけ奥手なんだよ?!の突っ込みをいれつつ、でも一護だし。と私は妙に納得しました(笑)
 皆様は如何でしたでしょうか?少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
 また、今後のサイト運営の参考までに、作品の感想頂けると嬉しいです☆

 2008.10.24

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