自分達を取り巻く風が強く渦巻き、思わず一護は目を閉じた。
「―――じゃあ、俺らは行くぞ。」
一護の目の前には恋次や一角といった死神メンバーに加え、白哉や冬獅郎といった隊長も離れた場所に立っている。
この世界を崩壊させる危機に立ち向かい、見事役目を果たし戻ってきた者達はその表情も晴れやかに、
もっとも活躍した人間の少年を言葉なくとも讃え、敬意を表し皆で別れの挨拶をしてくれたのだ。
先程まで皆と口々に今までの戦いについて話していたのだが、死神達は尺魂界へ戻る時間がきてしまった。
『 夢の、跡 』
世界を揺るがす激戦の爪痕は深く、特に尺魂界は大打撃を受け、空間が不安定になっていた。
悪くすれば尺魂界が消滅する危険もあり、悪の根源を絶ったことにより霊が滅多に虚化する危険性がなくなったことから、
全ての干渉を一切断ち切り修復へ専念するため、現世への扉を閉じることが決定していた。
状態が安定次第扉は開かれる予定ではあるが、簡単に百年はかかると言われており、
それは一護が生きているうちに開かれる可能性はほぼゼロであった。
恋次の言葉に皆、空間に浮かぶように現れた尺魂界への丸型の障子扉の内に一人、また一人と納まり始める。
「・・・なんだ、もうかよ?」
「そうだな。もう、時間になっちまった。」
「元気でな。」
「てめぇもな。」
もう、一護が生きている間に二度と会うことはない。
その事は言わずに一護と恋次はニヤリと笑いあい、一度互いの腕を合わせるとすぐに離れた。
そう、一護は最後の激戦に全ての力を使い果たし、死神の力と共に全ての霊感さえも失った。
もうすぐ彼等の姿も見えず声も聞こえなくなるであろう。
これが俺の使命だったんだ。
一護は妙に穏やかな気持ちで、盟友達の遠ざかる後姿を見送った。
「一護。」
どくっ。
あの声に呼びかけられ、一護の胸の内の静かな湖水に広がる波紋。
恋次達に気を取られ、すぐ目の前にいる小さな影に気付かなかった。
・・・いや、それは嘘であろう。
自分の世界を変えてくれた者。
自分に力を与えてくれた者。
自分の心を救ってくれた者。
それは、この中にいる誰よりも別れがたい相手。
一護は声がする方へ視線を落とす。
「――――ルキア。」
いつの頃からかあたりまえのように幽霊は見えていたが、初めて見た『死神』がルキアだった。
『死神』など存在すら信じていなかったのに、今では多くの仲間がいるなんて。
そしてその仲間達ともお別れだなんて。
一護はフッと苦笑を漏らしルキアと対峙した。
ルキアは大きな瞳を輝かせ、明るい笑顔を一護へ向ける。
「ありがとう一護。全てお前がいてくれたお陰だ。お前が戦い勝利してくれたお陰で現世も尺魂界も救われた。」
「あぁ。ルキア。俺・・・」
「最初お前を巻き込んでしまったと後悔したが、今考えるとそれも運命というものだったのかもしれぬ。」
「ルキ・・」
「お前は死神の力を失ってはしまったが、これからの生活には不要なものだ。
なくなって、かえって良かったくらいであろう。後は・・・穏やかに人生を過ごしてくれ。」
「おまえ・・・」
「本当にありがとう。いち・・・」
「おいって!!」
ルキアはビクッと肩を震わせ瞳を強張らせた。
別れの寂しさを誤魔化すため、一護に話す隙を与えず一方的に感謝を伝えすぐ去るつもりだったのだ。
「俺にもちょっとくらい喋らせろっつーの。」
「す、すまぬ。時間が、ないと思って・・・」
「それは俺だってそーだろーが。」
「・・・すまん。」
叱られた子供のように俯くルキアの様子に一護は大げさに溜息をつく。
そして一呼吸置くと、真っ黒で艶やかな黒髪に向かい話しかけた。
「ありがとうな、ルキア。」
「・・・なぜ、お前が私に礼を言う?」
「なぜって・・・お前がいたから、俺は最後まで戦えたんだ。感謝するさ。」
「一護・・・」
一護の言葉に無理に作った明るい表情も消え、ルキアはただ耐えるように唇を噛む。
「・・・お前も、元気でな。」
「・・・あぁ、貴様もな。」
一護は片手をルキアに差し出した。
俯いたままのルキアは、その差し出された手を見つめる。
いつの間に、こんなに逞しい手になっていたんだろう。
大きく強い、戦う男の手。
この手に何度救われたことか。
見るも触れられるのもこれが最後。
そう思うとルキアはすぐに手を握れなかった。
「・・・おい、いつまでこのままにしとくんだ?」
「!あ、ああ、すまん!ちょっと惚けてしまった。」
慌ててルキアは自分の小さな手をその手の中に滑らせる。
相変わらず小せぇな。
妹達と変わらぬ幼さを感じる手の感触。
儚くひどく脆そうなのに、芯の強さは自分以上に強固で驚く程だ。
我侭で見栄っ張りで、猫かぶりで可愛いものが大好きで。
ルキア。
声に出さず胸で呟く。
これが、最後だなんて。
嘘、ならいいのに。
だけど嘘じゃない。
今この瞬間にも力が失われ死神達の姿、声が少しずつ遠ざかっていく事を一護は感じていた。
ルキアが痛みを感じぬ程度に強く握る。
ルキアも精一杯の力で握り返してくる。
ルキアは顔を上げ、しっかりと一護を見つめ、二人の視線が絡み合う。
それは言葉ではない『サヨナラ』の合図。
「ルキアッ!!」
扉の中から恋次がルキアに呼びかけ、ルキアも後ろを振り向いた。
時間がきた。
この手を放せばルキアは行ってしまう。
恋次達と自分の世界に。
この状況は一護に、あの時を思い出させた。
あの、ルキア処刑を阻止して別れ現世に戻ってきたあの時。
あの時は、とても晴々としていた。
ルキアを救うことで母を死なせた贖罪ができたと思うし、また強くなれた。
なによりルキアが居場所を見つけ、自分の意志で残ると言えたのも嬉しかった。
だからお互い心から笑って別れることが出来たのだ。
また近い内に必ず会える。
そう信じていたからだ。
なのに今、俺もルキアも笑っているがそれは建前でしかない。
これでもう会えなくなるのだから。
もう次はない。
それがこんなにも、
悲しい。
ルキアは一護の手を握る力を緩めた。
時間になってしまった。
気を抜くと泣いてしまいそうだったから、ルキアは必死で気持ちを奮い立たせる。
あの扉が閉まったら、泣こう。
皆に見られてしまうのは恥ずかしいが、一護に最後の姿に泣き顔を見せたくなかった。
手を引き扉に向かおうとしたが、一護の手はルキアを掴んで放さない。
「い、一護?・・・手を、放して・・くれ。」
それでも一護は動かない。
掴んだままの手を凝視して、動かない。
離れがたいのはルキアも同じだ。
だが、もう扉は閉まる。
「一護・・・」
遠慮がちにルキアはもう片方の手を握られた一護の手に添え、自分の手を引き抜こうと試みた。
しかし、一護の手の上に添えられた手も一護のもう片方の手が伸び細い手首を拘束される。
「?!い、いちご・・・」
「やっぱ、やめた。」
「なっ・・・?!」
一護は掴んだ手首を軽く持ち上げ、ルキアの身体を反転すると後ろから包み込むように抱き締めた。
一護の突然の行動に、ルキアのみならずその場に居たもの全てが唖然と二人を凝視する。
「い、一護?!なんだ一体?わ、私はもういかないと・・・!」
「だから、行かせねーんだよ。」
「なに・・・!」
驚愕に瞳を大きく見開き、ルキアは間近にある一護の顔を見上げる。
「―――悪いな、白哉!ルキアは行かせねぇぞ!」
他の隊員の後ろに位置していた白哉は微かに眉尻を震わせたが、そのままその場から動かない。
「なんだ一護?!どうして・・・!」
「ここにいろ。」
耳元で囁かれ、ルキアはびくりと身体を強張らせる。
「なに・・を言っているのだ?いち・・・」
「行くな。俺の側にいろ。」
「・・・!」
言うなり強く抱き締められ、ルキアは頭の中が真っ白に弾け飛ぶような感覚になった。
それは混乱?
それとも膨大な幸福感?
ルキアはそれでも必死に自分を取り戻すと、つとめて冷静に一護へ諭すように語り掛けた。
「ま、待て、一護!お前の気持ちは嬉しい。だが、冷静になってみろ。私が側にいてはお前に迷惑がかかる。」
「そう思うなら、引き止めたりしねーよ。」
「お前は、わかっていないのだ!わ、私は死神なのだぞ?!」
「そんなん関係ねーよ。お前はルキアだろ?それでいいじゃねーか。」
「しかし・・・!」
ルキアの言葉に一護はやや俯き悲しげな声で問いかけてくる。
「・・・それとも、俺と居るのは嫌か?」
「そ、そんなことは・・・ない!」
一護の様子に思わず本音を叫んだルキアに、一護は顔をあげるとニヤリと笑う。
「だったら問題ないだろう?」
「あっ!!・・・貴様!」
二人のやりとりと傍観していた恋次が突然叫んだ。
「一護!てめぇはもう死神の力無くしたんだろ?!ルキアの姿すら見れなくなるんだぞ?!」
「絶ぇってぇ無くさねぇ!」
一護は即座に怒鳴り返し、なお何か言い募ろうとした恋次は途中で言葉を飲み込んだ。
「すぐには無理でも、絶対取り返してやる!ルキアもお前らとも話しでもなんでもしてやらぁ!」
だから、と一護は腕の中のルキアにだけ囁いた。
「・・・それまで、俺の側で待っててくれ。」
「!いち、ご・・・」
それまで後ろに控えたままだった白哉が戸口まで進み、その姿を現した。
「にい・・・様」
白哉は表情を変えず、黙ってルキアを見ている。
ルキアも白哉から視線を外せず怯えたような顔をしたが、意を決したように一護の腕から抜け数歩白哉の方へ歩み寄った。
「ルキア・・・」
「は、はい!」
白哉はやはり無表情のまま、ルキアへと語りかける。
「お前は、どうしたい?」
「兄様・・・」
「時間がない。このまま残るか、皆と戻るか・・・自分で決めろ。」
「!!・・・」
長い間育った環境、親しい友人達を無くす覚悟か、短い時間に信頼を築き上げた人間の少年を選ぶのか。
これが迷わない訳がない。
それでも、と、ルキアは思った。
一瞬瞳を閉じ、ルキアは深く深呼吸をすると微笑み後ろにいる一護を振り返る。
「一護。・・・すまんな。ありがとう。」
ルキアの迷いのないやけに冷静で澄んだ声音に、一護は愕然とした。
選ばれなかった。
一護の気持ちは急速に萎み、足元の地面が崩れ落ち、目の前が真っ暗になっていくような感覚に襲われる。
ルキアは白哉へと向き直り、にっこりと微笑んだ。
「兄様・・・ありがとうございました。」
そして深々と頭を下げてからもう一度身体を起こし、迷いなく凛とした声音で言い切った。
「私は、こちらに残ります。」
再び強い風が巻き起こり、誰もが口を噤んだ。
一瞬の沈黙後、口を開いたのは白哉であった。
「そうか、では達者で暮らせ。」
「兄様こそ、御健勝をお祈りしております。」
白哉の隣で恋次が何か言いかけていたが、無情にも扉は閉まり跡形もなく消え去った。
何も無くなった空間を眺め、ルキアは深い溜息をつく。
そこへ一護が側に寄り、拗ねたように話しかけた。
「よー・・・なんで、あのタイミングで俺に礼とか言ったんだよ?」
「あ?あぁ、あれか?まぁ・・・なんとなく、だな。」
「なんとなく?!まるで『帰るからごめん』みたいだったじゃねぇか?!」
「む?そんな事はないぞ?・・・言うなれば、そう、引き止めてくれて『ありがとう』だ!」
「わかりにくいっつーの!!」
いつもならそこで応戦してくるルキアであったが、ふふっと笑うと怒る一護に抱きついた。
「一護、ありがとう。」
「おっ?!お、おぉ・・・」
「どうだ?これなら伝わったか?」
「あ、あぁ・・まぁな。」
ルキアは一護の胸に顔を擦り付け楽しげに笑う。
一護も腕を回し、壊してしまわないよう大切に抱き締めた。
「・・・なんでだろう?他の死神達の姿や声はだいぶ掠れてきてたのに、お前は全然掠れたりしない。」
「・・・そうか。ならばもう少しだけ長く、こうしていられるのか?」
「そう、だな。・・・そうなら、いいな。」
ルキアの存在を確かめるため、一護はもう少しだけ強く腕に力を込める。
ルキアに触れ、話しかけられなくなるのが明日か一時間後かわからない。
そんな状態になるかもしれないのに、側に居て欲しいなど己の傲慢でしかないのもわかっている。
それでも側に居て欲しい。
ルキアの存在がこちら側にないなんて、一護にはどうしても耐えられなかった。
そしてそれは、ルキアも同じ想いだったのだから。
確かな明日などわからない。
でも、俺はルキアを護って生きていく。
それだけは絶対だ。
「ルキア、ありがとうな・・・」
「なんだ一護。真似したのか?」
ルキアはまた嬉しそうに笑い声をあげる。
今はただ、この幸福に酔いしれよう。
二人はいつまでも抱き締めあい、互いの存在に喜びを噛み締めていた。
いいわけ
恐れ多くも『ルキア検索』様へ9/1登録してからたくさんの方々に来訪して頂き、
アンケートからもわかるようにイチルキの皆様への御礼ということで、6月に書いて忘れていた残していた小説を更新することにしました。
このように未熟なサイトにお越し頂き本当に皆様ありがとうございます!!!嬉しくて感動感謝で一杯です!!(土下座)
なんだか最後の結びが空蝉とよく似ているような気がしますが、書いたのはこっちが先で空蝉で自ら盗用したと思われます(爆)
でもうまい締めが思いつかなかったからそのまま載せました。・・・ど素人のすることです。平にご容赦下さいませ〜〜〜(号泣)
突然思いついた『勝手に捏造最終回』昔の“い●ご100%”じゃあるまいし、君に決めたよ!エンドなんてない・・・
わかってる!わかってるから・・・捏造を思いついたんです(爆)
補足説明すれば、実はルキアが人間になっちゃうってのも・・あり・・かなぁとか(弱気)
どんな形でも二人が一緒にいるよ♪って終わりならいいなぁ・・・(もちろんラブな状態で!)
2008.9.7
material by 戦場に猫