12月になった。

街はやたらに派手な電飾と、この季節の象徴となる赤と緑に鮮やかに彩られる。
日増しに寒さは厳しくなるばかりでありながら、それでもどこか楽しげな熱に浮かれた皆の様子に、
一護は自分だけがここから取り残されているような気分で、ひどく不機嫌に眉を顰め明るい街並みを足早に通り過ぎる。

一護は聞こえてくるクリスマスソングを煩わしく思いつつ、
人だけでなく街全体がはしゃいでいるその全てから苛立たしげに目を伏せ心の中で強く毒づく。


本来クリスマスなんて、日本には関係ないイベントじゃねぇか。


皆、何がそんなに楽しいんだよ?






『 聖なる夜に 』





一護がこんなにもクリスマスを喜べないのは、母親がいなくなった年以来であろう。
そんな風にやけに荒んだ様子の一護ではあったが、その腕には妹から言い付かったクリスマス用品が抱えられている。
しかし一護の機嫌は悪くなる一方に早まる歩調は、突然、ある店の前で立ち止まった。

そこは、一護のような男子高校生にはまるで無縁の、可愛らしい雑貨屋のショーウィンドウ。
そこもまたクリスマス一色にディスプレイされており、その中に飾られているサンタの帽子を被ったウサギの人形に一護の視線は引き寄せられた。
手の平に乗るような小さなウサギは、真っ赤なサンタの衣装に身を包み、ずれた帽子を片手で押さえ、もう片方には袋を担ぎ上げている。


『おい!見ろ一護!なんとも可愛らしいウサギではないか!!』


その時耳元にあの声が聞こえ、一護は驚きにドクリと心臓が跳ねると同時に、慌てて周囲を見渡した。
しかし周囲にその声の主の姿はなく、聞こえたと思った声は空耳で、己の空想の産物であったと気づく。
一護は失意と羞恥に瞬時に頬を硬直させ、今度こそ明るい街の全てから目を背け店の前から走り去った。


あいつはいない。


・・・・・もう、いないんだ。




奇妙な成り行きで死神代行なんてものになってしまった一護の生活は、まさに激動の一言だった。
どんどん強大になっていく敵を前に、比例するように一護も未知なる力を覚醒し戦い続けた。
そして、幾年の月日をかけたような長い長い最後の戦いは熾烈を極めたが、気づいてみると冬を目前に全てが終わっていた。
巨大な悪の消失に空座町に現れる虚の勢力も弱くなり、わざわざ人間の力を借りる事も無く、一護は死神代行の任を解かれる事になった。

「一護・・・・・お前には、随分世話になってしまったな。」

「あ、あぁ・・・いや・・・まぁ・・な・・・・・・・」

一護から死神代行の印を受け取り、ルキアは視線を伏せたままそう言った。
これからは一護ではなく、以前のように尺魂界から派遣された死神がこの町を護ってくれるらしい。
でもそれは、ルキアではない。
今回の戦いの終結に、藍染の策略で罪なく追われた浦原やテッサイも尺魂界へ戻る事が出来、
それにともないコンまでも一緒に向こうへと帰ることが認められた。
あとこちらに残っているのは、今更だと言い尺魂界へ戻らなかった何人かの平子軍団だが、その数人も今どこにいるのか行方は知れない。
つまり、今一護の周囲から死神の影は完全に消え去っており、こちらに来るルキアに会うのも今日が最後という事になっていた。

一護もルキアも何を言うべきか迷いに言葉を濁し、お互い黙りがちになりながら視線を伏せる。

今日が、最後。

そう思うと心は急くのに、だからどうすべきかなど一護にはわからない。
『あいつら(妹達)、お前の事気に入ってたみたいだし、たまには会いに来てやってくれ。』
最初そう言いかけて、一護は口を噤んだ。
妹達に、ルキアの記憶は、既にない。
以前ルキアが向こうに戻った時のように、こちらでの記憶処理は行われた後なのだ。
今ルキアに取り付けなければならぬ用件など何もない。
何もないから余計に焦る。
焦るのに何も思いつかぬ一護より先に、ルキアは顔を上げ満面の笑みを浮かべ微笑みかけた。

「ありがとう、一護。お前の事を、私は決して忘れはしないよ。」

「ルキア。・・・・・・・・俺・・・は・・・・・・・・」

ルキアの笑みに返すことができず、ぼんやりと一護は呟くが、ルキアは一護の横をすり抜けた。

「さらばだ・・・・・一護!」

「!あっ!おい!待てよ!!ルキッ・・・!」

呼び止める一護の声にも足を止める事もなく、ルキアは開け放たれていた窓から空に向って飛び出した。
これに慌て振り向き窓に駆け寄った一護は、空翔け小さくなる背中に向け何か声をかけようと大きく口を開き、そして、止めた。

今俺がルキアにかける言葉は、なにもない。
所詮俺達は人間と死神。
生きていく時間も場所もかけ離れた者同士だ。

だから・・・これでいいんだ。
俺の生活は、ただ、戻るだけじゃないか。
やたら喧嘩を売られやすくも、ただの平穏無事なな高校生に。
ルキアのいなかった、あの頃に。
それで全てが安泰だ。
何も問題なんてない。

一護はそう自分に言い聞かせ、納得したフリをし、何も見えなくなった空をいつまでみ見上げていた。

しかし、そんな誤魔化しが長く効くはずもなく、己の中ですぐに破綻はやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

いないのに。

ルキアは、ここにいないのに。

もう、会おうと思っても、会えはしないのに。


なのに、それなのに、どうして俺はいつも『ルキア』と一緒にいるんだろう。

その後、ルキアのいなかった頃に、一護が戻る事はなかった。
死神代行でなくなり、ルキアと会えなくなって一ヶ月もたたぬ間に、一護の鬱積はひどくなっていくばかり。

ルキアのいない押入れ。
ルキアのいない部屋。
ルキアのいない教室。
ルキアのいない・・・

全てが寂しく味気なく、一護は以前にも増して不機嫌で無口になっていき、やたら喧嘩ばかりするようにもなっていた。
周囲の心配や助言は受け入れられず、気持ちはどんどん内に篭るようになっていく。
こんな事ではだめだ。
そう何度も自分自身に言い聞かせるも、大した効力はなく、気づけばまた苛立ちに売られた喧嘩に拳を振り上げている。


一護はそんな自分自身に腹立ちを感じながらも、この気持ちに折り合いをつける事ができず、今日も自己嫌悪に心が重く沈んでいくのであった。

 

 

 

 

 

外から見る以上に店内は明るく光り輝いている。
明らかに場違いな一護はひどく居心地が悪そうに、しかし眉をしかめて店内を彷徨っていた。
それというのも、可愛い妹達のリクエストがこの店でしか取り扱っていない海外の雑貨品だったからだ。
それは先日一護がウサギを眺めていた雑貨店で、妙な繋がりに一護の機嫌はますますひどくなる。
そんな一護を遠巻きに眺め笑う少女達の視線に気づき、一護は急ぎ目当ての物を探しあてると急いでレジへ向う。
「2点で2,100円になります。クリスマス用ですか?」
「あ、はい。」
「はい。それでは少々お待ち下さい。」
ラッピングするのに時間がかかるようで、一護は気まずげに横へ避ける。

そんな一護の視線に飛び込んできたのは、あの、ウサギ。
おどけたウサギが、一護へ向って微笑みかけた。


『 僕を連れて行けば、あの子はきっと喜ぶだろうね。 』

一護はぐっと息をのみながら瞬時に顔を赤らめ、それから落ち着きなく視線を彷徨わせる。
しかしもう一度ウサギを見つめなおすと、なにか諦めたように溜息を吐き出し、それからレジへと顔を向けた。

「−−−あの!・・・すみません。これも、包んでもらえますか?」











買ったウサギを机の上に置き、部屋の照明は一番抑えたものにし一護はベットに倒れこんだ。
毎年恒例家族だけのクリスマスパーティーをつつがなく終え、一護は久しぶりに穏やかな気持ちで過ごすことができた。
そんな一護の様子を妹達は笑いながら『今日は機嫌がいいんだね!』と言われてしまった。
家では出来るだけ平静を装っていたつもりなだけに、二人の観察眼の鋭さに一護は苦笑いを受かべるしかできなかった。

ベットに寝転んだまま、一護は机の上のウサギを見つめる。

明日、ルキアに会いに行こう。

知り合いの死神が周囲にいないので、どうやって尺魂界へ行けばいいのか現時点で手段はない。
でも、腹をくくればもう大丈夫。
町中駆けずり回ってでも空座町担当の死神を見つけ出し、絶対に尺魂界へ行ってやる。
変に意地をはっていたせいで、しなくていい遠回りをしてしまった。


会いたい。

本当は、ずっとルキアに会いたと思ってたんだ。

会いに行く理由はなんにしようか?
このサンタウサギでも持って、お前こんなの好きだろ?とでも言てみようか。
その時あいつは、どんな顔をするだろう?
笑うだろうか。驚くだろうか。
一番ありえそうなのは、少し困った顔をして「たわけ」とでも言いわれそうな気がする。
外は寒くも暖房で部屋はほどよく暖かく、快適な温度にベットに横になっていた一護はルキアを想い幸福なまどろみにウトウトとし始めた。
時刻はサンタが一番忙しく働いているであろう深夜帯。
一護の意識が、完全に眠りに落ちかかった、その瞬間だった。

 

 

「め・・・めりーくりすます!一護!!」

「んあっ!?な、なんだ?」

いきなり頭上から声が降ってきて、一護の意識は引き上げられた。
突然の事に一護は寝ぼけ眼のまま飛び起き、あたふたしたまま周囲を見渡すと、すぐに目の前に立ち尽くす人物に目を奪われた。


「・・・・・・・・ル、キ・・ア・・・・・・?」

目の前には会いたいと願ってやまなかった一人の少女。
ルキアが可愛いらしいサンタ姿で、顔を真っ赤にさせながら一護を見下ろしている。

「お、遅くなってしまったが、め、めりーくりすますだ。おめでとう一護。」

「はぁ・・・ありが・・とう・・・・・?」

なぜクリスマスにおめでとうが言われるのか僅かな疑問はあったものの、まだ完全に意識がハッキリしない一護はとりあえず礼を言う。


夢・・・か?
これは・・夢・・・・なんだな・・・・・?

なぜルキアがミニスカサンタで自分の元に訪れるのか。
知らなかった。
俺、こんな趣味があったんだな・・・

それは自分の願望が夢になっているとしか思えず、一護は訝しげにルキアをしげしげと眺めた。
その一護の視線にルキアは恥ずかしそうに身を縮めながらも、瞳だけは強く睨みつけやや強い口調で一護に問う。

「ど、どうしてお前はサンタの格好をしていないのだ?今日は寝るまでこの格好でいないといけない日なのであろう?」

「・・・は?何言ってんだ?んな決まりある訳ねぇだろ?」

「・・・・・・え?ち、違うのか?」

「あたりまえだろ?サンタの格好なんて、したい奴しかする事ねーんだよ。」

「!!!ま、またなのか・・・!!浦原の奴め・・・!」

「・・・・あー。お前、また騙されたのか?相変わらず進歩ねぇなぁ。」

「う、煩い!!仕方なかろう!この格好でないと、現世に来れないと言われたのだから・・・・・!!」

浦原には何度現世の習慣について騙されたものかわからないのに、ルキアのうかつさに心底呆れながら、
それでも今日のこの嘘は一護からしたらグッジョブ!としか言いようがないであろう。
こみあげてくる笑いをなんとか喉の奥で収め、一護は真っ赤な顔をしてくやしがるルキアの側に近づいた。

夢とはいえ、今日、会えた。

この聖なる夜に、ルキアに会えたんだ。

その事が素直に嬉しく、一護は突然ルキアを強く抱き締めた。

「!!な、なにをっ!・・・・・・い、いち・・・ご・・・・・?」

「会いたかった。」

やけに甘くせつない一護の囁きに、ルキアは茹蛸のように顔を蒸気させ体を硬直させた。
今まで散々意地を張っていたせいか、変に素直な気持ちで一護はルキアを抱き締める。
どうせ相手は、夢なのだから。
だったら本番に備えて、練習をさせてもらおう。
自分の想いを全て伝えよう。
一護はルキアの真っ黒な髪に頬を寄せ、溜息のように囁き続ける。


「お前と会う約束しないで離れた事。俺、すげー後悔してた。
でも、自分で自分誤魔化してた。
ルキアに会えなくても平気だって。必死になって言い聞かせてたんだ。
・・・でも、やっぱダメだった。
お前に会いたいのに会えなくて、連絡も取れなくて、時間がたてば忘れると思ったのに・・・逆にどんどん会いたくなった。
だから、もう諦めた。
俺は、お前がいなくても大丈夫じゃないって認めたんだ。

俺は、ずっと前から・・・・・お前の事が・・・・・好き・・・だったんだな・・・・・」

「い・・一護。それは、私・・・だって・・・・・・・!」

一護の腕の中でルキアは耳まで真っ赤にさせながら、身じろぎひとつせずこの愛の告白を全て聞いている。
会いたかったのはルキアも同じだ。でも、平和になった現世に一護に会いに行く理由がなにもなかった。

会いたい。

それだけの気持ちでは、死神の自分では普通の高校生に戻った一護に迷惑をかけると思っていたからだ。
だから今日はクリスマスで、お世話になった人にお礼をして回るという浦原の口車に疑いもせず乗っかり、
恥ずかしくもこの可愛いサンタ衣装に身を包み、決死の覚悟で一護の元へとやってきたのだ。
なのに、まさか一護も同じ気持ちでいてくれたなんて。

ルキアは感動に胸が詰まり、瞳に涙が盛り上がる。
嬉しい。嬉しい。
一護が、私を想っていてくれたなんて。

ルキアはおずおずと一護の背中に手を回し、小さな手でぎゅっとしがみついてみた。
これを合図に一護はルキアの細い顎に手を添え、とても自然に自分の唇をルキアの唇にそぅっと重ね合わせる。
柔らかい。
ルキアの唇の柔らかさに一護は酔いしれ、もう一度重ねてみる。
夢なのに、こんな感触までなんてリアルなんだろう。
この柔らかさ、まるで夢じゃないみたいだ−−−−−

そう思った瞬間、一護の動きは突然止まった。
キスなんて未経験ではあるけれど、この感触はリアル過ぎる。

まさか・・・・・
嘘だろ?
だって、これは夢のはずじゃ−−−−

変に強張った表情で顔を上げ硬直している一護の様子に、ルキアは閉じていた目を開けた。

「・・・・・・?一護。どうかしたのか?」

「・・・・・・・・ルキア?お前、ルキア・・・なのか・・・・・・?」

「!!なっ・・・・・・!」

私にここまでしておいて、こやつは今更何を言っているのだ!

呆然と洩らした一護の呟きに、一気にルキアに怒りの火が灯る。
そんな怒りに燃えたまま、ルキアは噛み付かんばかりに一護へと詰め寄った。

「何を言っておる!お前は、誰だと思ってこんな事をしていたのだ!」

「え?い、いや違っ!ま、間違ったとかじゃなく、お前だと思わなかったからって話で・・・・!」

「私だと思わなかっただと!?だから、それは誰だと思っていたのだ!!!」

「だから、違うって・・・・・・!!」



たじたじと怯む一護を、涙目になりながらルキアは容赦なく責め続ける。
久しぶりの二人の喧嘩はこじれ長引き、なかなか終結しそうもない。
そんな相変わらずな二人の様子を、机の上のウサギは可笑しそうに見守っている。



『 折角の聖なる夜に、喧嘩なんて君達らしいよ。
   でもいい加減にしておかないと、サンタも帰る時間になっちゃうよ? 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※すみません!(初っ端土下座)スランプなのに無理に書いても、良いものなんて書けませんね(; ;)
お待たせしてしまった挙句、なんだこりゃ!?な出来栄えにかなり落ち込んでおります・・・orz(ドーン!)
一応今回のテーマとしては、自分の恋心に気づかず次に会う約束もないままに二人が別れたら・・・?って事でした。
会いたいのに会いたいって素直になれず、周囲がやけに楽しそうだったりすると、自分だけ置いてけぼり感が半端ないであろーなーって感じで・・・。
我慢して、無理して、それがハジけてしまったら、やっと素直に会いたいって言う事ができて。
なのに本人目の前にしちゃったら、やっぱり慌ててしまうんじゃないかな。うちの一護は。そんな妄想話でしたー。
あーでも、遅くなったクセにこの出来はヒド・・・!妄想がうまく転がらず、本当無理に仕上げたのが隠せてない・・・!!
本来であればひっそり没ってしまうとこですが、予告しちゃったし色々目を瞑って強行更新してしまう私をお許しくださいませ〜(大泣)
次回はきっと!もっと頑張る、の、で・・・!
・・・しかし、24日過ぎるとクリスマス終わった感が半端ない。一応本番って25日なはずですよね・・・?
2009.12.26

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material by sweety

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